P「はづきさんと二人で台風の日に事務所で泊まることになった」前編
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一週間ほど前から忙しなく報道していた台風。テレビをつければ、ぽつぽつと耳にしていた。
今朝もその話題で持ちきりだった。朝のコーヒーを片手に日課である、あらゆる局の報道番組をチェックしていた。
どこも本日に東京を直撃する台風の予想被害についての内容がほとんどだった。
朝から気の滅入る情報にネクタイを締める手にもいつもの力強さはない。憂鬱だ。
アイドルの送迎のために車を出さねばならない。
無論、台風だからといって仕事が休みになることはない。これが学生だったら休校とかがあって休みになって狂喜乱舞、だったかもしれない。
そんな子供じみたことを考えても仕方がないな。
今日はアンティーカの野外ライブの予定だった。
ほぼほぼ中止だろう。だが、対応についてなどの打ち合わせがあるので俺はどちらにせよ現地に顔を見せなければならない。
それが余計に俺の朝のため息の多さを助長した。
案の定ライブは中止になり俺は現地で関係者と中止についての告知やその後の対応について話し合っていた。それと並行して個々のアイドルに連絡を送っている時だった。
「今日は事務所に泊まってもらいたい。窓ガラスとか割れたらすぐに対処するように」
無慈悲な社長からの電話が俺の元に届いた。仕事をして上向きだった調子も一気に急降下する。
まぁ、特別手当を出してくれるというのでここははりっきって仕事をこなそう。
けど社長だけ今日は休みっていうのは納得いかないな。
このことをアンティーカに伝えると暖かいメッセージが。
『おー! 夜の事務所にお泊りなんてばり楽しそうやね!』
『それは大変ですね……無理、しないでください。あ、ゼラニウムさんをよろしくお願いします……』
『夜脅かしに行ってもいいですか~?』
『怖くなったらいつでも私に連絡してきていいんだよ?』
『Pたんには申し訳ないけど、三峰はコロッケ買って家に引き篭ります!』
などなど、俺のスマホのホーム画面にいくつものメッセージが並んでいた。
とりあえず車で事務所に着くと、俺は本日中に片付けなければいけない事務作業を処理する。
その際いつもは俺よりも早いはづきさんの姿がどこにも見当たらなかった。
鍵が空いてたということは俺よりも早く来ていたはずだ。
もしかしてもう仕事を終わらせて別のバイト先に向かったとか?
俺はそんなことを考えつつ事務所内の掃除や外の掃除を終わらせるとやっと一息ついてテレビを点けた。
そこで計画運休なるものを鉄道会社が実施するのを知らされる。
どうやらあらかじめ電車を運休して混乱を避けるのが目的らしい。
とはいえ、事務所にお泊まりが決定した俺には関係のない話だ。
俺はどうにも仕事モードに移行できなくてだらだらと無為にパソコンでいじり続けた。やはりどうにもやる気が出ない。
そこでふと、まさに唐突だった。
ここで普段事務所では出来ないようなことをしようと。
台風で外に出ることもできないんだし、なにか面白いことでもやろう。
俺は事務所を見回すと、先程までのやる気のなさが嘘のように事務所から飛び出した。
まずは食材と飲み物のの買出しをして、それからそれから――
事務所から戻ってきた俺は急いでパソコンに向き合うといくつかのメールを送信して、事務所内にあるキッチンへと向かった。
「さぁ宴の準備だ!」
俺はジャケットを脱いでエプロンを身につけると鼻歌を交えながら料理を開始した。
普段は絶対買わないような肉厚な牛肉を眺めながら頬を緩ましたり、日頃は面倒で作らない汁物を作ったりと、とにかく浮かれ気分になっていた。
窓を少し叩く風の音が俺の興奮度を高めた。先程までこの嵐が憂鬱だったのにな。
今は雪が降り積もり、はしゃぐ子供のような気持ちだ。
大人一人誰にも見られない嵐の中の贅沢な宴。
いい! 俄然テンション上がってきた!
