1年半ほど前のこと。

私の中には、サナンダ・クマラの意識があると気が付いた。

 

その前後に、私は様々なことを感覚として思い出した。

そして、それまでに得た情報で保留箱に入っていたものが繋がり始めた。

 

「スサノオ=サナト・クマラ」という答えもこの頃に導き出されたと記憶している。

 

 

 

サナト・クマラは同時に複数の意識次元に存在していることを自ら語っている。

詳しくは上のリンクの記事を読んで頂きたい。

そのうちの一つが、シリウスの龍族の「セオリツ」だと思われる。

セオリツはサナト・クマラの分霊のような存在と言い換えて良いと思う。

 

 

 

そして、↑こちらの記事に詳しく書いたが、瀬織津姫として認識されているシリウスの「セオリツ」が、地球に生まれてきた姿の一つがスサノオなのだと感じる。

 

これらから導き出されることは、

「サナト・クマラ = セオリツ(瀬織津姫) = スサノオ」

 

スサノオの大元の存在は、サナト・クマラになるので

「サナト・クマラ = スサノオ」

と言っても良いだろう。

 

日本書紀の中で、スサノオはパッとしない存在として描かれている・・・

「出来の良い姉ちゃん・アマテラス」に対して「出来の悪い弟・スサノオ」といった感じだろうか。

 

アマテラスとスサノオが姉弟という設定は嘘だ。

何故、アマテラスを「上げて」、スサノオを「下げて」書いているかと言えば、それは、アマテラスは出雲族と対立した日向族の娘だからだろう。

日本書紀は、出雲族を滅ぼそうとした日向族の流れを汲む者によって書かれたのだろう。

 

出来の悪い存在として描かれる「スサノオ」・・・ 本当だろうか?

スサノオは、サナト・クマラが転生した姿なのだから、サナト・クマラがどのような存在であるかを説明すれば、スサノオのイメージが覆されるかもしれない。

 

サナト・クマラは、ヒンドゥー教の神話にも登場するが、日本においては京都の鞍馬寺に祀られる魔王尊として有名だろうか。

何故、鞍馬寺にサナト・クマラが祀られているかというと、遥か昔にこの地に降り立ったからだ。

 

二元的なエネルギーが持ち込まれたり・・・などの様々な影響があり、かつては癒しの場であったパラダイスのような地球は是正が必要な状態にまでエネルギーが変化(悪化)していたらしい。

そのエネルギーの是正のために召喚されたのが、サナト・クマラとその妻 レディ・ヴィーナス・クマラ、そして、14万4千のクマラ(アセンデッドマスター)たちだ。

 

現在では鞍馬山と呼ばれるが、かつては「クマラ山」だったようだ。

「時を超える聖伝説」という本の中で、マスターのマーリンが語っている。

 

そして、サナト・クマラが降り立った時に、鞍馬山の地で白色同胞団(ホワイト・ブラザーフッド)が結成されたとのこと。

 

白(シロ・シラ)という音の言葉は世界中にあり、多くは(色の)白や、光を意味すると読んだことがある。

現代ではハクサンと読まれる「白山」も、かつてはシラヤマと読んだらしい。

「シラヤマ」 「オシラ様」 「ククリヒメ」など・・・ もちろん全ては繋がってくる。

 

シラ(白)は光を意味することから、白色同胞団は「光の同胞団」と言い換えても良いだろう。

こういったことが、「光側」「闇側」などといった表現に繋がってくるのだろう。

 

光側の代表者とも言える、サナト・クマラ。

サナト・クマラは、実際、天の川銀河を守護する者たちの総大将と言って良い存在だ。

 

天の川銀河に属する地球に暮らす人類は、サナト・クマラの守護の元に様々な経験を謳歌していると言っても過言ではないだろう。

 

このような存在であるサナト・クマラが転生した姿である「スサノオ」

日本書紀に描かれるスサノオのイメージは、サナト・クマラの印象からあまりにもかけ離れている。

そこには「悪意」さえ感じる。

 

サナト・クマラやスサノオに興味が湧いた方には、ぜひ、こちらの本をおすすめしたい。

 

トム・ケニオン&ジュディ・シオン著 「アルクトゥルス人より地球人へ」

 

この本は、著者がアルクトゥルスの存在たちとチャネリングを行い、その言葉をまとめたものだ。

サナト・クマラも多くを語っている。

 

本は知識を得るという面もあるが、良質な本からはエネルギーを受け取れることもある。

私が多くの言葉を語るよりも、サナト・クマラの言葉(エネルギー)に触れれば、どのような存在であるかがわかると思う。

 

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