【槍弓・キャス弓】彼女の知らない愛の話
カルデアに弓が来るのをずっと待っていた槍と術と、冬木で槍に捨てられた記憶のある弓がカルデアで再会する話
今回、槍弓とキャス弓が同時成立してますので、以下の点にご注意ください。
・槍もキャスターも五次槍という設定です。
・影弓も少し出てきますが、あくまで弓が聖杯の泥でおかしくなっている設定です。
・キャス弓であって、キャス影弓ではないです。キャスが影弓に対して殺意がとてもとても高いので、キャス影弓好きな人はご注意ください。
また、1.5部のネタバレを含みます。未クリアの方はご注意ください。
勢いだけで書きました。
細かいことは気にせず、勢いで読んでください。お願いします。
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0. 藤丸立香
「あの赤いアーチャーは来てねぇのか」
青いランサーがそう言うのを、藤原立香は何度か聞いたことがある。
青いランサーことクー・フーリンがカルデアに召喚されたのは、特異点Fの修復が終わった直後のこと。特異点Fで共に戦った、キャスタークラスのクー・フーリンを召喚したすぐ後だった。
初めて立香がその言葉を聞いたのは、2人のクー・フーリンにカルデアを案内している時。
こんな事態になっているのなら、あの男はいの一番にきそうなのに、と、ランサーのクー・フーリンがぼそりと呟いたのだ。
立香は、彼の言う赤いアーチャーが誰のことかわからなかった。
有名な英霊なのかと尋ねると、考えるように2人のクー・フーリンの眉間にしわが寄った。
その表情を見て、ふと、立香はドクター・ロマニから聞いた本来の聖杯戦争の情報を思い出す。
たしか、弱点を探られる可能性がある為、サーヴァントは互いに真名を明かしたりはしないと言っていた。
だから、もしかしたら2人はその赤いアーチャーの真名を知らないのかもしれない。
立香がそんなことを考えていると、少しの沈黙の後、キャスターが言葉を選ぶように答えた。
「あー、特異点Fでマスター達を襲ってきたアーチャークラスのシャドウサーヴァントがいただろ?あいつが、こいつが言う赤いアーチャーの成れの果てだ」
ああ、あの顔にヒビが入っている黒い服のアーチャーのことか。
立香は思い出す。燃える街の中で、鋭い弓を放ってきた白い髪の男のことを。
そうか。あの人、本当は赤いのか。
確かに、思い出してみれば、腰のあたりにひらひらと赤いものをつけていたような気がする。
立香がひとり頷いていると、ちょっと待て、とランサーが低い声を出した。
びり、と空気が重くなった気がする。
「あいつの成れの果てだと?それは一体どういうことだ」
「詳しい話は部屋に行ってからだ。槍持ってる俺よ。ちゃんと話してやるから、そう慌てんな。聞いて、納得できるかどうかは別だが」
「……てめぇは納得してんのか?」
「さあな」
同じ顔の男が、静かに睨み合う。
そんな2人の会話を、立香はよく覚えている。
それからしばらく経った。
第1特異点、第2特異点、第3特異点、第4特異点、そして第5特異点の修復が終わっても、彼らの言う赤いアーチャーはカルデアに召喚されなかった。
第5特異点で出会った緑のアーチャーことロビンフッドに赤いアーチャーことを聞くと、あぁ、あの世話焼きの旦那のことか、と知った風な様子だった。もしかしたら、結構顔の広いサーヴァントなのかもしれない。
なかなか召喚できないんだと言うと、あのお節介がこんな状態のカルデアを放っておくとは思えないから、そのうち来るでしょうよ、と、彼は軽い口調で言った。
立香は、たまに何かを探すように視線を巡らせる2人の男の姿を思い出す。
そうだといいな、と立香は小さく笑って返した。
「あいつの飯も随分と食ってねぇなぁ」
釣り糸を垂らしたランサーのクー・フーリンが、ぼそりと呟いた。
