カルデア食堂 週末
タニキが来た喜びの中、反転したが故にあっさり和食派になったタニキを書こうとしてたはずがこうなりましたなんでさ。
***
15日の女子55・デイリー61、16日の女子100とのことで、ありがとうございました(*‘ω‘ *)
***
気づけばブクマ500越えで、沢山の方にお読み頂いて恐れ多くも大変嬉しく思いますワァイ(*'ω'*)♡
- 1,896
- 1,964
- 33,670
*色々俺設定
*翻訳などぐーぐる先生にお世話になっています
*槍弓は香る程度。香る程度(大事なことなのでry)
紆余曲折を経て、人類を救うなどという壮大な旅に巻き込まれた最後のマスターたる彼は、今日も今日とて飯が旨いと見事な健啖ぶりを見せていた。
各地域の英雄が闊歩するカルデア。随分と所帯の増えた最近では、不公平にならないようになのかローテーションで料理の地域性が変わる様になった。
暦の上では金曜日たる本日は、和食・日本食の日。そして金曜日と言えばカレーだと主張する食堂における最大権力者の某英霊により、昼か夜の何方かが大体カレーだ。一般的なカレーライスだけではなくドライカレーやらスープカレーやらカレー風味のコロッケやらと手を変え品を変え饗される。
これはインドあたりのじゃないのかとツッこむ何名かに対して、そのご当地(周辺国含む)出身の英雄たちは揃って首を振った。イイ感じに魔改造されているカレーは最早日本の国民食である。とは言え、彼らの国が含まれるアジア諸国(西側が土曜、東側が日曜。ちなみに東西の区切りをマスターは未だに知らない)の週末においては、本家本元正統派なカリィが並ぶこともあるのだが。
何時の間にやら設置されていた石窯で焼いたナンだのチキンだのと共に、甘いラッシーを飲みながら食べるソレもそれで美味しいよね、と具材がとろっとろに溶け込んだ上に追加で入れられた肉と野菜がゴロゴロ入ったビーフカレーと角切り野菜のマリネサラダを味わいながら、マスターたる少年は記憶に残るスパイシーなカレーに想いを馳せた。
料理のできる英霊は、調理が出来るものを含めても数人は居る。けれど、彼らは過去に生きた者たちであって、現代どころか近代の食事情にすらとても疎かった。けれど、此処には彼が居た。
詳しいことは未だマスターたる少年にも判らないが、戦うための英霊であるはずの彼は何故か家事全般にとてもとても優れていたのだ。しかも本人曰く世界各地の三ツ星ホテルやレストランやらのコック達と親交を深めていたとか何とかで、その料理レパートリーは多岐にわたっていた。それを聞いて、摩耗して擦りきれただなんて言うのにこういうところは忘れないんだなあと、元一般人の少年は思いもしたが、しかし現在それでとてもとても助けられているのも事実なので感謝するしかない。
◇ ◆ ◇
唯一残ったマスターとなった少年ではあるが、最近漸く短時間なら交流できるようになった(と言っても通信だけだが)並行世界のカルデアでは、同じ立場に明るい髪色の少女が居た。世界が違うと可能性も違うのだろう。
ある日、その少女と通信する際に偶々カルデアの守護者たる彼――英霊エミヤが傍にいた。それに、画面に映った少女の傍にいた金髪の少女が過剰なまでに反応して『メシマズとまでは言いませんが味気の無いご飯はもう沢山です貴方のご飯が食べたいですシロウ!!』と画面一杯に映るほど身を乗り出して切実な顔で言い放った。
呼びかけられた対象であろうエミヤは、酷く頭の痛そうな顔をして額に手を当て、低く呻く。漏れ聞こえる低い声は聞かなかったことにしよう、とマスターの少年は思った。未熟者と同じ名前で呼ばないでくれと言うか何故知ってるんだセイバー、と呟くそれが血を吐くような声だったからだ。
その後何やかんやわーぎゃーと短い通信の間に交わした話の内容を要約するなら――うちは御飯が美味しくて良かった! に尽きる。
