『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』にみる震災と子どもたちの居場所

(2019年に書いた大学の卒論です)

題目

『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』にみる震災と子どもたちの居場所

主査 田村景子先生

副査 制野俊弘先生


学籍番号 16T043
氏名 木原優里香


目次

第1章 はじめに
第2章 「震災高校演劇」の流れ
第3章 福島の人も知らない福島の今
第4章 「ふるさと」の喪失という特殊性
第5章 「ふるさと」の喪失という普遍性
第6章 自分たちで作る居場所
第7章 まとめ
引用・参考文献

第1章 はじめに
   2011年3月11日に発生した東日本大震災とそれに伴う原発事故は、多くの被害をもたらした。長い間愛着を持って生活し続けてきた「ふるさと」を失った人々も多く、震災から長い時間が経った今でも、様々な理由から「ふるさと」に戻れていない人は数多くいる。
   このような中で、震災から時間の経った今だからこそ浮き彫りになった問題もある。『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』は、福島県立相馬農業高等学校飯舘校演劇部によって2016年から2018年に渡って上演された高校演劇の作品である。『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』には、復興に向かう大人たちや社会の流れによって居場所を奪われる高校生たちの姿が描かれている。震災によって新たに生まれた子どもたちの居場所は、復興によって失われてしまう。『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』は、震災や原発事故という特殊な状況が無ければ生まれなかったいわゆる「震災モノ」の作品であるが、子どもたちの居場所を巡る物語でもあり、受け手の興味・関心や経験によってどちらに重きを置いて作品を見ていくかが非常に大きく分かれる作品でもある。
 もちろん震災や原発事故という背景は無視しないが、本論では『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』を子どもたちの居場所を巡る物語という側面を重視して捉えることにする。本作中の高校生たちの抱える様々な葛藤や居場所の問題と、実際に演じた部員たちの成長の過程や彼らを取り巻く居場所の変容を追うことにより、子どもたちの居場所のあり方を考えていく。

第2章 「震災高校演劇」の流れ
   本論で扱う『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』は、高校演劇の作品である。そのため、震災の影響を受けた高校演劇の作品の流れと、震災に影響されて起こった高校演劇界の出来事を整理しておく。
   2011年3月に東日本大震災と福島第一原子力発電所事故が発生し、夏に福島県で開催予定だった第57回全国高等学校演劇大会が香川県に会場を移して開催された。
  また、高校演劇の世界でも震災をテーマにした作品が多数発表された。
  その中でも震災から一番近い時期に上演されたのが、福島県立いわき総合高等学校演劇部のいしいみちこ作「Final Fantasy for XI.III.MMXI」だ。「Final Fantasy for XI.III.MMXI」は、いわき総合高校の演劇演習室にて2011月7月に上演された。2004年に総合学科の高校へと改組し、芸術・表現系列(演劇)を設置したいわき総合高校は、「ままごと」の柴幸男や「五反田団」の前田司郎などプロとして活躍している演劇人を招聘し、高校生たちと作品を作ってきた。福島の高校演劇界の中でも非常に知名度が高く活発な活動を続けているいわき総合高校は、震災の直後、原発事故に対しての怒りを爆発させるように「Final Fantasy for XI.III.MMXI」を制作した。演劇部の生徒たちのエチュードから創作された「Final Fantasy for XI.III.MMXI」には、以下のような刺激的なセリフが並んでいる。

 ネロ・エッダーノ 福島の再生なくして。
 カンカーン 日本の再生なし。
 二人  な〜んちゃって。[注1]

 作者である石井は、「Final Fantasy for XI.III.MMXI」の制作について、以下のように述べている。

 怒りの原因を笑い飛ばし、揶揄することで間接的に怒りを表現できないかと考えました。[注2]

 「Final Fantasy for XI.III.MMXI」は、2012年5月に東京の文部科学省講堂で開催された創造的復興教育フォーラムにて、当時の平野博文文部科学大臣などの前でも上演された。
   そして2011年9月には、青森県立青森中央高等学校演劇部の畑澤聖悟作「もしイタ〜もしも高校野球の女子マネージャーが青森の『イタコ』を呼んだら」が初演された。肩を壊しやり投げ選手の道を諦めた過去がある、青森県内の高校の弱小野球部の女子マネージャーであるシオリは、大会出場を目指し、転校して来たカズサを野球部に誘おうと奮闘する。しかしカズサには、津波によって自分の家族や通っていた高校の野球部の仲間たちを失ったという苦い過去があった。野球部に入ることを拒否し続けるカズサ。しかし、シオリから背中を押される。

 シオリ (中略)投げたくても投げられないの。……あなたは、投げられるんでしょ?投げればいいじゃない。投げられる人は投げられなくなった人の分まで投げなきゃ。……ね?[注3]

   この言葉を受けカズサは、イタコであるシオリの祖母から伝説のピッチャー・沢村栄治の霊をおろしてもらう。これをきっかけに、前年は地区大会敗退だった野球部は青森県予選の決勝まで進む。
   決勝戦で敗退したあと、カズサ以外の部員もシオリの祖母からイタコの能力を会得し、前の学校でカズサと同じ野球部だった仲間や、亡くなってしまったカズサの家族の霊をおろし、みんなで野球を始めるところで終わる。
 「もしイタ〜もしも高校野球の女子マネージャーが青森の『イタコ』を呼んだら」は、被災地を中心に全国を巡演し、2012年に開催された第58回全国高等学校演劇大会で最優秀賞を受賞した。作品の制作について、青森中央高校演劇部顧問で、渡辺源四郎商店の店主(主宰)である作者の畑澤聖悟は、作品を上演するにあたって考えていたこととして、以下のように述べている。

 被災地で公演を行うにあたって以下の条件を満たさなければならないと考えた。
 無料公演であること。移動や宿泊費などの費用は全額当方で負担すること。(中略)移動のバスは観客の足(シャトル輸送など)として活用してもらうこと。
 (中略)
 『もしイタ』の舞台には一切の舞台装置や置き道具がなく、役者は一切の小道具を用いず、照明・音響効果も使わない。[注4]

  このことから、被災地の人々に観てもらうことを非常に意識して作られた作品であることがわかる。また、全国大会後も全国を巡演し、2016年には韓国のソウルでも上演。2019年7月には、通算100公演を達成するなど、岩手、宮城、福島といったいわゆる被災三県以外の演劇部が作った震災高校演劇の中で一番の代表作となった。
   2012年10月には、福島県会津若松市にある福島県立大沼高等学校演劇部が佐藤雅通作「シュレーディンガーの猫〜OUR LAST QUESTION」を上演。原発の避難区域から転校してきた生徒たちと、元々その高校に通っていた生徒たち。登場人物たちが行う仲間外れを探すゲームを通して浮かび上がる、お互いの葛藤を描いた。この作品の制作のきっかけは、2011年5月に大沼高校に転校してきた三名の生徒のうちの一人、坂本幸であった。作品の制作を振り返り、作者であり演劇部顧問の佐藤雅通はこう述べている。

 二◯一一年五月、演劇部に三名の二年生が入ってきました。東日本大震災で被災し、本校に転入してきた生徒たちです。
 (中略)
 「ウソをつかない芝居」を作るためにはどうしても「被災者」の心情を盛り込む必要があります。私は、主人公の「絵里」が、演劇部が創ろうとしている「震災モノ」の芝居を、「思い出したくないこともある。そういう劇は観たくない、演じてもらわなくていい」と否定する台詞を書きました。(中略)しかし、彼女は力強く言いました、「私は、震災のお芝居、やってほしい」。(中略)坂本さんは翌日、ノートに台詞を書いてきました。さらに、坂本さんは「みんなに私の体験談を話しましょうか」と言いました。実は転入してきて以来、彼女は震災のことを一切話していませんでしたので、その時初めて、私たちは坂本さんの壮絶な体験を知りました。想像以上の体験で、みな涙を流しながら聞きました。[注5]

  「シュレーディンガーの猫〜OUR LAST QUESTION」は、東北大会へと進み、2013年8月と2014年4月に東京公演も行なっている。
 原発事故に対する怒りを描いた「Final Fantasy for XI.III.MMXI」、被災地から避難した生徒と被災地以外の生徒たちが野球部で奮闘する姿を描いた「もしイタ〜もしも高校野球の女子マネージャーが青森の『イタコ』を呼んだら」、同じ福島の中でも原発事故の影響で避難してきた生徒とそれを受け入れたクラスの生徒たちの葛藤とすれ違いを描いた「シュレーディンガーの猫〜OUR LAST QUESTION」。この3つの作品が、知名度や大会の成績、自主公演を含めた公演数などから考えて、震災高校演劇の代表作であるといえる。
   それ以外にも、2013年にはいわき総合高校の芸術・表現系列(演劇)の卒業公演として、劇作家の飴屋法水作『ブルーシート』が上演され、2014年には第58回岸田國士戯曲賞を受賞した。高校演劇界では異例であり、いわき総合の名を全国に知らしめることとなった。
  2015年にはいわき総合高校が齋藤夏菜子作「ちいさなセカイ」で第61回全国高等学校演劇大会に出場した。
   2016年には本論で扱う『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』が福島県立相馬農業高等学校飯舘校によって初演。
   2017年、宮城県で開催された第63回全国高等学校演劇大会に、東北ブロック代表として飯舘校の『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』と、開催県代表として宮城県立名取北高校の安保健+宮三女高演劇部作「ストレンジスノウ」が出場した。
   2018年2月には、飯舘校演劇部がアトリエ春風舎にて、いわき総合高校芸術・表現系列(演劇)がこまばアゴラ劇場にて、東京公演を実施。
   2019年には、日本劇作家協会高校演劇委員で青年団と渡辺源四郎商店に所属する工藤千夏を中心に、「震災高校演劇アーカイブ」というサイトが作られる。震災をテーマにした高校演劇の上演リストや上演当時のフライヤー、震災高校演劇を取り上げたメディアへのリンクなどがまとめられた。「震災高校演劇アーカイブ」のサイトに掲載されているアーカイブ設立趣旨に、工藤千夏はこう書いている。

