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【槍弓】君の瞳に完敗(2)-改訂版-【現パロ】/Novel by なち

【槍弓】君の瞳に完敗(2)-改訂版-【現パロ】

22,476 character(s)44 mins

【真名注意】
現パロのため、一部真名呼びがございます。ご注意下さい。

改訂にあたり、(2)と(3)を統合しました。たくさんのブクマと評価、
そして素敵タグ、本当にありがとうございました!

2Pから今回の新規分となります。

◇ここまでをひとくぎりとして、無配本を作りました。画像は中表紙です。
※全て公開済みの内容で、本だけの書き下ろしはありません※
SCC(5/3 東つ-33ab moonbath にて) FC/A5/P36
お立ち寄りのさいは、ぜひ貰ってやって下さい♪
通販は、新刊におまけで付けられないかどうか検討中です。

1
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 初めて触れたその身体はとても素直で熱くてこの手に馴染んだ。



「……何かあったんですか?」
 ふんふんと思わず鼻歌を口ずさんでいたのだろう。いつになく機嫌良く報告書を作成していたランサーの姿に、隣の席のバゼットがいぶかしげな視線を向ける。
 いつもだったら何でこんな書類ばっか書かされんだよ俺は報告書を作るために刑事になった訳じゃねェと文句たらたらで、隙あらば後輩に押しつけようとするのに。
 確かに刑事という職業は一般人が想像するよりも書類仕事が多い。何かをしたら報告書がデフォルトだし、破天荒なランサーにはそこに始末書をはじめ色々と雑多な書類を作成する羽目になる。それをいつもは苦虫を噛みつぶした様な顔でやるのに。
 そうしてもう一つ。
「総務課のアイドルのデートのお誘い断ったって聞きましたよ」
 何か変なものでも食べたんですか、と続けるバゼットに、ランサーは小さく眉を上げて見せる。
「まあ喰ったっていえば、喰ったけど。最高に美味いモンを頂いたぜ、色んな意味で」
 あの男の出してくれた料理はどれも一級品だった。
 そうしてその熱い身体も。男を抱いたのははじめてだったが彼がとても清潔な雰囲気があったからだろうか、嫌悪感など欠片も抱かなかったばかりか、とても楽しめた。女性的な部分など全く無い引き締まったその身体は触れるととてもしなやかで正直溺れたと言っても過言ではない。まるでやりたい盛りのガキのように何度も何度も挑んだ。
 手持ちのゴムが無くなった後、生でやった時には妙に興奮した。女性相手になら絶対にしない所行だが、汚いから嫌だ、と涙目になったアーチャーを風呂に連れ込み綺麗にしてやる、と触れた箇所はとても熱くて嫌悪感どころか興奮しか感じなかった。
(なんつうか、エロかった……んだよな)
 褐色の肌は滑らかで手に馴染んだし、筋肉が綺麗に付いた脚もとても好みだった。ふくらはぎから足首にかけてのラインなど垂涎モノで、我慢しきれずに歯を立てた。
 その度に締めつけた絶妙な狭間に何度も欲望を突き立て――
『あ、あっ、や……ッ』
 普通に話す時には落ち着いた低く甘い声が僅かに掠れ、奥を突く度に抑えきれない嬌声が洩れるのにも燃えた。
 捕食する側の性をねじ曲げて征服するのがこんなにも悦楽であると教えてくれたしなやかな身体。――男の身体で勃つなんて初めてで、自分に驚いた。
 ゲイに嫌悪感は元々なく、単に自分には関係ない話であると思っていた。実際にランサーは学生時代から男性からもアプローチを相当な数受けたが、悪い、勃たねェから無理、とさらりと受け流して来たのだ。
 それが。
 初対面の男に、震える声で好みだから、と誘われて――その物慣れない様子や、ぎゅっと握った拳や、最初から無理だと諦めて引導を渡して貰えるのを待つ表情とかに。
 何でかほだされてしまった。
 きっと初めてなんだろうな、と予想してカマをかけたらどうして解ったって表情をして恥ずかしそうに目を伏せた。予想外に長い睫が微かに震えるさまが――なんていうか――ツボに嵌まった。
 チンピラ三人に囲まれても泰然とした態度で、自分をきつく睨めつけた男。戦っても負けないだろうという意思を込めた瞳に、まずは興味を覚えた。素人とは思えないその構えに、思わず手合わせ願いたい、等と思ってしまった位だったが――職業上それは無理だ。
 なのにその後の、札を押しつけようとする必死な態度や、居酒屋での面白い様子や、大胆に家に誘ったくせに実際に訪れるとなんだか戸惑っていた純な様子。
 全てがなんていうか――今までに周りにいなかったタイプで。
 可愛い、と思ってしまったのだ。
