正直に生きることが一番怖い。
人間が一番弱体化する時は、すべてを失った時ではなく「ちょっと持っている時」だと思う。すべてを失えば踏ん切りがつく。中途半端に持っているから、変わりたいとか思いながらも過去に片足を置いたまま、変わり切ることができない。自己嫌悪とか生きづらさを抱えているとか、中途半端なところにあぐらをかいていないで、変わる。変える。変わり続ける。変わらずに変わり続ける。
女性に会う度に「安心が欲しい」と聞く。性愛を含めて、ここなら自分を出せると言う環境がないから、過去の自分から抜け出せないのだと聞く。安心。大事な感覚だと思う。私は安心を求めて何かをやったことがない。安心より喜びを求める。安心を求める人は安心していないように見える。安心なんて考えていない人の方が安心しているように見える。安心を求める心理は不安だと思う。喜びを求めている心の状態が安心だと思う。安心は、安全の中にはない。喜びの中にあると思う。
東京の根津に家を与えられた。この家の使い方に迷っている。熱海の家は誰でも自由に使えるように開放している。十年程度続けているが、家があるおかげで出会えた数々の素晴らしさもあるが、甘ったれた人間を大量に生み出してしまった自戒もある。家を失ったり金を失ったり仕事を失ったりした人から「助けて欲しい」と連絡をもらう。自分にできることはやるが、困った時だけ連絡をしてくるその態度は問題があると思う。友達なら問題ない。だが、関係性のない人間に困った時だけ連絡をするのは、生き方に問題があると思う。
いい子を長年続けて来て、疲れて、ボロボロになって、最後の避難場所として私を使う人がいる。誤解されると困るが、私は人助けをしたい訳ではない。いいことをしたい訳ではなく、単に、面白い目に遭いたいだけだ。面白い目に遭うには、家や自分をクローズドなものにするよりオープンなものにした方がいいだろうと思って、来るものは拒まず、去るものは追わずの精神でやっている。来るものは拒まないのだが、全員を好きになるかと言えば差がある。誰かに何かをしてもらうことばかり考えている人には微妙な気持ちになるし、自分から何かを差し出そうとする人には好感を抱く。奪うことばかり考えている人には、共通点がある。自分には差し出せるものが何一つないと思っている。ここが問題。命を差し出すのである。
嫌われるのが怖いなんて嘘。人のせいにしない。一番怖いことは素直に生きることだと思う。素直に生きることを恐れているから、いい子になって誰かに認められようとするのだと思う。根津の家のコンセプトを「素直な家(仮)」にしたいと思う。どうだ。ダサいだろう。このダサさがいいのだ。私は安心を保証しない。安心を保証する人は全員詐欺師だと思う。代わりに緊張を保証する。緊張はする。絶対にする。この緊張がいいのだ。緊張した上で自分を守る方に舵を取るのか、自分をぶつける方に舵を取るのか。一生懸命いい子をやっても仕方ない。真剣とか、全身全霊とか、そんな言葉に騙されるなよ。置かれた場所で暴れなさい。暴れることで、自分に出会うのだと思う。
おおまかな予定
3月11日(水)東京都文京区界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


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