   2011 年 3 月の東日本大震災以降、高校演劇の世界では、特に福島県、宮城県、岩手県の演劇部員や顧問劇作家たちが「自分たちの現在」をオリジナル創作戯曲に書くという試みの中で、震災や震災後の生活を描いた「震災高校演劇」とも呼べる分野の演劇作品が生まれてきました。しかし、その多くは地区大会でただ一度か、上位コンコールに進んだとしても数度上演されただけで消えていきます。審査員の中には「震災の話はもういい」「演劇コンクールであって、震災弁論大会でない。もっと高校生らしい明るい芝居を評価したい」というような意見も見られるようになり、「風化」が取り沙汰された時期もありました。
 (中略)
  そのような推移を目の当たりにして、放っておいたらそのまま眠ってしまう高校演劇の震災関連の戯曲を遺したい、演劇という表現を通して震災を考えた活動を記録したい、何より、演劇コンクールとは別の視点で「高校震災演劇」を見つめ直したいという思いがどんどんん強くなりました。そして、このアーカイブを設立しようと考えました。[注6]

   震災の記憶が風化していく中で、その風化をとどめようとする動きが高校演劇の中でも続いていると同時に、「震災高校演劇」というジャンルの確立に向かう動きも進んでいる。

第3章 福島の人も知らない福島の今
 『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』は、飯舘校の校舎の様子を詳細に説明するモノローグから始まる。

   歩く音C.I.
   幕が上がる
   ・ハルカ、上手奥より登場。
   (中略)
    ♪歩く音C.O.
   ハルカ  (正面を向いて)私たちの校舎は、歩くとこんな音がします。…プレハブ校舎だから。…白く塗ったベニヤの壁、むき出しの黒い鉄の柱。アルミサッシのドア、アルミサッシの窓。…プレハブ校舎だから。
  (中略)
   ハルカ  生徒が10人も入ったらいっぱいになる、そんな小さな教室。(中略)黒板はここ、入り口はここ。アルミサッシのスライド・ドアです。プレハブ校舎だから…。明日から、飯舘村の校舎に通う生徒たちは、朝から村の校舎に行って大掃除をしている。ここに、このサテライト校舎に残っている生徒は、たったの3人。…そんなある日のことを、そんな3人のことを…想像してみる。[注7]

   飯舘校は実在する学校だが、校舎の壁や柱やドアがどんな素材か、どんな足音がするかは、想像に任せることもできるだろう。なぜここまで詳細に飯舘校について説明するのか。
   飯舘校サテライトに敷地を貸している福島県立福島明成高等学校から敷地内転勤をして、飯舘校に赴任し演劇部を立ち上げた『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』作者の矢野青史(本名:西田直人)は、東京公演で販売されたパンフレットに寄せた「飯舘校演劇部と私」にこのように記している。

    「今、どこにあるんだっけ?」
   飯舘校に赴任直後の2014年4月、娘の高校の入学式で再会した元同僚からかけられた言葉です。同じ福島市にある、しかも同じ県立高校の教員が「飯舘校サテライト」の存在を忘れている!それが現状なのだと思い知らされた瞬間でした。[注8]

   震災から3年しか経っていない、飯舘校が福島明成高校にサテライト校舎を設置してから2年しか経っていない、2014年でさえ、同じ福島の人がサテライトの存在を忘れてしまっていた。そして、矢野は続けてこう記している。

   飯舘校では今まさに、生徒が学んでいる。先生たちも今まさに、一生懸命教育活動をしている。そんな飯舘校の存在を世間に伝えなくてはいけない、忘れられたままにしておきたくない、(中略)演劇部を作って、この世界に「存在」しなくてはならない、と強く思いました。[注9]

   震災後、多くの高校の演劇部たちが震災にまつわる作品を作ってきた。矢野も『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』だけでなく、2011年、福島明成高校演劇部顧問時代に、母校で卒業できなかった悲しみと周りに溶け込めない寂しさを抱えた原発事故で福島市の高校に転校した3年生の少女と、避難所で暮らしている福島市出身の少女の心の交流を描いた作品である「そこで、咲く花」を上演している。『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』と同様に、福島の現状を描いた「そこで、咲く花」について矢野はこう述べている。

   この作品は、震災当時勤務していた福島明成高校という、福島市にある農業高校から見えた出来事を題材に書きました(中略)こういう事が起こっている、と。目にした事実に想像力を加え、きちんと観ていただけるドラマの形にしたい。[注10]

   矢野にとって福島の高校生たちの現状を描くことは、非常に重要なことであると考えられる。
  しかし、『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』で描かれている福島の現状は、「そこで、咲く花」で描かれている福島の現状とは大きく異なっている。『第27回FNSドキュメンタリー大賞 サテライトの灯〜消えゆく“母校”〜』のホームページに、以下の番組スタッフのコメントが掲載されている。
     
   理想と現実のはざまで揺れ動く7年目の福島の現在地をサテライト校の今が、映し出していると感じました。福島の人も知らない福島の今が、ここにあると感じたのです。[注11]

   「そこで、咲く花」で描かれていた福島の現状は、原発事故で避難をした少女と避難所暮らしの少女という、福島の人でも他県の人でも当たり前に知っている現状であるが、『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』で描かれている現状は、「福島の人も知らない福島の今」あるいは「福島の人だから見えない福島の今」である。
   では、『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』における「福島の人が知らない福島の今」とはどのようなものか。
   『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』に登場する福島県立相馬農業高等学校飯舘校サテライトは、実在する学校である。1949年に福島県立相馬農業高等学校大館分校として開校し、2008年に現校名に改称。2011年、福島第一原子力発電所の事故により学校の所在地である飯舘村が計画的避難区域に指定され、サテライト校として福島県教育センターへ機能を移転。2012年、福島市にある福島県立福島明成高等学校の敷地内にプレハブ校舎を建て移転した。震災直後は、飯舘村やその周辺などから避難しサテライト校に通っている生徒がほとんどであったが、震災から7年経った今、新たな役割を持つようになった。

   サトル  (中略)7年間、ずっと福島市にあるので、今や飯舘校に通ってる生徒の7割は、飯舘村とは何の関係もない福島市の生徒だ。
   (中略)
   ハルカ  はっきり言うと、福島市の高校に入れない福島市の生徒が、うちの学校に入ってくる。
   サトル  (止まって)飯舘中学校出身の生徒は、11パーセント。[注12]

   以上の引用は、本作冒頭のモノローグである。しかし、これは作中だけの話ではない。現実の飯舘校でも同じ状況になっている。「福島市の高校に入れない生徒」とは、中学時代に不登校を経験して、福島市内の全日制高校に入学することが難しい子どもたちである。いつ飯舘村に戻るかわからない、しかも村に戻ったら福島市内からは1時間半かかるので福島市からは通えない。そして、飯舘村から避難してきた人々も、福島市での生活が当たり前になり、避難指示が解除されても村に戻るかどうかわからない。そんな中で飯舘校の倍率は下がり、本当なら全日制の高校に進学できない福島市出身の受験生たちの受け皿となった。

   イクミ先生  いや、多いよ。2ケタいってるじゃん。
   ハルカ  いってますけど、でも、中学の時に比べたら、これでも全然来てるんですよ。あたし中学は、ほとんど行ってなかったんで。
 (中略)
  サトル  オレもさ…、中学時代は、不登校だった。
  ハルカ  …知ってるよ。
  サトル  (強く)中1の時、親が離婚して苗字が変わって。それ結構からかわれて、いじめられて。それで家に引きこもっちゃった。[注13]

   登場人物たちも中学時代に不登校を経験している。そして、実際に演じた役者たちも、イクミ先生役の高橋夏美以外は福島市出身であり、ハルカ役の菅野千那、サトル役の後藤滝翔も中学時代に不登校を経験していた。また、ユキ役の菅野優歩も小学6年生と中学2年生の時にいじめにあい、周りに馴染めなかった経験がある。[注14]
   福島県の公立高校には、不登校を経験している子どもたちの受け皿として定時制の高校や通信制の高校は設置されている。しかし、神奈川県のクリエイティブスクールのように、不登校を経験している生徒など、中学時代の内申点が低い生徒を受け入れるために、内申を提出せず面接と小論文だけで合否が決まる全日制の高校は設置されていない。もちろん、不登校を経験している子どもたちでも定時制や通信制の高校に進学する子どもたちは少なくないが、中学時代にちゃんとできなかったからこそ、昼間の時間に、制服を着て、毎日決まった時間に、決まった場所にちゃんと通うことが、彼らにとって重要だった。