ついでに、あちらの少女とともに映ったエミヤの言うところのセイバーはこのカルデアには居ないが、きっと恐らく腹ペコキャラだろうなあ、とマスターが推測するには十二分な交流だった。
本来の英霊に食事や睡眠などの人間的な生活は必要ないらしいが、一般的な契約と異なりマスターの少年が一人で全てを担うカルデアでは、船で言うところの錨の部分をマスターが背負い実際の魔力は電力で補っている。そのため省エネ仕様で半分受肉した状態に近く、食事や睡眠も必須と言っていい状態にあった。
寝なくても発狂はしないし食わなくても餓死はしないが、パフォーマンスはがたりと落ちる。睡眠で魔力の消費を抑え、食事のカロリーを魔力回路にまわすことはこのカルデアではとても大切なことであった。主に増え続ける英霊にカルデアの発電力が足りるかと一抹の不安を抱いている医者と科学者の間では。
故に、生きている人間であるマスターや半分英霊が融合したとはいえ肉体のあるマシュらと同じように、一般の英霊も一日二食なり三食なり(ここらは文化の違いがある)摂り、23時の消灯時間以降は大人しく睡眠を取るような生活をしている。
つまり、毎日毎食の食事はとてもとても重要なのだ。ご飯が美味しいうちは勝ち組なのだ。
マスターがまだマスターとしての自覚もクソもない頃にふっ飛ばされた炎に包まれた冬木において、シャドウサーヴァントとして出会ったエミヤと奇しくも縁が出来たらしく、帰ってからの召喚ですぐに泥に呑まれていないエミヤを呼び出せたのは僥倖としか言えない。食事面……いや、生活面においては一切の苦労を感じなかった。
皮肉や小言を吐きつつも、甲斐甲斐しくマスターのみならず生き残ったカルデアスタッフや現代的環境に慣れない他の英霊たちの世話を焼く姿に、誰もがある言葉を飲み込んだものだ。食堂で眠たげにしていたマスターがエミヤに声を掛けられたときに、あっさりぽろりと寝惚け眼で『判ったよママ』なんて呟くまでは。
それ以来エミヤは英霊間ではママやらかーちゃんやらオカンやらお母さんやら母上やらと総じて女親を指す言葉で呼びかけられ、各地から集められていたカルデアスタッフからは、彼らそれぞれの母国で同じく女親を指す単語で呼ばれるようになった、とマスターはほんのり反省をする。後悔はしていない。
マスターと英霊間では何やらの力のお蔭で言語に苦労はしないし、同じマスターに呼ばれた英霊たちもそこは同じらしい。例外たるドクターや工房の主は、マスターの回路をどうこう利用して同じように自動翻訳の能力を得ている。腐っても天才なのだ。でも本来聖杯を通じて呼び出された場合そう言った苦労は無いとかそんな話は二人とも聞かなかったことにしていた。
しかし、スタッフたちはそうも行かない。基本は世界でも広く使われる英語で意思疎通に問題は無いが、やはり母語が最も口馴染んでいるのは仕方がない。母語で話したいときだってある。
そんな折に、ネイティブではないが、それでも苦無く会話を交わせる相手が居たら。しかもその相手は畏れるべき英霊であると言うのに随分と所帯染みていて、困った時に手助けしてくれるし何より飯が旨い。母国の料理が出た時などは誰もが涙しながら食べるほど。
つまり天然人誑したるかの英霊は、現代に生きる優秀な科学者たちをも手懐けた、もとい心と胃袋を掴んだらしい。
◇ ◆ ◇
もひもひと2杯目のカレーを頬張りながら、マスターは食堂にざっと視線を走らせる。正面で少量ではあるが同じように2杯目を食べている可愛い後輩と猫のような栗鼠のような生き物の姿にでろりと頬を緩ませつつ、各々自由に食事を摂る英霊たちを見渡した。全員が全員毎回食堂に来るわけではないが、それでも利用する者は多い。
大体出自が近い英霊や気の合う英霊と席を共にする彼らが、人とは異なる神秘の存在だと言う事にようやっと慣れてきたなあ、とマスターは思う。何せ最初に出会ったのが麗しい外見に似合わず妙に世俗に塗れたキャスターのクー・フーリンだったし、その後に出会ったのは所帯染みたママ、もといエミヤである。英霊と言う存在に対して間違った認識を抱いたとしても、不可抗力だろう。
