【1/28無配ペーパー】カルデア食堂定点観測番外編
先日はイベントありがとうございました!無配で置いてた小話です。
レシピにおける「適量」をワンパンキルでぶん殴っていくアーチャーの料理スキルに憧れます。
■ちょっとだけ残ってたのでboothに既刊登録しました。https://empate.booth.pm/
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なんでもない日のなんでもない昼下がり。オルレアンへのレイシフト組から籐籠いっぱいの林檎が食堂に届いた。見るからに小ぶりで酸味がつよい品種のそれは、生でそのまま食すには少しハードルが高いもの。ちょうど食堂業務もひと段落したところでもあるし、それならばあれでも作ろうか、とアーチャーは赤い宝玉を流し台に持ち込み、さっそく水洗いを始めたのだった。
簡単に汚れを落とした林檎は20個もない。果実そのものの風味と食感を生かすため、ざくざく四つ切りにしてから簡単に皮を剥き、そこから角切りもどきの大ぶりサイズに切り分ける。
果実そのものが小さい種であるし、火を通してしまえば多少は縮む。そもそもフィリングはジャムほど長期間保存するものでもなし、厳密に砂糖の量を考えることもない。その辺にあった赤いホウロウ鍋に切った林檎を入れると、そこへバターとグラニュー糖を目分量で投入していく。鍋に砂糖の山が出来るが気にしない。ざりざりとそれを崩しながら果肉と砂糖を和えると、そのまま鍋を火にかけた。とたんに、ふわりと広がるバターの香ばしい香りと、砂糖が溶けてあまい薫りが鼻腔をくすぐる。
菓子作りをしていると、材料のバターと砂糖の量に驚くというがさもありなん。おいしいと脳内に訴える食事はえてしてカロリーも高い、そういうものだ。その辺りを気にされる彼女たちには申し訳ないが、シンプルなお菓子であればあるほどバターと砂糖の質が物を言う。どうしてもと言うなら口にする量を調整していただければ結構。あとは自己責任で、だ。
さて鍋の様子を。林檎以外の材料がとけ混ざった頃合いで弱火に絞り、焦げないようだけ気をつけて、ゆっくり林檎を煮立たせる。じわじわ水分が出てきたところでこれまた適当な洋酒(今回はラム酒があったのでこれでいい)にレモン汁、シナモンを加えて落し蓋をし、とろ火で煮込む。全体的に火が通った頃合いで1度火を止め、5分待つ。最後に中火で残った水分を飛ばせばフィリングの完成だ。一切れ味見、ふむ、適当に煮込んだわりには悪くない。
鍋を火からおろし、フィリングの粗熱を取る間にパイ生地の準備をすすめておく。と言っても備蓄の冷凍パイシートがあるので、適度に解凍するだけではある。フィリングが冷めるのに少し時間が必要か。
てきぱきとその間に夕飯の下拵えを進めるアーチャー。その姿は正しく効率の鬼であった。
さて小一時間が経過した。粗熱がとれ、フィリングがしんなりと落ち着いた頃合いだ。先ほど解凍したパイ生地をホール型へ敷き詰め、林檎のフィリングを流し込んでゆく。糖分でつやつやとキッチンの光を照り返すそれは、なにもパイ生地で包まずともトーストなどに載せても美味しいと思う。適当フィリングなので日持ちはしないが、余ったら明日の朝にでも出してしまおう。アーチャーはとことん食材を無駄にしない。
用意したタルト型は3つ。型のひとつにはフィリングの上から更に冷凍備蓄のカスタードクリームとラム酒で戻しておいたレーズンを加える。林檎煮をやや甘さ控えめにしてしまったので、甘党派へのちょっとしたサービスのつもりだった。後でバニラアイスを載せると言う手もあるにはあるが、盛り付けが煩雑になるのはいただけない。それならばの苦肉の策である。
