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【槍弓】cheer up!【現パロ】/Novel by 梨:次は5月

【槍弓】cheer up!【現パロ】

16,092 character(s)32 mins

■現パロです。ドライブデート中、突然山道で放り出されて茫然となってるアーチャーさんが、そこらでキャンプしてたランサーさんに助けられたりする話。一応、バレンタイン記念です。本番は驚きの再会後。
続編こちら→novel/12498895

■2020/02/23、HARUコミに参加します。→2/20追記変更:欠席の予定です。
スペースは【 南3 む04b 梨園堂 】です。当日新刊予定はありません。
最新は冬コミ発行のFGO・(槍+術)×弓3P本(novel/12075714)です。
既刊在庫については冬コミのお品書きをご覧ください。
通販はとらのあな様へ委託https://ec.toranoana.jp/joshi_r/ec/cot/circle/2UPAD16P8X7Od360d687/all/?stock_status=%E2%97%8B%2C%E2%96%B3、また委託期間終了本についてはBOOTHにて自家通販を行っております。よろしくお願いします。

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「じゃあねっ、バイバイ!!」
 運転席からめいっぱい伸ばされた細腕が、助手席のドアをバン!と閉めた。さながら、彼女の心のとびらのように。
 苛立ちを込めて踏み込まれたのか、丸っこい軽自動車がらしからぬ唸りを上げて走り去る。
 夜目にも派手なハニーイエローの車はみるみるうちに遠ざかり、豆粒になり、カーブを曲がってテールランプすら見えなくなった。
 シン、と静まり返る。
「……嘘、だろう?」
 道端にひとり取り残されたアーチャーは、茫然と呟いた。
 まさかドライブデート中に彼女の車から放り出されるなんて珍事が、我が身に起こるとは思ってもみない。
 今の今まで、デートを楽しんでいた様子だった。突然何もないところでブレーキを踏まれた時も、トラブルだろうか、としか。「降りて」と言われた時も、車か道路か、外を見てきてほしいのだな、としか。
 アーチャーが「何かあったか?」と訊ねると、彼女は激昂し、「いいから降りてよ!!」とステアリングを叩いて怒鳴ったのだ。
 それでもまだアーチャーは、小動物でもはねてしまったか? 特に衝撃はなかったけれど、と考えていた。埒が開かずにともかく車を降りてみれば、コートや荷物を投げ付けられ、先程の「バイバイ!!」である。
 男にはわけがわからなかった。
 完全に途方に暮れていた。
 ぽいっと捨てられたこともさることながら、現在地の問題が生じていた。
 己の左側はコンクリをうたれた法面、右側は薄汚れたガードレール。点々と灯されたオレンジの街灯。目に付く人工物はそれがすべてで、落ち葉の張り付いたアスファルトの照り返しがやけに眩しく、ホウホウ、と獣か何かの声がことさらに静寂を掻き立てる。
 ひとことで言えば峠道。林に囲まれた山の中である。
 ――私はどうやって帰ればいいんだ。
 状況が沁みるにつれ、震えが来た。二月。一年で最も寒い時期、暖房の効いた車内では暑いくらいだったハイネックセーターも、夜間にハイキングをするには軽装すぎる。
 ロングコートを一緒に捨ててくれたことに感謝して着込んだが、歯の根が合わなくなりそうだった。
 ハニーイエローが戻ってくる気配はなく、ポケットに携帯端末はあっても運転中の相手に電話は通じない。気軽に迎えを頼めるような家族や友人もない。
 当然ながら交通量は極端に少ない。これからの時間現れるのは走り屋ぐらいで、そちらはむしろ出くわしたくはない類だ。エンストを起こした車を仕方なく路肩に置いて帰ったら、翌朝には部品という部品を抜かれフレームだけが転がっていたなどという噂話を聞く。
(まあ、歩くしかなかろうな)
 じっとしていても凍えるか、オヤジ狩りに遭うだけだ。せめて目印のあるところまで行かないと、タクシーだって呼ぶに呼べない。
 幸い体力には自信があった。最悪、夜通し歩けば街へ戻れるだろう。
(冬の星がきれいなのは、気温が低いからだったか)
 上を向いて、か。他所事で気を逸らしつつ、足を踏み出そうとした時だった。
 パッとライトが射したのだ。
「あれ? 女の子の声しなかった?」
 アーチャーが逆光に目を眇めると、それは横手の茂みを掻き分けてやってくる男の持つ、懐中電灯のようだった。
 道理で、車やバイクにしては静かだと思った。暢気な声の青年一人。警戒をゆるめたアーチャーはしかし、唖然と男を見返した。
 ひと? ガードレールの向こうから? 何故にひとが?
「……き、みは、こんな時間に、こんなところで何をしているんだ?」
 少しの間立ち尽くしていただけなのに、口が固まってしまったような気がする。
 ひょいと長い足でガードレールを跨いだ青いダウンジャケットの男はおかしそうに、「こっちのセリフだよ、おにいさん」と白い息を吐いて笑ったのだった。