勿論戦闘となると頼もしいし怖ろしいのだけれど、とカレーに付き物の牛乳を呷り乍らマスターは胸中で呟いた。ついうっかり、忘れそうになる。
マスターの英霊に対する認識を誤らせた一人であるキャスターのクー・フーリンは、同じ顔したランサーと似た顔をした若いランサー、熊のような大男と緑の弓兵、輝かんばかりのイケメンの方のランサーたちと厨房に近い側のテーブルを囲んでいる。ケルト組は仲良しだなあ、なんて若干嫌そうな顔の緑の弓兵に気付かないふりをして、マスターはにんまりと微笑んだ。そこでふと、同じ顔の中に最近来てくれたものが無いことに気付いた。そう言えば見たことが無いなあ、と気づく。
5つ目の特異点であったアメリカを修復し、その時に縁が出来たはずが中々召喚に応じてくれなかった反転したクー・フーリン。漸く応えて来てくれた時、マスターはとりあえず一回気絶した。嬉しすぎて興奮しすぎたのだろう、と後からドクターに聞いた。そんな不甲斐ないマスターに代わり、何時もの様にエミヤがカルデアの説明などをしてくれた、と知った少年がありがとうママと飛びついて怒られたことは言うまでもない。
それ以来、だ。レイシフトに同行しては容赦なく敵を殲滅してくれるのは頼もしい限りではあるが、それ以外のところでクー・フーリン・オルタを見た記憶がマスターには無かった。あれ、どうしてるんだろう、と今更ながら首を傾げる。スプーンを咥え乍ら行き成り物思いに耽り始めたマスターに、正面に座った後輩も不思議そうに首を傾げた。
「行儀が悪いぞ、マスター」
「あ、ママ」
「エミヤ先輩。今日のご飯も美味しいです」
「ありがとうマシュ。そしてマスター、いい加減性別を忘れるのは止めてくれないか。君がそう呼ぶ所為で先日ヘクトールからもかーちゃん呼びされたんだぞ」
オバサンじゃなくて良かったと思うべきか、と呆れながら厨房から出てきたカルデアの守護者たるエミヤはマスターに対し挨拶のように小言を零すが、だってママはママだしなどと悪びれなく返すマスターには微塵も効いていない。溜息を隠さずについたエミヤにへらへら笑うマスターは、その手に見慣れぬ包みがあることに気付いた。
包んでいる物自体は風呂敷なので知っている。どうも中身は正月に見かけるお重のような大きさの四角い何か。はてそんなものカルデアに在ったのか、と首を傾げたマスターだったが、エミヤが色んなものを投影できると思い出して一人納得した。多分それも投影品なのだろう。
「それどうしたの?」
「いや、ちょっとな。最近の獣は偏食で困る」
はてな、と気分的には肩に付きそうなほどに首を傾げたマスターは何とも言えない表情のまま、食堂を出ていく彼を見送った。何やら厨房側から舌打ちが聞こえたような気もするが、気のせいだろう。振り向くの怖い。
後日マスターがエミヤから聞き出したところ、風呂敷の中身はまさしくお重で、中身は懐石料理もかくやと言わんばかりの純和食だったそうな。
獣は食事時の隙を嫌うからな、と紅い弓兵は笑っていた。
*
日付変わって土曜日。本日はアジア諸国西側(マスターがキッチン英霊たちに確認したところ、北と東南と日本を除く東アジアが東側、中央と南と西アジアが西側だそうだ)と言う事で、昼食はペルシア料理だった。ゼレシュクポロにホレシュテ・ゲイメ、ほうれん草入りのクークー、汁気を減らしたホレシュ・ハヴィージ。
どうにもこうにも見慣れない料理の数々に目を白黒とさせるマスターや多くの英霊たちをさて置いて、全く物怖じもせずぱっぱか皿を空けて行く一部の英霊と眼を輝かせて噛みしめる一部のご当地&ご近所英霊。あれは何だ、これは○○に似ている、などと賑やかに話を弾ませていた。
どの地域の英霊でも言えることだが、カルデアで出されるのは彼らが生きて居た頃には存在しないものが殆どだ。けれど基本は似たような味付けなのだろう、記憶にある味を思い出させる料理は英霊たちを郷愁に駆らせた。特に本日はがっつりご当地の英霊たるアーラシュが大喜びで平らげている。
