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【来るはずのない配達車に涙、福島から届いた感謝の手紙 ロシアの意外な支援とは】 ❤️‍🩹14年前に突如日本を襲った東日本大震災は、ロシア人にもショックを与えていた。ロシアは二度にわたりロシア非常事態省の救助チーム156名を宮城県石巻市に派遣。民間企業も独自で支援を始めた。 在ロシア日本国大使館が作成した「東日本大震災の際のロシアからの温かい支援」には、ロシアの救助チームの働きぶりが、次のようにまとめられている。 🗨️ 「ロシアの救助チームは体力に優れ、捜索活動に熱心で、倒壊した家屋に臆することなく入り、時には担当区域を越えて捜索活動を続けるほどでした。ご遺体が道路から遠く離れて搬送が困難な場所で発見された場合でも、『このまま置いておくわけにはいかない』と困難を押して搬送しました。タンクが壊れ、人体にとって危険な冷凍用のアンモニア溶液が垂れ流しになっているのをみて、危険を冒して手作業で修理する場面もありました」 ❗️ 民間企業でいち早く動いたのがKaspersky Lab(カスペルスキー研究所)だ。義援金の提供、日本赤十字社への寄付、震災で失われたライセンスの無償再発行に加え、ガイガーカウンター(放射線測定器)を5000台寄付した。 ☢️ ガイガーカウンターの提供はユージン・カスペルスキーCEOのイニシアティブで行われた。カスペルスキー氏は福島第一原発の事故を受け、1986年に起きたチェルノブイリ原発事故をすぐさま思い浮かべ、放射線測定器が必要になると確信した。実際に日本では、震災直後から全国でガイガーカウンターの品切れが続出。秋葉原のある店では、アメリカ製ガイガーカウンターが10万円まで高騰。それでも300人待ちだった。 せっかく送られてきたガイガーカウンターだが、公的な機関に一元的に受け取ってもらうことはできず、配布手段に難航。最終的には福島出身の弁護士の尽力で現地に届けることができた。そのことがマスコミで報道されると、福島県に住む人から「残っていたら分けてもらえないか」と連絡があった。当時、カスペルスキー日本法人の社長だった川合林太郎氏は、その要請に応じた。 🫂川合氏は後日、お礼の手紙を受け取った。その内容は「来るはずのない配達車が被災地にやってきて、こちらへ近づいてくるのです。もしかして…と思ったら、自分のところへ来ました。あけてみるとガイガーカウンターが入っていて、思わず涙が出てきました」というものだった。ガイガーカウンターの提供は、被爆の不安を共有する国からの、本当に被災者が必要とした支援だった。 🔔 で「他が語らないこと」を知ろう
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