   サトル  でも今はオレさ、あの時、もっと頑張れなかったかなって思ってる。(中略)中学2年からは出席ほとんどゼロ、成績もオール1。そういうの全部リセットして、高校に行きたいって思った。(中略)でも無理だった。1期入試も2期入試も落ちた。先生が探してくれて、もしかしたらって、飯舘校はサテライト校だから、毎年定員割れてるから、もしかしたらって、3期入試で、飯舘校受けた。…合格した。合格したよ!こんなオレが!もう3月も終わりの頃だった。飯舘校だけがオレを入れてくれた。こんなオレでも入れてくれた。だからオレ、飯舘校に感謝してる。(中略)だってオレ、飯舘校がなかったら、高校には入れなかったんだから。[注15]

   原発事故によって避難を余儀なくされた子どもたちが、避難先でも自分の高校に通えるようにと設置されたサテライト校は、いつしか中学時代に様々な理由によって学校での居場所を失った子どもたちの居場所へと役割が変化していった。この役割の変化が、「福島の人も知らない福島の今」である。しかしこの変化こそが、『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』の登場人物たちを苦しめることになる。

第4章「ふるさと」の喪失という特殊性
   飯舘校演劇部は、2014年6月に飯舘校演劇愛好団として結成。同年10月に文化祭にて、「いいたてコント!」を上演。12月の生徒総会で、文化部(演劇)の設立が正式に認可された。2015年2月には旗揚げ公演として、『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』と同じく飯舘校の現状を描いた、「ファントムオブサテライト」を上演。2015年5月には、大会初参加作品として「戦え!I2T2!」を上演。そして同年秋には、「ファントムオブサテライト」を大幅改稿し、「ファントムオブサテライト〜飯舘校の怪人〜」と改題し、演劇部として初めてのコンクールに参加。青森県八戸市で行われた東北大会に、飯舘校演劇部として初めて出場した。その時の様子を振り返り、矢野はこう述べている。

   “ポッと出”の部が東北大会に出るということでプレッシャーも大きかったですが、何とかやり遂げました。並み居る強豪校に伍しての上演は立派でした。感無量!ただ、遠く青森八戸のお客様たちに「サテライト校」をわかってもらうのには苦労しました。客席の反応は「?」な感じがありました。しかし、この経験が『いつか、その日に、』執筆に活きたと思っています。(広く伝えるには「特殊から普遍へ」を目指さなくてはならない、ことを学びました)[注16]

   創部2年目の演劇部にとっては大成功と言ってもいい結果ではあるが、福島以外の人には飯舘校の現状を伝えきれなかった。その経験から、普遍性を盛り込むことを目指した。
  では、『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』における普遍性とは何か。
  そのことを整理するために、矢野が飯舘校に赴任したあとに書いた、「戦え!I2T2!」と「ファントムオブサテライト〜飯舘校の怪人〜」の特殊性を考えていく。
  まずは、「戦え!I2T2!」について。「戦え!I2T2!」は、2015年5月、南相馬市鹿島区さくらホールで行われた相双地区春季発表会にて上演された、飯舘校の大会初参加作品である。春季発表会は全国大会につながるコンクールではないため上演は1回のみであり、「ファントムオブサテライト〜飯舘校の怪人〜」や『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』と比べると、上演回数は非常に少なくなっている。
 「戦え!I2T2!」の舞台は、宇宙大災害から4年経ったプルサト星とシマフー星である。宇宙大災害から4年経っても、自分たち家族が元々暮らしていたプルサト星を取り戻すために必殺技「ジョーセン光線」を用いてI2T2は戦い続けているが、プルサト星以外の人々のプルサト星への関心は段々と薄れていっていた。
 
  キャスター  I2T2さん!銀河共和国公営放送局のクルノです。ちょっと、お時間よろしいですか?
 I2T2  ああ、どうも、久しぶり。
 キャスター  ご無沙汰しておりました。
 I2T2  あんまり来ないですよね、最近。
 キャスター  すみません!今はあの、「シマフーDC観光キャンペーン」の方で結構忙しくしてまして、
 I2T2  ああ、そうですか。
 (中略)
 キャスター  でも、4年間も戦っていると、他にも色々なニュースが入ってくるので、どうしても取材回数は減ってしまうのですが…。
 I2T2  気にしないでください。公営放送さんだけじゃない。最近、どこの放送局もそうなんです。
 キャスター  すみませんです。しかし、くどいようですが、忘れた訳ではありませんよ!我々銀河共和国の人々が「絆」を感じ深めた、あの宇宙大災害の日からずっと、我々はプルサト星の皆さんを応援していますよ![注17]

  プルサト星のことを忘れたわけではないと言いながらも、「観光キャンペーン」や「絆」といった明るい話題に優先的に目を向けるようにメディアの流れが変わってきている。
   2013年、前任校の福島明成高校時代に、矢野は「助けあいジャパン情報発信本部」というYouTubeのチャンネルのインタビューでこう述べていた。

  どうか福島のことを見守っていただきたい。理解することは難しいかもしれないんですけれども、どうか頭の片隅に置いていただけたら[注18]

   福島のことを忘れないで欲しいという思いが強い矢野にとっては、福島のなかで日常を取り戻すために戦っている人々がいるということが忘れられてしまうことは、非常に苦しいことであったと考えられる。
 「戦え!I2T2!」には、震災に関連するワードをもじったと考えられるものが非常に多く登場する。シマフーは福島、宇宙大災害は東日本大震災、ボージャノンは放射能、ジョーセン光線のジョーセンとは除染のことであろう。そして、プルサト星とは飯舘村を表している。
   戦い続けるI2T2は、段々と心無い声をかけられるようになっていく。

   倒れているI2T2の後ろに百言(SNSを思わせる野次馬)たちが現れる。
 (中略)
   百ル  いくらやっつけても、どうせまた現れるんだよ、ボージャノンは。やるだけムダムダ!
   I2T2 わかってるよ!(※百言たち、一列に並んで百ルを守る動き)そんなことわかってるんだよ!それでも、戦うしかないんだよ!
   百キャ  実際のところ、ジョーセン光線って効果ないって話しでしょ。
   百ル  やっつけたボージャノンも結局他の星に置いてあるだけだから、意味ないんでしょ?
 百マ  えーまじー。
   百ル  もう、プルサト星はあきらめた方が賢いでしょ。
 (中略)
   百ル  ボージャノンとの戦いに使う金、最初からプルサト星人に配ればよかったんじゃね?[注19]
 
 このような言葉を浴びせられるなかで、I2T2は段々と追い詰められていく。

   I2T2  人を傷つけておいて、(※背中を向け壁を作る百言)何が表現の自由だ!お前達の一言一言が、オレたちのやる気を傷つけるんだよ!何で人の足を引っ張ることばっかり言うんだよ![注20]

   どんなにプルサトを取り戻すために戦っても、同じ福島の人々にもプルサトが段々と忘れ去られる、あるいは忘れようとされることに、怒りを爆発させる。
   そして、I2T2の娘であるYHや妻であるRLにもこんな言葉をかけられてしまう。

   YH  シマフー星の高校行きたい!
   I2T2  なに?だってお前、シマフー中学校でいじめられて、プルサト星に早く帰りたいっ/て
  YH  こっちの高校行きたい!あたし、シマフー高校行きたい。
 (中略)
   RL  最初はいじめられてたけど、3年になって友達、できたのよ。その子と一緒にシマフー星の高校に行きたいって、同じ高校行きたいって。(YHへ)ね。
 I2T2  …。
   RL  それに、仮説のプルサト高校も、今はプルサトの子より、シマフーの子の方が多いんだって。
 I2T2  何だって?
  RL  もう今は、プルサト星の子どもでも、シマフー星の高校行く子がほとんどなのよ。
   I2T2  それじゃあ何のためのプルサト高校なんだよ![注21]

   シマフー星での生活が長くなっていくなかで、シマフー星での生活の基盤も整い、シマフー星での生活が当たり前になってしまった。もうわざわざ、プルサト星に戻る必要はない。しかし、I2T2にはそのことが受け入れられない。どんなにプルサト星の存在が薄れていっても、I2T2は戦い続ける。そして、ラストには、こうなる。

   I2T2  (上手で)自分の意思でふるさとを捨てるのは仕方ないよ!でも、ボージャノンにやられたから捨てるってのはおかしいだろ!(下手で)捨てるんなら、まずプルサト星を取り戻して、それから堂々と捨てればいいだろ!(上手で)順番が逆だろ?捨てるのは後!(真ん中で)取り戻すのが先だ!
 戦うI2T2。(見えない敵にパンチを振り回す)
   I2T2  (よろよろ歩きながら)みんな忘れちまったのか?覚えているのは俺だけか?(片膝をつく)信じているのは俺だけなのか?おーい!おーい![注22]