「上で言い争ってるみたいな声が聞こえてさ。そしたら、車がバン! ブロロロ~だろ。降りたのか放り出されたのか知らねえけど、おいおい何かあったらどうすんだと思って見に行ったわけ。ほい、コーヒー」
「ありがとう。手間を掛けて斜面を登攀してみれば、何のありようもない大男ですまないな」
 渡された湯気の立つカップを両手で包み、焚き火に当たってアーチャーは人心地ついていた。
 青年曰くの『上』が道路であるならば、『下』とは谷川の岩がごろつく河原であった。
 冬の最中、好き好んでキャンプの名所でもない地方都市の山中にテントを張っているとは、風変わりな男だ。彼は朝釣りをするのだと言い、酒を飲んでしまったから明朝でよければ街まで送ってやるとアーチャーをテントへ招いた。
 ダウンジャケットとお揃いの青い髪は全体的には短いのに、後ろを向くと襟足の一つ結びが背の中程まで垂れていて、彼について斜面を下るアーチャーの前でひょこひょこ揺れていた。耳にはイヤリング。
(個性の塊だな)
 彼の奇特のおかげで凍死を免れたが、寄る辺ない女性に声を掛けるつもりであったのなら、その『何か』を起こしていたのはこの男だったかもしれないのだ。
 そう考えれば感謝の言葉もつっけんどんになってしまう。もしかしたら山中に死体を埋めていて、目撃者を消そうと企んでいるのでは。サスペンスじみた考えも捨てきれない。
「別に、礼に何かしてくれるってんなら、あんたでも構わねえけど」
「!?」
「冗談だよ。女の声は悲鳴っぽく聞こえるから、どうしてもな。男だってふらふらしてたら危ないぜ。こういうとこ粋がったヤツ出るし、あんた、いいカッコしてるし揶揄われそうだ」
 顔を近付けて意地悪そうに笑った青年は、同じカップを持ってアーチャーの隣へ腰を下ろした。焚き火は固形燃料を燃していて、こまめに手を掛ける必要はないようだった。網の上で湯が沸いている。
「……実演どうも」
 思わず仰け反ってしまった体をそろそろと戻したアーチャーは何と答えるべきか迷い、ぼそりと返した。金目当てか、などと思ったままを言えば、いかにもいじけている。
「君は慣れているのか」
「女? 男?」
 ごふっと噎せた。
「野宿、だ…っ」
 妙な発言を続けられる前に、噎せながらどうにか付け足した。自分はよほど揶揄いやすく見えるらしい。
「テント張ってんのに野宿って。あんたからしたら変わんねえか」
「いや、単にレクリエーション施設内ではないという意味で」
 ファッションにはあまり頓着して来なかった。アーチャーの現在の服装は、件の彼女がコーディネートしたものだ。ショッピングのたび、あれが似合うこれが似合うと楽しそうにアーチャーに服を当てていた。鏡には気障な小金持ちが映っていた。彼もそう思ったのだろう。
 少なくとも彼女の好みに合わせていたのだから、デート時の服装がちょっとあれだった、とかではないはずだ。
「まあ。いろんなとこに行ったな。ふらっと土に触れたくなるもんでね、思いつきで車走らせて。いつも道具を積みっぱなしだから燃費が悪い」
 ナカヨクなるのも得意だよ、と意味ありげに目を細める。危険に対処できる腕っ節のことか、恋の話なのかは判じない。確かに彼なら走り屋に囲まれても、いつの間にか一緒に酒を飲んでいそうだ。
 彼はいくつも年下だろうに、自分などよりはるかに充実した人生を送っているように思えた。
「そうか、ふつうは男が運転するものなのだな……」
 車が去って、取り残されたのは女のほうだと、青年が勘違いした理由はそれだ。
 可愛い車を運転するのが好きなのと笑っていた。真に受けずに運転を替わるべきだっただろうか。
「そういうこと言うとぶん殴られるぞ、古臭えって。要は好き好きだろ」
「つまり私は好かれなかったと」
「酒のほうがよかったか?」
