彼女は敗残兵
1.山岳都市ニャンダム
【女神の降臨】
【Death-Penalty-Cancel(私は滅びない)】
【Stand-by-Me(私はここに居る)】
【Together…(ずっと)】
山岳都市の上空に死出の門が咲く。
命の火が燃える。
燃える炎の色は鮮やかに赤く。
生命はどうしようもなく死と密接に結び付くかのようだ。
プレイヤーの命を糧に【NAi】が受肉した。
手に持つ【律理の羽】がたちまち分解し、十を越える小剣となって【NAi】を取り巻く。
小剣群を従えた【NAi】は翼を畳んだ白い鳥のようにも見えた。
天使が笑う。
光沢の強い薄緑色の瞳が淡く輝く。
【初めまして。私はナイです】
俺は吠えた。
引っ込んでろォー!
何やらラスボス戦が始まったようだが俺には関係ねえ! 体勢を整えてセブンに蹴りを放つ。アットムの拳がうなる。セブンが嬌声を上げた。
「アッー!」
! 【スライドリード(速い)】だと? ボランティアってのは猟兵の上位職だろう。射撃だけじゃないのか? 二種類の【スライドリード】を……!?
俺とアットムの攻撃が空を切った。高速移動したセブンが大きく飛び退いてティナンの家の屋根に立つ。
射撃に備え身構える俺とアットムを、セブンはじっくりと見下ろして鼻を鳴らした。
「レベル20以上か……。生産職もそうとは限らねえ、か? いや……。まぁいい。試しに殺してみるか」
言下にセブンが弾をバラ撒いた。【スライドリード(射撃)】だ。トップクラスのガンナーは「ピンボール」と呼ばれる技術を多用する。弾同士をぶつけ合って弾道を変える。以前にウチのスズキがやったそれを高速化したものだ。まっすぐ投げるよりも威力は落ちるが、種族人間の耐久力なんてものは高が知れている。高速で飛んでくる鉄の棒が当たれば無事では済まない。
死を覚悟する俺とアットムだが、参戦してきた金髪がドリルでセブンの射撃を弾き散らした。
シルシルりんがホッとしたように金髪の名を呼ぶ。
「ポチョりん!」
カレンちゃんはびっくりしていた。
「ポーション、なの?」
無関係なゴミどもが次々と参戦してくる。
セブンが放った刺客どもと俺の可愛い部下どもの衝突に触発されたらしい。寝ぐらを失ったことで大半のゴミどもは報復を警戒する必要がなくなっていたのだ。
蜂の巣をつついたような騒ぎだ。戦線の拡大が止まらない。もはや誰が誰の敵なのかすら判別が困難だった。
シルシルりんの手を引いてこちらに駆け寄ってきたカレンちゃんがポチョと背中合わせになって襲い掛かってくるゴミどもを薙ぎ倒していく。
「ポーション! あなた、引退したんじゃなかったの!?」
カレンちゃんが問えばポチョが答える。
「ん? 誰?」
ポチョはすっかり忘れてしまっているようだが、二人は旧知の仲であるらしい。
山岳都市は混乱の坩堝だ。流れ弾をあっさりと受け止めたティナンが軽く投げ返してゴミどもが倒れていく。
【GunS Guilds Online】【Loaging……】
領地戦が勃発した。
ネフィリアか!? あの女っ、ドサクサに紛れてクソ虫さんたちに何を……!
山岳都市の各所でクソ虫さんたちが合体して巨大化していく。
アナウンスが止まらない。怒涛の勢いで俺の視界が削られていく。ポチョのオートカウンターがなければとっくに死んでいただろう。
【強制執行】
【限界突破】
【大人の矜持】
【消えゆく定め、命の灯火、守るべきもの】
【誰も忘れない】
【背負い立つもの】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:勇者を守れ!】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【勇者】
【君主】【クァトロ】【Level-999】
勇者様の参戦だ。どこだ? 俺は目に力を込める。居た。上空だ。
聖剣を携えたクァトロくんと【NAi】が衝突する。なんだ? なんであの二人が戦う?
