奇跡の代償
死ぬことが恐ろしくはなかった。
俺たちにはモンハンがあるから。
1.エッダ洋-海上
何なら真っ先に死ぬつもりだったのだが、ゴミどもは何故か俺を生かそうとしていた。
理由は分からない。俺の身体が目当てだったのかもしれない。
けどよ……。
ゴミだゴミだと言ってきたけど、俺はお前らのことが嫌いじゃなかったよ。
……ああ、そうか。
俺は、赤の他人を愛せるようになっていたんだな。俺は、ネフィリアの呪縛を知らぬ間に克服していたんだ。
俺たちはここで朽ちる。
だから、せめて何かを残してやりたかった。
大型のゴミが戦っている。
思えば、小型のゴミに対してレイド級の攻撃はどれもがオーバーキルだった。俺たちはあっさりと死ぬことで守られていた。コンフレームだったか。なるほど、効率がいい。
本来であれば母体でレイド級に挑むのは賢い選択とは言えないのだろう。
クソ強力な攻撃魔法を持つポポロンやマールマール、スピンドックが相手だったならあっさりと全滅していた恐れがある。
しかしエッダなら。魔法環境の切り替えという補助的なスキルしか持たないエッダが相手ならば、一度きりの大博打はそう悪い選択ではなかった。
【寄る波、渦巻き、踊る踊る破滅の狂い舞い!】
スキル大強化の魔法環境。
ここぞという場面でしか使ってこなかったエッダの切り札。ハイリスク、ハイリターンの魔法環境だ。
そいつを軸にエッダは短期決戦を仕掛けてきた。押し寄せる快楽の波に抗えず自制を失っているように見えた。
最大限に強化されたスキルがエッダの手数を上回り、海上を滑るように巨体を押し込んでいく。完全変身を遂げたプレイヤーは自爆技の【重撃連打】すら使いこなすことができた。
しかしエッダを圧倒できたのは序盤だけだった。
ゴミが多すぎる。フレンドリーファイアを避けることは不可能だった。
種族人間の限界を越えた回復魔法はほぼ一瞬で母体の傷を修復するが、エネルギーの総量はとめどもなく削り取られていく。
戦力の一角が崩れたのは必然的な出来事だった。
ゴミどもが散っていく。
失われた命は戻らない。戦線の崩壊が始まった。
だが覚悟はとうに終えている。
俺たちが仕掛けた戦いはそういう種類のものだった。
【GunS Guilds Online】
【条件を満たしました】
【新たなスキルが解放されます】
【パンテッラ】
【GumS Gems Online】【Loading……】
【新たなスキルが解放されました!】
【ハードラック】
このゲームの歴史にモブが名を刻んだ。
……正直なところ、俺はセブンとサトゥ氏だけはどうにかして生かして返してやりたかった。
だが、それすらもう……。
急浮上したエッダが、ゴミの中でも一際目障りなセブンの母体を海中に引きずり込んだ。ゴミどもの攻撃を半ば無視してセブンの身体をギリギリと締め付けていく。圧壊したセブンの身体がボロボロと崩れていく。
俺は叫んだ。
【キャラクターデリートしろ!】
ロストする前に自らキャラクターデータを破棄すれば記憶は残る。
だがセブンの返答は素っ気ないものだった。
【無理だ。分かってんだろ】
……分かってはいた。キャラクターデリートには一定の時間を要する。ログアウトと同じだ。戦闘中にキャラデリを完了まで持って行くのは不可能に近い。
セブンは最期に笑った。
【すまなかったな、お前ら……】
ガラにもなく殊勝なことを口にして、セブンの反応が消失した。ミノムシ野郎の残骸が命の灯火を撒き散らして深海に沈んでいく。
2.セブンの遺言
どことも知れない通路をセブンが歩んで行く。
去りゆく背に後悔や無念は微塵も感じられなかった。
仕事を遣り遂げた男の背中だった。
セブンは一度も振り返らなかった。立ち止まることすらなく、自分の生きた証を残すように言葉だけを置いて行く。
「俺は止まんねぇからよ。お前らが止まんねぇ限り、その先に俺は居るぞ。だからよ……」
光の奔流に呑まれていくかのようだ。
その姿が完全に見えなくなる前に、セブンはぽつりと言った。
「止まるんじゃねぇぞ……」
オルガ・イツカ!?