 結局いじけたことを言ってしまい、気を遣わせたようだ。青年が苦笑して揺らした彼のカップの中身は、コーヒーとブランデーの割合があべこべになった凶悪な飲み物である。
「愚痴なら聞いてやっからよ」
 居酒屋でたまたま隣同士になった客みたいなものだと、ガラス瓶の口を向けられる。
「私は飲酒は」
「ホットもいけるぜ。あったまるし」
「……じゃあ、少しだけ」
 職業柄アーチャーは飲まぬ主義だが、風味付けのアルコールまで排除するほど強硬ではない。断るのも悪かろうと差し出したカップに、しかし男はだばっとブランデーを注いだ。
「あっ、ちょっ、少しと言っただろうっ!?」
「少しだろ?」
 途中で避けるわけにもいかず、琥珀色の滝を受け止め続けて表面張力を起こしたカップに慌てると、不思議そうに首を傾げられる。
(大さじ一杯くらいのつもりだったんだが……)
 双方の『少し』の認識にずれがあったらしい。
 彼の分のブレンドを見て察するべきだった。厚意でしてくれたことだ。己の確認不足と諦めて口を付けると、内臓がほわっとあたたかくなる。なるほど、酒飲みのほうが適量を知っているか。
 ついでに眠気の来るのは、眠れぬ夜には余計な効能だけれど。
 ほう、と息を吐いて見遣れば、彼は袋から取り出したものを手鍋に移していた。アーチャーはぎょっとする。
「それをどうするつもりだ」
「ツマミ代わり。スーパーで食糧買い込んでたら安売りしててよ。こういう写真が出てて、やってみっかって」
 と、手で掬い上げるような仕種をして、鍋を網に乗せようとする。
「甘いモン平気か? あんた拾ってちょうどよかったぜ。ひとりじゃどうかと思っ」
「チョコレートを直火に掛けるな!!」
 突然の剣幕に、叱られた犬みたいに目を丸めて固まった男の手から、アーチャーは鍋を取り上げた。
 正直ふたりでもどうかと思うが、見過ごせば焦げ付いてお亡くなりになってしまう鍋や食材を放ってはおけなかったのだ。
「失礼。君がしたいのはチョコレートフォンデュだろう」
「ああそうそう、それ」
「多少心得がある。牛乳は?」
「ぎうにう」
 初めて聞いた単語のように復唱され、こりゃだめだと思った。
 使用例の写真があったなら、その近くには必ずレシピも掲示されていたはずなのだ。何故なら特売品のついでに他の商品を買ってほしいから。スーパーの狙いはチョコに浸すほう、値の張る果物に手を出してもらうことだったろう。
「……ないと、出来ないのか?」
 きゅーんと鳴きそうな顔で見上げられ、んっ、と咳払いをする。
「あれは滑らかになるよう温めた牛乳でのばすものなんだが、泉にするわけでもなし、絡めて食ってみたいだけなんだろう。このカップみたいな器はないか。湯煎で溶かす」
 どうせ湯煎も知らぬだろうから、やってみせるほうが早い。慌てて出された小さめの金属器にチョコレートを細かく砕いて入れ直し、その器ごとコーヒーを淹れた残りの湯の中に浸けた。
 みるみる形を崩してソース状になっていくチョコレートに、男が感嘆を上げる。
「手で持っているだけでも溶けるだろう。このくらいの温度で充分なんだよ」
「へー。隠し味のブランデーはいつ入れるんだ?」
 なんでそんなことは知っているんだと呆れながら、好きにしろと言ってやった。なおタイミングの話であり、量ではない。というか、そのために用意したブランデーを飲んでいたのか、こいつは。
(自ら摘み食いをしておいて、材料が足りないと騒ぐタイプだな……)
 甘く立ち込める芳香に辟易しながら、アーチャーはひとつの紙包みを取り出した。
 ガサガサと乱暴に包装を開けていると、浮かれてナッツだのクラッカーだのを用意していた男が困り顔で手を止めていた。
 何故チョコレートが安売りしていたのか、この週末が何の日に当たるのか、よりによって恋人たちの記念日にフラれた男に、売れ残りのそれを扱わせてしまってから気が付いたらしい。
「え~っと、その」