   忘れられていく無力感のなかで、それでも戦うことを諦めず、さらには共に戦う仲間を探していく。飯舘村の抱える福島の人々の、そして飯舘村出身の人々の飯舘村への思いが薄れていくことを、心のどこかでは感じながらも、それでも前に進むことを諦めないという強い思いを受け手に突きつけてくる戯曲である。しかし、「戦え!I2T2!」の段階では、飯舘校サテライトの現状を伝えることにウエイトを置くのではなく、飯舘村自体の現状を描くことにウエイトを置いていたといえる。飯舘村の現状は、福島県以外の人々、そして飯舘村以外の同じ福島県の人々にも、非日常であり、特殊な状況であるといえる。
   次に、「ファントムオブサテライト〜飯舘校の怪人〜」について。「ファントムオブサテライト」は、2015年2月に演劇部の旗揚げ公演の演目として書かれた。その後、同年10月に飯舘校初のコンクール参加作品として、「ファントムオブサテライト〜飯舘校の怪人〜」と改題され上演された。「ファントムオブサテライト〜飯舘校の怪人〜」制作のきっかけについて矢野はこう記している。

   村の飯舘校とサテライト校の間で揺れる生徒や“校舎”の気持ちを描きました。
 (中略)
   なにしろコンクールです。上演するだけでも十分すごい事だと思っていましたが、やはり個人的には県大会に出たかったのです。(中略)他校と同じことをしていたのでは明らかに不利です。それをひっくり返して県大会にいくためには「うちにしかできないことをやる」しかありません。「うちにしかできない」こと、それは、サテライト校舎で学ぶ私たちの状況を芝居にすることです。[注23]

   創部からまだ日も浅いうえに、飯舘校そのものの生徒数も少ないため、演劇部の部員数も少ない。その中で特殊性を出すために、サテライト校での生徒と教員の姿を描く「ファントムオブサテライト〜飯舘校の怪人〜」がコンクール初参加作品として選ばれたのだ。
 「ファントムオブサテライト〜飯舘校の怪人〜」の冒頭は、『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』と同様に、登場人物たちが飯舘校の様子を詳細に説明するところから始まる。
  しかし、プロローグが進むにつれ、大きく異なる点が出てくる。

 ユウジ  (上手、遠くを見て)福島県立相馬農業高校飯舘校。
 ♪小さなラップ音(※プレハブ校舎に一人でいるとたまに聞こえる、柱?がカーンと鳴る音)[注24]

 『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』とは異なり、「ファントムオブサテライト〜飯舘校の怪人〜」では、ラップ音と称される柱が鳴る音が重要なモチーフとして何度も繰り返される。
  プロローグが終わると、そこは飯舘校の教室である。放課後にブツブツと独り言を言っているユウジに、ルナが声をかけるところから進んでいく。
  ハマノ先生に下校を促され、バスの時間に合わせ帰宅するために学校を出るルナ。自転車通学で時間のあるユウジは、教室の鍵締めを任される。

 ♪大きいラップ音
   ユウジ  (それを聞いて立ち上がる)一人で学校に残っていると、たまにこんな音がする。プレハブ校舎だから?[注25]

   鍵締めが終わり職員室に鍵を戻しにいくが、中にいるハマノ先生は固まったまま動かない。

 ・ハマノ先生、無言…。
 ・ユウジ、しばしハマノ先生を見つめ、周りを見て、
 ♪大きいラップ音
   ユウジ  …飯舘校では、たまにこういうことが起きる。『飯舘村写真集』を開いた日に、一人で学校に残っていると。(間)時間が凍る。先生も凍ってる。そんな時は決まって(間)「あの人」がやってくる!
 ♪大きいラップ音
・ファントム、下手ソデから登場!
  ファントム  いない、いない、(しばらく言い続けながら「エリア」の奥を上下にさまよう)[注26]

 ここではまだ、他の登場人物たちには「あの人」が何者なのかわかっていない。繰り返されるラップ音、一人でいると現れる「あの人」。このラップ音について、矢野はこう記している。

  発想の元は、休日一人飯舘校で仕事をしていた時に聞こえたカーンというラップ音(?)でした。「ああ、村の校舎の魂がここに来ている」と、なぜか思ったのです。それが忘れられなくて脚本にしました。[注27]

   ファントムは校舎のなかを、何かを探しながらさまよい続ける。

   ユウジ  「あの人」はいつも、誰かを探している。オレは必死に声をかけるんだけど、「あの人」には聞こえない。でも、今日は違った!
 ♪大きいラップ音
   ファントム  ああ!いた!(とユウジに飛びついてくる)
 ユウジ  うわあ!
  ファントム  ああ…違う!お前じゃない!(と突き飛ばす)
 (中略)
   ユウジ  (起き上がって)ねえ!誰を?誰を探しているんですか?
 ファントム  ん?
 ユウジ  いない、って、
 ファントム  …子どもたちだよ、私の。
 ユウジ  子どもたち…?[注28]

   高校の校舎の中に、小さな子どもがいることはほとんどないだろう。しかし、ファントムはサテライトの校舎の中で、自分の子どもたちを探し続けている。ユウジも、職員室の鍵を持ち出しサテライトの校舎の教室を探し回るが一向に見つからない。すると、帰ったはずのルナが戻ってくる。

 ・ルナ、登場。遅れて小ファントムも登場。
 ユウジ  ルナ!どうしたの?
   ルナ  帰ろうとしたら、外にこの子がいて、校舎の周りを歩いてて。それで「飯舘校にお母さんが来てる」って言うから連れて来たの。そしたら下でハマノ先生が固まってて、いくら話しても反応ないんだよ![注29]

   お互いに誰かを探していたファントムと小ファントムは、飯舘校サテライトの生徒であるユウジとルナによって引き合わされる。

   小ファントム  (不安げに)お母さん?あなたは、わたしのお母さんだよね?
  ファントム  (突き飛ばして)違う!お前じゃない!
 (中略)
   ファントム  こいつはね…4年前にここで、このちっぽけな場所で生まれたんだ。だから「悲しみ」を知らないんだ。どうせすぐいなくなる運命なんだよ。(小ファントム、うつむく)だからこんなヤツは、放っておけば良いんだよ!
 (中略)
   ファントム  どこにいるの?私の子どもたち!「悲しみを知っている私の子どもたち」はどこ?[注30]

   引き合わされた小さな子どもは、自分の子どもではなかった。さらに子どもたちを探し続けるファントム。それを追いかけるユウジ。そして、ルナもユウジを追いながらファントムの子どもたちを探していくが見つからない。

  ユウジ  やっぱり、さっきの子しかいないな…。
 ♪大きなラップ音
 ルナ  (エリアに入って)…ユウジ…ダメだよ。
 ユウジ  え?
 (中略)
   ルナ  …あの人はさ、…「ファントム」だよ!
 ユウジ  ファントム?…
   ルナ  「飯舘校のファントム」。「飯舘校の怪人」!
 ユウジ  …何だよ、それ?
 ルナ  …今、あたしが名づけた。
 ユウジ  「飯舘校の…怪人」?
 (中略)
  ルナ  (取り合わず)オペラ座って古い劇場に住んでる怪人!若い女優さんに取り憑くんだよ!ファントムに関わったら、きっとユウジ取り憑かれちゃうよ!ね!帰ろうよ!こっそり帰ろ![注31]

  ここで、初めてファントムの正体が明かされる。飯舘校で鳴るラップ音に導かれるように現れる「あの人」の正体は、「飯舘校の怪人」=ファントムである。では、ファントムが探し続けている「私の子どもたち」とは一体誰なのか。

   ルナ  だって、ファントムが子どもたちを見つけるってことは、
 ユウジ  見つけるってことは?
   ファントム  たくさんの子どもたちがいた!私も、もっともっと大きかったのに!
   ルナ  飯舘村の校舎に、うちの学校が戻るってことじゃないの?
   ファントム  戻りたいよ!5年前の私に!(再び、さまよい始める)
 ユウジ ええ?
   ルナ  そうだ!ファントムがここで子どもを見つけたとき、飯舘校はきっと、飯舘村に帰っちゃうんだよ![注32]

  ファントムが、村の校舎の怪人であることがここで明かされる。そしてファントムが探している子どもたちとは、村の校舎に通う生徒たちであり、村の校舎での思い出である。しかし、ファントムが子どもたちを探し出すことができれば、村の校舎に飯舘校が戻ってしまう。そうだとすれば、ルナやユウジたちは、飯舘村が遠すぎて通えない。サテライト校舎の生徒たちにとっては、母校を失うことになるのだ。
   ファントムは小ファントムに対して、強く当たり続ける。

 ・小ファントムを突き飛ばす。
 小ファントム  (倒れて)お母さん…、
   ルナ  逃げないでよファントム!よく見てよ!この子はあなたの子なんでしょ?いなくなった子どもたちの代わりに生まれた、あなたの子なんでしょ?[注33]

  ここで小ファントムが、サテライト校のプレハブ校舎の怪人であることが明かされる。村に戻りたいファントムは、福島市にあるサテライト校の小ファントムのとこがどうしても受け入れられないのだ。
   ファントムが子どもたちを見つけられるようにファントムとともに探し続けるユウジ。村に飯舘校が戻ってしまうのが嫌で、小ファントムを守り続けるルナ。二人は次第に対立していく。

