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今日で起業して10年。アート事業を展開した10年の軌跡を赤裸々に公開

いきなりですが、本日2025年7月10日で、私が経営している会社・株式会社NOMALは10周年を迎えます。

まさか自分が友人と起業して、その会社が10年続くなんて、学生の頃は夢にも思ってなかった。でも誰がなんと言おうと10年続いているのだから、不思議なものです・・・。

起業のきっかけのnoteはこちらから読めるのですが、そもそももうこの記事から5年間経ってる(恐怖)ということで、この10年の振り返りのようなnoteを書いていきたいと思います。

現在の会社の売上規模や事業構成について

まず最初に、2025年現在の会社について簡単に。当初友人同士3名で始めた会社は、現在経営陣2名・正社員3名・業務委託4名・アルバイト7〜8名の15名程度の組織となりました。2020年以降、人の移り変わりが激しいところもあったけど、現在やっと組織として安定してきたような。

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今のNOMAL。全員写真写りが悪いやつをチョイス!

年商はざっくり3〜5億円。採用事業・アート事業と半々で売上構成されてます。事業内容は「採用コンサルティング」「アート事業(通販、壁画制作、壁画広告など)」の他にも、「お笑い芸人事業」「野球事業」と・・・一体なんの脈絡があるの・・・・??思いつきでやってるの?と言われても仕方ない無茶苦茶な定食みたいな構成。

そしてこれは実際、思いつきでやってる部分が多いのです。
こんな事業構成が取れているのも、どうにかこうにか自己資金で会社を大きくしてこれたから。もしも誰かからの投資を受けていたら、そしてそれがより良い利益構造のためだとしたら、そもそもアート事業もお笑い芸人事業も野球事業も投資者の反対にあい、立ち上げることすらできなかったでしょう。私が投資家だったら大反対する。

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野球事業のハイライト・松坂大輔ゲスト出演

会社経営者といっても、「会社の売上を毎年着実に上げていくような適切な意思決定を下すこと」を「経営」と表現するなら、私は正直経営者失格だという自覚があります。起業して7年くらいは、経済的な効果を生み出すことよりも、自分の目指す世界観のためのアクションの実施の方を優先させた自覚があるから、本当に経営者失格です。

けど、だからこそ想いが通じる、と思うこともありました。数々のラッキーが噛み合った結果アート事業は経済的に成長出来ているわけだけど、その原資は新しいことへの投資にもなるわけで、幸いなことにそのフェーズまでやっと来れたと感じています。

この10年間は、アート事業を0から立ち上げて赤字続きに苦しみながらも、思いついては実行し、実行しながら整える、そんなアクションの連続で構成されいました。「さぞアクション好きなんでしょうねえ」と思われるかもしれないが、元々私は安定思考タイプでアクションが得意なタイプではありませんでした。

10年前に共同経営者の松本から「会社を作らないか?」と誘われた時の私をよく表している一文が松本のnoteにあります。

「やってみたいことに挑戦してみたらいいじゃん!」と言っても、「未経験だし」「やりたいことがそんなに簡単にやれるわけないし」というウジウジした回答が返ってくる。

松本のnoteより

・・・うーん、ここから考えたら、ちょっとは個人的に成長できたかなあ。「まずやってみよう、計画を立てても仕方ない」という考え方にシフトできたような。

このnoteではアート事業を始めてからの10年間をまず簡単に振り返りたい。記憶に封印している黒歴史も、勇気を出して引っ張り出していきます。


2016年〜2017年「いきなり迷走期」アートギャラリーをしようと思ったらなぜかカレーを売っていた


2015年のNOMALの創業から遅れること1年、やっと資生堂を辞めて正式にジョイン。なぜアート事業を始めたかについてはこちらのnoteをご覧ください!

https://note.com/uousaou0202/n/n767da3541317

兎にも角にもWASABIという絵画の通販サイトをスタート。ロゴもサイトデザインも自前の手作りでのスタートでした。とにかく最初は記事を死ぬほど書いていて、SEOでのアクセス増を狙っていた。