最後に上から細切りのパイ生地を幾何学的に重ね、溶いた卵黄を刷毛で塗る。そのまま220度に予熱しておいたオーブンに吸い込ませてしまえば後はもうやることはない。少しだけ余ったフィリングをタッパーに移し替え、使い終わった調理器具を洗ったところでタイマーが1度目の時間を告げる。焼け具合を確認し、少しだけオーブン温度を下げてからホイルを被せてもうひと焼き。それでおしまい、20分後には焼きたてアップルパイの完成だ。
出来上がったのは直径20センチもないホールが3つ。とても全員には行き渡らない量であるので、適度なサイズに切り分け、ひっそりと食堂の隅に並べておく。夕飯までになくなればよいか、くらいのゲリラおやつである。
それでもどこから聞きつけたのか、よほど鼻の効く誰かがいるのか、テーブルに並べられたパイはあれよあれよと消えていった。きゃあきゃあと歓声をあげていたいつもの3人娘には特別にとバニラアイスを添えてカウンターに出した。先刻盛り付けが面倒だと言ったが彼女たちは別枠である。口の端にパイの切れ端をくっつけながら「おじ様は魔法使いね!」なんて天使の微笑みを浮かべられては何かサービスしなければと思うだろう?可愛い子には全身全霊をもって報いてあげたいものだ。
マスターには届けておこうと、予めよけていた数切れを管制室に届けて弓兵が食堂へ戻る頃にはもう数切れしか残っていなかった。テーブルでは最近新宿で出会ったアサシンが、ものすごい勢いで咀嚼しながらアップルパイには牛乳がいちばんだよなと騒いでいる。たしかにそれは一理あるがやはりそこは紅茶だろう…と心のうちを同意と反論をないまぜにしたが、まもなく時刻は16時を回る。本格的な夕飯の準備に取り掛からなくてはならない頃合いに、アーチャーは次の瞬間思考を切り替えていた。
***
「どうしたら確実に食べられんだってまた聞かれたぞ……俺が知るかってんだよな」
勝手知ったるサーヴァントたちに割り当てられた私室。そこで夜食代わりにランサーがかじっているのは半円形のミートパイだ。いつもの如く、くたくたのレイシフト帰りのランサーが、ちくしょう腹減った、なんかねえのと弓兵に強請ったところ、余りもので作ったまかないだが食べるかねとさりげなく出された代物がそれだった。
牛ひき肉とトマト、玉ねぎを黒こしょうが効いたスパイシーな味付けで炒めたフィリングがぎっちり詰まったそれは、肉々しさあふれるボリュームたっぷりの夜食である。濃いめの味付けに、じゅわりと口内に広がるひき肉の脂が後を引く。冷めていても十分うまいだろうに、わざわざトースターで温め直してある辺りがアーチャーらしい。かつかつと大きな口を開けて齧り付けばもう止まらない。バスケットに並ぶパイはみるみるうちにランサーの胃の腑へと消えて行った。
それは、オルレアンから林檎を持ち帰ったのは自分なのに、その恩恵にあやかれなかった溜飲を下げるに十分な一品で。弓兵の作る飯はできれば相伴に預かりたいが、そう四六時中食堂に通い詰めるのも癪である。
「……お前のゲリラクッキングこれ以上やると食堂が戦場になりそうだな」
「それはマスターにも言われた。特にスイーツ系はは事前申告制にするようにと」
せめてもの願いをこめた皮肉のつもりで投げかけた一言は、至極真面目に受け止められてしまった。
「そーかい。そん時は俺のぶん残しといてくれよー」
「御免被る。ひとり特別扱いをしてしまうときりがないだろう」
「……へえへえっと、ごちそーさん、これうまかった」
「お粗末様」
「また食いたいからよろしくたのむわ」
「……ふん」
槍兵は知っている。
これからも自分だけの特別があることを。
アーチャーのごはんに胃袋を捕まれている人達にとって数量限定のゲリラおやつは文字道理お宝ですね作り方を読んでいてよだれが出そうになりましたがさりげなくランサーのために特別メニューを作っている所に愛を感じました。