バレンタイン・デイズ
1.山岳都市ニャンダム
カレンちゃんとシルシルりんを尾行している。
カレンちゃんは米国サーバーでも五指に入るとされる女性ユーザーだ。
世界最強トリオの一人。つまりジョンの片腕ということになる。部下と言うよりはスリートップの一人という扱いになるようだ。
男女間の溝を埋めるのは容易ではないから、女性ユーザーの代表格のカレンちゃんはジョンにとって決して欠かすことのできない人材だろう。考えようによってはジョンやアンドレを上回っているかもしれない。
そのカレンちゃんがシルシルりんに妙にべったりだ。
多分シルシルりんにとってカレンちゃんは有名な芸能人のようなものなのだと思う。困惑しながらも退屈させてはならないという義務感に駆られているようで、あれこれと積極的に話し掛けている。自然とシルシルりんが振る話題は、共通の知り合いの武勇伝に偏ることになる。つまり俺である。
「またコタタマりんが無茶したんですよ〜! あの人、全然反省してない! 私たちのことなんてどうでもいいって思ってるんですよっ、絶対!」
そんなことはないよシルシルりん。俺は心の中でささやかな反論をした。
さすがに完全ロストから記憶を取り戻すのは難しいと思うけど、俺はウチの子たちやシルシルりんとそれなりに深い絆を育んできたつもりだ。
だから仮に俺の記憶が戻らなかったとしても、それっきりにはならないと信じたんだよ。おそらく俺はこのゲームを再開したら他人のふりをするだろうけど、ウチの子たちとシルシルりんならきっと俺を見つけてくれる。だったら思い出は新しく作っていけばいいさ。
まぁ結局、引退偽装は失敗に終わったのだが。
ぷんすかと怒っているシルシルりんをカレンちゃんは微笑ましそうに見つめている。
「シルシルはコタタマの話ばっかりね。彼のこと、好きなの?」
俺も好きだ。俺は心の中で告った。
シルシルりんが顔を真っ赤にして手をばたばたと振る。
「そ、そんなことないですよ〜! あ、危なっかしい人だから! 私がしっかりしなくちゃって、それだけですっ!」
「そう?」
カレンちゃんは、はにかんで首を傾げた。懐から綺麗にラッピングされた小さな箱を取り出して、シルシルりんに差し出す。
「あげる。日本では、バレンタインにチョコをあげるって聞いたから。友チョコって言うんでしょ?」
シルシルりんは友チョコを受け取って目をぱちくりさせた。
「え? あ、はい」
だが友チョコにしては気合が入りすぎていた。カレンちゃんはシルシルりんの小さな手を両手でそっと優しく包む。
「私ね、友人はとても特別な関係だと思うの。もしかしたら夫婦よりもずっと。だって友情は永遠だから」
俺はアンドレの言葉を思い出していた。
(何かと失敗してばかりだったシャーリーを、カレンが妙に気に入って……)
……え? カレンちゃんガチレズなの?
カレンちゃんがシルシルりんに迫る。
「あなたたち日本人ってとても魅力的だわ。子供みたいなのに変に義理堅くて、見てて心配になるくらい無防備なの。放っておけないって気持ち、凄く分かる」
「え? え?」
シルシルりんの貞操が危うい。
俺は素早く物陰を飛び出して二人の仲に割り込むべく怪鳥のように飛び上がった。
しかし刺客が俺に迫る。急迫してくるゴミに俺は先手必勝とばかりに斧を叩き込んだ。だがゴミもさるもの。俺の斧を剣の柄で受け止めて逸らした。
空中で残像の尾を引いた俺とゴミが交錯してパッと離れる。
俺は目に力を込めてブーンを呼び寄せた。山岳都市に降り立った禍つ鳥がぢょんぢょんと耳障りなさえずり声を上げる。
暗殺者は決して単独行動はしない。命の火を纏った三人組のゴミがゆっくりと包囲の輪を狭めてくる。
その内の一人が、全身の穴という穴から血を噴いて倒れた。再生が始まる前に青い波が放たれる。
【消えゆく定め、命の灯火……】
リジェネ破壊。アットムくんだ!