「いやあ、本当に旨い! なあ、今度はフムスを出してくれよ。兄さんが作るならきっと旨いからな」
「ああ、了解した。それにしてもこんなに君に喜んで貰えるなら、覚えた甲斐があったな」
ふわ、と目元を緩めるエミヤは、憧れの英霊を前に恐らくいつもよりテンションが高い。アジア諸国、特にエミヤが生前主な活動域としていた中近東や南アジア周辺国において、弓兵とは彼のことを指すのだから。
生前の傭兵活動の中で銃器のみならず弓も扱い、狙撃手だけではなく弓兵としても名を馳せているうちに『アーラシュの再来』だと評されたこともあった。エミヤ自身は恐れ多いことと素直に喜んで受け止めることもできなかったが、それでも身を挺して戦争を終わらせたかの大英雄の様に、自分も争いを収められればいいと思うことも間々あったのだ。
まあそんなこと知る由もないマスターは『ママが喜んでる……浮気してる……』などと言う阿呆な思考を繰り広げていたが。そもそも浮気も何も本命、もとい夫は誰なのかと言う話だ。
マスターの胸中などどこ吹く風、のほほん、とした二人の間ににょっきりと小さな影が顔を出す。さらつやした金髪にまあるいくりくりの紅い眼をした少年――子供時代のギルガメッシュ、通称子ギル。青年期の姿とは凄まじく性格面での相性が悪かったが、子供には甘いエミヤはこの姿のギルガメッシュとは比較的平和な関係を築いていた。
アーラシュの向かいに盆を持って座った子ギルは、懐かしそうな顔をしながら匙を進めている。ウルクとなると場所が少し異なるはずだが、香辛料の多い味付けには共通するものがあるのだろう。
「んー、やっぱりアーチャーさんのご飯は美味しいですね! 僕、晩ごはんにはファラフェルが食べたいなあ」
「あー……ヒヨコ豆のコロッケのようなもの、だったか?」
「はい! 僕ピタに入れて食べるの好きなんです。あ、空豆は入れないで下さいね」
「お、それなら早速フムスも作ってくれよ。一緒に入れると旨いし」
大英雄と麗しい子供にきらっきらした眼で見つめられては、英雄と子供に弱いエミヤが断れるはずもない。図らずしも夕飯の献立が決まった瞬間である。
とりあえずひよこ豆自体はサラダに使おうと浸水させてあるので、不可能ではない。メインにピタパンとフムス、ファラフェルを据え置くならば他はどうするかとエミヤは厨房に戻りながら思案する。食堂に残された大小の影がハイタッチをしている気配を背中に感じながら。
結局その日の夕飯は小さな英雄王とアジアの大英雄のリクエストにより、タッブーレに大量のピタパン。これまた大量のフムスに食べる傍から揚がってくるファラフェル、レイシフトが無いが故にじっくりがっつり手間をかけた羊肉のドネルケバブが野菜を添えて並ぶこととなった。ちゃんと焼き台を投影してリアルタイムで焼き上げるあたりエミヤの本気度合が伺える。
基本的に現地に近い味付けと調理法を再現するようにしてはいるが、如何せん料理に関しては国境を自重しない日本出身のエミヤは、無国籍……と言うよりは国籍をごちゃ混ぜにしやすい傾向がある。なのでケバブに関しては完全にトルコ寄りだったりするのだがまあ、ご愛敬だろう。
「へぇえええ……俺ケバブって初めて食べた」
「これ美味しいですエミヤ先輩! お野菜も一杯食べられますね」
生まれて初めて食べるもの尽くしの一日ながら、エミヤの作るものなら絶対に美味しい、と食に関しても全幅の信頼を置いているマスターとマシュは、しっかりと年相応の食欲のもと胃袋を膨らませていた。マスターはピタに溢れるほどのケバブを入れて、そこに砕いたファラフェルをかけるのにハマった。マシュはケバブとレタスやトマトなどの野菜を半々で入れるのが気に入ったらしい。
