道づれ酔いどれ
某所から移行。元は某方との呟きから。 ナチュラルにしゆみが衛宮邸に住んで酒飲んでます。ついでに弓がおかしくなってます。
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机の上に並ぶ酒瓶の群れ。
その向こう側には、タガが外れたように呑み続ける男がどかりと座り込んでいた。
「流石に飲みすぎだ!」
目の前の酒瓶を取り上げれば、変調の分かり辛い褐色の肌を真っ赤にした男がギッ、と充血した目で睨みつけてきた。
「は……この程度大した、っことでは、ない」
「いや口回ってないのにこの程度、って事はないだろ!」
前に誰かが言っていた。
酒も慣れれば飲める様になる、と。
しかし、目の前の男の様子を見る限りは望み薄なのだろうか。
いや、そんな事を考えている場合では無い。この弱い筈の男を見境がなくなるほど飲ませてしまった以上、何とかして止めなければならない。
引き金はちょっとした悪戯心だった。
明日一番に買い出しに行こう、と深夜に在庫を確認するために戸棚を整理している時。ふと奥の方に酒の瓶が仕舞い込まれているのを発見した。
それは以前「たまにはお酒も飲んでみたら?」と差し入れられたものの、便宜上まだ未成年だからと手付かずのまま一箇所にまとめて置いてあったもので。
奥に押し込んだまま手前にあれこれ備蓄品を置いていたせいで、そのまますっかり忘れていたらしい。
それも出してみれば一本二本ではなく、ダース単位でごろごろと。
中には全く見覚えの無いものまで転がりこんでいて、思わず眉間を押さえる。
……さて、この群れをどうするか。
料理酒にするには流石に量が多すぎる。しかし、かといって特に世話もせず無造作に放置したものを誰かに振る舞う、というのも気がひける。
どうしたものかと頭を捻る事数回。ふと、貰い物なんだから、そのまま飲んでみてもいいかもな、と思いつきで比較的古そうなものを選び出した。
時刻は既に夜の11時。
普段ならば二人、或いは三、四人の食器が並ぶ机の上に一揃いのグラスと氷、酒瓶を並べていく。
広い机の上に一人分の食器だけが並んでいる光景。普段の事を思えば寂しさを覚えるけれど、手近な相方は既に寝ているだろうし。わざわざ起こす程の事でもない。
何より、近頃酒に関わる度やたらと指摘してくるあいつに見つかって、また何やら言われるのが面倒だった、というのもあった。
しかし、悪い事は出来ないと言うべきか。
「一人隠れて寝酒とは、また悪癖をつけたものだな」
振り返れば、戸口に立つ男の冷ややかな視線と目が合った。
「就寝前の飲食は内臓やその後の睡眠に悪影響を及ぼす。酒となれば尚更だ。翌日には確実に響くだろうな。ーーああ、そういやこの間も二日酔いでくたばっていた訳だが」
弱い上に飲み方すら身に付けられないとは、とわざとらしく溜息をつく男。
「む、確かにあれは飲みすぎだったけどさ。今は遅いから少しだけだぞ」
ほら、と小ぶりなグラスを掲げてみせるも、男の渋面は変わらない。
「そもそもおまえは飲酒に向いてない。失敗したくなければ極力避けるべきだ」
その言い草に思わずむっ、と反応する。確かに俺はあまり強い方では無いが、そこまで言われる程では無い筈だ。
何よりーー
「それって、おまえが弱かったからって事か?」
この間から気になっていたのだ。
何故この男は酒に関して事ある毎に指摘してくるのか。
それこそ過去に酒関係で何かあったのか、とか。実は物凄く弱いんじゃないのか、とか。
「誰が。少なくとも貴様よりは強いだろうさ」
そうか。
「なら付き合えよ」
俺より強いならいけるだろ?と机の上を指し示せば、男は俺の安っぽい挑発に何かを感じたらしく、はん、と鼻で笑いながら台所からわざわざ大きめのグラスを持ち出してきた。そして俺の真正面に陣取ると、自らのグラスに酒を注ぎ始めた。
どうやら火をつけてしまったらしい。
しかし、この状況は寧ろ好都合だ。
何故ならば、俺は今まで一度もこいつが酒を飲む姿を見た事が無い。だから、一度飲ませてみれば、今までやたらと指摘してきた原因を知るきっかけが掴めるかもしれないと思ったのだ。
百聞は一見に如かず、というやつだ。
それに、こいつと二人で飲んでみたいと思った事も……………………まあ、無い訳ではなかったから。
その結果がどうだったかと言えばーー見た通りの惨状である。
途中までは双方会話もなく、穏やかにちびちびとグラスを舐めるだけに留まっていた。
しかし、此方が一杯飲み終えた頃には既に目の前の男の様子が変わっていた。具体的に言うと、飲む量が次第に雑になっていたのだ。
これはおかしい、と気付いた時には既に遅く。完全に目が据わった状態でストッパーが外れた様に飲み続ける男が目の前にいた。