  ルナ (エリアに留まったまま)あたしたちはこの子の味方にならなきゃ。あたしたちが味方にならなかったら、誰がこの子を守るの!よく考えてよユウジ!あたしたちにはファントムの悲しみはわからないんだよ!ね、ユウジ!そうでしょ?本当の身体をなくしたファントムの、本当の悲しみは!…あたしたちには、あたしたち福島市の子どもには、ファントムの子どもは見つけられない!絶対に!
 ・ユウジとファントム、ルナのいる「部屋」に戻って。
   ユウジ  …わからなくても、想像はできる。共感はできる。
 ルナ  そんな共感なんか、偽善だよ!
 (中略)
   ルナ  ねえファントム!今ここにいるのは、この子だよ!いない子を探しているヒマがあったら、この子の世話をしようよ!
   ファントム  何も知らないクセに、外の人間がつべこべ口を出すんじゃないよ![注34]

   ファントムはルナに襲いかかるが、力が出ず、小ファントムに引き剥がされてしまう。人のいない村の校舎には、サテライト校に対抗できるほどの力はもう無かった。そして、その力の差を実感したのか、今までとは打って変わったように、ファントムは小ファントムに優しくし始める。

   ファントム  …私たちには母親なんていないんだよ。でも、子どもはいる。(中略)あんたには今、ちゃんと子どもがいるんだから。…しっかり守ってあげなよ。
 小ファントム  …あたしの、子どもなの…?
   ファントム  …あんたが、大きくなっていくのが悔しかった…。私が小さくなっていく代わりに、あんたがどんどん大きくなっていく。…でも、あんたがここで生まれなければ、私は、本当にこの世から消えていたかもしれない…。…だから本当は…、あんたに感謝しなくちゃいけないのかもしれないねえ。
 (中略)
   ファントム  わかってるんだよ…。敵を作って責めても、何にもならない。「お前が悪い」「お前が悪い」って誰かを責めても、何にもならない…。…わかってるんだよ…。…わかってるんだよ…。…でもこの気持ち、どうしたらいいんだろうね。…誰か、教えてくれないかね。[注35]

   自分の無力さを受け入れるとともに、怒りのやり場を失い戸惑うファントムに、ユウジは言葉をかける。

   ユウジ  やっぱりオレには…、あなたの探している子どもたちは、見つけられないと…思う…。さっき、あなたが怖かった。あなたの心の底にある怒りが…。
 ファントム  ああ…。
   ユウジ  共感はできる。でも…本当の力にはなれない。悲しみを知らないオレには…。
   ファントム  そうだよねえ…。そうなんだよねえ…。
 ・一同、沈黙。
 ユウジ …ごめん。
   ファントム  あんたは優しい子だ。(ユウジを撫でて)私の子どもたちも、同じ服を着ていたよ…。
 ユウジ  ああ。
   ファントム  (小ファントムに)あんたが消えてなくなる日まで、私は、一人で待っているよ。あの懐かしい場所で、待っているよ。[注36]

   確かに、福島市の子どもであり飯舘村に縁のないユウジが、どれだけ村の校舎のことを考えても、何かが大きく変わることはないだろう。だが、ユウジが諦めずに小ファントムをファントムとともに探し続けたことによって、ファントムは自分の無力さを受け入れ、サテライト校舎の生徒たちのことを受け入れることができたのだ。
   ファントムと小ファントムが現れた翌日の放課後、ユウジとルナは昨日の出来事を改めて振り返る。そして、ルナとユウジはある決意をする。

 ルナ  この学校に来たから、会えた。
 ユウジ  うん。
 ルナ  そして、このお芝居を観る人も。
 ユウジ  …お芝居?
   ルナ  うん。演劇。やってみたくなった。ここで。
 ユウジ  演劇?
   ルナ  (うなづいて)昨日の夜のことをさ、お芝居にして。…ね!やろうよ。一緒に。
   ユウジ  (少し笑って)…ああ。オレたちにも、できることが、ある。
   ルナ  (首を振って)あたしたちだから、できることが、ある。[注37]

   第3章でも書いた通り、矢野は飯舘校の存在を世間に伝えるために、飯舘校で演劇部を作ったと述べている。コンクール初参加作品である「ファントムオブサテライト〜飯舘校の怪人〜」で、このようなセリフを入れたのは、ある種の決意表明であるとも取れる。福島市に住む自分たちが、村から避難せざるを得なくなってしまった人々やモノのことにどれだけ思いを馳せても、何かを変えることは確かにできないかもしれない。しかし、自分たちが飯舘校の現状を芝居にすることで、飯舘校の現状を飯舘校に通う人々以外にも伝えていくことができる。「戦え!I2T2!」にも登場した、戦うことを諦めないということが、「ファントムオブサテライト〜飯舘校の怪人〜」でも強く表されている。
 「ファントムオブサテライト〜飯舘校の怪人〜」では、飯舘村の地名が羅列されるセリフや、『飯舘村写真集』を登場人物たちが読むシーンなど、飯舘村の情報が多数登場する。飯舘校の現状を伝えるためには、もちろん飯舘村のことは無視できない。だが、飯舘村に関するワードの比重が大きくなると、福島以外の人々にとっては、私たちの日常のどこかにある物語ではなく、特異な状況によって生まれた非日常の物語になってしまう。東北大会で「ファントムオブサテライト〜飯舘校の怪人〜」を上演した際、福島以外の人に飯舘校の現状を理解されづらかったのは、「ファントムオブサテライト〜飯舘校の怪人〜」が、福島以外の人々にとって自分たちが暮らす世界と違う世界の物語になってしまったからであろう。

第5章  「ふるさと」の喪失という普遍性
  ここまで、飯舘校で『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』の前に上演された2つの作品を整理した。ここからは、『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』がどのような普遍性を持ち、福島県以外の人々に受け入れられていくポイントとなったのかを整理していく。
『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』は、福島県立相馬農業高等学校飯館校演劇部により、2016年6月、福島県相双地区の高校演劇春季発表会で『いつか、その日に、』として上演された。その後、11月の相双地区高等学校演劇コンクールにて上演。この際、現作品名に改めた。県大会、東北大会へと進み、2017年8月、宮城県で行われた第63回全国高等学校演劇大会に出場。全国大会での上演が目に留まり、趣向主宰で劇作家のオノマリコ、青年団の井坂浩を中心に東京公演が企画され、東京都のアトリエ春風舎にて2018年2月11日と12日の二日間、4公演を実施。3月、NHKラジオ第一『震災7年  福島“漂流する”子どもたち』にて東京公演の模様と、観客のインタビューが放送された。また、同じく東京公演の模様と演劇部の分散式、卒業式の模様が、『第27回FNSドキュメンタリー大賞 サテライトの灯〜消えゆく“母校”〜』として、福島テレビで5月に、フジテレビで9月に放送され、12月に大賞受賞が発表された。この『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』の概要を見ても、『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』が、福島以外の多くの人々に受け入れられたのがわかるだろう。「ファントムオブサテライト〜飯舘校の怪人〜」と、『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』の大きな違いは、居場所の問題をメインに置いたところである。
   飯舘校の様子を詳細に語るプロローグで、以下のようなセリフが登場する。

   ハルカ  (中略)中学校の、ゴツゴツした歩き心地とはずいぶん違う、柔らかい歩き心地。この音を聞いていると、いつか、この校舎が崩れてしまうんじゃないか、この校舎が消えてなくなってしまうんじゃないか。そんな気持ちになる。
    (中略)
   サトル  福島市に、かすかに灯ったサテライトの灯り、つまり「衛星」の灯り。それが僕たちの高校。
   ハルカ  その灯りはとても弱い。今にも消えそうなくらい弱い。私は時々考える。この柔らかい床の上を歩いている時、強い風が吹いて、校舎が揺れている時に、考える。このプレハブ校舎が、いつか消えて無くなる日のことを。[注38]

   彼らにとって、中学校は硬く冷たく、自分たちを拒絶する場所だった。そんな自分たちを、飯館校の柔らかい床のプレハブ校舎は受け入れてくれた。しかし、飯館校はいつか福島市から消えてしまう、弱々しい「灯り」である。
  また、中盤では、ユキが音楽のテストの追試の練習で、「ふるさと」をリコーダーで吹いている。次の日が終業式のため、ハルカやサトルと同じように村の校舎に通わないユキは、その日のうちに合格をしなければいけなかった。

   ハルカ  (ユキに)ね、その曲さ、ひょっとして「ふるさと」?
   ・答えずアルトリコーダーを吹くユキ
   サトル  学年末テストの赤点だから、「ふるさと」に決まってるだろ。
   ハルカ  聞こえないなー、「ふるさと」には、「ふるさと」ってこんな曲だったっけ?
   サトル  やめろよ、そういうこと言うの。
  (中略)
   ・しばしユキのアルトリコーダーを聞くハルカ。
   ハルカ  …「ふるさと」に聞こえない「ふるさと」。「ふるさと」になれなかった飯館校…。[注39]

   ユキの不安定な「ふるさと」の演奏は、飯館校という存在の不安定さを表している。この2つの場面から、飯館校が非常に弱くて脆い存在であると表していることがわかる。
   この弱くて脆い存在が村に戻ることが決まることは、いつか来る未来だとわかっていても、ハルカは悔しさと怒りを抑えきれない。

