ペタタマ、戦場へ
1.ポポロンの森
森に身を潜めている。
シルシルりんは俺が敵前逃亡したことを大いに喜んでくれた。
「私はコタタマりんが武器とか作るの好きだって知ってますからぁ。モンスターさんと戦うとか〜コタタマりんにそういうのは似合いませんよぅ。危なかったら逃げればいいんです。今日のコタタマりんは大正解ですよ! 花マルをあげちゃいます」
俺は花マルを貰った。やったぁ。
無邪気に喜ぶ俺を、シルシルりんは上機嫌でニコニコと笑って見つめている。尊い。
けど、すぐに落ち込んだ。
「……カレンさん大丈夫かな。ポチョりんはカレンさんとお友達なんですよね?」
「んー」
ポチョはぼんやりしている。
「知り合い……? たぶん。私、前にあっちに住んでたから〜。その時かなぁ? あんまり覚えてない。結構前のことだし」
……ポチョはβ組だと以前にネフィリアが言っていた。β組に選ばれたのは廃人のみ。唯一の例外は着ぐるみ部隊のように優れた知識を持ったプレイヤーだけで、それは知識だけがリアルからそっくりそのまま持って来れるプレイヤースキルだからだろう。
そして今のポチョは、そのどちらにも当て嵌まらない。何らかの事情でリアルの生活が激変してトップ層から脱落したプレイヤーだ。要するにサタウの逆パターン。ゲームだからな。そういうこともある。
ポチョがぴんと来た。
「あ、思い出した。そういえば、ああいう感じで少し強いのが居た。でも名前が違う気がする……。やっぱり別人かも」
ふわっふわしてんなぁ。
俺が文句を垂れると、ポチョがにじり寄ってきた。
「コタタマが悪いんだよ。私、こっちに来てあなたとばっかり話してたから昔のこととかほとんど忘れちゃったんだよ。スズキは最初の頃全然喋らなかったし。責任取って貰うから」
責任ねぇ。結婚しろってのか?
俺は鼻で笑った。ハッ、漫画みてーだな。まぁ考えとくよ。お前はイイ女だ。引く手あまただろうに。だが俺はヘマをしないぜ。その話は、もしもお前が俺を見つけたらでいいだろう。言っとくが俺はデフォルトキャラじゃねーしイケメンでもねーぞ。勝手に期待されても困るぜ。
ポチョはじっと俺を見つめている。……正直、本気で探されても困る。念のために釘を刺しておこう。
あのなぁ、ポチョよ。俺はゲームに恋愛だのは持ち込まない主義なんだよ。これは別にお前がどうこうっつー話じゃねえぞ。理由は二つある。
俺は人差し指を立てた。
まず第一に、直結厨ってのは見てて無様なもんだ。まぁ俺にしたって心のどこかで期待してるってのはある。同じ穴のムジナさ。だが、それは仕方ねえだろ。男のサガってやつだ。むしろ何も感じないのはホモだろ。俺はホモじゃねえから、お前みたいな別嬪さんに懐かれればイイ気分にもなる。だが、ハッキリ言う。もしもリアルのお前が俺のストライクゾーンから外れてたら俺はお前を盛大に振るぞ。俺はその程度の男だ。それが理由の一つ。
第二に、お前はリアルの俺を知らねえ。こっちの俺はそりゃあ口が回る。ネフィリアに鍛えられたからな。話術はスキルだ。どんなに知識があっても経験を伴わなければ意味がねえ。人前でアガらない方法を本を読んで一発で実践できるか?っつー話よ。まず無理だろ。お前は俺のベシャリがお気に召したらしいが、リアルの俺に同じことを求めてるならそれはお門違いってモンだ。
……こうまで言ってやっているのに、ポチョは俺からまったく目を逸らそうとしない。
「うん。分かった」
まったく分かってくれていそうにない。
まぁいいや。予防線は引いた。リアルポチョがモノホンのパツキン美少女だったら単にラッキーって話だ。人生なんざしょせん宝くじだぜ。
それよりも問題は、どうやら敵前逃亡をカマした俺に追っ手が掛かったらしいってことだ。……居るな。俺の目は誤魔化せないぜ。ゴミどもが迫ってくる。ついでに言うなら連携がキレイすぎる。意思を感じねえ。その割には装備がまちまちで統一性がねえ。要は一貫性がない。俺と同じで洗脳されたクチだろう。俺が言うのも何だが情けないやつらだ。この程度の洗脳に屈するとは。ピエッタのNPC詐欺のほうがよっぽど高度なコトしてるぜ。
こっちにはポチョが居る。逃げるだけならそう難しくない。ゴミに突ク読を使って削られた瞳力もポチョにセクハラして大分回復してきた。ここらでちょっくらシルシルりんに俺のカッコイイところを見せておきたい。
俺はそれとなく斧を肩に担いでゴミどもを待ち受ける。だが俺のカッチョイイところをシルシルりんに見せる計画はおじゃんになった。いつもこうだよ。
ニャンダムだ。化け猫様が俺の眼前にふわりと降り立った。漫画みたいなことを言うが、身のこなしからして尋常じゃない。トーシローの俺ですらハッキリと分かった。だってガンダムみたいなサイズしてるんだぜ?