 そして実際、とても可愛くて。あれは何ていうか、ギャップ萌えとでもいうのか。
 休日なのをいいことに、一日中セックスしていた。もう無理だと涙目で見つめる事や弱々しい抵抗がいかに相手を煽る事になるのかを身体で教えてやり、他の男にはするなよ、と妙な独占欲と共に言い聞かせ、しない、と誓うまでむさぼった。
 あれはいい。なんていうか、すごくいい。
(おっと、やばい。こんなトコで勃ったらセクハラだって訴えられる)
「食べた……んですね。はあ、そうですか」
 バゼットは小さく頭を振る。
「貴方は女好きで有名ですが、二股はしない主義でしたものね」
 だから新しい相手が出来たのだろうと、推測する。
「――変な相手に引っかかったとかじゃないでしょうね?」
 これはランサーのせいではないが、職務上親切にしただけで自分に気があると思い込み署まで乗り込んで来る女性が毎年数人はいる。そういう手合いは相手にしていないのは知っているが、万が一という事もある。一緒に仕事をしているだけで嫉妬心からバゼットに辛く当たってくる女性も中にはいたのだ。ランサーには知らせていないが、きっと解っていたのだろう。そのうちに別れた、と聞いた。
「十才も年下のガキに引っかかってめろめろになってる誰かさんと違ってこっちはちゃんと成人だから大丈夫」
 バゼットは思わずランサーの足を蹴った。
「ってェな。事実なんだから仕方ねえだろうが。おい、条例違反で捕まるからどんなにアイツががっついても身体は許すなよ。手コキで我慢させろ」
「セ、セクハラです!」
「はっ、何言ってる。可愛い後輩が捕まらないようにアドバイスしてやってるだけじゃねェか」
「余計なお世話ですし私とアンリはそういうんじゃないですからご心配には及びません! それに手コ、手で……ってのも、もう性行為ですからね!」
 マジか、とランサーは肩を竦める。冗談だったのに本当に我慢させているとは。
 あのガキも苦労する、とほんのちょっとだけあの少年に同情するが、まあこれも今までのやんちゃのツケを払うとでも思って我慢すればいいかとそれ以上バゼットをからかうのは止めた。
「それよりもさ、学校のセンセイってのはそんなに忙しいモンかね?」
 抱いている時に質問して答えるまで焦らすという作戦で、アーチャーの個人情報は大分手に入れた。自分でも酷い男だと思ったが、そうでもしないと何も明かさずに一夜の過ち系で終わらせられそうだったのだ。
 純情そうで、いや、実際に誰の身体も知らない純情な男だったから余計にそう考えている事はなんとなくわかった。家まで知られてるのにな、と苦笑したのを覚えている。
 近くの中学校の教師だと知った時にはなるほど、と妙に納得した。なんていうか、〝らしい〟きっと良い先生なのだろうな、とにやついてしまう。
「忙しいんじゃないですか。今もホラ、職場体験ですか、中学二年生が全員やるやつ――確か総務の子が言ってましたよ。ウチでも数名預かってるそうですが、先生が毎日顔を出すって」
「へぇ、そんなのやってんだ」
 二度。電話をしたけれども不在で。メールにも返答がなかった。
 まさか無視されているとは思えなかったから――だってあんなにも可愛くしがみついて来て、震える身体に何度も快感を教えてやった相手を振るなんて有り得ないだろう――単に多忙だからとランサーは素直に受け止めた。授業中は携帯なんか出られないだろうし、もしかして彼の事だ、どこかに置き忘れているとか、あるいは気付いていないとかそんな事だって在るかも知れない。
 ――いや、もし無視しているとしても構わない。きっと照れくさくて、どう相対していいか解らずに出られないのだろうから。
 本当になんて可愛らしい男だろうか。
 交番勤務などと違って、ランサー達は〝一応〟土日祝日は休みである。まあ事件があれば当然呼び出されるのだが、六日に一度回って来る当番明けの土日は流石に考慮される。幸いにも次の土曜はそれだ。一緒に居ていきなり呼び出され、そのまま一週間連絡も出来ないなんて事もざらな世界だ。酔いにまかせておもしろおかしくそれを話すと、アーチャーはそんなのは当然だと肯定してくれた。仕事に対して真摯なのは当たり前だと。尊敬する、とすら。
 なんとなく彼ならすぐに理解してくれそうだと、妙な信頼のようなものがあったがまさしくその通りで、ランサーは嬉しくなった。けれども彼と共にいる時には邪魔されたくないと、今までの彼女達には失礼だが、諦めではなく心底快く送り出してくれるだろうアーチャーだからこそ一緒にいたいとそう思ってしまう。
 安心するし、楽しいし、そしてずっと触れていたい。
(身体の相性は大切だ、うん)
 もちろんそれだけではないが。
 今夜にでもまた連絡してみよう、とランサーはそれきり楽しい回想を止め、目の前に山と積まれた書類に向き直った。