止めようとすればムキになって更に飲もうとするなど、完全に自制が吹き飛んでしまっている。
「もう分かった!分かったからそろそろ止めろって」
もしかして弱いのでは、と思ってはいたものの、これは流石に予想以上だった。
「大丈夫だと、ぅ、言って、いるだろう」
既に呂律も怪しく、手元も覚束ない状態で尚ふらふらとグラスに手を伸ばそうとする男。どうにも危なっかしくて見ていられない。
「まだ飲むのか!?……って、おい。おまえ、顔色が」
見れば、赤く火照っていた筈の男の顔が青っぽく、寧ろ褐色肌も相まって黒っぽくなっていた。
これはいよいよマズイと慌てて止めようとしたものの、一足遅くグラスを一気に呷る男。大きく喉を鳴らしながら飲み終えると、けほ、と咳をつきつつも一見余裕綽々と空のグラスを傾けてみせた。
「む……中々、いける。しかし、これは、…………っ、ぅ、ん?」
ふら、と男の頭が揺れた、と思った次の瞬間。
頭から、机に衝突した。
「アーチャー!?」
慌てて机越しに呼びかけるが、べたんと伏せられた頭はピクリとも動かなかった。
此方からでは完全に顔が隠れてしまっていて、あいつの状態を見ることすらできない。
「おい!」
肩を抱き起こしてみるも反応は無く。脱力してくたりと垂れ下がる首にざあっと背筋が粟立った。
意識が無い。
人間ならば救急車を呼ぶ方が良いのだろうが、英霊相手では意味が無い。
確かこの場合、まずは安静にして衝撃を与えない様にしつつ壁に凭れさせるか、それとも横向きに寝かせなければ。
後、気道を確保しながら、腕はーー
ーーー
「う……?」
低く響いた呻き声に、はっと壁際に向き直った。
先程まで壁に凭れてぐったりとしていた男が、首を持ち上げてぼんやり此方を見つめている。
「アーチャー!良かった……大丈夫か?」
呼びかければ、ゆるゆると確かめるように首を振りはじめた。
「む、問題、ない」
その拍子にぱさり、と前髪が一房額に落ちかかった。
「どこか気持ち悪いとか、目が回ったりとか」
「気にするな。何とも、ない」
尋ねれば何とか答えはする。
けれど、何処かふわふわとした言葉しか返さない様子に段々不安が募りはじめる。
「そう、なのか?水とか持ってきたけど、飲めるか?」
透明なグラスを指し示せば、ふら、と差し出される手。
「ん」
促されるがまま、しっかりと支える様に手渡してみる。しかし、男はぼうっとグラスを眺めるだけで全く飲もうとする気配がない。
これは本当に大丈夫なのか、と思って見つめていれば、次第にこくりこくりと首が揺らぎはじめた。
もう眠いのだろうか。
「なあ、もう部屋に戻った方がいいんじゃないか?俺、用意してくるからさ。それまで少し休んでろよ」
握らせていたグラスを取り上げて、机の端に置く。この分だと布団の他にタオルやスポーツドリンク等も用意した方がいいかもしれない。
とにかく何か見繕ってこよう、と膝を立てて腰を上げる。
「ーー」
ふと、背後から小さく呟くような声が聞こえた。何を言ったのかと振り返ってみれば、ぺたんと座り込んだ男が此方を見上げている。
「士郎」
何かに気づいたようにぽつりと呟く男。今まで見た事もないほど緊張感の欠片も無い表情。それについ引き寄せられて、立ち上げた膝を男に向かい合うように下ろす。
「何だ、やっぱりどこか具合でも……って、うわっ!?」
よいしょ、と座り込んだ途端、どんと身体の左半分に走る衝撃。
何事かと首を動かしてみれば、自分の頭のすぐ横、肩の上に男の頭が載せられていた。
また意識を飛ばしたのかと慌てて起こそうとすれば、無遠慮に己の背や頭をぐりぐりと探る大きな手の感触。
「……む、また伸びた、か」
何だ。
何だこれ。
こいつは一体、何をしてるんだ。
「おい、ちょっと待て、重」
大の男にのしかかられた身体の節々がギシギシ悲鳴をあげている。
酔っぱらって脱力した男の体は熱くてぐにゃりとしていて、寒い夜には程よい湯たんぽ代わりにでもなりそうだ。だが、今まさに180cm越えの巨体によって押し潰されんとする状態ではそんな余裕など無い。しかも、完全に身体を預ける気なのか、掛かる圧力がどんどん増している。
ぐらついた身体を咄嗟についた両手で支えて、男を受け止める。背後に壁でもあればそのまま自分の体ごと預けられたというのに、生憎壁は男の背後にあるだけだ。両手が塞がった状態では押し返すことすら出来ない。
もし、このまま俺が支えきれなければ二人仲良く畳に叩きつけられる羽目になる。俺は構わなかったけれどこいつはダメだ。今、この男の頭に新たな衝撃を与えるのは色々とマズイ。これ以上おかしくなられたら、流石に手に負えなくなってしまう。
「ふむ」
そんな此方の事など気に掛けた様子もなく、べたべた人の事を弄り回した男は一通り触って満足したらしく、おもむろに手を止めたと思えば何故かふむふむと頷き始めた。