   ハルカ  あたしたち、この柔らかいプレハブ校舎に守られてるって思ってたけど、そうじゃなかった。幻の校舎、幻の学校!明後日には、全部消えてなくなっちゃうんだよ!
 (中略)
   サトル  だから、そういうの、わかってて入ってきたんだろ?いつかなくなるかもしれないって!途中でなくなるかもしれないって!今更そんなこと言うなよ!もっと前向けよ!ちゃんと前見ろよ!
   ハルカ  前向いてきたよ、あたし!高校入ってからは、ちゃんと毎日学校来て、成績はクラスで2番!美術部では部長やって、県の展覧会では奨励賞ももらった!本当なら、生徒会副会長だってやるはずだったんだよ!(中略)副会長に当選した日、うち帰ってお母さんに言った。「こんなあたしが、高校では生徒会役員だよ」って。お母さん言ってくれた。…「もう昔のハルカじゃないね」って。「ハルカ、高校で生まれ変わったね」って。そしたら次の日に「学校は、3月17日に飯館村に帰ります」って!(中略)普通の高校だったら、そんなことってある?[注40]

   そして、冒頭のモノローグ以降、リコーダーを吹き喋らないユキに対しても、ハルカは怒りを爆発させ、衝突してしまう。

   ハルカ  ね、あんたもなんか話してよ。もう最後なんだから。
 ユキ  (アルトリコーダーを吹いている)
   ハルカ  …この学校には、ユキの笛がお似合いだよ。『ふるさと』に聴こえないユキの『ふるさと』。「ふるさと」だと思ってたけど「ふるさと」じゃなかった飯館校!
  (中略)
  ハルカ  (ユキに)あんたいつもそうでしょ。いつもそうやって誰とも話さないで。あたしが声かけても返事もしない!あんた、この学校で楽しい思い出なんてある?ないよね?それであんたここ、「ふるさと」って言える?ね?どうなのよ?
  (中略)  
  ハルカ  やめろって言ってんだよ!なにが「ふるさと」だよ!全然聞こえないよ、「ふるさと」に!
   ・ユキのアルトリコーダーを奪おうとするハルカ。
   ・立ち上がって笛を守るユキ。
   ユキ  (笛を確保した後、ハルカに向かって)「ふるさと」だよ!
   ハルカ  こんな学校でなにが「ふるさと」だよ!こんな学校のどこが「ふるさと」なんだよ!
   ユキ  「ふるさと」だよ。この学校はあたしの「ふるさと」だよ。
   ハルカ  (驚いて)…だからどこが「ふるさと」なんだよ!
   ユキ  …「ふるさと」だよ…。[注41]

   また、サトルも飯館校に対しての思いを語る。

   サトル  だからオレ、飯館校では頑張った。成績、1番とったよ!こんなオレがさ、成績、1番。そして、生徒会長!1ヶ月で交代になっちゃったけど、でも1ヶ月は生徒会長だったんだ!
   ハルカ  だからだよ!だから頭に来ないのかって!
  サトル  飯館校来てわかった。…こんな俺でも、ちゃんとやればできるって。休まないで学校来てちゃんとやればできるって!苦しい時に頑張れたら成長出来るって。[注42]

   それぞれの登場人物がそれぞれに飯館校に自分の居場所を見出してきた。愛する場所を失う悲しみ。自分たちが成長出来た、自分たちを受け入れてくれた場所を失う悔しさ。そんな思いを、自分たちを守ってくれている飯館校にぶつけている。
  しかし彼らは、飯館校が村に戻ることが、誰かが望む未来であることも知っている。よくある閉校のように生徒数減少によって学校がなくなるのとは違い、飯館校が村に戻ることは喜ばしいことなのだ。自分たちがどれだけ悔しさをぶつけても、村に戻ることをとめることはできない。
   矢野は、『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』の戯曲が、雑誌『演劇と教育』に掲載された際、「作者のことば」に「誰にでも、どこででも、」と題したコメントを寄せている。

   この脚本は、私たち福島県立相馬農業高等学校飯館校サテライトの物語ですが「仮想劇」でもあります。(中略)ドキュメンタリー性は強いものの「架空の物語」ですから、「当事者性」に囚われることなく、どうかお気軽にリーディングや上演に取り上げていただけたら幸いです。(中略)またこの作品は、「大きな力によって、自分の愛する場所を失う」物語でもあります。そうした視点から取り上げていただいても結構です。[注43]

 『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』では、村の校舎の存在感はかなり薄まり、サテライト校の校舎での生活の比重が非常に大きくなっている。実は、地区大会までは村へ帰った生徒たちの姿を描いたシーンがあった。しかし、県大会を前に、そのシーンをカットする決断をした。

 「やはり私たちは、私たちの置かれた状況から作品を作るしかないのだ」と悟りました。[注44]

  実際に演じるほとんどの部員たちと矢野は、飯舘村での生活を経験していない。そのような状況で、村の校舎の様子にリアリティを持たせることは難しい。
 『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』の全国大会での上演後、特に東京公演の決定と飯館校の募集停止が決定したあとから、福島県以外のメディアで取り上げられることが多くなった。その中で、非常に多いのは、中学時代に様々な理由から学校に馴染めなかった部員たちの過去と、飯館校が無くなることへの思いを取材したものであった。子どもたちは、様々な場面で居場所を失う経験をする。その理由が、卒業であったり、転居であったり、実際に母校を失うわけではなくても、自分たちの望まないところで居場所を失ったり、違う世界へ放り出されてしまう。「自分の愛する場所を失う」物語が、普遍性を持ち、被災地以外の人々の多くの共感を受けたのは、多くの人々が持つ、「ふるさと」を失った記憶を呼び起こさせるからであろう。
  しかし、『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』の持つ普遍性は、特殊性であるともいえる。
  例えば、高校演劇界で非常に有名な戯曲に、今でも毎年のように様々な学校で上演される、上田美和作「トシドンの放課後」がある。教室に行くとどうしてもお腹が痛くなってしまい教室に行けない平野と、家庭環境の複雑さから少し問題を起こしてしまうあかねが、別室登校(あねにとっては別室指導)生活を通して、お互いに対しての理解と交流を深めていくが、あかねの謹慎が解除されたあとも別室登校を続けていた平野は、年度末で出席日数が足りず進級できないことが決まったところでラストを迎える。[注45]
 このように不登校ものの作品の多くは、今現時点で学校の中に居場所がなく、自分のクラスあるいは学校そのものから離れ、その現状にもがいているという登場人物を描くものである。ラストシーンで、登場人物が居場所を見つける描写がある作品もあるが、物語全体としては不登校児が現状に苦しんでいる、その葛藤を描くことを中心に進んでいくことが多い。
  だが、『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』の登場人物たちは、不登校から立ち上がり自らの居場所を見つけていて、その見つけた居場所が失われるという設定になっており、不登校ものの作品としては非常に珍しい。これはもちろん、未曾有の原発事故の影響によって生まれたサテライト校という特殊な状況が生んだ物語である。
  このように、『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日、』は、自分の愛する場所を失う物語という普遍性と、『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』の舞台であり、実際に演じる部員たちのいる飯舘校サテライト自体が持っている特殊性が結びつき、サテライト校以外の高校の演劇部では生まれることのない、強い魅力を持つ作品になった。

第6章  自分たちで作る居場所
   冒頭のモノローグが明けたあと、サトルは教室の片付けを進めているが、ハルカはなかなか片付けに手をつけられない。
 
   ハルカ  あたし、この校舎好きだから。ここ、あたしにとって、すごい大事な場所だから…。(中略)あたしが、頑張ってきた場所だから。あたしが、生まれ変わった場所だから。(中略)だから、片付けたくない。あたしがこの校舎に、トドメ刺すみたいだから…片付けたくない。
イクミ先生  …うん。
   ハルカ  …でも、わかってて入ったんです。わかっててここに入ったんです…。それに本当は、学校が飯館村に還るのは良いことだから、盛り下げちゃだめですよね…。[注46]

   飯館校が綺麗になれば、プレハブ校舎の終わりが来てしまう。村に戻ることへの悔しさと、村に戻ることを喜ぶ人がいることの間で葛藤するハルカ。しかし、ユキとのやりとりをきっかけに、少しづつ前を向き始める。

   ユキ  (アルトリコーダーを吹き始める)
   ハルカ  (ユキに)さっきはごめん。
   ユキ  (アルトリコーダーを吹いている)
   ハルカ ごめん!本当に!(ユキの背中に頭を下げる)
  ユキ  (吹くのをやめ、低めの声で)謝らなくていいよ。
 ハルカ  え?なに?なんて言ったの?
 ユキ  …。
  (中略)
    サトル  あのさ…「謝らなくていい」って、
    ハルカ  そうなの?そう言ったのユキ?
    ユキ  (うなずく)
   ハルカ  なんで?ね、なんで?もう許さないってこと?
   ユキ  (少し強く)違う!…この学校で、一番あたしに話しかけてくれたのはハルカだから。だから謝らないで。
   ハルカ  …(驚いて声が出ない)
   ユキ  ハルカ、…今までいろいろ、ありがとう…。(言った後、後ろを向く)[注47]

   ハルカは、飯館校に入って頑張ったからこそ、自分が生まれ変わったと感じていた。しかし、ハルカが飯館校で頑張っている中でしてきた行動が、意外にもユキの居場所を作っていたのだ。そして、今までユキに対してしてきたように、ハルカはユキに声をかける。