 職場体験の受け入れ先リストをチェックしながら、随時電話をかける。生徒が世話になっている事へ礼を述べ、問題はないか、様子はどうか聞き、もしちょっとでもひっかかりがあればすぐに駆け付ける。
 大きな工場やスーパーなどは六名から八名もの生徒を体験させてくれ、助かっている。無料で労働力を使えるといっても指導に必ず一名以上の人員を割かなくてはならないし、事故や何かないか等気を遣わなくてはならないしで、毎年受け入れ先を探すのがとても大変だった。保護者が勤務している企業等に声をかけ、頭を下げて受け入れて貰っている。それでも生徒が一度でも問題を起こせば二度と受け入れて貰えないので口をすっぱくして事前指導し、問題を起こしそうな生徒の所には面倒見が良い優等生を付け、教師も朝晩と顔を出す。公共機関は積極的に受け入れて貰えるので助かっている。
「エミヤ先生、今日は冬木警察署に挨拶に行っていただけませんか? ちょっと三組の方で問題があったらしくて、回れなくなったらしいんです」
「あ、はい」
 わかりました、と頷いた後、アーチャーは小さく溜息を付く。
(あ、いや。行くのは地域課だし……)
 ここ数日アーチャーの頭を悩ませている原因の彼は、同じ警察署に勤務するといっても捜査一課である。会うことはないだろう。
(ダメだ、思い出すな)
 ふと気を抜くと先週末の事を思い煩ってしまい、ここは職場だと気を引き締める。
 乱暴になどはされなかったが、普段使わない筋肉や意識すらした事のない場所が軋むように痛む。そのたびに赤面しそうになったが、今はようやくその痛みも引いた。
 あの後。
 二度、着信があり。メールも来たが、アーチャーはとうとう返す事が出来なかった。
 とても義理堅そうな男だったから、つい勢いで手を出してしまった可哀想なゲイに義理で数度、連絡くらいはくれるだろう。
 恋人はいないと言っていたが、自分がその対象になれるなどと自惚れてはいない。
 美しい男だった。
 逞しく引き締まった体躯も、男らしい容姿も、まるで理想が服を着ているようで。笑うと覗く犬歯、いたずらっ子のように煌めく瞳、ごつごつした長い指――全てが好ましく、そんな男に初めての相手になって貰えたなんてまるで夢のようだった。
(たぶん、もう二度と)
 彼のような素晴らしい男と抱き合う事などないだろう。
 この機会を逃さず自分から電話しろ、メールに返事をするのだと、心の中にある小さな欲望が焚き付ける。ダメで元々ではないか、と。
 けれども――何度も携帯のボタンに手を掛けては離し。最後の勇気がどうしても持てなかった。
(私などが相手にしてもらえる訳がない)
 きっと抱いてしまった手前、何度かは食事くらいなら付き合ってくれるだろう。
 いっそ友達でもいい、側にいたい、と欲しがる心が望んでいたが――一度知ってしまったあの蜜の味を、望まずにいられる筈がない。きっと彼を物欲しげに見てしまう。
 そしてそんな自分の視線に気付かぬ彼ではないだろう。
 おずおずと手を伸ばせばきっと、困ったように微笑んで、ごめん、と優しく謝ってくれるだろう。こちらを傷付けないように、言葉を選んで、もう次はないのだとやんわりと――そんな面倒な思いを彼にさせるのは嫌だった。


「あ、エミヤ先生? なんで~、セイバー先生は?」
 受付を済ませて目的の場所に赴くと、隣のクラスの元気な生徒が顔を上げて無邪気に問う。
「ちょっと用事があってね。大丈夫かい? 何か困った事とか」
 ないでーすと、受け入れて貰っている他の三人も声を揃えて元気に答える。
「ご迷惑は掛けてはいないか?」
 ないでーす、とそれにも元気に答え、ですよね? と指導にあたってくれている制服姿の女性ににこにこと笑いかける。
「はい、ちょっとだけです」
「あ、まゆちゃん酷ェ」
「こら、ちゃん付けなんて失礼だろ」
 すかさず注意するアーチャーに、はーい、すいません、と坊主頭の大柄な少年が素直に謝る。特に上下関係に厳しい野球部の所属だからか、調子は良いが目上には素直に従って指導しやすい生徒にもう一度念押しして、アーチャーはその場を去った。
 総務に挨拶し、節電のためかほんの僅か薄暗い廊下を歩いていると、目の前の扉がいきなり開いて、どやどやと数名の男性が出て来た。皆ダーク系のスーツを着ている所を見ると、刑事か事務系か。鋭い目付きや戦う事に慣れた体つきはおそらく前者であろう。邪魔になってはいけないと隅に寄って道を開けると、アーチャーも会社訪問の為にいつもよりはちゃんとした服装をしていたし、首に掛けた来客証明書できちんとした客であると解るからだろう、皆軽く会釈をして通り過ぎて行く。
 と。
 アーチャーの身体が緊張で固まる。
 美しくスタイルの良い女性と共に最後に出て来たのは、一人だけラフな格好のランサーだった。ぎゅ、と胸が痛む。
 思わず物陰に隠れようとして、それも叶わずせめてもと背を向けると、明るい声が廊下に響いた。
「おー、今日はどうした? 職場実習だか体験の見回り?」
 屈託の無い声音に、おずおずと振り返る。
「――は、い。地域課のほうにお世話になっています、ありがとうございます」
 律儀に頭を下げると、ランサーと共にいた女性がくす、と笑って礼を返してくれた。
「じゃあ先輩、私はこれで」
 お先に失礼します、と去って行く女性の後ろ姿をぼんやりと見つめてしまう。あんなに綺麗でスタイルも良くて素敵な女性と一緒に働いているんだ。
「よ、こないだはごっそさん」
 にか、と笑って、ランサーが近づいて来る。
「は、はい。あの、電話、と、メール……」
「いいって。忙しかったんだろ? 俺もまた今夜にでも改めて連絡しようと思ってたし、会えて丁度良かったよ」
 と、アーチャーの耳元にそっと唇を寄せて囁く。
「身体の方は大丈夫か? ちいとばかし無理させちまったからな。それもあって電話したんだが」
「だ、大丈、夫……」
「――って、悪い。こんな所で話す事じゃないよな」
 アーチャーの表情が僅かに強ばったのを察したのか、ランサーはそう言うと、ひょいと身体を離す。
 ふ、とアーチャーは止めていた呼吸を再開した。なんとか表情を取り繕う。
「いえ――申し訳ない、バタバタしていて」
「もしかしてさ、迷惑だった?」
「そ――んな、迷惑とかそんなのではない!」
 それだけはないと必死に言いつのると、ランサーが嬉しそうに笑う。
「なら、また連絡していい?」
 じっと目を合わせてそう問われるのに、一瞬逡巡したが、はい、とアーチャーは頷いた。
「良かった。じゃあ、俺まだ仕事あるから――さっきのヤツ、バゼットって言うんだけど、酷くねえ? 先輩を放っておいてデートだぜ。可愛い男子高校生と! 年下好みなんだろうな、四六時中一緒に居てもちっとも色っぽい話なんて出なくて、彼氏の惚気ばっか聞かされてる」
 そんなに自分は、さっき彼女とランサーが並んでいるのを見て、不安そうな、あるいは嫉妬した表情をしてしまったのだろうか。
 ただの同僚であるとのアピールをそう受け止めて、アーチャーは申し訳なさに身の置き所がなくなるような気分になった。たかが一度寝ただけの相手にも、なぜこんなにもこの男は優しいのだろうか。
 止めて欲しかった。
 益々好きになってしまうではないか。