俺は揉み手を作ってぺこぺこと頭を下げた。
おお、これはこれはニャンダム様。俺みたいなゴミに何か御用でも? けへへっ。
……俺は長い物に巻かれるぜ。勝てない相手に喧嘩を売るのはアホのやることだ。俺は違う。
化け猫様は、じっと俺を見下している。ポチョとシルシルりんは打たれたように硬直している。化け猫様が可愛くないからだろう。無理もない。こんなのはどうにもならねえ。レイド級ってのはドイツもコイツも正真正銘の化け物揃いだ。
化け猫様がちらりと肩越しに振り返る。ゴミどもの気配を感じ取ったご様子。ちょいと尻尾を振る。ゴミどもは全滅した。
俺はすかさずゴマを擦った。
おお! 刺客ですかな? いやァーちっとも気付きませんでした! さすがはニャンダム様ですな! ワタクシどものようなゴミとはまったく違う。イヤ比較するのもおこがましい!
ややっ、お気に召したご様子。化け猫様はにゃ〜っと笑った。デカくて太い牙が覗いてめっちゃ怖い。ドコの白面のお方ですかっつー。
【そうか。小僧。お前はワシと同じか】
いえいえ、そんな。同じだなんてそんな。勿体ないお言葉です。ええ。そりゃあまったくもう。
……この化け猫、何しに来た? 同じだと? 一緒くたにすんなよ、畜生風情が。万物の霊長類たる人間様を見下しやがって。俺が本気になったらアレだぞ、エンドフレーム大量投入すっぞ。三味線にしてやろうか? あん? 俺は心の中でイキッた。
しかし身体は素直なものだった。俺は化け猫様に誘拐されて山岳都市に逆戻りすることになった。
抵抗? 何それ。美味いの?
俺を首の辺りに乗っけた化け猫様が森を軽々と飛び越える。ああ、これは死ぬなぁ。化け猫様がチョイっと動いただけで俺は大気の圧を感じる。俺が辞世の句について思いを馳せていると、化け猫様がにゃっと口を開いた。
【あれは何だ? 律理の羽を使っているが、人間の気配ではないな】
……【NAi】のことかな?
多分そうだ。鬼畜ナビゲーターとショタ勇者様はいつの間にか仲直りしたらしく、協力してテントウ虫に似た【ギルド】を排除している。
化け猫様は【律理の羽】を知っている。
どこで知ったのかは分からない。面識があるとすれば【NAi】のほうだろうが……。
俺には、ずっと引っ掛かっていることがある。
ペペロンの兄貴は、ポポロンと同じスキルを使った。名前も似ている……。
もしも偶然ではないとしたら、両者の間には何らかの繋がりがあるということになる。
……ここは化け猫様の機嫌を取ることだ。俺は残機がヤバい。こんなアホなことで死ねるかよ。化け猫様に情報を提供せねば。
俺は叫んだ。
「ニャンダム様! あれは【NAi】と申すもの! チュートリアルナビゲーター、天使とも! 憎きゲストめの手下という話でしたが、どうも毛色が違うようですな!」
【やかましい!】
ええ? 怒られたぞ……。
【いちいち大声を上げるな。ワシは耳のみで物を聞いてはいない】
くそっ。何言ってんのかさっぱり分からねえ。耳で聞いてないなら余計に問題ないだろ……。イヤ……前に共振がどうこう言ってたな。叫ぶっつー意識そのものがダメなのかも。
長い滞空時間を経て、化け猫様が山岳都市に降り立った。相変わらず静かな着地だ。自重もどうにかしているらしく、ティナンの家の屋根にキチッと前足を揃えてお座りする。
「ニャンダム!」
むっ、マーマレードか。ふふん、知らねえのか。化け猫様は叫ぶと怒るんだぜ〜?
でも化け猫様は怒らなかった。
【豆粒か。邪魔だ。さっさと去ね】
な、何だよ〜! マーマばっかり! お、俺だって……。
俺は化け猫様のお役に立ちたい。山岳都市の大地に根を下ろす巨大な黒薔薇をびしっと指差して耳寄りの情報をお届けする。
ニャンダム様! あれぞ【ギルド】の首魁ですぞ! 最高指揮官にございまするぅ!
【殺すぞッ! 喚くなと言ったろうッ!】
こ、コイツ……!
俺は内心キレたが、即座に命を大事にのコマンドを入力。化け猫様はドコの馬の骨とも知れないティナンよりも俺を選んだのだと自尊心を満足させる。
こほん、失礼。いささか興奮してしまいました。しかし……敵に回すのは避けたほうがよろしいかと。あれのレベルは最低でも5000以上。計測不能と。
いえ、決してニャンダム様を軽んじる訳ではありませんが。少々面倒かと。
化け猫様はにゃっと笑った。
【小僧、いいことを教えてやる】
はっ、何でしょうか?
【お前たちに分かりやすく言うとな、ワシは近接職だ。お前たちがこれまでに戦ってきたのは、どれもが後衛職だ。ワシとは違う】
アナウンスが走る。
【警告!】
【レイド級ボスモンスター接近!】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【獣王】【Naggy-Doom】【Level-2319】
化け猫様が咆哮を上げた。
NaaaaaaaaaaaWooooooooooooooooo
俺の鼓膜が破れた。
これは、とあるVRMMOの物語。
あ、懐かしい。
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