石川県知事選 現職、馳浩氏が落選の衝撃! 原因はまさかの金沢マウント?
石川県知事選・馳前知事落選の衝撃
今月8日投開票の石川県知事選で現職の馳浩氏が元金沢市長・山野之義氏に敗れるという大波乱。衝撃的な結果でした。現地には高市首相や国会議員も応援演説に訪れたのに衆院選の勢いそのままという訳にいきません。ただ現職有利という定則に加えて、馳氏の知名度の高さで考えると不思議です。
馳氏といえばご存知の方が多いと思いますが、新日本プロレスなどで活躍した元プロレスラー。メインも務める人気選手でしたが、トップを張るというよりは相手の引き出すという能力に長けたレスラーだったと思います。
なお『猪木・新日本帝国の読み方』(1993年)は馳氏が政界進出以前に刊行された本ですが、プロレスより彼の調整力や補佐役としての能力高く評価しておりまるで政界進出を予期したかのようでした。ライターさんの先見の明には今でも脱帽です。
故・アントニオ猪木の後見人だった元首相、森喜朗氏に評価されて1995年に参院選で初当選し政治家の道へ。2000年に衆院選(石川1区)に転じて当選。
民主党が政権をとった2009年総選挙、比例で復活当選以外は全て小選挙区で勝ち7選。実績を考えると、今回の県知事選も負ける要素が見つかりません。2022年県知事選の対立候補は同じく山野氏。この時、馳氏は7982票の僅差で勝ちました。
逆に今回は6110票差で山野氏が勝利。拮抗した戦いが続きました。
令和6年能登半島地震の対応が評価されなかったという敗因を挙げる人もいますがこれは同意できません。
産経新聞3月9日によると県内19市町で馳氏は16勝3敗。特に深刻な被害があった輪島、珠洲(すず)、七尾各市と能登、穴水、志賀各町の3市3町はいずれも馳氏が勝利。ということは被災地から反発を受けたわけではない、と。
ところが有権者の4割が住む金沢市で大敗。これが致命的でした。また山野氏は保守系県議の他、参政党も応援。石川県内では山野氏が参政党候補と見なされたかもしれません。
石川県は参政党の聖地。参政党人気が山野氏を押し上げた可能性もあります。ところが地元政界に詳しい石川県民は政治的背景ではなく、北陸特有の地域的事情を指摘します。
金沢マウント!富山、福井を下に見る傾向
石川県は金沢市を抱える北陸の雄。富山、福井を下に見る傾向が強く、同氏によると昔は「富山や福井から嫁を迎えるな」という蔑視があったと言います。馳氏が敗れたのも石川県、というより金沢市アズナンバーワンという北陸の風土が影響した可能性があるというのです。
馳氏は金沢市立千坂小学校、金沢市立鳴和中学校、そして石川県の名門、星稜高校から専修大学に進学。同大卒業後は星稜高校で教鞭を執り1984年のロサンゼルス五輪のアマチュアレスリングに出場しています。この経歴からすると生粋の石川県民のようですが、実は生まれは富山で小学生の時に金沢市の親族に養子入り。
元は富山県民でした。金沢市のような古都の場合、郷土アイデンティティというのは痛烈です。票差は僅かですが、山野氏に投じた人の中には馳氏への金沢マウントがあったかもしれません。
おまけ 熱血漢・馳浩
1987年、新日本プロレスの低迷を受けて、中継にバラエティ要素を加えた『ギブUPまで待てない!!ワールドプロレスリング』が始まりました。当時、人気絶頂の山田邦子氏を司会にライト層の取り込みを狙いましたが、これがプロレスファンから猛反発。当時の迷走を物語る番組でした。
これもプロレスファンの間ではかなり有名なエピソードです。同番組で山田邦ちゃんがレスラーが血を流していることについてゲストの馳氏に「本当に痛いのですか」などと質問。
これに対して馳氏が激怒して「つまんない話聞くなよ」と一喝しました。プロレスファンが溜飲を下げたといいます。ゲストがそれこそ猪木か藤波辰爾さん辺りならもうちょっと軽くお茶を濁したと思いますけどね。熱い男、熱血漢なんです。


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