 アーチャーはふっと噴き出した。
「いやすまない、厭味でないことはその顔を見ればわかるよ。私も君の愉しみに水を差すつもりはなかったんだが。供養にはちょうどいいかと思ってね」
 自分で食べる気にはなれないし、ケチのついたものを人にあげるわけにもいかない。溶かしてしまえばチョコはチョコだ。混ぜものが程好くまろやかにしてくれよう。
 器はふたつ、湯煎に掛けていた。自分の前にあるほうへ投入しようとすると、横から手首を掴まれる。
「もらったモンだろう」
「私が作って、突き返されたものだよ」
 間髪入れぬ否定に目を泳がせた彼はきっと、女はまだおまえに気がある、頑張ればヨリを戻せる、みたいなことを説こうとしたのだ。
 動じない性格だろう男が、アーチャーを扱いかねて唸っているのがおもしろい。
「料理の出来る男はかっこいいと褒めてくれてね、これも、リクエスト通りの品を拵えたのだがな。主夫だイクメンだと持て囃されても結局のところ、君のような『古臭い』男のほうが魅力的に映るんだろう」
 男女の役割についてぼやいてしまったのは、まあそういうことだ。
 手首を掴まれていても、指は動く。摘んでいたトリュフを弾いて投げ入れた。
 途端アーチャーの手首を離した男が、チョコレートの海にフォークを突き刺した。銛で魚を捕らえるがごとく、まだ形を残していた丸い粒を引き上げる。
「わかった。原因はそれだ」
 突き付けられたフォークの先で、つやつやしていたチョコソースが冷えてマットになっていく。
「改めて突き付けてくれるな。家事全般を趣味とする男など……」
「いやそこはふつうにポイント高えだろ」
「そうか? だとすると、プラスを補って余りあるマイナス点が別にあるという指摘になるが」
 まさか手ずから食べろというのではなかろうなと、チョコにチョココーティングを施された悪魔の菓子を見つめていると、引っ込められて、男の口の中に消えていった。
 あまっ!うまっ!と大袈裟に声を上げられる。
「中になんか入ってる? 甘いのあんま得意じゃねえんだけど、これ美味いわ」
「……お気に召したのなら差し上げるよ」
 得意でなくて何故にチョコフォンデュをしようと思ったのだ? 半眼になったアーチャーが、話の続きを飛ばしたような男の肩を残りの入った箱で突付くと、彼は再起動した。しっかりと箱を受け取りながら。
「おまえ、落ち込んでるけど、焦ってねえよな。オレが朝に送ってやるっつった時も二つ返事だった」
「何かおかしいか。歩いて帰ったってどうせ夜明けだ、慌てても変わりはしないだろう。思いがけず暖を取らせてもらえて、私にとってはありがたいばかりだよ」
 もし親切のつもりで飲酒運転を言い出されていたら、アーチャーのほうから断っていた。
「ほらそれ。すっかりご休憩決め込んで、連絡付くまで寄らせてくれでも、着拒されたからケータイ貸してくれでもなく、オレから車を奪ってくでもない」
「それじゃ強盗じゃないか……」
「女追うからって頼み込まれりゃ、よし乗ってけ!ってキー放り投げちまうぜ、オレは。そもそもだ、一回でもその女に電話したか?」
 物々交換のつもりか押し付けられたプレッツェルを、アーチャーはチョコソースに浸して齧った。これは完成形の菓子が売っていると思うのだが、あえてそれをやるのが醍醐味なんだろうか。
「迷惑だろう。彼女には、私はもう要らないそうだから」
 あと小一時間すら同じ空間にいることが耐えられずに放り出した男からの着信なんて、見たくもないはずだ。
 アーチャーがそう答えると、彼は「かーっ」と親父くさく吠えた。日本酒が似合う仕種だが、生憎、チョコの匂いが充満している。
「ダメだな」
「む。」
「ダメダメだ」
「君に何がわか、」
「向こうから付き合ってください言ってきて、まあいいかとオッケーして、デートはキミの行きたいところ? なんでもにこにこ、返事はいっつも『じゃあそうしようか』」