最初に売れたのは8月くらいかな。500円ほどの手ぬぐいだったけど、「顔も知らない誰かが買ってくれた!」とめちゃくちゃ嬉しかったことを覚えてる。(現在は立派にアート通販サイトを社員が運営してくれている。)

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現在のアート通販サイト

1個目が売れたはいいけど、2016年の年間売上はわずか15000円(年間ですよ・・・?)
2017年、少しずつ書き溜めた記事の成果が出てアクセスが増えたおかげで売上は伸びたものの、依然として赤字。

この赤字から脱しようと、知り合いの店を間借りして、吉祥寺でアートバーを始めました。通販で購入するお客様がリアルでアートを見れる場を作るためだったけど、そもそも窓だらけの間取りで全くアートを飾るのに適していなかった。

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雰囲気は抜群に良かった。

気がついたら、アートではなく鹿カレーを販売する生活を続け、後半はキッシュを仕入れてパプリカパウダーかけてた。

昼は通販の仕事をして、夜はバーに立つ生活を半年続けた結果、これ以上特に何も生み出すものはないよね・・・と撤退(そりゃそうだ)
他にも詐欺にあうなど、エラーが多い2年間は松本の採用の売上で支えられていました。何だかんだ2017年にはやっと、通販で数百万の年間売上が立つようになっていました。


2018年〜2019年「発芽期」オフィス壁画事業スタート。少しずつtoB事業が軌道に乗り始める

通販だけでは中々売上は伸びない。売上だけではなく、アートに興味がない人にアートに興味を持ってもらう活動も出来ていない。この2つの点を払拭するにはtoB向けのビジネスを考えた方がいい気がする、と頭の片隅で思い出した2018年。

はたと思いついたのは、オフィスにアートがあったら良いのでは、というイメージでした。

前職で疲れて帰ってきた時に、台車や書類が積まれた無味乾燥なオフィスを見ると心が渇いた。あそこにアートがあるだけで違う気がする・・・?

そういえばサンフランシスコの壁画は素晴らしかった。ああいうのがオフィスにあってもいいのかも・・・?

ワーカーはアーティストと接点がない人が多いイメージだけど、アートがあれば興味を持ってもらえるのでは・・・?

このように何一つ確信はないが、推論だけはいくつもある、みたいな状態だったので、とりあえず行動することに。

なにはともあれ、まず1つ目の実績を作らなくては。自社でエンドユーザーに営業するより早いだろうとオフィスデザインの会社に片っ端から問い合わせ。結果的に、早いうちにNTTデータMSEと日本オラクルという、大企業の実績を作ることができました。そして、無事にサービスとしてローンチができたわけです。

この時は、今考えると最も営業していた時期でした。戦略的に考える頭脳が絶望的にないため、全方位的な営業スキルは持ち合わせていない私。資生堂(前職)も職種は営業でしたが、決して優秀ではありませんでした。

でもこの時は自分で作った商品だったからこそ無理のない営業トークができました。また、アート市場が今と比較してニッチ市場だったことも味方していたことでしょう。この時期には朝会にも入って毎週水曜朝6:30〜プレゼンをしていましたが、今はもう色々な意味でできないな・・・。

この時の一番の思い出は、オフィスデザインの会社のヒトバデザインの社長・佐藤誠吾さんと出会ったこと。問い合わせフォームから不躾なメールを送ったのに、社長自ら会ってくれました。

まずはアートの素晴らしさを・・・と思った私は、キャリーのなかにアートを詰め込んで持っていき、佐藤さんの前でたくさんのアートを広げました。さぞ、面食らわれたことと思います。