「うわ、なんかすげーバイクが停まってる!」
 まだ若い、教師に成り立ての青年が思わず、と言った声を漏らし、なんだなんだと職員室に残っている教師が窓に近づく。
「本当だ。随分格好良いバイクですね。保護者……って訳でもなさそうですが」
 基本的に正門前に車やバイクを駐車するのは禁じられている。もちろん許可がなく校内に立ち入るのも禁止だが、保護者であれば裏手に来客用の駐車場があるのは知っている筈だし、土曜日の夕方では部活動の生徒も残っていない。送迎の保護者ではないだろう。
「あ、煙草吸い出した! 正門前で不味いですよ~、近所から苦情が来ちゃう」
「なんかすげーイケメン……? ちょっと顔までは遠くてわかんないですけど、スタイルいいなあ」
(すごいスタイルの良いイケメン……? まさか)
 アーチャーははっとして携帯を鞄から取り出す。
 そこには予想した通り、今から学校に迎えに行くな、とランサーからのメールが届いていた。
 慌てて『すぐに行きます、煙草はダメ』と返して、バタバタと帰宅の準備をする。
「あー、なんか携帯灰皿? に吸い殻入れた。よかった、俺注意しに行かなくちゃならないのかと思った」
「あの、私の、知り合いですので!」
「えっ」
 突然のアーチャーの声に、窓に鈴なりになっていた数名が振り返る。
「怪しい人物ではないです。次は裏手の駐車場に停めるよう、ちゃんと注意しておきますので」
 お先に失礼します、と言い置いて、急いで職員室を出るアーチャーを、ぽかん、とした表情で見送り、へえ、という感心した声が誰からともなく出る。
「なんか、すごい友達いるんですね、エミヤ先生」
「見直したな」


