洗脳されて輝く男
ラム子。お前は頭が悪い。
人間に化けれるなら最初からそうすれば良かったじゃねえか。他にももっと色んなことができるんだろう? 宝の持ち腐れとはまさにこのことだぜ。
俺はお前に洗脳されてるから、お前が頭悪いことしてたら止めてやるんだ。本当に、俺ってやつはなんて使える駒なんだ。
1.山岳都市ニャンダム
山岳都市の上空で白と黒。二頭のニャンダムが対峙した。
化け猫様は満足げだ。
【随分と見栄えが良くなった】
化け猫様の【スライドリード】が極限の域にあることは疑うべくもない。空に立つこともできるようだ。ただ、おそらく足場としては心許ないのだろう。感覚としては砂場に近いのかもしれない。だからテントウ虫からテントウ虫に飛び移るような戦い方をしたのだろう。
一方、ラム子が駆る機械獣ニャンダムは【スライドリード】を機械で再現しているように見えた。こんぺい糖のような黒い物体がぐるぐると機体の輪郭に沿って回っている。反重力装置か何かか? 普通に宙を浮いている。スキルコピーと言うからには【スライドリード】の欠点もコピーしている筈だ。絶対にそうだとは言い切れないが……。
……【NAi】の様子がおかしい。無表情で地上を見下ろしている。冷たい風に長い髪がそよいでいる。顔に掛かる髪を気にする素振りもなく、光沢のある薄緑色の瞳をギョロリと動かしてラム子を見た。
【返せ。ずるいぞ】
周囲を飛び交う小剣群の動きが緩慢になっている。テントウ虫の正確無比な狙撃が【NAi】のひたいに弾痕を穿つ。しかし【NAi】は気にも留めなかった。プレイヤーから徴収した命の火がたちまち傷を修復していく。
女神の加護を正しくは「奇跡」と呼ぶのだとョ%レ氏は言っていた。
【NAi】の固有スキルささやき魔法の正体は「預言」なのだろう。正体も何もなかった。まんまだ。
神に仕え人に預言を授けて奇跡を与える。そういう存在を俺たちは「天使」と呼ぶ。
そして、このゲームのプレイヤーの言葉は得体の知れない翻訳技術でティナン語に変換されている。それは思考ですらそうなのだろう。
だから【NAi】は天使なのだ。
テントウ虫の銃弾に天使は無防備に身を晒している。間に割って入ったクァトロくんが金属片で銃弾を弾いた。
【ナイ! 命を粗末にするな! 今の君を生かしているのはプレイヤーの命だ!】
しかし【NAi】はクァトロくんを一顧だにしない。
【この世界に神は居ない。私が仕えるべき主は居ない。ティナンの無垢なる信仰だけが私の救いだ】
【NAi】が片手を突き出した。小剣群が寄り集まって大剣を構築していく。標的は生身のラム子か? おいおい、やめとけよ。どう考えても無駄だろ。ダイレクトアタックが素直に通るラスボス戦なんて見たことねえ。
俺の忠告を【NAi】は無視した。手の動きで大剣を操り撃ち出した。火花が散る。高速で迫る大剣をラム子がちらりと見た。
案の定、【律理の剣】がラム子に届くことはなかった。宙に縫い付けられるようにぴたりと静止する。
……念動力か? いや、違うようだ。化け猫様が【NAi】をからかうように言う。
【残念だったなァ。無駄だ。チャンネルが違う。アレは最終フェーズに居る。お前たちは格下だからアレの影響から逃れることができんのだ。だから見える】
ニャンダム様は実に博識でございますなぁ。俺はヨイショした。
……よく分からんが、芸能界の大御所が番組に出演したらニュースサイトに載るようなものだろう。
【NAi】は化け猫様を無視した。突き出した手を開き、ぐっと握り込む。分解した大剣が小剣群となってラム子へと殺到する。しかし、やはり届かない。ぴたりと動きを止めてしまう。一定の距離まで近付くと標的を見失ってしまうようだ。
【NAi】はイラ付いている。
【思い通りにならないことばかりだ。ヒューマンもギルドも何もかも】
なに当たり前のこと言ってんだ。そんなもんだろ。俺なんかほとんど無関係なのに巻き込まれてるんだぞ。
【まったくだな。いい迷惑だぜ】
おっとミノムシ野郎だ。完全変身したセブンが浮上してきた。ラム子の前に立ち塞がり、七門の大砲をこちらに向けてくる。
【悪いナ。俺は洗脳されてる】
それは別に構いやしねえんだけどよぉ。お前、よく完全変身できたな? エネルギーが足りねえだろ。この死に損ないが。