 だろ?と、ココアパウダーに汚れた指先がこちらを差す。その指はぺろりと舐め取られて、摘んだ一粒を白い歯が割った。
「……なんで、わかる」
 そら恐ろしい気持ちで男を凝視する。山中で魔物に出会う民話は枚挙に暇がない。
 それらはおおよそうつくしい姿態で現れて、心のうちを言い当てるのだ。焔を集めたような赤い瞳が、揺れるカンテラの下で煌めいた。
「あてずっぽうだよ。ただ、言いなりになってるほうが楽なんだよなあ」
 楽、という言葉に、どすっと胸を衝かれた。
 彼女の好きなように、望まれた通りに。尊重しているようでいて、その実、相手のために一片の思考さえ割こうとはしなかった怠慢が浮き彫りになっていた。
 『なんで作ってくれたの?』『食べてみたいと言っていたろう』
 『なんで来てくれたの』『君が呼んだじゃないか』
 そんな遣り取りを重ねるたびに、彼女の顔は曇っていかなかっただろうか。
「こいつはもう不要品なのか? 追っ掛ければまだ引き留められるかもしれねえのに? 考えてもねえだろ」
 要するに、アーチャーが彼女に好かれなかったのではなく、アーチャーが彼女を好きではなかった。もちろん好意はあったが、情熱はそこにない。
 どうやって帰ろうと思った時にはとうに、終わったことになっていた。
 すべて過去形の反省会。それだって省みていたのは、どうすべきだったか。体裁と義務だ。
「彼氏ってのは執事でも家事ロボットでもねえんだぜ? そんなくそつまらねえ男、オレだって願い下げだね」
 トリュフを食べ尽くした男がミックスナッツをチョコの器に投入して、これまた雑に有名菓子の劣化版を錬成している。
 アーチャーはむっと眉根を寄せた。
「同性の意見と異性の好みは違うというのが定説だ。君の評価など参考にならん」
「実際フラれてんだろ」
「ぐ」
 それを言われるとつらい。
「じゃあ君は、私にどうしろと言うんだ」
「は? 今度ぁオレに決めさせようってのか、坊ちゃんよ。テメェの女だろ、テメェの頭で考えな」
 年下のくせに。胸がむかむかするのはチョコレートのせいだろうか。余らせれば始末が悪いからとつい摘んでしまい、クラッカーでなすり取るとカップの底が見える。
「貴様が満足げに食らったトリュフの創造主を、よくそこまで扱き下ろせるな」
 一方で焚き付けるようなことを言いながら、復縁の小道具たるバレンタインのチョコレートを平気で食える神経がわからない。取り上げようにももう中身はないので、箱を奪って平らに伸した。張り付かぬ加工のされているそこに、隣でぐちゃぐちゃと混ぜられていたチョコ絡めのナッツをぶちまける。
「食いモンと人間性は関係ねえ」
 アーチャーが整えた端から口に放り込んでいる男は、やたら堂々と言い切った。
 場面が違えば誠実さの表れだったかもしれないが、ここにおいては二重規範の欺瞞を感じるセリフだ。赤ん坊の頃を忘れて、俺は一人で生きてきたと胸を張る少年のような。
「人間性……」
 そういえば、あんたはわたしのお母さんか!と言われたことがあったっけ。ああそう、だから世話を焼きすぎて嫌がられないよう、望まれたことだけをしようと思って。
 崖っぷちで踏み止まっていたアーチャーは、いよいよ膝の間に頭を落とした。
「人間性か……。男としてばかりか、私は人として駄目出しを……」
「うわ、めんどくせえな!」
 思わずのような追い討ちに、重石がずうんと圧し掛かる。
「めん、ど、くさい……」
 さすがにまずかったと思ったのか、後ろ頭を掻いた青年がアーチャーにブランケットをかぶせた。悪かったよ、とくぐもった声が聞こえる。まさか泣いてはいない。
「今からでも車貸すけど」
 アーチャーは黙って首を振った。規定値以下でも、飲酒は飲酒だ。
 それに彼女を追い掛けて、何を言えというのだ。『ひとにそうしろと言われた』から? ますます失望させるだけだろう。