   ユキ  …(アルトリコーダーを吹く)
   ・少しの間。
   ハルカ  ユキ、1つだけアドバイス、いいかな?
   ユキ  …(吹くのをやめる)
   ハルカ  笛吹くときさ、もう少し肩の力、抜くと良いと思うよ。その方が、指、動かしやすいから(肩を上下してみせる)
  サトル  あ!それ、オレも思ってた。
  ・ユキ、無視して吹いている。
  ・ハルカ、サトル、それを見て「やっぱり聞いてないのか…」と苦笑。
  ・ユキ、肩を上下している(アドバイスを実行している)
  ・それに気づいたサトル、ハルカに合図。
  ・伝わって嬉しいハルカとサトル。
   ・ユキの吹く『ふるさと』が心なしかスムーズになった気がする。
  ・少し笑い合う3人(ハルカ・サトル・イクミ先生)[注48]

   ハルカは誰かに居場所を作ってもらうだけでなく、自分から誰かの居場所を作り始める。ハルカも、サトルとイクミ先生も、不器用ながらも頑張ってリコーダーの練習をしているユキを、時に手を貸しながら、あたたかく見守っている。このあたたかさこそが、飯舘校が『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』の登場人物たちの居場所になっている理由なのだろう。
  そして、このシーンのあと、ユキ、イクミ先生、サトルが舞台から一度退場する。ハルカは一人で、机と椅子を学校の形に組み上げていく。
 
  ・サトル、戻ってくる。
   (中略)
   サトル  (見て)…学校?
   ハルカ  そう!「飯館校サテライト」。…あたしたちの学校!(中略)「壊す」とか「還る」ばっかりだったから…「作」った。これがあたしたちの飯館校![注49]

   居場所は大人たちや社会が用意してくれるのではなく、自分たちで作るものだとハルカは気づいていく。飯館校は、彼らを受け入れるだけでなく、自ら居場所を作ることができるまで、彼らのことを成長させた。母校を失うということは悲しく辛い出来事であるが、結果的に彼らの背中を押したことがわかる。
  また、飯舘校での生活で変わっていったのは、『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』の登場人物だけではない。

   演劇部員のみならず生徒たちの会話に耳をそばだてて、頭の中で編集して、制作しています。[注50]

  このように矢野がインタビューで述べている通り、飯舘校にいる生徒たちの様子を反映しながら作られている。そんな、自分たちのことを表現している作品と向き合うなかで、生徒たちの様子も変わっていった。

  2015年、1年生だった頃の部員たちの印象は「どうして、こんなに自信がないのだろう?(すぐ言い訳をする)」「どうして、もっと周りと“仲間”になろうとしないのだろう?(休憩時間もほとんど各自で好きなことをしている)」「どうして、当たり前のことができないのだろう?(責任があるのに休む、挨拶や返事ができない)」「どうして喜ばないのだろう?(大会での表彰、何か提案をした時)」といったものでした。上演、いや毎日の稽古で不安がありました。「こんなんで上演できるのか?」と。
   しかし、大会、上演を重ねるたびにどんどん成長していきました。(中略)部長の千那はいつ頃からか、私が部活動の指示を出すと「今日もお願いします」と言うようになりました。当初は「わかりました」、すなわち“先生の指示で部活をやる”という気持ちの返答だったのが、“自分たちがやる、そこに先生も協力してくれる”という気持ちの返答に変わっていきました。[注51]

 『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』の登場人物たちと同様に、中学時代までにつまづいた経験の多い生徒たちは、今までの学校生活のなかできっと、自分に自信を無くしてしまう経験をしてきたこともあったのだろう。実際、不登校を経験した子どもたちには、その自信の無さから、人とのつながりを持たないようにしたり、何かを誰かと協力して作り上げていくような作業を避けたりする傾向もある。しかし、飯舘校演劇部の部員たちは、大会で評価をされ上の大会へどんどん進んでいくうちに自信をつけ、受け身ではなく自分たちから自分の場所を作る努力をするようになったのだ。
 しかし、『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』が、[注50]で引用したように、生徒たちの会話を再構築した物語であるならば、不登校だった経験のある部員たちにとっては、練習や上演を通して辛い過去を思い出すこともあっただろう。では、そもそもなぜ『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』は上演にこぎ着けることができ、しかも上演をしていく中で部員たちは成長していけたのか。
 それには2つの理由が考えられるだろう。
 まず1つ目に、矢野=顧問である西田が、部員との信頼関係を壊しづらい創作の手法を取っていたからであろう。部員たちや特定の生徒などに直接インタビューを行うことをせず、日々の様子や言動を再構成していけば、生徒に無理矢理発言を求めることなく進められる。この手法により、「話したくないことを話すことになった」という不信感を、生徒に抱かせることを極力避けることに成功した。そして、日々の様子や言動から再構築するということは、生徒たちの様子を普段からよく見ていないとできない。生徒にとって作中の台詞は、辛い記憶を呼び起こすものでもあるが、同時に「自分たちのことをよく見てくれているんだ」という信頼感を与えるものにもなる。このことにより、部員たちの.自分たちの過去に近いものに向き合うという行為の傷の深さを.最小限に抑えられたのである。
 そして2つ目は、先述したのと同じことであるが、大会で評価をされたから、ということになるだろう。これをもう少し噛み砕いて説明したい。西田は飯舘校赴任以前から県大会に出場した経験が多く、特に飯舘校に赴任する1つ前に顧問を務めていた福島明成の演劇部では、2008年から2013年まで連続して地区大会で最優秀賞を獲得し県大会に出場しており、東北大会にも一度出場している。このことから、飯舘校赴任以前から西田がいわゆる強い顧問であったことは間違いない。また、飯舘校演劇部のコンクール初参加作品である「ファントムオブサテライト~飯舘校の怪人~」が東北大会に出場したことにより、結果を残した/残せる顧問であるから、『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』も必ず上の大会に進めるだろうという信頼感から、辛い記憶とつながりを持つ作品を上演することに対する部員たちのハードルが低かったといえる。
   高校演劇や中学校演劇では、コンクールで作品に順位がつくことに対して、「順位をつけているが、あくまでコンクールだから順位をつけなければいけないのであり、演劇は芸術なのだから結果が全てではない」という言葉が、審査員や顧問の口からよく語られ、コンクールでの評価を気にしながら作品を作ることはあまりよくないこととされている。しかし、飯舘校演劇部の部員たちにとっては、コンクールで良い成績を取ることで、自分たちの過去を乗り越えることになったのだ。全国規模のコンクールで順位がつけられるという高校演劇独特の制度が、『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』を上演する飯舘校演劇部の部員たちの成長に対しては、非常に有効に働いたのがわかる。
   そして、全国大会に出場したことによって、新たな居場所も生まれた。先述したように、「趣向」主宰のオノマリコと青年団の井坂浩を中心に東京公演が企画された。それにともない、2017年12月に『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』の公式ツイッターを開設。また、西田や飯舘校の部員たちもそれぞれツイッターのアカウントを持っており、上演を見た人々との繋がりが生まれた。そしてその繋がりは、今現在も続いている。飯舘校の部員たちは、母校である飯舘校自体は失われてしまうが、『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』が作品として評価されることによって、新たな繋がりが生まれ新たな居場所を獲得できたのだ。それはもちろん、『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』の戯曲自体の良さだけではなく、部員たちの努力によって獲得した居場所である。

第7章  まとめ
  サテライト校の現状を伝えることを目指した『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』は、復興によって失ってしまう子供たちの居場所があるという、福島の新しい、震災と子どもたちの居場所の問題を描いた。エピローグでハルカは、飯館校以外のサテライト校が全て消えたこと、どうなるか決まっていないのは飯館校のみであることに続けて、以下のように語る。

   ハルカ  だからあたしは、想像する。20XX年3月の「その日」を。だって、あたしが想像しなければ、誰も本気で想像してくれないから。だって、きっとある日突然、「戻る」って言われると思うから。だってこういうことはいつも、私たちの知らないところで急に決まっちゃうから。…だから想像して、心の準備をしておく。(中略)もし突然「その日」が来たら、きっと私は耐えられない。…だから今から、少しずつ心に傷をつけて、心を慣らしておきたい。自分で傷をつけて、いつか来る痛みへの、準備をしておきたい。[注52]

   誰も想像してくれないから、自分たちで想像するしかない。大きな社会の中で、子どもたちを取り巻く現状に目を向けることは、いつも後回しにされてしまう。実際の飯舘校は、『第27回FNSドキュメンタリー大賞  サテライトの灯〜消えゆく“母校”〜』にも、飯舘校を村立として存続させるために動く大人たちの姿がある通り、子どもたちのことが無視されているわけではない。しかし一般的には、最悪の事態が起こったあとになってやっと、大人たちは子どもたちに目を向けることが多い。それだけ、今の社会に余裕がないとも言えるだろう。

   ハルカ  でも、皆さん。もしいつか「飯館校が飯館村に還る」というニュースを聞いたら、その時、少しだけ、この話を思い出してほしいです。そして「その日」の私たちの様子を少しだけ、少しだけ想像してほしいです。…その時私たち(演者たち)は、…私たち(ここにいる全ての人たち)は、何を感じるのでしょう?[注53]