「……なあ、満足したならどいてくれないか」
のしかかられた肩や胸があちこち悲鳴をあげている。その上こいつに抱き着かれている現状は、何というか、ひどく据わりが悪い。それに、突っ張った腕の震えもそろそろ止まらなくなってきた。
そんな此方の様子を知ってか知らずか、ふ、と耳元を擽るような声がした。
「なんだよ」
思わず反応すれば、肩にくっついていた男がううん、と唸りながら顔を起こす。
「……いや、なに」
ゆっくりと身体をずらして此方に向き直る男。体勢を変えてくれたおかげで体に掛かる負担は減ったものの、相変わらずぐたりと怠そうに寄りかかっている。
「傍目からでは、ずいぶんと。分かりやすいものだとおもっただけ、だ」
雨後の竹の子というやつか。よくそだったものだ、と呟きながら男の大きな手が頭上でぽんぽんと弾みはじめた。
叩くにしては力が弱いその手つきは、どちらかといえば……撫でている様な強さ、だった。
「え?」
どういう意図なのかと男の顔を見やれば、何処か柔らかく此方を見つめる視線とかちあった。
「……え?」
おかしい。
いやおかしいと言えば、今のこいつが見せた言動の全てがおかしいけれど。
こんな表情も、仕草も、言葉も。こいつのそんな様子は今まで一度も見た事がない。いや、こいつが他の誰かにそれを向けている所を見かけた事はあっても、それを真正面から見た事は一度も無かったのだ。顔を合わせれば仏頂面や刺々しい言葉ばかりで、これ程近づいた事も殆ど無く。しかも、こんな表情を見る事なんて。
それを意識した瞬間、ピシリ、と思考がフリーズした。
ーーそういえば、聖杯戦争以降俺の身長は急激に伸び始めているらしい。
明確に測ったわけではないが、近頃周囲から遅い成長期かと言われることが増えたが、それを明確に意識した事は今まで無かった。というのも常日頃から未だに視線の上にあるものを見上げていれば、そんな事に気付く暇がある筈もなく。縮まない距離を意識した事はあっても、自分が伸びているという意識はなかった。
もっとも、今はその対象が人を背凭れにしながら此方を見上げているのだが。
凍り付いた脳の片隅で、ぽんぽんと弾む手の感触と緩みきった男の顔を認識する。
「オレも、こうだったのだろうな」
まだ何とか動く片隅で先程の言葉の意味を反芻していると、その外側で男が囁く気配がした。
「ああ、でも。いずれは、とどかなくなるのだろう」
ずる、と頭に乗っていた手が滑り落ちた。
「……いや、まだおまえよりは低いだろ」
何とか絞り出すように呟けば、ん、と小さな返答が帰ってくる。
「ああ、そうだな。まだ、な」
ぽつりぽつりと呟きながら、男はずるずるとずり落ちて、ついには俺の膝の上に伏せるような体勢になった。
「でも、オレと、おまえはちがう」
眩しいものを見上げるように、目を細めながら男は言う。
想定外の連続に、ただ茫然と目の前の男を見つめる事しか出来なかった。
「おまえがどうなるのか、どこまでいけるのか、オレにはわからない」
「でも、ゆるされるのならば」
「オレは、さいごまで、おまえのーー」
「……アーチャー?」
すうすうと腿にかかる吐息に、ハッと我に帰る。腿の内側をくすぐる微かな風がこそばゆい。
見れば、既に男は背中を丸める様にして眠ってしまっていた。そのあまりにも無防備な姿は、殆ど崩れてしまった前髪も相まってどこか幼さすら感じさせる。
とにかく、もっと体を伸ばせる広い場所に寝かせてやらなければ、と男の体を持ち上げる。
そこで、ふと。先ほど見た男の顔が脳裡に浮かびあがった。
ーーオレは、さいごまで。
あんな言葉、今迄一度も聞いた事はなかった。そもそもそんな事を言われるとは思ってもみなかったし、言われてしばらくは理解すら出来なかった。
だけどあれは、恐らくーー今まで隠していた筈の、こいつの本音だ。
……こんな状況で聞くべきでは無い事を、思いがけず聞いてしまった。その罪悪感が頭をもたげる。けれど、こんな時で無ければ聞く事は出来なかったのだろうと思えば何とも複雑な気分である。
先の騒動で痺れきった体を引きずって、眠りこける男の身体にタオルケットを掛けてやる。
その寝顔は何とも穏やかで、普段とのギャップで俺なんかよりずっと年下の様にすら見えた。
何だか自分だけ部屋に戻る気にもなれなくて、そのままばたんと隣に倒れむ。すると、すぐにも身体がずぶずぶと畳に沈んでいくようだった。
自分の頭部に触れる。
男に頭を撫でられていた感触が、未だに残っている気がする。
男に掛けられた言葉が、頭の中に反響している。
アルコールか、それとも疲れのせいか。
どうにも考えがまとまらない。
もう、いいや。先程の事も、あの言葉の事も。寝て起きて頭がはっきりしてから色々考えよう。
そうして、何もかもを明日の自分に投げつけて。眠りに落ちていく身体にまかせて、そっと意識を手放した。