第6特異点を修復した後に見つかった、小さな特異点。
調査のためにレイシフトした先で、立香はランサーと食糧調達の為、釣りをしていた。
と言っても実際に釣っているのはランサーで、立香はそれを隣で見ているだけだが。
あいつ、というのは、おそらく赤いアーチャーのことだろう。聞かなくても、なんとなくわかった。
「その人のご飯、美味しかったの?」
「そりゃあ、もう。小言も多くて気障でムカつくやつだが、食事の腕は一級品だった」
その時、くん、と竿が引っ張られる。
ランサーが釣竿をあげれば、その糸の先に、銀色に輝く魚がついていた。
鱗に光が反射し、きらきらと輝いている。
「わー!すごい!」
「おう、任せとけ。変なちょっかいかけてくる奴がいなければ、これくらい……」
そこで、ランサーの言葉が不自然に止まった。
「ランサー?」
「いんや、なんでもない。よし、この調子でどんどん釣ってやるよ」
何かを飲み込むように、ランサーはにかりと笑う。
立香はなんと言っていいかわからず、彼に合わせるように笑顔を返した。
また、ある時。
静かな夜の食堂で、立香はキャスターのクー・フーリンに会った。
お腹が空いて眠れず、何か食べるものはないかと食堂に行けば、誰もいないはずのそこに、青く長い髪を垂らした男がいたのだ。
「こういう時にあいつが居たら、マスターに飯を作ってやったんだろうなぁ」
キッチンでインスタント麺を漁る立香の後ろで、キャスターが小さくぼやいた。
「作ってくれるかなぁ」
「小言は言うだろうが、あいつなら喜んで作るだろうよ。あいつ、マスターみたいな人間には死ぬほど甘いだろうから、なんでも好きなもん言えば作ってもらえると思うぞ」
「なんでも?タピオカとかも?」
「たぴ……?まぁ、何かわからんが、作ってくれるんじゃねぇの?あいつ、人の役に立つのが生きがいみたいなとこあったから」
立香が知っている赤いアーチャーは、冬木で襲ってきた黒いアーチャーだ。
冷たい目でこちらを見下ろし、容赦なく恐ろしい矢を放ってきたサーヴァント。
あの彼が自分の為に料理を作っているところが、立香にはうまく想像できなかった。
「早く来てくれるといいなぁ」
何気なくそう言えば、そうだな、とキャスターが少し寂しそうに笑う。
そして。
結局、赤いアーチャーが召喚されることのないまま、カルデアは人理修復を成し遂げた。
*
止まっていた時が動き出し、カルデアは一気に慌ただしくなった。
調査員の派遣が決まり、その対応や何やらで、マシュを含めたスタッフは毎日忙しそうに動いている。
特にすることも出来ることもない立香は、せめて邪魔にならないよう、カルデアのすみっこで大人しくしていた。
魔術協会から派遣された人が来れば、どうやら自分はもう戦う必要がなくなるらしい。自分の役目はここで終わり。後は、もっとすごい人達が受け持つそうだ。
そうなったら、もうここに立香の居場所はない。待っているのは別れだ。
すぐそこまで迫っている寂しい気配を考えないようにしながら、立香はいつも通り笑顔で残りの時間を過ごしていた。
立香がひとりでサーヴァントの召喚を行ったのは、そんな時だった。
いつものように朝からスタッフ達は慌ただしく動いている。
自分の姿があると、サーヴァントやスタッフ達はものすごく気遣ってくれた。それが申し訳なく、彼らの目のつかないところにいようと、立香はカルデアで人気のないところ目指した。
それが、召喚システムのある部屋だった。
前は頻繁に稼働していたこの部屋も、今は新しくサーヴァントを召喚する必要もない為、しばらく締め切られていた。
床に描かれた魔法陣の前で、立香は腰を下ろす。両足を抱え、見慣れてしまったその紋様をぼんやりと眺めた。
ここで、たくさんのサーヴァントを召喚した。たくさんの英霊達が、未熟な自分達に手を貸してくれた。絶対会えないような偉人とも出会えた。このカルデアにいた時間は、本当に奇跡のようだった。