俺の危機に颯爽と駆けつけたアットムくんが、ニコリと微笑んだ。壮絶な死を遂げたゴミの首を無造作に踏みつけてへし折る。
「君たちは僕が優しくないってこと知ってるよね? 周辺整理はちゃんとしてきたの?」
刺客どもが吠える。
「魔王の狗めぇっ……!」
アットムくん、こっちこっち!
アットムがダッシュで俺の左隣に並ぶ。俺とアットムは指と指を絡ませてガッシリと手を繋いだ。
刺客二人が左右から襲い掛かってくる。だが甘い。アットムが手首をひねって俺を地面に転がした。刺客の攻撃は空を切り、アットムのカウンターに一人が沈んだ。俺はアットムに身を委ねる。ころころと転がった俺がアットムくんの脚にもたれ掛かって吠える。
「退き際を見誤ったな。お前一人に一体何ができる?」
「それお前が言う!?」
ほう。なかなか痛いところを突いてくるじゃねえか。確かに俺はアットムくんにおんぶ抱っこよ。何しても邪魔にしかならねえから何もしないことにしてるのさ。
だが、そんな俺にもお前の心をへし折ることはできるかもな?
俺はギンと目に力を込めた。
幻術・突ク読!
「アッー!」
アッー!
俺の突ク読は、あーだこーだと理屈をこね回して万華鏡写輪眼の月読を無理やり再現した対男キャラ専用のセクハラ幻術だ。ホモには通用しないという欠点はあるが、ノンケなら心の削り合いに持ち込める。
くっ……! 俺は左目を閉じてハァハァと息を荒げる。
片膝を屈した刺客が苦しげに呻く。
「ぐぅっ……まだ…だ……」
トドメを刺そうと前に出ようとするアットムを俺は制した。
おい、三下。随分とがんばるじゃねーか? イタチにやられたカカシ先生は仲間を守るために身体を張ったが、お前は何のために戦ってるんだ? 俄然興味が湧いてきたぜ……。
そしてブーンさんはずっと見学している……。
おい! 動けよ! お前を呼んだ俺がバカみたいだろ!
ブーンはじっと俺を見下ろしている。
! コイツ……!
ブーンが小刻みに跳ねて寄ってくる。首をねじって俺の顔を至近から覗き込む。そして……。
刺客を蹴り飛ばした!
吹っ飛んだゴミが蹴爪に引き裂かれて四散した。
俺は叫ぶ。
「陽動だ! アットム! ヤツが居るぞっ!」
ブーンのこの反応。ここは戦場になる。
言うが早いか刺客が増えた。四方八方から襲い掛かってくる。
アットムが指笛を吹いた。査問会への合図だ。
刺客どもと査問会が衝突した。
ゴミどもは着実に進化している。【敗残兵】の空中殺法は有効な技術だから真似するものが現れる。一定以上の近接職にとっては必修となりつつある。空中で噛み合った刃が互いに弾き合い慣性を制御。くるりと反転して返す刃が再び噛み合った。投射武器が飛び交う。無関係なゴミどもが流れ弾で死んだが、シルシルりんにはカレンちゃんがついてる。
俺は叫んだ。
「セブン!」
「ふん……」
そこか! よく分からんが死ね! 俺は斧をブン投げた。セブンは避けなかった。首に命中。やったぁ。
【ペタタマのレベルが上がった!】
【デサント】【ペタタマ】【Level-5】
アナウンスが邪魔臭ぇ! どけ! それどころじゃねえんだよ!
くそっ、セブン。なんで避けなかった? 何かある。
俺の予感は当たった。
「はははは……」
セブンが笑う。
アナウンスが走る。
【条件を満たしました】
【イベント】【死を分かつもの】【Clear!】
【Class Change!】
【セブン さんがボランティアにクラスチェンジしました!】
どうでもいい。
セブン! テメェの指図か!