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1つ目の実績は、NTTデータMSE

それでもNTTデータMSEのプロジェクトに起用いただき、アーティストのマエダトシユキさんとともに、最初の実績を作ることができました。その後も節目節目で、色々と厳しい意見も頂いて、飲みながら悔し泣きをするような場面もあった様な気がする。だからこそ何くそ、やるぞ!と思えたし、それも含めて、佐藤さんには本当に感謝しています。お祝いのメッセージ本当にありがとうございます。

かくして、2018年始めたオフィス壁画事業の売上は数百万程度。通販と合わせて、やっと一千万の壁を突破することができた年でした。



2020年〜2021年「成長期」
コロナで会社の売り上げが大きく損失。そんな中でワークショップ提供を開始する。

2020年、まさかのコロナウイルス到来。この時のことあんまり記憶にないんだけど、実家帰って呆然としながらカルテットを見返したり、突然ビーズでネックレス作ったりした模様。暇だったのか・・・?

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意味もなく描いたカルテットファンアート

ただ、この時にアート通販の売り上げが上がり始めて、オフィスのあり方が「働く(作業)する場所から、リアルコミュニケーションをする場所」に変わったことで、企業のアイデンティティを伝える壁画のニーズが爆増

そこでとある疑問に遭遇します。
空間において、手描きで壁画をする意味ってなんだろう?ぶっちゃけ印刷でも手描きでも、気がつかない人は気づかないだろう。でもアーティストがその場に滞在して制作することに意味は必ずある。

だったらアーティストとワーカーが出来るだけコミュニケーションを取れるようにソフト面を強化しよう。壁画制作をするだけではなく、ワークショップを絡めたプログラム型のサービスの提供はここから始まりました
通販も両方やっていると手が回らなくなって、初めて社員を雇いました。

2021年一番ボリュームがあった実績は、富士通のオフィスの壁画でした。一気に10箇所の同時制作。スケジュール調整が困難で、社員総出で現場に出て助けてもらいました。保育園のアートも手がけるなど、プロジェクトが多岐にわたっていき、素晴らしいアーティストとの出会いが多くありました。

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ワークショップ提供開始
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富士通のオフィス Art by OZ-尾頭-山口佳祐

数千万の売上を作ることができた2021年でしたが、短期プロジェクトが多くまだ売り上げに波がある状態。だけどこの時にソフト面の強化(ワークショップやコンサル的な目線)をしたことが、今思えば後の長期プロジェクトの受注につながっていきました。



2022年〜2023年「拡大期」壁画がオフィスの枠を超える。屋外壁を活用したアート広告の開始・海外展開へ

コロナが落ち着き始めた2022年にJR東日本との取り組み開始。上野駅のプロジェクトを定期的に実施するようになり、屋外の壁画制作にも乗り出すきっかけとなりました。

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JR上野駅の壁画 Art by NiJi$uKe

そのうちに確かカフェで「壁画を広告として使えるんじゃ・・・」みたいなことを想い、身近な「いい外壁」を探し始めました。(後にこのアイデアはもっと前に他社が実施しているアイデアだと後にわかる)

このタイミングで、今も長らくお世話になっている京王電鉄さんを友人(通称カゲさん)に繋いでもらい、ミカン下北の壁の運用が始まりました。一発目に株式会社明治のスポンサーがついたこともラッキーでした。この壁は現在に至るまで6回ほど描き変えられ、下北沢の人々に受け入れられ始めています。

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明治様の壁画 Art by WHOLE9

また、初めての長期プロジェクトでは、NECの社員とアーティストの交流を促しアートを共創するという立体的な企画を実施。この時も設計を担当したオカムラの庵原さんが研究室の先輩というラッキーが。この実績は私たちのスタイルを象徴する実績にもなっています。

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NECの玉川事業場の壁画 Art by Mariya Suzuki

ここまで何度「ラッキー」という言葉を出したでしょうか?
つくづく運に支えられているけど、突飛なことでも意識的に「やりたい」と発言する自分の行動が、ラッキーを呼び寄せてくれた気がします。