この後、自分はどうなるのだろう。自分の家に帰れるのだろうか。
マシュはどうなるのだろう。カルデアを出たら、もう会えなくなってしまうのか。ダヴィンチちゃんも、お世話になったスタッフも、サーヴァントのみんなも。もうお別れなのか。
寂しい、寂しい、寂しい。
胸の中に溢れてくるのは、言いようのない寂しさと、これから先に起こることへの不安だ。
自分は、このカルデアは、一体どうなってしまうのだろう。自分はどうしたらいいのだろう。
寂しさと恐怖が膨れ上がり、立香は堪らず両手を握った。
そんな時、目の前の魔法陣がうっすら光ったような気がした。
まるで立香を励ますような、優しい光だった。
そんな錯覚に縋ってしまうほど、自分は弱っているのかもしれない。
苦笑いしながら、立香はなんとなくそこに手を伸ばす。
すると、じわりと魔法陣に光が灯った。
立香は凡人だ。魔力の量もギリギリで、魔術回路もか細い。そんな自分が、システムの補助なしに、サーヴァントの召喚なんて真似が出来るとは思えない。
もしかして、システムが誤作動を起こしているのかもしれない。
ダヴィンチちゃん達に報告をしなくてはいけないのに、足が石になったように動かない。
淡い光に誘われるように、立香は恐る恐る召喚の呪文を口にした。
呪文を重ねるたびに、魔法陣の光が強くなる。
もう人類の危機は去った筈だ。それなのに、どうして。
茫然とする立香の前に光があふれ、視界が白く染まる。
その向こうに、立香は黒い影を見た。
光が弾け、巻き上がった強い風に立香は思わず目を閉じる。
そして次にゆっくりと目を開いた時、そこに立っていたのは、赤い礼装に身を包んだ男だった。
「タピオカが作れるって本当?」
召喚が成功してしまった彼をダヴィンチちゃんのところに連れて行く途中。
ふと思い出してそんなことを尋ねると、赤い彼は目をまん丸に開いた。
「タピオカ……?」
「あ、ううん。ごめんなさい、なんでもないです」
初対面でおかしなことを聞いてしまった、と立香は気まずくなって顔を伏せた。
召喚された彼は、特異点Fで会った時よりも穏やかな目をしていた。
鋼色の目に敵意はなく、聖杯戦争ではないイレギュラーな召喚に少し驚いているように見えた。
立香の視界の端で、ひらひらと赤い礼装が揺れる。まるで金魚の尻尾のようだ。
なんとなくそれを引っ張りたいという欲求を堪えていると、上から、タピオカミルクティでいいなら用意しようか、という声が降ってきた。
思わず立香は顔を上げる。
「えっ、タピオカミルクティ知ってるの?」
「一応な。ここにキッチンはあるか?材料調達が必要なら行ってくるが」
「え、え、本当に?」
信じられないような立香の表情に、赤いアーチャーことエミヤは、キョトンとした後、立香を安心させるように笑った。
「ああ。それがマスターの頼みなら善処しよう」
「ありがとう、エミヤ!キャスターの言ってた通りだ」
キャスター?とエミヤが首を傾げたので、立香はキャスターのクー・フーリンがそう言っていたことを伝えようとした。
その瞬間。
「アーチャー!」
廊下の向こうで、二人のクー・フーリンがエミヤを見て目を見開いていた。
そうだ、彼が二人が待ち望んでいた赤いアーチャーなのだ。
ダヴィンチちゃんに報告したらすぐに二人にも知らせようと思っていたが、その手間が省けた。
彼らはエミヤが来るのをずっと待っていた。
最後の最後になってしまったけれど、一目だけでも会わせることができてよかった。
なんとなくあたたかい気持ちになっていた立香は、ふとエミヤの顔に目をやって凍りついた。
二人のクー・フーリンを見るエミヤの目は、ひどく暗いものだった。
どうしたの、と立香が問おうとした時、カルデア中にけたたましいサイレンの音が鳴り響く。
それは、新たな特異点発生の報せだった。