3.エッダ洋-海上
セブンは死んだ。強い男だった。
今、一つの時代が終わりを告げようとしている。
厄介なミノムシ野郎を片付けたエッダが海面を割って歓喜の声を高らかに上げる。
俺たちも負けじと咆哮を上げた。
サトゥ氏がぽつりと呟く。
【セブン。俺もすぐに逝く】
いいや、お前は生きるんだ。
セブンの死は俺たちの心に言い知れない何かを残した。正体の分からない、しかし確実な何かだ。
奇妙な一体感があった。
エッダとの決戦は、次世代へと残すものを選定する段階に差し掛かっていた。
ゴミどもは俺を生かそうとしている。だが、生憎と俺のヘイトコントロールは自分が生き残るための技術ではなかった。
応用はできる。結果的に生き残ることはあるだろう。しかし根本的には違うのだ。
サトゥ氏が無職になっていたのは不幸中の幸いというやつだった。【スライドリード(速い)】を使えないサトゥ氏はエッダにとって無視しても良い雑魚であり、他に優先して殺しておきたいゴミは幾らでも居た。
そして、光栄にも俺はエッダの標的リストにギリギリで滑り込むことができたらしい。
決戦は十時間にも及んだ。
沈みゆく夕日が、海面にぷかりと浮かんだエッダの巨体を赤く照らしている。
プレイヤー側の残存兵力は二割を切っていた。
エッダには高い自然治癒力が備わっているが、体力が尽きたならその限りではない。エッダ水道から引き離したのは正解だった。
死にゆくエッダが断末魔のように青い波を放つ……。
【声なく、枯れて、あの海、青く……遠く……】
八つ目の魔法環境。
かろうじて海面に立っていたゴミどもが片膝を付く。脱力感が蔓延していく。
継続疲労。これがエッダの最後の切り札か。だが継続疲労というだけなら、最後の最後まで温存した理由がない。他にも何か効果があるのだろうが、俺たちに検証の余力は残されていなかった。
直後、聞き覚えのない音声が俺たちの脳髄に割り込んでくる。
【この俺を楽しませた褒美だ……。力をくれてやる】
エッダ、なのか?
【だが……俺の力は地べたを這いずることしかできない不細工どもや、空の下を飛ぶしか能のない臆病者とはワケが違うぞ……?】
沖の波に身を委ね、ゆらゆらと揺れているエッダが身を震わせて低く笑う。
【いずれ後悔することになるだろうが……精々足掻くことだな……豆粒どもよ】
その言葉を最後に、エッダの目から力が失われていく。
アナウンスが走った。
【GunS Guilds Online】
【条件を満たしました】
【新たな魔法が解放されます】
【エッダ】
【GumS Gems Online】【Loading……】
【新たな魔法が解放されました……】
【八ツ墓】
クッ。海上にぷかりと浮かんでいる俺は笑った。クソ不吉なスキル名しやがって。
まぁそうだろうな。ヤバいスキルだってのは分かってるよ。ありとあらゆるバフとデバフを一緒くたにして詰め込んだような魔法だ。やろうと思えば幾らでも周りの足を引っ張れるだろうさ。
でも……信じていいんだろ?
俺は自壊が始まった触手を伸ばしてサトゥ氏に目を向ける。
俺の触手をぎゅっと握ったサトゥ氏が俺の意を汲んだように頷く。少し手に力を込めただけで、俺の触手はボロボロと崩れていった。サトゥ氏が取り乱して触手の残骸を掻き集めようとする。
【ああっ……ああ……! ま、待て! 今、回復魔法を……! だ、誰か……】
無駄だ。【心身燃焼】はそういうスキルじゃない。エネルギーが枯渇した母体を蘇らせる力はない。
……戦ってる最中、各方面から俺を心配するささやきが入ったが、返信する余裕がなくて全部無視しちまった。悪いことしたな。ウチの子たちにも……。
俺はゆっくりとまぶたを閉じていく。
そして歯列をギラつかせた。
成った……! 引退偽装……!
