論考⑨─② ナンセンス
対象の理論化の際、あるいは記述の際に的外れなことを言うのはナンセンスである、と評価される。間違っている意見を肯定しうるには、ヘーゲルの矛盾からの止揚が懸念され、うどん屋でラーメンを注文しようとした際にその的外れな意見を笑い話に転化することが挙げられる。うどん屋にラーメンが売られていない場合、うどん屋にラーメンを注文しようとすることは愚かであってナンセンスのようにも受け入れられる。しかしこの的外れな意見というのは無意味かと言えばそうともいえないのである。冗談のつもりでラーメンはありますかと訊いた場合は、その冗談で受けを狙っていることが挙げられる。受けを狙ってお笑いを意図してラーメンはありますかと訊くことは無意味とは限らないと考えることができる。冗談で発言することは裏があり、本当はよく知っているのに反事実的なことを言うのである。うどん屋にラーメンが売られていないと知っているのに、そのうどん屋にラーメン一杯下さい、というのは冗談で言っているのではないかと考えられる。あるいは洗脳術を受けてラーメン一杯下さい、と言わされていることも考えられる。この洗脳術を受けているときの心の底というのは辛かったり不満であったりする。洗脳術を受けて行動や言動を自分自身の意志ではなくやらされていることも酷な話である。ラーメン一杯下さい、と冗談で言ったことが後世に輝きを魅せることは無いとも限らない。この発言によって他者も「ラーメン一杯下さい.b.」と真似をするようになる可能性もある。あるいは「そば一杯下さい」と似たように言うかもしれない。うどん屋にラーメン一杯下さい、というときに、うどん屋から「ラーメンは売ってないぞ」と反感を買う可能性がある。このときに冗談で言ったことの二義的な内容があるのである。ラーメン一杯下さいと冗談で言ったことは後世に面白い出来事として受け入れられる、という一義的な内容と、うどん屋に反感を買われて深刻的問題が起きた、という二義的な内容である。したがって、ラーメン一杯下さいと冗談で言ったことはその程度の面白さであって、反感を買うことを吟味すればナンセンスである、という主張が起きる。うどん屋も気分を害することが考えられ、そばを一杯下さいと言う真似事も起きてさらに気分を害する展開=可能性が開かれてしまう。そのときには気分を害する冗談は言わないように取り決めをする示談的内容を提案しようと試みられる展開=可能性も懸念されうる。これも相対的ナンセンスである。面白い冗談を言いたい方にとっては冗談の禁止の取り決めはナンセンスにアスペクトされる。しかしうどん屋にとっては真の価値のある輝く禁止事項であって、ナンセンスにはアスペクトしない。相対的ナンセンスというのだから、ナンセンスにアスペクトしない事例は吟味されるべき対象である。アスペクトというのは対象に触れることを指し、フッサールはアスペクトを射映として捉えた。戦争は絶対的なナンセンスか、と問うとき、戦争を面白いと捉える方もいるようであり、戦争をする戦争兵の一部にとってはナンセンスにアスペクトしないであろう。世界が滅びるときには誰もが困窮するか、と言えば、世界が滅びて終わることを希求する方にとってはナンセンスにアスペクトしないであろう。世界が滅びてしまうことを希求する者は、なぜ世界が滅びることを希求するのか。自分自身の人生に納得がいかず、希望が持てず、他者と共にいなくなるはずの世界が滅びることを希求するのである。世界が滅びるという状況はありえない、と私は考える。世界は無限に続いていくことは真理であると考える。世界は終わることも滅びることもない。誰かが世界が終わると知ろうとしても知れない。世界は崩壊することもない。戦争はいつか終わりを迎える、という語の意味は、カントいい、という意味である。ゴモンシギという語は「戦争はいつか終わりを迎える カントいいという意味を内包している」という意味を内包している。カントはゴモンシギが一番いいと思っているらしい。ゴモンシギゴモンシギという語の意味は、「カントいいという意味」という意味内容である。ゴモンシギゴモンシギゴモンシギという語は、「カントいい的にカントいい的にカントいい的にカントいい的に」という意味を内包している。トリガーシギという語の意味は、「カント神」という意味内容であり、トリガーシギトリガーシギという語の意味は、「カント神カント神」という意味内容である。トリガーIIという語の意味は、「カント神カント神」という意味内容である。トリガーIIトリガーIIという語の意味は、「カント神神神神神」という意味内容である。カントはトリガーシギとトリガーIIを大事にしていると思っているらしい。ナポレオンはトリガーシギを大事にしていないと思っているらしい。ナポレオンはトリガーIIも大事にしていないと思っているらしい。


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