クァトロくんが投擲した金属片を【NAi】が小剣で弾き散らす。
あざ笑う【NAi】の全体チャットが脳髄にガンガンと響く。
【チートスキル。労せずして得た力でよくもまぁ恥ずかしげもなく勇者などと名乗れたものです。感心しますよ】
【NAi】の皮肉にクァトロくんが切り返す。
「じゃあ他にどうしろっていうのさ!」
ディープロウ、ペールロウが俺たちの宇宙にはない概念だというなら、天使【NAi】はョ%レ氏たちと同じ側の存在ということになる。
かつてプッチョムッチョは%についてこう言った。
(そりゃ音が近いってことじゃねえ。まんまだ。図だよ。お前ら日本人の、あれだ、漢字に近い)
漢字は表意文字だ。「%」とは星と星を隔てる壁を意味するんだろう。
クァトロくんは【NAi】の目的を察しているようだった。叫ぶ。
「【NAi】! 君には無理だ! 僕らは決して君たちを過小評価しない! その僕が言う! 君には無理だ! 退け!」
【では、今すぐ私に彼らを返しなさい。彼らは私のものだ】
クァトロくんは切迫している。
「時間をくれ! これはチャンスなんだ!」
【そのチャンスを。あなたは、何度逃してきたのですか? あなたは……やはり勇者には相応しくない。後悔ばかりしている。余計なことをしたのだと思っているのですね】
何の話だよ?
おっとラム子だ。ラム子が俺の裾をくいくいと引っ張ってくる。いつの間にここに? お嬢ちゃん。見ての通りの有様だ。悪いことは言わねえから、引っ込んでな。
とはいえ、クァトロくんは立て込んでるみたいだから……。そうだな、リチェットのトコにでも行ってな。リチェット。分かるか? 事情は知らんが、クァトロくんは元【敗残兵】のメンバー候補だからな。お前もそうなんじゃねえの? いつも一緒に居たし。
ラム子は首を傾げた。
「ハイ、ザン、ヘイ」
クラン名……って言っても分かんねえか。
負け犬どものことさ。底意地が悪い天使様にこっぴどくやられたもんだから、その生き残り。あいつらをまとめて【敗残兵】っつーんだ。
ラム子の赤い唇がひん曲がった。……笑った?
「ワタ、シ、ノ、コト」
お、おい?
ラム子の様子がおかしい。
幾重にも織り込まれた黒薔薇のようなスカートが不自然に波打つ。地面に垂れて、影のように広がっていく。
クァトロくんが叫んだ。
「ラムダ! ダメだッ! 君はどうしてッ!」
視界が真っ赤に染まる。
けたたましいアナウンスが走る。
【Gun's Guilds Online】
【警告!】
【最上位個体の出現を確認】
【エラー!】
【計測不能……】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:不明】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【指揮官】【???】【Level-????】
黒い薔薇が咲く。
全てを飲み込んでいく。
ラム子……。
飲み込まれまいと足掻く俺の手を、ラム子はじっと見つめている。
赤い唇が綻ぶ。
最高指揮官……。
いや、知ってたけどね。
割と初期の段階でそうなんじゃないかなーって思ってた。
【バトルフェーズに移行します】
【戦列を組んでください!】
無理ィ……。
山岳都市に巨大な黒薔薇が咲く。
薔薇の頂点には小さなつぼみ。
つぼみがゆっくりと花開いていく。
黒薔薇と同化しているラム子が小さな両手を広げた。
花弁からテントウ虫に似た【ギルド】が這い出してくる。十体や二十体じゃない。どんどん這い出してくる。
【Phase-1】
どうやら最終形態ではないようだぞ……。
これは、とあるVRMMOの物語。
うん。最高指揮官だね。知ってた。
GunS Guilds Online