P「はづきさんと二人で台風の日に事務所で泊まることになった」後編
PixivChatStory を始めたので宜しければ読んでください
https://chatstory.pixiv.net/stories/ofxKBQ6
もしかしたらまた違うアイドルでも書くかも知れないのでそのときはお付き合いください。
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三峰が前に持ってきた猫の絵柄が書かれた洒落たテーブルクロスを設置する。
俺とはづきさんは事務所に備え付けられた皿をテーブルに並べた。
その際に世間話を交えていたのだがいつものような気軽さはない。
第三者から見れば明らかに浮き足立っているように見えるだろう。
無理ないだろ。はづきさんはわからないが、こんな綺麗な人と一晩を過ごすなんて子供の頃なんて思いもしなかった。
一通り料理を並べ終えると俺とはづきさんは思わず「おーっ」と感嘆の声をあげた。
二等分にされたステーキはテラテラと油を流し美味しそうに流し、湯気を上げ野菜の入った黄金色のコンソメスープは食欲を増進させる。
木皿にこんもりとサラダが盛らられていて、その横には箱に入った固形チーズが置いてありちょっとリッチな晩餐状態だった。
「なんか素敵な晩ご飯ですねー。普段もこんな風に?」
「いやー、さすがにコンビニ弁当とかで済ましちゃうますね。料理は嫌いじゃないんですけど」
「あはは、私と同じですねー」
少しだけいつもの調子を取り戻した二人はコップと飲み物を取りに行く。
「あれ? プロデューサーさんお酒を飲む予定だったんですかー?」
冷蔵庫からオレンジジュースを取り出そうとしたはづきさんが、コップを二つ握り締めた俺に声をかけた。
俺がそちらに目を向けると、ワインの頭を持っているはづきさんがいた。
「ええ。あのチーズもおつまみ用に買ってきたんですけど……今日はやめようかなって」
さすがに女性と二人きりの状態でアルコールを入れたくはない。
これが飲み屋とかだったらいいかもしれないが、人目がない状態というのはなにが起きるかわからない。
俺も節度を保ちたいが、万が一ということもある。
「……勿体ないですし飲みましょうよー。あのラインナップだったらやっぱりお酒欲しくなりませんかー?」
「え? それははづきさんも飲むということですか?」
「お金ならしっかりとお支払いしますよ?」
「い、いえ。そういうことではなく……その……」
「?」
「アルコールは人の気を大きくさせるというか……お互い間違いを犯す可能性が……それともはづきさんは……」
「……! ち、違います! や、やっぱりやめましょうー」
ワインを持ちながら手をぶんぶんと振ったはづきさんは、慌ててワインを冷蔵庫に戻し、オレンジジュースを取り出した。
そのままあわあわとテーブルへと戻ってしまう。
ああいうはづきさんは新鮮でとてもいいんだけどね。
向こうにああやって意識されてしまうとこっちも余計に意識しまうというかなんというか。
しかし、あの反応を見るにはづきさんは男性経験が少ないのかもしれない。あんまり恋愛話もしたこともないし。
まぁ、俺も女性経験が多くはないのでお互い様なんだけど。
俺はテーブルに戻るととはづきさんと食事を開始する。
最初こそ、はづきさんは無言で食べ進めていたが、俺が料理の感想を聞くとぽつぽつと喋り始めた。
段々と料理の話から仕事の話になると先程のまでの気まずさが嘘だったかのように会話が弾んだ。
元々はづきさんとは仕事の話を主にした話が多い。だから当然といえば当然なのかもしれない。
ご飯を食べ終えると、二人で食器を洗い、本日アンティーカが出演するバラエティ番組に見入っていた。
仕事の話を交え、緊張感がなくなった俺とはづきさんはだらだらと普段しないような会話を始めた。
学生の頃どんな音楽が好きだっただとか。昔流行った映画の話だとか。
本当に他愛のないものばかりだった。
外から聞こえてくる激しい風の音もどこか遠くのように感じる。とてもリラックスした気分だった。
事務所の自分の家と変わらないような内装というのがそれを助けているのかもしれない。