サーヴァントの間でも食べ方の好みは様々なようで言い出しっぺの子ギルは宣言通りピタにファラフェルとケバブを詰めて幸せそうに頬張っているし、アーラシュはピタの底にフムスを詰めてからケバブを乗せて食べている。他にも似たような食文化をもつアルジュナはケバブが羊なので安心して食べているようだった。
金ぴかでない方の、マシな方のギルガメッシュも初めこそ文句を垂れ流していたが、今となっては焼き台の前に陣取ってワインを呷りながら焼きたてのケバブを待っていた。やはり胃袋を掴んだものが一番強いのである。
配食とファラフェルを揚げるのはブーディカや頼光に任せ、エミヤは焼き台の守護者になっていた。
時折伸びてくる肉食(文字通り食に関する嗜好)のサーヴァントの手を払い落しつつ最適な焼き加減でケバブを切り落としては皿に盛り、独占を狙う古代人キャスターの手を掻い潜っては配食している頼光の元へ皿を送り、満遍なく皆が食べれるように気を配る。その一連の流れは妙に洗練されて最適化されていた。
「くっ……我にも寄越せ!」
「何を言っている、先ほど渡したばかりだろう。ほら、まだ野菜が残っているじゃないか。満遍なく食べなさい」
ぎりぎりと睨み付け乍ら皿を狙うキャスターのギルガメッシュをエミヤはさらりと躱す。アーチャーの金ぴかよりはまだ比較的マシで話も通じるので、エミヤは子ギル同様彼のこともそれほど苦手としていない。故に程々に受け流して巧く相手をしていた。傍目には偏食の息子を叱る母親にしか見えないのだが、そこは言わぬが花だろう。
後にも先にもウルクの賢王に『お預け』ができるのはエミヤしかいない。
*
本日は日曜日。キリスト教圏では安息日となる今日、一部聖人系サーヴァントはこの日にあくせく働くことにあまり気のりはしていないようで、マスターもあまり強制はしないようにしている。そのため、マスター自身も休息日としてレイシフトに同行しないようにしていた。勿論急な何かがあった時は別だ。
サーヴァント達には、修復の終わった地域であればレイシフトの許可を出している。それぞれ食糧調達に行ったり、素材を集めに行ったり、気晴らしに暴れに行ったりと自由に過ごしていた。カルデア全体としても休日と言う意識が強い日なのだ。
そんな日曜日はアジア諸国東側の日である。よって、昼飯はロシア料理となった。ロシアはアジアなのである。
ご当地英霊であるブラヴァツキー夫人との共闘(主に味見)により、サラートオリヴィエにガルブツィーを拵え、肉肉煩い野生児どもが朝から狩って来た猪でコトレータとシャシリクを作った。それだけでは腹が膨れきらぬと騒がしいのでペリメニとチェブレキを加える。相変わらず国籍が混ざるが気にしない。そこを厳密にすると主に日本食が作れなくなるからだ。
「外国の料理ってあんまり馴染みなかったけど、ママの御蔭で色々食べれて嬉しいなあ。ねえ、今度またピロシキとあれ、キャベツのスープ作ってよ」
「だから……。まあいい、シチーか。次の機会には作ると約束しよう」
「うわぁい」
本日はマシュの定期検診と言う事でマスターは一人で食事を摂っている。いつものようにテーブルではなく厨房前のカウンターに陣取って居るのは、作業中のエミヤに構って貰うためだ。相変わらずの呼び方にエミヤは溜息一つ飲み込みつつ、茹で上がったばかりのぺリメニを器に入れてマスターに渡した。
熱々のそれをはふはふ言いながら食べるマスターを見つめる姿は、どう見たって慈愛に満ちた母親の様ですわますたぁは私のものですギリィ、とは本当は傍に居たいのだが食事の時間を邪魔されると酷く悲しげな顔をするマスターの為に手巾を噛みしめながら離れたテーブルから熱視線を送り続ける清姫の感想である。
何時もの事と言えば何時もの事なそれを華麗にスルーした二人は、他愛もない会話を続けた。
「それにしても、ママ何時休んでるの? 今日だってブーディカとか頼光とかは休みにしてるじゃないか」
「マスター、そもそもサーヴァントに休みは必要ない。それに私は彼女たちより練度が上だろう? その分余力もあるんだ、心配は要らない」