2023年はニューヨークの壁画制作会社とのアポイントを目的に、海外に長期滞在をするルーティーンを始めた年でもあります。

そして2023年、アート事業は気がついたら、1億の壁を突破していました。



2024年「整理期」私たちのフィロソフィーってなんだろう?さまざまなものを整える。

2024年、売上は順調に増えていったからこそ、対外的なブランディングを整理しなければいけない時期に入っていました。
同業界内の競合企業もある中で、私たちはアートで何がしたいのだろう?アートをどう見せたいのだろう?を考えた一年でもありました。

なんとこの時点まで通販の名称である「WASABI」をそのままtoB向けのビジネスにもスライドして使っていたという杜撰さ・・・。

これではまずいだろう、とその時ジョインしてくれていた野本さん(中高大の同級生でありブランディングのプロ)と壁打ちしながら、サービス名称・ロゴの変更とタグラインの決定をしました。

タグラインは「Hello,ART!」
私たちはアートとアートに興味が全くない人(例えるならアーティストとワーカー)をつなぐ役割。だからエッジを効かせることなく中庸を意識して、アーティストと誰かが友達になる世界観を目指そう、そう決めました。

この年に「アート×ビジネス」イベント、ART LIVE TOKYOを実施しました。山口周さん、経済産業省の浅野さん、タナカカツキ氏など身の丈に余る豪華ゲストにたくさん登壇いただき、有料イベントだったのに200名以上の方が来場。

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トリは山口周さん

自社の利益のためではなく、私たち目線の純粋なアートの啓蒙を出来た第一歩だったように思います。

もう1つのこの年の印象的な出来事は、松本が「インサイドセールス部隊(電話営業)」を作ったこと。

当初私は反対モード。「アートを電話営業するって・・・ダサくない?胡散臭くない?」と思っていました。対して松本は「なぜこんな当たり前のことをやらないんだ、だから業界が古いと言われるんだ」とか嘆いてた気が・・・。

このやり方がアート的正攻法かはさておき、結果的にこの松本の決断は、後の西武鉄道様とのご縁などを呼び込んできてくれました。

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駅を1つずつアートにする、西武鉄道様との1大プロジェクト WHOLE9/unomori

「自分だけの価値観って凝り固まってるな・・・他人のアイデアに乗っかると思わぬ出来事を呼び込んでくれるな」と思った経験の1つ。

想いのあるインサイドセールス部隊がいてくれることは、現在の弊社の大きな財産となっています。




2025年「再び、種まき期」10年間の実績をベースに、次の10年へつなげていく

そして今日、弊社は10周年を迎えました。今までアクションの連続で繋いできた10年間。

今は事業拡大はもちろん、ここまでアクションさせてくれたアート業界に対して、何ができるだろう?私たちがいなくなった後でも残せる普遍的な価値はなんだろう、という想いが中心にあります。

というわけで、引き続きプロジェクトを実施しながらも、残りの半年で着手したいアクションがこちら。弊社のメンバーが直接言葉で伝えるだけではなく、自動的に伝播していく仕組みを作れたらと思います。

①YouTubeの始動
と言うわけで・・・YouTube始めました!!

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まずはご挨拶動画から・・・・

実は自分が出ることに対して相当なメンタルブロックがあったのだけど、そうも言ってられない。動画と壁画はやっぱりめちゃくちゃ相性がいいし、アーティストの素の魅力も伝えたい。

10周年のお祝いだと思って、ぜひチャンネル登録お願いします・・・!何卒おおおお


②絵画循環アプリの制作着手

亡くなった祖父が残した大量の絵の処理に迷ったことがきっかけで思いついた絵画循環プラットフォーム。0円から入札できて、ストーリーと入札価格で出品者は判断するというものです。

2年前で高円寺でリアルイベントをしたときに手応えを感じまして・・・我ながらいいアイデアだと思ってるのです(儲かる気は全然しないけど)