【俺が知るかよ。バトルフェーズとやらは別扱いなんじゃねえか? 前ン時も自爆したが無事だったしよぉ】
前ン時って【狙撃兵】と戦った時か。自爆したんか。もうちょっと生きる努力をしろよ。
……どうやら俺たちはエッダ戦の時にラム子に何かされたようだ。となると、洗脳されたのは俺とセブンだけってことはなさそうだ。下手をすれば半数近くのモブが……。
いや、半数どころの騒ぎじゃないらしい。完全変身を遂げたゴミどもが続々と浮上してくる。
【崖っぷち〜。俺らも混ぜろよ】
【洗脳されてるから仕方ねえよなぁ。俺らはロリに付くぜ】
【カップラ出来たわ。メシ落ちする】
【俺はフタ剥ぐタイプ。お前は、崖っぷち?】
俺のリアルを探るな。
一方、クァトロくんはゴミどもが敵に回ったことにショックを受けているようだ。
【……僕の所為だ。ごめん、みんな……】
いや、そんな気にせんでも。こう言っちゃ何だけど、いつものことだよ。俺ら、普段は仲間のふりしてるだけだからね。種族人間ってマジでゴミだから。何かと理屈を付けて人間様は偉いっていう論調で迫るけど、近年は割と失敗作の部類だよなって自覚してるから。そんで自覚してる俺らは偉いっていうサイクルに入ってるトコだよ。もう永遠に抜け出せないんだな、このサイクルは。
でもクァトロくんのお友達は一味も二味も違うご様子。見た目からしてちゃんとしてるしな。結集してきたスーパーロボット系とリアルロボット系が機械獣を取り囲む。ペペロンの兄貴も混ざっている。
ちース。兄貴ちース。俺はぺこりと頭を下げるが、兄貴は無反応だった。また深い眠りに就いているようだ。俺がどうにかしてやれば目覚めるのかもしれないが、生憎と今の俺は著しくテンションが低い。できることなら今すぐにでもおうちに帰りたかった。
クァトロくんがキッと眦を決した。
【ラムダを説得する。力を貸してくれ】
アナウンスが走る。
【限界突破】
【勇者】
【君主】【クァトロ】【Level-2999】
【狙撃兵】とやりあった時よりもレベルが低い。
クァトロくんがフェーズ1で兄貴たちを召喚しなかったのはラム子のスキルコピーを警戒してのことだろう。まだ何かあるのかもしれない。もしくは単純に今はこれが限界ということなのか。
群れなすエンドフレームを化け猫様は冷ややかな目で見つめている。
【烏合の衆だな。まぁお前たちは雑魚と遊んでいろ。どの道ワシには付いて来れん】
そう言って化け猫様は、たまたま近くを飛んでいたテントウ虫を長い尻尾で叩き落とした。鼻面を機械獣に向けて凶悪な牙をチラ付かせる。
【ワシはアレと遊ぶ。少しはマシになっていれば良いが】
ニャンダム特急が走り出した。俺に途中下車は許されないようだ。
もうね。目で追うとかそういう次元じゃないんですよ。機械獣は煙が宙に溶けて見えなくなるみたいにヒュンッてなって消えるし、化け猫様も似たような感じであるらしい。化け猫様の牙に引っ掛かっている俺は、どうも戦いの余波で吹っ飛んでそのたびに化け猫様に拾われているようだ。ころころとポジションが変わる。何とかして定位置の化け猫様の首の辺りに戻ろうとするが、上下左右の感覚がない。早々に諦めて化け猫様の美しい毛並みに身体を埋めて少しでも空気抵抗を減らすよう努める。
あの〜。ニャンダム様? 俺、邪魔ですよね? 適当にその辺に捨てて行ってくださって構いませんよ。
【小僧、お前は指揮官でありながら逃げ出したろう。分かりやすい奴よ。いつの時代も自由を求めて戦う。それが……】
俺は立ち上がって自分の手首をもう片方の手で掴んだ。ぽつりと独りごちる。
「進撃の巨人」
そして吹っ飛んで化け猫様に回収された。
【異常個体。クランマスターだ】
ゴミの頭に着地した化け猫様が全身の毛を逆立てて吠える。
【よく見ておけ。お前たちはギルドマスターの発見を期待されているのだ。居るか居ないかも分からん、ギルドの母体を、だ】
いや無理でしょ。
【ワシもそう思う】
ダメじゃん。
いや、そもそもギルドの母体って何だよ? 心底どうでもいいわ。やっとこさロケット飛ばして月に着いたイヤ捏造だ影の向きがおかしいぜェーだのと騒いでる俺ら人間様にどうしろってんだよ。
んん? 化け猫様の美しい毛並みに魔石が絡まっている。怪我してんのか? 押されている? 俺はハッとした。ニャンダム様!