時間を忘れて俺はただただ料理に勤しんだ。
「なんかいい匂いがしますねー」
ポワポワとした雰囲気を漂わせながら俺の後ろにやってきたのははづきさんだった。
俺はてっきり自分一人だけだと思っていたので驚いてしまう。
お馴染みのアイマスクを頭の上にずらして、寝ぼけ眼を擦って可愛らしく小さなあくびをはづきさんはしていた。
「い……いたんですか?」
「んー、一時間前くらいにはここにいましたよー。気づきませんでしたか?」
「ぜ……全然」
一時間前というとちょうど俺が料理に夢中になってる時間帯だな。
「朝ここでの仕事を終わらせて別のバイト先に行って……ふわぁ……」
「眠そうですね」
俺は思わず苦笑いしてしまう。はづきさんは俺とこうして喋っているのにも関わらずどこか上の空だった。
「そういえば計画運休があるってニュースで言ってましたけどはづきさんは問題ないんですか?」
「……?」
「えっと……ほら、今日の夜は台風が来てるから予め電車を運休するって……」
はづきさんは二、三度目を瞬きさせると目を見開いて慌てた様子でスマホを操作を始めた。今までこんなに慌てているはづきさんを見たことがない。
いつもは何事もクールに眠そうにこなす彼女なのに今日はいつもと違う。これも台風効果か。
「……全然知りませんでした。お仕事に夢中になりすぎちゃいましたねー」
照れているのか髪の襟足を撫でるはづきさん。
「それで帰れそうなんですか?」
気まずそうに俺から視線を逸らす。ははーん。これは完全に今日の終電を逃してしまったパターンだな。
俺はコンロのスイッチをオフにするとエプロンを脱いだ。
幸い電車は止まっていても俺は今日車で来ている。はづきさんの家まで送って行くのに支障はない。
「僕、今日は車で来ているんで送りますよ」
「いいんですかー?」
「しょうがないですよ。ボクとはづきさん二人で事務所でお泊まりってわけにはいかないですし」
「プロデューサーさん、今日はここでお泊まりなんですか?」
「残念ながら」
「ふふ、それは大変ですね。別に私はプロデューサーさんと二人きりでも構いませんよー」
「冗談やめてください。アイドル達に詮索されまくって疲れた自分の姿が容易に目に浮かびますよ」
「それもそうですね。でも本当にいいんですか?」
「代わりと言ってはなんですけどこのことは内密に……」
「ああ……」
はづきさんは俺の後ろの鍋を見るとクスリと笑った。別に社長に料理を事務所で楽しんでいたとばれたところでお咎めはないだろう。ただ人間建前みたいのも必要なわけで。これで送迎されるはづきさんの気持ちも少しは楽になるだろう。
俺とはづきさんは早速外に出る支度を始める。しかし、そんな俺たちの目にたまたま点けていたテレビからとんでもない光景が流れていた。
『見てください! 車が! 車が飛ばされています!」
テレビには夜の空の下、風で煽られてそのまま飛ばされている車の映像が流れていた。俺とはづきさんは思わず絶句してしまう。
「ま、まぁ、まだこっちには接近してないんで大丈夫ですよ!」
「そ、そうですよねー」
なんて双方いい加減なことを言い合っていたが外に出てみると――
「あ、無理だわ」
ポツリと出たのはその一言だった。街頭が照らす道路には折れた枝木が舞い上がっていて、どこから来たのかわからないゴミ箱が風で踊っていた。非現実的な光景にはづきさんは思わず俺の腕をキュッと握っていた。
「……とりあえず事務所の窓ガラスをなにかで補強しますか?」
「そ、そうしましょうかー」
俺とはづきさんは事務所に戻ると、余っていたダンボールとガムテープで窓を補強することにする。ダンボールを貼り付けておけばなにか飛んできてガラスが割れても大丈夫なはずだ。
黙々と作業をしている俺とはづきさん。だが、作業に夢中になっていたわけではない。
なんというかとても気まずい。作業でもしていないとこの間が耐えられなかった。
さっきは冗談で泊まってもいいなんて言ってはいたが、さすがに俺とはづきさんも若い男女。
向こうはとても警戒はしているだろう。
いや、それとも俺が意識しすぎなだけか? 俺は横目でチラリとはづきさんを見るが気にした様子はない。
作業を終えてしまった俺とはづきさんはお互いのデスクに座りコーヒーを飲んでいた。二人は言葉もなくコーヒーを啜り俺は動揺のあまりいつもの三倍近い速さで飲みきってしまう。
「おかわりですかー?」
「ご、ごめんなさい……」
はづきさんは俺からコーヒーカップを受け取ろうとした瞬間に思わず手と手が触れてしまう。
すると、はづきさんは驚いたようにパッと手を離してしまった。その顔はいつものほわほわした表情とは違
い、余裕がなく真っ赤なトマトみたいになっていた。
「え、えっとーあのー」
はづきさんはやり場のない恥ずかしさがあるのか目を泳がせていた。どうやら意識しているのは俺だけじゃないらしい。そこにひと安心するが、お互いの間に益々変な空気が流れ始める。
「あー! ご、ご飯にしましょう! 僕がさっき作ってたやつ!」
「そ、そうですね!」
俺とはづきさんはあたふたしながらもなにか行動をしないとこの雰囲気に耐えられなかった。
そんな俺らを他所に夜はどんどんと更けていき、風の強さもそれに比例するように強くなっていく。
よいぞいよいぞい楽しいぞい これからどうなるのかワクワクが止まらんぞい!