 2019年6月にNPO法人日本学校演劇教育会主催の講演会にて、劇作家の篠原久美子が東京都杉並区の小学校での演劇教育の実践を報告した。演劇に初めて触れる小学生たちに必ず伝えることとして、以下のように発言している。

 セリフを言ったり言葉を発したりすることは「わたしのきもち、あなたに届け」なんだよ。自分の思いを伝えたいから言葉が出るんだよ[注54]

 『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』はもちろん、矢野が飯舘校の赴任以降に執筆した作品たちは、まさに「わたしのきもち、あなたに届け」という思いが強く込められた作品である。
 震災当時、宮城県の中学校に勤務し、被災した子どもたちの心のケアとして生活綴り方教育の実践を行った現和光大学准教授の制野俊弘は、以下を現在の学校教育が抱えている問題としている。

 あらゆる場面で上昇志向と前向き思考が求められる教育現場では、自分の悩みや苦しさを吐露することは許されないのです。わすかでもマイナスオーラを発出し、後ろ向きの言葉で「波紋」を投げかけようものなら、それこそ排除の対象となるのです。だから、多くの子どもにとって苦しい場面が多いのです。少なからぬ子どもたちが、教室を飛び出し、保健室に駆け込む事実、別室にしか居場所を見いだせない事実を、私たちはもっと直視しなければなりません。[注55]

 このようなマイナスなものを受け止められない状況や、ゼロ・トレランス方式の教育現場での拡大など、生徒だけでなく教員までどんどんと追い詰めていくものへとシフトしている現代において、『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』の中の飯舘校の教員や生徒たち、また、実際に上演した部員たちを取り巻く人々には、今の学校現場で失われつつある「あたたかさ」があり、その「あたたかさ」が居場所を構築している。
   実際の飯館校は、村に戻るのではなく、安定的な生徒数の確保の難しさや、財政負担などの面から、2018年度以降の生徒の募集を停止するという結果を迎えてしまった。もちろんサテライト校舎がなくなるという結果は、他の福島の人々が飯館校の現状に目を向けていたとしても、どうにかできた問題ではない。どんな形であれ、福島市の明成高校の敷地の中に建つプレハブ校舎は、なくなってしまうからだ。
   矢野は2019年3月1日に自身のツイッターにて、このようなツイートをしている。

 飯舘校
 卒業生10名
 2〜3年生だけの卒業式
 (中略)
 初めて来賓席に座ったけど、校歌は歌った。もちろん。

いよいよ1学年だけの学校生活が始まる。[注56]

 福島県立相馬農業高等学校飯舘校サテライトは、2020年3月に最後の卒業式を迎える。しかし、『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』という作品が存在したことを忘れないこと、そして風化させないことが、飯館校の記憶を守り続けることにつながる。『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』こそが、居場所となって彼らの心の支えになり続けていく。
 
引用
[注1]いしいみちこ「Final Fantasy for XI.III.MMXI」日本演劇教育連盟編『脚本集3・11-東日本大震災・原発事故を見つめる』晩成書房 2014年 p56
[注2]いしいみちこ「『Final Fantasy for XI.III.MMXI』作者の言葉 怒りから、生きる活力へ」日本演劇教育連盟編『脚本集3・11-東日本大震災・原発事故を見つめる』晩成書房 2014年 p85
[注3]畑澤聖悟「もしイタ〜もしも高校野球の女子マネージャーが青森の『イタコ』を呼んだら」日本演劇教育連盟編『脚本集3・11-東日本大震災・原発事故を見つめる』晩成書房 2014年 p95-96
[注4]畑澤聖悟「『もしイタ』作者の言葉  青森中央高校演劇部『もしイタ』被災地応援公演について」日本演劇教育連盟編『脚本集3・11-東日本大震災・原発事故を見つめる』晩成書房 2014年 p124
[注5]佐藤雅通「『シュレーディンガーの猫』作者の言葉 『ウソをつかない芝居』を創る」日本演劇教育連盟編『脚本集3・11-東日本大震災・原発事故を見つめる』晩成書房 2014年 p39-40
[注6]工藤千夏「『震災高校演劇』アーカイブ設立について」震災高校演劇アーカイブ(https://nabegenhp.wixsite.com/kokoengeki/blank-1)  201810月1日(2019年5月17日閲覧)
[注7]矢野青史『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、(第9稿)』福島県立相馬農業高等学校飯舘校演劇部  2018年 p1-5
[注8]西田直人「飯舘校演劇部と私」『福島県立相馬農業高等学校飯舘校演劇部東京公演 ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』 2018年(東京公演にて販売されたパンフレット)
[注9][注8]に同じ。
[注10]矢野青史「『そこで、咲く花』作者の言葉 私たちの学校から見えた震災・原発震災を舞台に」日本演劇教育連盟編『脚本集3・11-東日本大震災・原発事故を見つめる』晩成書房 2014年 p160-161
[注11]「高校生が演劇で問う、母校の未来と福島の今」フジテレビホームページ(https://www.fujitv.co.jp/fnsawrd/27th/ftv.html) 2018年9月24日(2018年12月7日閲覧)
[注12][注7]に同じ。p3
[注13][注7]に同じ。p19、p32-33から適宜まとめた。
[注14]横川良明「さよなら、校舎。【前編】」ゲキ部!(http://gekibu.com/archives/4835)2018年1月27日(2018年12月7日閲覧)、横川良明「さよなら、校舎。【後編】」ゲキ部!(http://gekibu.com/archives/4850)2018年1月28日(2018年12月10日閲覧)、『第27回FNSドキュメンタリー大賞 サテライトの灯り〜消えゆく“母校”〜』福島テレビ 2018年から適宜まとめた。
[注15][注7]に同じ。p33
[注16][注8]に同じ。
[注17]矢野青史「戦え!I2T2!(第2稿)」(作者である西田直人(矢野青史)先生から提供していただいた。)p4-5
[注18]「高校生が演じた放射能と農」助け合いジャパン情報発信本部YouTubeチャンネル(https://m.youtube.com/watch?v=SnM4f72rQpU) 2013年1月23日(2919年5月23日閲覧)
[注19][注17]に同じ。p18-20
[注20][注17]に同じ。p20
[注21][注17]に同じ。p25-26
[注22][注17]に同じ。p36
[注23][注8]に同じ。
[注24]矢野青史「ファントムオブサテライト〜飯舘校の怪人〜」([注17]と同様、こちらも西田先生から提供していただいた。)p3
[注25][注24]に同じ。p19
[注26][注24]に同じ。p20-21
[注27][注8]に同じ。
[注28][注24]に同じ。p21-22
[注29][注24]に同じ。p26-27
[注30][注24]に同じ。p27-29
[注31][注24]に同じ。p30-32
[注32][注24]に同じ。p33-34
[注33][注24]に同じ。p36-37
[注34][注24]に同じ。p42-43
[注35][注24]に同じ。p45-46
[注36][注24]に同じ。p46-47
[注37][注24]に同じ。p52
[注38][注7]に同じ。p2、p4から適宜まとめた。
[注39][注7]に同じ。p25
[注40][注7]に同じ。p27-29
[注41][注7]に同じ。p31-32
[注42][注7]に同じ。p34
[注43]矢野青史「作者の言葉」『演劇と教育』第六十五巻第二号 晩成書房 2018年 p76
[注43][注8]に同じ。
[注44][注8]に同じ。
[注45]上田美和「トシドンの放課後」『季刊高校演劇』NO.164 2002年から適宜まとめた。
[注46][注7]に同じ。p39
[注47][注7]に同じ。p40-41
[注48][注7]に同じ。p42-43
[注49][注7]に同じ。p44
[注50]「高校演劇日和 相馬農業高校飯舘校『ーサテライト仮想劇ーいつか、その日に、』」『えんぶ』第3巻第2号 えんぶ 2018年 p77
[注51][注8]に同じ。
[注52][注7]に同じ。p48-49
[注53][注7]に同じ。p49
[注54]「NPO法人日本学校演劇教育会第28回研究会『演劇教育について』〜高校演劇との関わりの中で〜」NPO法人日本学校演劇教育会(2019年6月に行われた篠原久美子の講演)
[注55]制野俊弘『命と向き合う教室』ポプラ社 2016年 p176
[注56]「ツイッター」での西田直人(アカウント名はにっしい(@n2shida))のツイート。2019年3月1日(2019年3月1日閲覧)

参考文献
・「学校概要」福島県立相馬農業高等学校飯舘校ホームページ(https://soma-ah-iitate.fcs.ed.jp/学校概要) (2018年12月7日閲覧)
・渋井哲也「原発事故で避難した唯一のサテライト・相馬農業飯館校の演劇部が問いかけるもの」BLOGOS(https://blogos.com/article/284992/)2018年1月21日(2018年12月10日閲覧)
・「第26回定期総会・記念講演ー高校演劇の現場から」福島の芸術ホールを作る会 (2014年5月に行われた西田直人の講演。)
・いしいみちこ『高校生が生きやすくなるための演劇教育』立東舎 2017年
・貴戸理恵『『コミュ障』の社会学』青土社 2018年
・貴戸理恵『不登校は終わらないー『選択』の物語から''当事者"の語りへ』新曜社 2004年

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