「もう寝ちまえ」
 彼は手早く火を落とすと、外に吊るされていたカンテラを持って、アーチャーをテントの中へ追い立てた。つんのめった体勢を戻せぬうちに、内側から出入口のジッパーをジャッと閉められてしまう。
「ぇ、いや、私は眠るつもりは」
 自分も彼も平均以上の体格である。予定外の客のせいで、窮屈な思いをさせては申し訳ない。
「寝袋だってひとつしかないんだろう。私は外で」
「夜通し火を焚いとく燃料だってねえんだよ」
 チョコレートを扱っていた時の手付きの覚束なさが嘘のように、テキパキとしていた。寝袋は全開すると平らに敷けるタイプで、そこにアーチャーを転がし、有無を言わせず剥ぎ取ったコートやブランケットを上からばさばさ掛ける。
 最後にダウンジャケットを羽織った彼が隣へもぐり込んできて、しっかり足先まで包まれているのを確認すると、カンテラが消された。
 暗闇に浮かぶ残像に、アーチャーは瞳をぱちぱちさせる。
「おやすみ」
「…――いや待て、起きろ。チョコに使った器がそのままだ。洗っておかねば」
 あと寝るのであれば、歯磨きは無理でもせめて口をゆすぎたい。
「明日でいいだろ。おまえが動くとオレが寒い」
 叱るように言い、彼の膝に足を、腕に胸を押さえられる。頬を掠めていった冷たくさらりとしたものは、彼の髪だろうか。
「雑だ雑だと思っていたが、本当に大雑把な男だな! 今ならまだ固まっていないし、あたたかい湯を無駄なく使えるだろう。明日沸かし直したら二度手間に」
「おまえ、ベッドに誘われた時もそんななの」
 まさか。女性にはこんなに厳しくは言わない。
 沈黙は肯定と捉えられたろう。反語で問うた男は当然ながら、再三に渡る駄目出しをされた、させてしまったアーチャーも気まずく、互いに暗闇へ目を逸らした。
 鼻先を潜り込ませたコートの中はあたたかい。
「……子供みたいな体温だな」
「酒飲みはあったけーんだよ」
 負け惜しみに、憎まれ口が返る。
 ほっと息を吐いた。
 出会ったばかりの他人、それも自分同じ、どこも筋張っている男とくっついているというのに、心地がよかった。目を閉じた瞬間に、眠りに落ちてしまいそう。
 思えば、誰かの眠りを見守ることはあっても、見守ってもらうことはなかった気がする。
 それはきっと、誰もしてくれなかった、のではなく。
「もしかすると私は、女性がだめなんだろうか……」
 ふと思い付きを呟くと、体が揺れて、耐えるのに失敗した咳が聞こえた。
「おい、おい。この状況で言うか」
「この状況だからだろう」
 だって自分からいいなと思った娘とは何故か家族めいた付き合いになってしまうし、告白されても長続きしない。まだしも、視野に入れていなかった人類のもう半分に可能性があると考えていたほうが気は楽だ。
「なんだ、礼にもらってもいいと言ったくせに」
 離れたら寒いじゃないか。囁きで笑い、開いてしまった隙間を埋めるよう、あたたかい体に擦り寄った。もちろん揶揄われた仕返しである。
「ん……、きもちいい…な……」
 胸に乗る手のひらに、張り詰めていたものが解れていくのを感じる。
 明日のことは明日考える。一日くらい、そんな日があっても構わないだろう。

「あ、寝るんだ……?」
 ひそめた男の呟きを、すうと寝入っていたアーチャーはもう聞いてはいなかった。


Comments

  • うひゃ〜〜〜つづき気になります!まってますね!

    February 26, 2020
  • あい

    アーチャーと一緒に私もびっくり! 続きを楽しみにお待ちしてます!

    February 13, 2020
  • ねいねい
    February 11, 2020
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