 校内は走ってはいけない、という規則を、今だけは無視して、アーチャーは全速力で正門前まで急いだ。
 ドキドキと心臓が痛いくらいなのは、呼吸が苦しいのは、急な運動のせいなのか、それとも目の前の男が余りにも格好良いからか。
 バイクには余り詳しくなく、黒いボディに描かれているカワサキの文字に、ランサーが乗っているのが国産のものだと解る程度だったが、それがとても彼に似合っている、と思った。黒の上下のライダースーツもとても似合っていて、直視など出来ない。
「よ、悪ィ、約束してたのは夜だったけどよ、早く仕事が終わったから――つい来ちまった」
 迷惑だったか? と聞かれて、ぶんぶんと首を振る。
 職場まで恋人に迎えに来てもらうのは、アーチャーの叶わないだろうと諦めていた夢の一つだった。
(あ、いや、恋人なんかではないけれど……)
 ぽん、とヘルメットを渡されて、ぼうっとしていると小さく笑いながら
「なんだ、被ったことねぇのか?」
 と優しく頭に被せられ、顎のベルトを固定される。
「ん、丁度いいな。これ、お下がりで悪いけど、アーチャーにやるよ」
「あ、りが……とう」
 フルフェイスのヘルメットは視界が狭くてほんの少し不安になったが、自分の真っ赤な顔が見られないのは良いかもしれない、とアーチャーは思った。
 ドキドキしながらその腰に手を回すと、
「ちゃんとしがみついてないと振り落とされるぜ?」
 手をぐいと引かれて、逞しい背中に抱きつくような格好にさせられる。
「バイクとか乗ったことは――なさそうだな。大丈夫、俺に身体を預けてればいいから」
 こくん、と頷いて、それでは解らないだろうと思い至り慌ててわかった、と返事する。走り出したバイクは思いがけず安全運転で、そういえば刑事だったな、と改めて思う。きっととても優秀な刑事なのだろう。
 バイクは市街を抜け、しばらく走ったのちに目的地へ着いた。
 大橋の下にある公園の駐車場へバイクを停めると、ランサーは手を差し出した。
「…………?」
 訳が解らなくて困惑ぎみのアーチャーのだらんと垂らした右手を取ると、ぎゅ、と指を絡ませる。
「散歩しようぜ」
「あ、あの、手を」
「ん?」
 手を離して欲しいと言いかけて、ちっとも恥ずかしがっていないランサーの笑顔に何も言えなくなる。
 誰かに見られたら、と気が気ではなかったが、真冬の、しかも夕方遅くの公園に人影はなくて――。寒いからだ、と自分に言い訳をする。
「暖かくなったらさ、海へ行こうぜ。日本海側ってあんまり行く機会ねェだろ?」
「そう、だな……私は余り、冬木を出た事がない」
 それこそ遠足の引率くらいしかない。しかもたいていは具合の悪くなった生徒の世話をしていて観光などは殆どした事はなかった。それを哀しいとも何とも思った事はなかったが――この美しい男と色々な町並みを歩くのはとても楽しいかもしれない。
 朝陽に煌めくその髪は、その横顔は、きっとどんなにか美しいだろうか。
「でもその前に映画館だな。休みが合えばいいけど――あ、家でDVD観るんでもいいぜ」
 外で食事もいいけど、俺はまたアンタの美味い飯が食いたいな、俺の家で作ってくんないかな、と続けられ、アーチャーはとうとう堪えきれなくなった。
「……何故」
 思わず、疑問が口を突いて出る。
「何故、君は――私を、そんな、デートまがいなことに誘うのだ?」
「へ?」
 きょとん、とした顔で見返され、アーチャーは途端に後悔する。何て事を言ってしまったのだろう。
 馬鹿だ。
 デートだなんて、自分だけが思った事ではないか。
 そんな、彼はきっとそんな深い意味もなく、ただ出来たばかりの物珍しい知人の一人として――友達も少なく、恋人もいない可哀想な孤独なゲイに優しくしてくれているだけなのに。
 何を勘違いしているのだ。
 羞恥に身を固くしていると、頭上から、呆れたような声が落ちて来る。
「何でって、俺ら――付き合ってる、だろ? デートに誘うの、ダメ?」
「えっ」
 今度はアーチャーがきょとん、としてランサーを見返す番だった。



 人は驚きすぎると、一時的に思考力が低下してしまうらしい。
 あまり酒に強くないアーチャーは深酒をした時にそれを実感したが――その結果、〝ああいう事態〟を招いたのだが。
 今は一滴も飲んでいない。
 けれども酩酊したかのように、頭に血が昇り、ぼうっとしている。
 ランサーの背に捕まって、家まで送り届けて貰いながら。
 頭の中で〝どうしよう〟という言葉がぐるぐる回っていた。
 どうすればいいのか。誰か教えて欲しい。


 元々は、夜に約束していた。詳しい事は決めておらず、ただ会う事だけ――ランサーの仕事によってはキャンセルになるので店の予約とかは出来なかった。たぶんどちらかの家飲みになるのだろうという感じであった。アーチャーは普段から料理をするので家には食材が豊富にあったし、冷凍保存されている下拵えが済んだものを利用すればすぐに数品出来るから、自宅に招くつもりだった。酒は帰りにでも買えばいい、と。
 自分と違ってランサーはとても酒に強い。どれ程飲んでも顔色さえ変わらぬその酒豪ぶりに驚いたが、水代わりにワインやビールを飲む国出身だという。たぶんアルコールを分解する能力が根本的に違うのだろう。アーチャーのほうは、その血に外国のものが入っているとは言っても、ほぼ平均的日本人の体質だ。
 自分の料理がとても美味しいと、絶賛してくれた男の為に、また腕をふるえるのは純粋に嬉しかった。
 けれども。
 思いがけずランサーがバイクで職場まで迎えに来てくれて――沈みゆく夕陽を見ながら手を繋いで公園を散歩するという、まるでドラマか映画のようなひとときを過ごし。それだけでも一杯一杯だったのに、あろうことか。
 ぎゅ、と、広く逞しい背中にしがみつく。
 これは、振り落とされない為だから。そう自分に言い訳しながら。



