贅沢したいが金はない
贅沢がしたいーーー。
人はふとした時にこうした欲求を抱きがちである。私もその例に漏れず、今まさに"贅沢"への欲求と戦っている。どうやら人は時間を持て余すと、無性に贅沢をしたくなるらしい。
なぜ素直にその欲求に従わず、戦わねばならないのか。答えは至極単純である。一般に、贅沢には金がかかるのだ。休職中の身である私にとって、まさに"贅沢は敵"なのである。
ふと、ここでひとつ思い当たる。なぜ、贅沢をしたくなるのか。
「焼肉が食べたい」、これは分かる。
「新しい服が欲しい」、これも分かる。
「贅沢がしたい」、これは、一般的な欲望に比して、あまりに抽象的ではないか。
その真意を読み解くためには、「贅沢とは何か」という問いを考えねばならない。早速、goo辞書で調べると、「贅沢」とは、「必要な程度をこえて、物事に金銭や物などを使うこと。」とある。
なるほど、つまりポイントは2つである。
1つ、必要な程度を超えていること。
2つ、金銭や物を使うこと。
この2要件を達成するものが、「贅沢」と見做されそうだ。裏を返せば、カップラーメン1つにどれだけ高い金銭や対価を払おうが、それが必要なものであるならば贅沢とは言わない、ということである。なるほど、この説明は私の感覚にも合致するように思われる。
納得したのも束の間、次の疑問が湧出する。
「必要な程度」とは何か。
高級焼肉を食べることは、必要最低限の食事ではない、しかし、食事をすること、肉を食らうこと、それ自体は必要なことである。必要かどうかの線引きはどのようにすればよいのか。
この問いに明確な答えを返せるものはそう多くないと思う。私も、ここまで思い至って困惑をしている。
そこで、ふと先日耳にしたこんな言説を思い出した。(聞き齧った話のため、真偽の程は定かではないことを予め断っておく)
それは、いわゆる狩猟民族とや呼ばれる人々の体型についてのものだ。狩猟民族の人々に肥満の人物はいない、これは容易に理解できるだろう。狩猟を行わなければ生きていけない環境にあって、肥満は生存に不利に働くことは想像に難くない。
興味深いのはここからだ。肥満と同様、筋骨隆々、といった様相の者もいない、というのだ。これは私の直感に反している。狩猟を行う以上、筋肉こそが彼らの生きる武器であるはずだ。それなのに、筋肉量が抑えられている、というのはどういうことか。
答えは単純明快である。彼らのような暮らしにあって、筋肉量が過剰に増えれば、消費カロリーを増やし、生存に不利に働くというのだ。つまり、狩猟民族においては、「必要以上に」筋肉をつけることはない、という話だった。
この話が、贅沢の話とどう繋がってくるのか、見当がついた読者もいらっしゃることだろう。
そう、私が思う「必要な程度」とは、「生存戦略上有利に働く程度」である。
もし狩猟民族の中に日夜筋トレに励み、莫大なエネルギーや労力を対価として過剰な筋肉をつけるものがいれば、その者は「ぜいたくもの」として扱われるだろう。
反対に、もし肥満であればあるほど異性にモテる文化圏があれば、金銭や労力を払ってハイカロリーで豪華な食事を摂ることはなんら贅沢ではない。それは、生存戦略に則った「必要な程度」の範囲だからだ。
ここまで考えてくると、贅沢、というものはその者が置かれている環境や文化によってその質を変えるものである、と言えそうだ。金をかけるだけが贅沢ではないのである。
では、現代日本における贅沢とはどのようなものか、考えてみる。
まずは過剰なカロリー摂取である。一般に(何事にも例外はある)、現代日本においては、肥満体系ではないものの方が男女ともに好まれる傾向にある。これは異論のないところだろう。したがって、過剰にカロリーを摂取し、肥満へ近づく行為は、生存戦略上不利であり、贅沢である。
また、1日を寝て過ごすことを「贅沢な時間の使い方」と評されることもある。これは、我々にとっての生きる方法が労働である(狩猟民族にとっての生きる方法が狩猟であるように)ことに由来していると考えられる。1日を寝て過ごすという行為は、本来労働によって得られた対価を見過ごす、機会損失にあたる。生きる方法を一時的とはいえ放棄する以上、贅沢と取られて妥当である。(もちろん、その休息が必要な程度のものであれば、誰も贅沢とは呼ばない。贅沢と呼ばれる以上、必要以上の急速になっているということである)
このように理由とともに挙げていけば、それはきっと膨大な量になり、私の左親指と貴重な読者の目と頭と時間を消耗させることになるので、ここからは以上の基準に照らして、私が私の環境において贅沢、と考えるものを挙げるにとどめておく。
もし、他に思い当たるものがあればコメントで教えてくれると嬉しい。
<贅沢なもの(現代日本において)>
過剰な筋トレ、惰性による自慰、高級で柔らかい枕、缶ビール、そもそも酒全般、Apple Pencil、ポテトチップス、日焼けサロン、信念のないタバコ などなど
金を使わなくても贅沢はできそうだ。
そう結論づけて、明日はジムに行こうと決意をする。
2024.5.10 金曜ロードショー「耳をすませば」を背後に


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