……完璧だ。考えうる限り最高の形で俺は仕事をこなした。
ゴミどもは記憶を失う。エンドフレームを戦場に大量投入する作戦は再現が可能だから、クソ運営は手出しできない。さしもの鬼畜ナビゲーター【NAi】も、これだけ大量に殺してやればあからさまな真似はできまい。
くくくくっ……。まぁ記憶を失うのは痛いが……。俺のレベル上げを阻害するこの疫病神みたいな目と引き換えにできるならそう悪くはない。
そうさ。俺はずっとこの機会を待っていた。
アビリティは精神の才能だ。俺と同じクソのようなゴミスキルしか世に為せないゴミは全員死ねばいい。そうすれば多少は暮らしやすい世界になるだろう。
くくくくっ、ふはははははは……。
……言ったろ? 誰もやらないから俺がやるとな。
この俺がゴミどもを管理し、心優しいプレイヤーたちを大切に柵で囲って理想のネトゲーライフを実現するんだ。
俺は新世界の神になる……!
俺は、カッと目を見開いてコテリと死んだ。
【こ、コタタマ氏ぃー!】
4.???
……何だ? 俺は死んだ筈。ここは……どこだ?
白い天井。白い壁。
身体が動かない。ベッド?に寝かせられている。病院で患者を乗せて運ぶストレッチャーかもしれない。ゴロゴロとタイヤが回るような音がして、俺の目に映る景色が後方へと流れていく。
誰かの声がした。
「完全ロストだ」
この声。クァトロくんか? 確認したかったが、指一本動かせそうにない。
クァトロくんらしき人物が誰かに話し掛けている。
「……分かってるだろうけど、これは完全にルール違反だ。また繰り返すのか?」
返答はない。
俺は手術室のような部屋に連れ込まれた。
天井に備え付けられた無影灯が点灯する。目に刺すような強い明かりが俺を照らした。
諦めたような溜息が聞こえた。
「……そう。君には僕らのルールなんて関係ないよね。今回もやっぱりダメなのかな……」
暗転。
俺の視界が閉ざされ、俺の手に何か温かなものが触れてくる。
「ニン、ゲン」
5.エッダ水道-【提灯あんこう】秘密基地-居間
俺の聞き取り調査を終えたネフィリアが総評を述べた。
「記憶の混濁が見られるな」
浜辺に転がっていた俺を回収してくれたらしい。
どうにも記憶があやふやなのだが、完全変身してエッダに決戦を挑んだ俺たちは奇跡的に犠牲者を一人も出すことなく勝利を収めた、らしい。
マジかよ。凄ぇな。俺は他人事のように思った。限界ギリギリまで母体を酷使した影響なのか、記憶の細部に抜けがある。
正直、全滅すらあり得ると踏んでたんだが……。思ったよりもエンドフレームは強かったってことか。しかし何か……腑に落ちないものがあるな……。もしかして【NAi】に何かされたのか?
いずれにせよ、俺の引退偽装計画は水の泡か。くそっ、エッダも案外不甲斐ねぇな……。次の機会を待つしかねえ、か。
思い悩む俺に、ネフィリアが人差し指を突き付けてくる。
「言っておくが、次はないぞ。しばらく安静にしておくことだな。おそらくお前たちは母体を維持できる限界近くまで力を使った。そして妙なのはハードラックだ……。スキルが解放されておきながら犠牲者が居ないとはどういうことだ?……コタタマ。本当に身体に異常はないのか?」
ねえな。見ての通りピンピンしてるぜ。
おや、頭の中に光点が灯った。クソ虫さんがこっちに近付いてくる。
おお、よしよし。俺は居間に遊びに来たクソ虫さんを歓迎した。ちょこちょこと寄ってくるクソ虫さんを抱き上げて頬ずりをしてやっていると、ネフィリアが疑惑の眼差しを俺に向けてきた。
「……お前、【ギルド】とそんなに仲が良かったか?」
はぁ? 前からこんなもんだよ。俺ぁ別に【ギルド】と敵対するつもりはねえんだ。
むしろ味方だと思っている。
ね? 可愛らしく首を傾げて同意を求めると、クソ虫さんは嬉しそうにモノアイを点滅させた。
これは、とあるVRMMOの物語。
何をされたんです?
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