 夕陽がすっかり落ちた公園は、急に冷え込んで来て。けれどもそんな寒さなど感じない程に、アーチャーの心臓は早鐘を打っていた。
(――今、彼はなんて?)
 付き合って、いる。つもりだ、と?
 いや、まさか。自分の聞き間違いだ。それとも、幻聴か。
「そういやちゃんと言ってなかったな。悪い、手順も踏まずにそういうつもりもなにも、ないよな」
 女好きで知られているランサーであったが、性生活のモラルはきちんとしていた。フリーの時に、軽い応酬やキスくらいはしても、セックスをするのは常に恋人とだけ。恋人がいる時には、他の女性と二人きりでプライベートな時間を過ごす事はしない。そんな誠実さはちゃんと相手にも伝わるのか、相手に振ってもらう、という別れ方しかした事がなかったからか、一方的なつきまとい等は別として、恋人だった人と今まで大きなトラブルになった事はない。
「――な、にを……」
 何を言い出すのだろうか。
 思わず身体を固くして身構えるアーチャーに、ランサーはそっと身を寄せる。
 きゅ、と握った右手に力を入れて、甘い声で囁いた。
「アーチャー。俺と、付き合って下さい」
 思いがけず丁寧な口調に、本気なのだと知れる。
「つ、きあ……う?」
「ああ。俺の恋人になって欲しい」
 右手をそっと持ち上げ、軽く唇で触れる。
 ちゅ、という甘やかな音と柔らかな感触に、アーチャーはビクリと震えた。
「順番が狂っちまったけど――あんたと話してると楽しいし、毎日会いたいし、これってすごい、好きって事だろ?」
「え……?」
 それに、とランサーが続ける。
「他の男にアーチャーが触られるとか、耐えられない」
 俺だけのものになって。
 甘い、まるで蜂蜜のように濃厚で優しい声が、耳朶を擽る。
 断られる等とは微塵も思っていない、己の魅力を十分に解っている、下手をしたら傲慢にすら聞こえる言葉。けれどもその真紅の瞳に宿るのは、真摯な色で。
(――私、は……夢でも見ているのか?)
 有り得ない。
 こんな事は。
 ひゅう、と冷たい風が吹いて来て。さりげなく風上にランサーが身体をずらす。陽が落ちた公園では所々に設置された街灯が灯りを点す。幻想的とも言えるその淡い光の元、青い絹のような髪が揺れた。
 闇の中でまるで内側から光り輝く様にゆらめくその髪に目を奪われる。
 なんて。
 そう、なんて――。
「アーチャー?」
「……す、まない」
 震える声をなんとか抑え、そう絞り出す。
「私、は――」
 相応しくない。この美しい男の隣に立てるようなそんな存在ではないのだ。
「俺の事が嫌い?」
 違う、と首を振る。好きか、嫌いか、その二つしかないとしたらもちろん前者だ。この短い時間でも、彼の素晴らしさは十分感じ取れたし、これでも教師だ、人を見る目はある。とてもまっとうで、健全な、見た目通りの精神を持っているのだって解る。
 普通だったらそんな男から恋人として付き合おう等と言われたら、諸手を挙げて喜ぶものだろう。二股は嫌いだし、一途だと言っていたその言葉だって、信じられる。
 きちんと、好きだ、と言ってくれて。
 その上で。
 俺のものに、なって、だなんて。
 からかったり、遊ぶためにそんな言葉を使う男ではない事だって。わかる。
 けれども。
 男ははじめてだって言っていた。それまでは彼女がいたと。
(わ――たし、が、彼を)
 いわばまっとうな道から、踏み外させるような事を。
 一晩の過ちなら、笑い話になる。酔いに任せての事だと。けれども付き合う――恋人になる、というのは違う。こうして人目を気にして、同僚にも家族にも言えない関係。そんな関係は、この太陽の下を歩くのに相応しい男には、似合わない。可愛い奥さんと、子供と、そういった自分が一生手に入らないものが、似合うだろう男に、自分はいったい何を。
(私は、なんて事を)
 そうして自分はきっと。恋人になったら永遠を望んでしまう。ずっと、死ぬまで――愛する人はたった一人でいい。そんな、重い愛に、誰かを付き合わせる訳にはいかないのだ。
「私は」
 言いかけた唇を、ちょん、と人差し指で止められる。
「嫌いじゃないなら、待つよ。返事は、急がなくていいから」
 ぱちぱち、と驚いたように目をしばたくアーチャーの唇を、そっと指の腹で撫でながら、ランサーは眉をへにょんと下げた。そんなおどけた仕草すら、絵になる。
「すっごくキスしたいけど、それもちゃんと返事貰えるまでお預けだな」
「え……?」
「ほんとうは、恋人じゃないとキスもセックスもしないんだろ?」
 何気なく口にしたそんな言葉までちゃんと覚えていてくれたのだ、とアーチャーはじわりと胸が熱くなる。
「アーチャーのほうからしたいって言うまで、待つ」
 優しく言われて、どんな表情を返していいのか解らずに、アーチャーは戸惑う。
 これはいったい、どういう状況なのだろうか。
 恋人になって、と言われて、自分は断ろうと口を開きかけ――察した男に、待つからと遮られた。
「じゃあ、まずはお友達から、だな」
 にか、と爽やかな笑顔でそう言われ、アーチャーは小さく唇を震わせる。
 言わなくてはならない。友達なんて無理だと。今だってこんなに好きなのに、友人として共に過ごしたら、もっと、もっと好きになってしまう。
 けれども出たのは、小さな、吐息とも付かぬ肯定の返事だった。
(きっと……、目が、覚める)
 それまでの間、だけだから。
 そう自分に言い訳して。
 己の唇を撫でるランサーの指先が離れて行くのを惜しいと思う心を抑えた。