ますたぁの気遣いを断るだなんて許しませんよこの似非日本人弓兵……!! とギリギリしている清姫の怨念から目を背けつつ、エミヤは話題を変えるために冷蔵庫からあるものを用意する。未だ納得いかずぶすくれているマスターの前に、最後の仕上げを加えた一皿を差し出した。
「試作品で量が無いんだ。良ければ味の感想を聞かせてくれないか?」
「またそうやって直ぐ誤魔化そうわぁ美味しそう!!」
薄い焼き色の付いたビスケットがぐるりと周囲を囲む、直径も高さも10cmあるかないかの小さなケーキ。天面には薄くスライスされたリンゴがみっちりと敷き詰められ、ゼラチンでつやつやと輝いている。ビスケットとリンゴの間の僅かな隙間をも生クリームで綺麗に飾り付けられたそれは、一つの小さな芸術品だ。
「シャルロット・リュス・オ・ポンム、といったところか? 何処かの犬どもが林檎を沢山採って来てな。シャルロートカにしようかとも思ったんだが、もう少し手をかけるものにしたくてね」
「凄い理由でこんな綺麗なの作ったね……食べて良い?」
「勿論。感想を教えてくれと言っただろう?」
勿論絶品でした、と幸せそうに思い出すマスターの手には小さな箱。マシュにも食べて貰いたい、と言うエミヤの希望によってマスターに託されたものだ。小さな水筒にミルクティも淹れて貰って、マスターはうきうきと廊下を行く。歩きながら、そう言えばママの後ろには大き目のと小さめの二つの箱が残っていたなあ、と思い返した。果たしてあれは誰にあげるのだろうか。
本日の夕食は中華であった。刺激に不慣れなサーヴァントを考慮して、四川ではなく上海や広東風の料理が並ぶ。
オケアノスで一部のサーヴァント達が獲って来た新鮮な魚介類を餡に使った両面黄に八宝辣醤、皮から捏ねあげた小籠包と甘めの餡をかけた芙蓉蟹。酒飲みの肴には焦げ目の香ばしい叉焼と濃い味付けにした燒賣が用意されていた。
初めの頃は中華と聞いて殺人麻婆豆腐を思い出して近寄りもしなかったキャスターとランサーのクー・フーリンも、最近では辛くない中華があると言う事実を知って日曜日も食堂に来るようになっていた。酒に合う料理が多いこともあって、酒飲み英霊たちの喜ぶ献立でもある。
しかしやはり中華系サーヴァントが一番喜んでいるのだろう。
酒好きで普段はマルタやマタ・ハリと良くつるんでいる荊軻や、バーサーカー故に言語による意思疎通の難しい呂布らが同じ机に陣取って食事をする光景が中華の日には見られるのだ。比較的一人で酒を片手に食堂の片隅に居がちな李書文も、この日ばかりは同じ卓に着く。
クラスも違えば日頃の接点などは殆ど無いのだが、同郷である故に色々気楽なのかもしれない。存外話好きの二人が楽しげに問答を繰り広げるのを、狂戦士たる武将も耳を傾け聴いている素振りを見せる。彼らが食堂に居る時間は、日曜日だけ普段より長くなるのだ。
「あら、随分腕を上げたのね」
「……イシュタル」
「……ぅん? それにしても人の料理って大したものね。女神に捧げるのを許してあげるわ」
ふよふよと浮かんだまま近づいてくるパーカー姿の愛の女神が放った言葉に、エミヤは一瞬眉根を寄せた。次の瞬間には自分が口走ったことも無かったような素振りの女神に記憶が刺激される。
エミヤの生前において、特に少年期に置いては中華料理でとある少女には敵わなかった。魔術の師でもある彼女は中華に関してもエミヤより随分と優れていたから。生前、共に居る間にはとうとう追い越すことが出来なかったが、皮肉にも彼女と袂を分かってから後に本場で修行する機会が有って、エミヤの技術は飛躍的に向上した。以前と比べれば雲泥の差であろう。
過去の憧れであり愛すべき主人と面差しを同じとする依代の少女。彼女の記憶が女神の脳裏を掠めるのか、時折こうして彼女はエミヤの心を擽る言葉を放つ。けれど当人はその意識が無いので、少し不思議そうにして無かったことにする。その事にエミヤは少しばかり複雑な思いを抱くのだ。
