▼正倉院の宝物の中には、たくさんのペルシャ風の工芸品が含まれている。『続日本紀(しょくにほんぎ)』には、736年に、遣唐使が「唐の人三人、波斯一人」を連れ帰ったとの記述もある。作家の松本清張氏も、ペルシャ文化が古代日本に与えた影響について大胆な仮説を展開したものだ。
▼いずれにしても、平城京が国際色豊かな都市だったことは間違いない。中国や朝鮮だけでなく、西方の肌の色が違うさまざまな国の人々が暮らし、外国語が飛び交っていた。
▼とすれば西沢さんの言うとおり、千年を超える時をへて、その末裔たちが今もどこかで暮らしていてもおかしくない。久々にロマンあふれる話題を楽しんだ。