 友達、なのだから。
 これくらいは変ではないだろう。
 アーチャーはおずおずと、部屋で飲まないか、と誘った。
 くす、とランサーが小さく笑う。
「……?」
「いや。俺だからいいけど、他の男にそういう誘いはするなよ?ベットインオッケーだと思われるぞ」
「そ、そんな――」
 そんな相手など、いない、とアーチャーは小さく抗議する。
 この間から、この男はちょっとおかしい。他の男に触らせるな、だの、そんな可愛い顔を他ではするな、だの、誰かと二人きりで密室になんて許さない、だの。
 まるでアーチャーがとても魅力的で、それに嫉妬しているように聞こえてしまう。
 こつん、と額を指で突つかれる。
「だーかーら、解ってないっての。アーチャーはすげェ可愛いし、めっちゃエロい。自覚しろ」
「そ、そんな事……っ」
 ない、と言いかけた唇を人差し指で阻まれる。
「くっそ、今はキスして黙らせる場面だよな。さっきしないって言わなければ良かった」
「え、え」
「なあアーチャー、キスしたくならねェ? 俺と」
 したい。もちろん。
 その薄い唇がどんなに優しく、そして淫らに触れるかもう知っているし、その感触がとても素晴らしいものだとも知っている。キスだけでとろりと身体が蕩け、もう全て言うがままになってしまうだろうということも。
 こんなに魅力的な男にキスしたい、と言われて、喜ばない筈がないではないか。
 けれどもぐっと唇を引き結んで、アーチャーは小さく抗議した。
「友達同士では、キスなんてしない」
「だよな」
 小さく笑って、指が離れる。
 アーチャーはほっと息を吐いて、固まっていた身体のこわばりを解いた。


「おお、美味そう!」
 手早く作られテーブルに所狭しと並べられた料理は、定番のお総菜だった。肉じゃが、なすの煮浸し、ちりめんじゃこと細かく刻んだ野沢菜の甘辛煮、根野菜の煮物、味噌汁はワカメとネギと油揚げ、ランサーには少し物足りないかもと、ししゃもを焼いた。
「簡単なものばかりで申し訳ないが」
 晩酌のつまみになりつつ、ご飯にも合うものと考えたらやはり定番なものが浮かんでしまった。本当はもっと凝ったものを作りたかったのだが、なんとなく、相手に負担になってしまうような気がして、それも出来なかったのだ。
「いーや、もうすげえ十分! あんな短時間で手品じゃね?ってくらいすげえな」
「いや、ほとんど下拵えは済んでいたし、肉じゃがと煮物は今朝作って味を含ませておいたから、ほぼ暖め直して並べただけだ」
 暖め直している間に、他の料理を仕上げたので、実質五分程度だ。席に座った途端に次々と出て来る料理にランサーは驚いたが、これくらいは誰でも出来るとアーチャーは謙遜する。
「夜だから揚げ物とか肉とかは避けたが……ちょっと物足りないかね?」
「いいや、いつも外食ばかりだから、こーいうのすげぇ嬉しい」
 そんな外食ばかりなら、毎晩食事を作ってあげたい、と思ってしまい、アーチャーは自分の思考に絶望した。
 壮絶に重い。
 きっと自分はこの男と恋人関係などになったら、毎日お弁当を作って、毎晩食事を作って、泊まり込みが続いたら差し入れを持って――と、とてつもなく面倒くさい存在になるだろうと予測されて、益々落ち込む。
「まあ気が向いて……時間が合ったら、声をかけてくれれば食事くらいなら、いつでも作るよ」
 それくらいなら、友達でもおかしくはない、筈。
「おー、マジ? すっげェ嬉しい。けど、あんまに安易に言わない方がいいぜ」
「えっ」
 これくらいでも、重かっただろうか。
 うろたえるアーチャーに、ランサーは悪戯っぽく笑う。
「俺、調子に乗って、毎晩押しかけちまうぜ?」
「ま、い日は、その」
 すごく嬉しいが、困る。
 それって友達としては、おかしいだろうから。
「冗談だって。じゃあ次の非番の時はまた頼むな?」
「ああ。自分で飲む分の酒は、買って来てくれ」
 本当は全てこちらで用意したいのだが、ぐっと堪えてそう言う。もちろん、とランサーは笑って、アーチャーの分も食費代わりに買って来るな、何がいい? とたわいもない話題に移って、アーチャーはほっとした。
 なんとか、やり過ごせた。
(友達……の、距離感って、どの程度だ)
 すごく好きで。全てやってあげたくなる。
 けれどもそれは友達では変だから。
 アーチャーはなんとか笑顔を取り繕うと、目の前のコップにつがれたビールを、ぐいとあおった。