普通、こんなに生活感溢れる内装の事務所なんてないよな。
「なんか、うちの事務所って仕事場っぽくないですよね」
「そうですねー。もう家って感じで」
「恋鐘とかソファでよく寝てますもんね」
「ふふ、私もよく見ます」
「こうも家っぽいとまるでボクとはづきさん新婚さんっぽいですよね」
「そうかもしれませんねー。料理作って二人で食器を洗ってまるで夫婦みたいです」
「あはは、夫婦だったらこのまま二人で寝ちゃいます? なーんて……」
俺が軽口を叩いた瞬間はづきさんは自分の体を抱くようにすると、俺から距離をとった。
「じょ、冗談ですよ!」
失態だ。やっと正常な雰囲気に慣れたのに自ら爆弾発言をしてしまった。
完璧に気が緩んでいた。普通にセクハラだろう。
距離を取ったはづきさんは目を泳がせながら口を一の字に閉じている。
「プロデューサーさんがどうしてもとおっしゃるなら私は構いません……けど」
はづきさんは顔を伏せながら俺にそう言い放つ。
「え?」
俺は言葉の意味がわからずにぽけっとしてしまう。
「寝れるソファは一つしかありませんし」
「そ、それはそうですけど」
「い、嫌ならいいんです! 私はどこでも寝れますからー」
自分の発言に耐えられなくなったのか、どこかへ行こうと足を踏み出したはづきさんがテーブルに躓いてしまう。
俺は慌ててはづきさんを支える。はづきさんの細い指先が俺の腕を掴み胸に顔を埋めるような態勢になる。
時間が止まったかのようにそこから動けなくなる俺とはづきさん。
はづきさんはどういうつもりで二人で寝てもいいなんて発言したのか。
雰囲気から察するに冗談ではなさそうだった。
それはもしかして――
「きゃッ」
そんなことを考えていると、突然電気が全て消えてしまう。
はづきさんが握っていた俺の腕に加わる力が一層強くなった。
もしかして電力施設がこの台風でやられてしまったのだろうか。東京の電柱はほとんど地中に埋まってるし、おそらくそうだろう。
「と、とりあえずブレーカーを確認しに行きますんで……」
と、はづきさんから距離を取ろうと一歩下がるが、それについてくるようにはづきさんも一歩前に足を出した。
「あ、あの……その……さっきの発言なんですけど……」
「……はい」
「だ、誰にもあんなことを言うわけではありませんからー……プロデューサーさんはお仕事を真面目にこなして、常に一生懸命で周りもしっかり見てくれていてー……とても頼りになる人だから私は……」
上目遣いになって俺を見るはづきさん。
もうこれは自分の中で言い訳できない決定的な言葉になってしまった。
ここは男として俺もちゃんと答えなければならないだろう。
正直な話はづきさんはとても魅力的な女性だ。いつも俺に気を使ってくれるし笑顔だし、仕事の手助けもしてくれる。
そんな女性と一緒に居れば日に日に気になる存在へと変わっていく。
最初の方にあんなに戸惑っていた……いや、ドキドキしていたのもはづきさんだからだろう。
プロデュースしているアイドルと同じような状況になったとしてもあそこまでドキドキしなかったかもしれない。
俺とはづきさんの顔の距離は一メートルにも満たない。お互いの心臓の音や体温がしっかりと感じられるほど近い。
「はづきさん。俺も――」
「ばばーん! どがん? プロデューサー絶対驚いたね!」「ご、ごめんなさい。私は止めたんですけど……」「ふっふっふー。びっくりしましたかー?」「あはは、怖がらせてしまったかな?」「三峰やって参りました! 怖がって部屋の隅に隠れているプロデューサーはどこかなぁ?」
突然事務所の扉が開け放たれると、恋鐘、霧子、摩美々、咲耶、遅れて三峰の順番で入ってきた。
全員が入ってくると同時に電気も復旧する。
俺は驚いたように振り向いて、はづきさんは俺の体から顔を出すようにみんなの顔を見た。
事務所の中が静寂に包まれる。アンティーカのメンバー目を丸くしている。
俺の体から変な汗が噴き出してきた。
向こうから見ると俺らはまるで抱き合っているようにも見えるだろう。
「……な、なんばしよっと?」
「待て。これには深い事情があるんだ」
俺ははづきさんから慌てて離れると、俯き加減で声が震える恋鐘に弁明しようとする。
