肌が触れ合うたび、鷺の翼が波打つような幻覚が走る——背中から、透明な翼が広がり、月光を浴びて白銀に戦(そよ)いでいるような。
比鷺の息が乱れる。喉から小さな声が漏れる。
「君の声が、聞きたい」
萬燈が、比鷺の耳元で囁く。
比鷺は首を振る。髪が乱れ、頰に張り付く。
化身の痣が、さらに強く光る。部屋の闇の中で、二つの痣が共鳴するように輝き、淡い光の粒子が舞う。
「俺、先生がいないと……舞えないかも」
いまにも壊れそうに、比鷺の声が零れ落ちる。
萬燈の瞳が比鷺の顔をじっと見つめ、月光に照らされた表情が、わずかに柔らかくなった。そして、ゆっくりと額に唇を寄せる。優しく、祈るように。
「それでいい」
短い言葉。
だが、その一言で、比鷺の肩から力が抜けた。
萬燈の腕が、比鷺を抱き止める。背中を優しく撫で、指が髪を梳く。
闇の中で、二人は互いの化身を確かめ合う。痣の光が、ゆっくりと同期し、部屋全体を淡く照らす。
願いなど、どうでもよかった。
大祝宴の結果も、カミの審判も、今はこの瞬間だけは遠い。
ただ、この夜だけは、カミに背いても構わない——と思った。外の月が、静かに二人を見下ろしている。
控え室の闇は、深く、温かく、二人の吐息だけを包み込んでいた。
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