「……アーチャー、あんま酒強くねェんだから、俺以外とは飲むなよ?」
 耳元で甘く囁かれて、こくん、と頷く。
 いつの間にか隣に移動してきたランサーに肩を抱かれて、その逞しい胸に頭を預けている状況に、ぼんやりと、あれ、と思う。友達、って、こんなに距離近いものだったっけ?
「で? 何の映画がいい? 一緒に観に行こうぜ」
「映画館じゃなくて、家でDVDを観た方がいい」
「あれ、劇場で観る派だって言ってたじゃねェか」
「君に負担をかけたくない」
 急な仕事が入ったらそちらを優先して欲しいし、もし約束していてそれがキャンセルになってもがっかりしたくないから、時間が決まっているものは避けたい。
「だからそういうところが」
 何だろう、ぎゅ、と肩に回った手に力が入って。ふわりと、つむじに暖かい感触。
「アーチャーは何が好きなんだ? 洋画? 邦画? アニメとか観るほう?」
「ん……、話題になっているものは、とりあえず全て観るかな」
「へえ」
「好んで観るのは、監督や脚本家で……」
「誰が好き?」
 何人かの名前を挙げるアーチャーに、ランサーがどんな作品撮ってるひと? と質問し。あ、それなら知ってる。面白かったよな、とたわいもない話題が続く。
 好きな小説の話になり。ランサーが意外にも時代物が好きだと言い、アーチャーの好む作品とかなり被る。
 アーチャー自身は乱読でどんなジャンルも読むが、それでも同じ作家や作品が好きと言われると嬉しかった。
「じゃあ、その小説が映画化されたものがあるから、それを今度観よう。結構ちゃんと原作を尊重していて」
「そうなんだ。アーチャーがそう言うのなら間違いないな」
「あ、いや、配役とかはそれぞれイメージがあるから……私は違和感がなかった、けれど」
「うん」
「あの」
「ん?」
「髪を……そう、弄るのは、その」
 時折悪戯な指が、項や耳元を擽って行く。そのたびに、ぴくりと震えるのだが、余り大げさに反応するのも何だろうと、ずっと我慢して来たのだが。
「ああ、悪い」
 ちっとも悪いと思っていない口調で謝ると、ランサーはアーチャーの頭から手をどける。離す際にするりと首筋を撫でて行ったのは、絶対にわざとだ。それくらいは、鈍いアーチャーでもわかった。
「……っ」
 泣きそうになるのをなんとか堪える。
 からかわれ、て。いるのだろうか。
「なあ。まだキスしたくならねェ?」
 ふいにそう問われて。アーチャーははっと顔を上げる。
 では――今までのこれは。からかわれている、訳では無く。口説かれて、いた?
「ごめんな。急がねえ、とか。待つ、とか言っといて何だけどよ――もうアーチャーが可愛すぎて無理」
「か、可愛く、など……ッ」
 ランサーはおかしい。
 どこをどう見たら、こんながたいの良い、かわいげの全くない男をそんな風に思えるのだろうか。
「き、君は目が悪いとか、実は趣味が悪いとか」
「俺の歴代の彼女に謝れ」
「す、すまない」
「だから、そこで素直に謝っちゃう所が。ああもう、いいからさ、何も考えないでいいよ、アーチャーは。俺に騙されとけ」
「……っ」
 戦う事に慣れた、ごつごつした掌が、そっと両頬を包み込む。
「好きだ――」
 優しく甘い、掠れた声が。
 真摯な響きを帯びて囁かれる。
「なあ、俺のもんになって」
「わ、わたし、は……っ」
 逃げを打つ身体を許さない、とばかり優しく追い詰め。
 煌めく深紅の瞳が徐々に近づいて来る。
「アーチャー」
 まるで毒のような、思考まで溶かすような甘い――
「キスしても?」
 何も考えられない。
 その真紅の瞳に捕らえられ、逃げる事すら許されない。
 ああ。
 そうだ、自分は。
 逃げたいなどと、ほんとうは――

 ピンポーン! ピンポンピンポン!

 思わず頷いてしまいそうになったアーチャーを我に返らせたのは、来訪のチャイムの音だった。
「あ、あの、離してもらえないだろうか」
 そっと胸を押しやると、小さく舌打ちしてランサーは素直に身体を離す。
 職業柄、もしかして緊急事態だった場合の事を考えると引くしかない。
「訪問販売とか勧誘のたぐいだったら、すぐ追い返せよ」
 なんなら俺が出ようか、という言葉に苦笑して、アーチャーが立ち上がる。
 ランサーの目にどんな風に映っているか疑問だが、アーチャーとて立派な成人男性で、どちらかといえば強面の方だ。そういったたぐいの来訪者に押し切られた事など一度もない。百八十を超える長身な男を可愛いとか、本当にどうかしている、と改めて冷静になると、おかしくなる。
(もの、珍しい……の、だろうか)
 そこまでランサーは酷い男ではないだろうけれども。自覚がないだけで、きっと。今までにない相手だから――。
 微妙に落ち込みながら、玄関を開ける。
 と。そこには。

「こんばんは! 約束通り、今夜からお邪魔しますね」
「よろしく」

 大きな荷物を抱えてにこやかに微笑むイケメンと、お腹がすいたので何か食べさせて下さい、と早速要求する剣道部顧問の女性教諭の姿があった。

Comments

  • 林糖

    April 17, 2014
  • なちAuthor

    LUNEさん コメントありがとうございます! まだ事件(?)が解決していないので、まったりと続きますw お付き合い下さると嬉しいですvvv

    April 17, 2014
  • LUNE@当分ロム専orz

    続きがとても気になっていた作品だけに、新作部分に思わず諸手をあげて喜んでしまいました。是非続いてほしいです!

    April 17, 2014
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