だが、そんな言葉が恋鐘には届かずずかずかと俺の元へと近づいてくる。
するとネクタイを掴んで俺の首元を締め上げてきた。
「神聖な仕事場でなに同僚とイチャイチャしてんね!」
今まで俺に見せてこなかった鬼の形相で俺の息の根を止めようとする。
「ストップまじで落ちちゃう!」
「折角うちらが寂しがっちょんプロデューサーんためにここまで来たのになんばしよっとか!」
俺の静止を気にもとめずに恋鐘は俺をソファに押し倒して馬乗りになる。
咲耶はそんな恋鐘を必死に止めようと羽交い締めにするが、なかなか俺から引き剥がせないでいる。
摩美々はというと顔を赤らめ口元を手で押さえて俺とはづきさんを交互に見ていた。
霧子はなぜかぶつぶつと呟きながら包帯を目から頭の後ろにかけて何周も巻いている。
「ねぇねぇ、Pたんとどこまで行ったの!?」
「え? ええ!?」
三峰は興味津々といった感じではづきさんに詰め寄っていた。
ああ、もう、めちゃくちゃだ。
しばらくしてもそんな混沌とした状況は改善されなかった。
一時間くらい時間をかけてはづきさんは必死に状況を説明してくれてなんとか皆落ち着いてくれた。
はづきさんの電車がなくなり、家に送ろうにも送れず事務所に泊まることになってしまった。
二人でご飯を食べ終えてまったりしていたら、はづきさんがテーブルに足を引っ掛けて転びそうになり俺が支えていた。そこで停電になって固まってしまった。
と、皆には説明された。
嘘はついていない。詳細を言う必要もないだろう。
一応みんなはそれで信じてくれたみたいだし。
「もうそがんこと早う言ってくれんばわからんばい」
先程まで鬼になっていた恋鐘は照れ隠しなのか、ばしばしと俺の肩を叩いてくる。
「それよりもなんでお前らここにいるんだよ」
「それはね」
咲耶が俺になぜここにいるのか説明してくれた。
どうやら今日の野外ライブが中止になり、暇になったアンティーカは皆で事務所に泊まる俺と遊ぼうという話になっていたらしい。
そこで摩美々が夜になったらブレーカーを落として俺を驚かしたいと話、それに全員が乗っかたようだ。
台風の日にわざわざ近くの喫茶店で待機していたらしい。
俺に会いに来てくれてたのは素直に嬉しいが、タイミングが悪すぎた。
「こんな台風の日は家で大人しくしてろよ。皆子供じゃないんだから」
俺の言葉に霧子以外の皆は軽い返事で済ませてしまう。もうちょっと俺の話を重く受け止めてくれよ。悲しいな。
「ところで遊びに来たっていうのはいいけど、お前らもしかして泊まるつもりか?」
「え? ダメ?」
キョトンとした顔の三峰が俺に言葉を返してきた。やっぱりそうなるか。
俺は溜息を吐くと顔を手で覆う。こいつらを家に帰してやる手段もなさそうだし仕方がないか。
本来よろしくないんだろうけどこうなったらどうしようもない。
「好きにしろよ」
その言葉で各々が好きな行動を起こし始めた。
霧子と咲耶は「突然押しかけてご迷惑をおかけします……」「事前に連絡出来なくてごめんね」と言って俺に謝りに来てくれる。
ここまで周りが自由人だらけだとこいつらも大変だな。
俺はチラリとはづきさんに目線を送ると、疲れたような笑みをはづきさんは返してくれた。
俺もそれに微笑み返すとトイレに行くふりをしてスマホのチャットアプリを起動させた。
『ちゃんと返事が出来ませんでしたけど、また食事でも行ってじっくり話をしましょう』
あそこまではづきさんに言わせたのだからうやむやには出来ないだろう。
このまま逃げる事もできるが男としてそれはダメなような気がする。
しばらくすると、返信が帰ってきた。
『了解です』
眠そうな猫のスタンプでそう返信してくれるはづきさん。
しかし、結果的にはアンティーカの皆が来てくれてよかった。
ちゃんとした順序を踏まない関係に俺とはづきさんはなっていたかもしれない。
今度はづきさんと二人で会うときはしっかりと話し合おう。
この台風のような勢い任せのものではない関係になるために。
そのためにはまず、扉をどんどんと叩いてゲームの協力プレイをせがんでくる三峰に説教を入れないとな。
乙女なはづきさんも怒れる恋鐘も最高でした