居ない。アナウンスに紛れて移動しやがった。
「コタタマ!」
「動くな」
アットムとセブンの声。背後から俺の首筋に鋭利な刃物がピタリと添えられていた。セブン……お前は……。
戦火は拡大の一途を辿っている。ひとたび戦端が開かれれば、もはや種族人間は理由を必要としない。
死に損ないが言う。
「アットム。お前は遅すぎる。対人戦の経験もまだ浅ぇな」
セブン。お前、どうして生きてる? リジェネ破壊はまだ切れてねえぞ。
セブンはしばし沈黙してから、フッと自嘲するように笑った。
「レベル5か……。惜しいな。レベル20以上なら、崖っぷち。お前も三次職になれたかもしれねえ」
俺も?
……そいつはどうかな。
察するにお前が満たした条件ってのは死亡回数だろう。キャラクターロストも絡んでるかもしれねえ。俺はお前ほど頻繁にはくたばってねえ、し……。お前ほど死に急いでもいない!
俺は大きく仰け反ってセブンに頭突きを浴びせた。よろめいたセブンが俺の胸ぐらを掴んで頭突きを返してくる。
「崖っぷち……! 俺はなんで生きてる!? 俺は、なんでクラスチェンジ条件を知ってるんだ!? あ!?」
俺は両足を踏ん張って堪えた。セブンと額を突き合わせて吠える。
知るかよ! お前はここで死ねッ!
魔石を取り出してセブンの腹に押し当てる。至近距離から得意の銭投げを敢行。放たれた魔槍をセブンはあっさりと躱した。アットムが嬌声を上げる。
「コタタマっ、んぅっ……!」
【定めし羽、さえずる声は高らかに】
まるで【NAi】を吟じる歌のようだと思うのは穿ちすぎか? コストアップの魔法環境だ。スキル小強化と魔力の操作鈍化を伴う。
失速したゴミどもにセブンが舌打ちする。種族人間はどこまで行ってもゴミだから、レイド級のように戦いが個人の域に収まることはない。セブンがゴミどもに気を取られた一瞬の隙を突いて俺とアットムが同時に仕掛ける。死ねよやァー!
2.ちびナイ劇場
【あれほど祈りを捧げろと言ったのに】
ちびナイがちびマレを傲然と見下している。
片膝を突いて苦しげに息を荒げるちびマレが言う。
【天使、とは……。ナイ……。あなたは、一体……】
ちびナイはちびマレの言葉を無視した。
【まぁ上出来ですか。ヒューマンにしては】
劇場の幕がシャッと開いた。
燃え盛る炎がステージに灯っている。
その炎にちびナイがゆっくりと歩み寄っていく。
【ナイ〜!】
犬小屋から飛び出したプッチョムッチョがちびナイに組み付く。しかし、たちまち蹴散らされた。ちびナイの周囲に出現した金属片がプッチョムッチョを串刺しにして二人を吹っ飛ばした。
ちびナイが炎に手をかざす。凄絶な微笑を浮かべて言った。
【私は見守るモノ。ですが、それも今日までです】
【NAi】が俺たちに与えた女神の加護はプレイヤーのデスペナルティを免除し死に戻りを簡易化する強力なパッシブスキルだ。
それは、つまり俺たちを死へと駆り立て命の火を効率良く徴収できるということでもある。
命の火を吸収したちびナイが急激に成長していく。
美しい女だった。
神話に例えられるような美貌は、語るほどに陳腐なものになっていく。
薄いカーテンを幾重にも巻き付けたような羽衣の下、【NAi】の胸元に埋まっているガムジェムが禍々しい光を放つ。
アナウンスが走る。
【警告!】
【レイド級ボスモンスター出現!】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【天使】
【ディープロウ】【ナイ】【Level-4080】
これは、とあるVRMMOの物語。
あなたたちには感謝しています。たくさん死んでくれてどうもありがとう。
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