果たして『彼女』はどの世界軸の『彼女』なのか判らないが、少なくとも『エミヤシロウ』が彼女に料理を振舞ったことのある世界の彼女なのだろうと考えてしまうから。袂を分かった……いや、分かたずには居られなかった過去の師。傭兵として海を渡った後、暫くは届いていた手紙がぱたりと無くなり彼女の痕跡が忽然と消えたことを、この女神の存在に結び付けてしまうのは早まった考えだろうに、思わずにはいられない。
エミヤはふるり、と小さくかぶりを振って、下らないソレを脳裏から追い出した。
「女神の御眼鏡に適ったのなら、光栄だ」
「なあにそれ。そう思うならもっと嬉しそうにしなさいよ」
うりうりと突いてくる白魚の指をそっと己の頬から外し、エミヤは何となしにその手を軽く握った。こんな細腕でよくあの重い中華鍋を振り回していたな、とふと思った故の軽率な行動である。ついでにすり、と握ったまま親指で彼女の手の甲を軽く撫でた。
案の定、一瞬固まった女神は真っ赤になりながら手を引き抜き、
「女神に軽々しく触れてんじゃないわよこのとーへんぼく!!」
「うぐっ」
美しい奇跡を描いた拳を、エミヤの鳩尾目掛けて叩き込んで踵を返す。性愛に関して奔放な女神の筈だが、今は依代たる少女の気質が大いに影響しているのだろう。耳まで真っ赤に染めてぷいぷいと肩をいからせながら距離を取り離れていく女神の背中を見送り、ああでもどこの凛も拳が鋭いなあ、と痛みに鈍る頭でエミヤは思った。
*
夕飯の片づけを休みだった他のキッチンサーヴァントと交代し、エミヤは一人レイシフトルームに向かう。
――そろそろ香辛料の類が心許ないから、アメリカあたりにしようか。乳製品や野菜の在庫も増やしたいのでオルレアンでも良い。
そんな風に週末の日課である食糧調達の為の行き先を思案しながら辿りついた部屋で、見慣れていて見慣れない姿を認めてエミヤは眉間に皺を寄せる。
「よう。で、どこ行くんだ?」
「大型犬の散歩に付き合うつもりは無いんだが。それも複数とは流石にリードが追い付かんぞ」
「おうおう言うねえ」
ニヤニヤとした笑みを隠そうともしないランサーのクー・フーリンとキャスターのクー・フーリン。その顔自体は嫌と言うほど邂逅する所為で見慣れてしまったが、如何せん恰好に馴染みがない。
最終再臨まで済んでいる筈なのに、第2再臨の姿でいることが多い上半身ほぼ裸のランサーは尻尾も無くなっているし、ローブ姿のキャスターなど霞む記憶の中くらいしかまみえたことは無い。はあ、と額を抑えてエミヤは溜息をつく。確かにカルデアでこうも長く共闘していればもう見慣れる部類になって来ているのだが、それも何だか癪だった。
「君もか、オルタ。寝ていなくて良いのか?」
「戦うために寝てんだ、今起きなくてどうする」
二人の様にニヤニヤとはしていないものの、平素の電源が切れたような姿ではなく意気揚々と槍を担ぐクー・フーリンのオルタに諦めつつも声を掛けたエミヤだが、返答にがっくりと肩を落とす。オルタが来て初めての週末だが、案の定彼もくっついてきてしまった。もう一度隠さずに溜息をついてから、エミヤは管制室に向かって指示を出す。
本来なら夕方までしかレイシフトしてはいけないようマスターが決めているのだが、エミヤに関しては暗黙の了解でこの時間の使用が見逃されていた。普段はカルデア内部の為と奔走している彼の気晴らしになるのなら、と言うマスターの心配りだった。加えて、スタッフ間との良好な関係によるものも大きいだろう。マスター不在のレイシフトは、スタッフにかかる責任がそれなりにある。エミヤならば滅多なことにはならないと信頼されているし、エミヤのお蔭で美味い飯に有り付けているのだから何をか言わんや。
そうして3匹もの大型犬を同伴しながら、エミヤはオルレアンに送り出して貰った。
狩った獣の毛皮で交換して貰ったチーズや乳に野菜類、大量のワイバーン肉が食糧庫を潤したのは言うまでもない。