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高円寺でのリアルイベント。リアルで入札してもらった

今、売上が伸びている時期。でもいつまで続くかはわからない。だから今のうちに、アート業界全体に対する恩返しをしていきたいし、新しい事業に着手したいということで、弊社初のCtoC事業に本格的に乗り出してみたいと思います。




何故10年会社を続けられたのか?に対する、私なりの答え

ここまで、長々10年間を振り返ってみました。振り返ってみるとその都度苦しいことはあったと思うけど、精神的に追い詰められるようなとんでもないプレッシャーや挫折は一回もありませんでした。

この精神的な健やかさは私にとっては何より大事なこと。プレッシャーが力になるタイプとそうじゃないタイプがいると思いますが、打たれ弱めな私は完全に後者。だからこそ小さいながらも健やかに成長できる方法を取ることが、続ける鍵でした。

ラッキーに支えられたことは何度もあるけど、振り返るといくつか要因がありました。私と同じような誰かのチャレンジの参考になればと、整理して書いていきます。

①計画を立てずにアクションする
計画を立てて、それに向かって進む。王道にも思えますが、長期の計画になればなるほど自分の首を絞めるのも事実。どっちみち計画通りになんていかないし、リスクを考えすぎる前にスモールスタートを繰り返すことが、次のアクションへのきっかけになっていきました。

②短いタームで背伸びをする
とはいえ、無理をしないばかりでは何も成長がありません。2ヶ月くらいの短いタームであえて背伸びを繰り返すようにしました。「自分には想像がつかない仕事」が舞い込んでくるタイミングでは、チャンスと思い一旦見切り発車でも受けました(心配かけた方すみません・・・)

で、そこに合わせて色々な物事の帳尻を合わせるようにすると、知らず知らずにちょっとずつ成長できていきます。ロングタームの計画ではなく、ショートタームのトライが私にはあっていたようでした。

③周りのいうことの耳を貸しすぎない
みんな自分の成功体験を話します(もちろん、このnoteもその一部)。けど、自分だけのストーリーだからこそ必ず誰かに響きます。周りのアドバイスをありがたく聞きながらも、聞き流す時もありました。それは相手の立場に関係なく、自分の直感に従っていましたが、それで良かったと今は思います。

④運が良いと思いこむ
何度「ラッキー」とこの記事で書いたことか。実際に私は運がいい・・・のかどうかは誰かと比較できないけど「運がいい人間である」とは思い込んでいました。ちょっと嫌なことがあっても「運がいいから最終的には大丈夫」と無理やり思ったりとか。この答え合わせは死ぬ間際でないとわからないかもしれないけど・・・。

⑤大枠で走り切ってから細部を詰める
抽象的に大枠で物事を見て、具体的に考えていく。まず全体感を作り切ってから細部を詰める。そのやり方をすることで目的をぶらすことなく走り切れたことがいくつかありました。細部を先に詰めてしまうと枝葉の部分がどんどん気にかかったりアクションのスピードが落ちたりします。私にはこのやり方があっていました。

あくまで上記は私にはこのやり方があっていた、という話ですが、この10年という短い歴史でも誰かの背中を押すことができたらとても嬉しいです。

最初は松本はじめ社内に支えてもらいながら、途中から得意先やパートナーに支えてもらいながら、そして何より一緒に仕事をしてくれるアーティストに支えてもらいながらの10年間。こうやって言葉にすると、なんて贅沢な時間だったのかと思いますし、ここまでやって来れたのは本当に幸運なことだったと感じています。

今一緒にいる人たちとは、仕事でも仕事じゃなくてもいいから、ずっと何らかで繋がっていたい。是非、次の10年も弊社に関わっていただけるととても嬉しいです。2035年のnoteを楽しみにしていてください。

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今日で起業して10年。アート事業を展開した10年の軌跡を赤裸々に公開|平山美聡 | NOMAL ART COMPANY代表
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