【喚くなと言ったろう】
化け猫様はにゃっと笑った。
【お前たちは弱すぎる。ギルドの最高指揮官と戦う時にな。最終フェーズに辿り着くパターンは二つある。一つは意図的に戦力を抑え、計画的に攻略していくパターンだ】
それは……多分俺たちには無理だ。邪魔者が入ると成立しない。種族人間に団結の二字はない。
機械獣は、化け猫様の【スライドリード】に加え【NAi】とクァトロくんの【律理の羽】をコピーしている。
化け猫様は機械獣と交錯するたびにダメージを負っている。
【もう一つはな。ごく浅いフェーズに最大戦力をぶつけ、わざとコピーさせることだ。強力な個体に成長した最高指揮官は幾つかのフェーズを省略する。手順を早めることができる】
……イイね。ガツンとブン殴られた気分だよ。
正直な〜。ニャンダムよ。俺らはついこの前エッダとバチバチやり合ったばかりなんだよ。なんつーか、ぶっちゃけな、イマイチ気が乗らなかった。もう少し日常編つーかね。そういうのを挟んでもいいんじゃねーかなって思ってた。
だが、お前さんがそこまで本気だってんなら、そろそろアゲて行こうかね。
ゲームは楽しむもんだからな。
遣り方は色々とあるが、共通して言えることは本気を出すってことだ。舐めプは舐めプで相手をおちょくることに全力を傾けるもんだからな……。
俺は叫んだ。
おい! ゴミども! 聞いたか!?
俺らは落ちるトコまで落ちたと思っちゃいたが、世界は広いぜ! どうやら俺らはまだ首の皮一枚で繋がってるらしい!
こうなったらよー! もう知ったこっちゃねーよなー! トコトンまで落ちてみようぜ!
俺は片手を掲げた。ラム子から供給された黒い金属片が結集し、俺の身体を作り変えていく。
俺は【ギルド】の指揮官だ。ミドル層の分際でエッダ戦で指揮官の真似事なんぞしてた所為だろう。
だから、ラム子の力を一番うまく使えるのは俺なんだ。
俺はニャンダムの背からバッと飛んだ。
「トチロー! 馳夫! 来い!」
棺桶はネフィリアが用意してくれた。
スカイダイビングする俺に、合体した【歩兵】たちが待ってましたとばかりに駆け付けてくる。
日本の伝統的ボードゲーム、将棋にはよぉ〜。「成り」っつールールがあるんだよ。
三等兵の歩兵でもよ、じっと我慢して耐え忍んでたら何かイイコトあるかもな?
と金ってーんだ。
もう俺自身、俺がどうなってんのか分からねえ。
合体巨大化した俺は触手を伸ばして吠える。
【クァトロ! 俺に掴まれぇ! ラム子ンとこに行くぞ! 俺じゃダメだ! お前が説得しろぉ!】
俺はラム子に洗脳されてる。
だからラム子にとってそれが一番いいと思うコトをする。
俺は触手を束ねてデカい握り拳を作った。
そう、真の忠臣はお姫様が間違ってたらブン殴ってでも言うこと聞かせるものなのさ。
まったく……。
俺ってやつはなんて使える駒なんだ。
これは、とあるVRMMOの物語。
やっぱり返して貰わなくてもいいかなぁ。
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