紅蓮の天秤ガチャ事件
1.エッダ水道-最深部
エッダとの戦いは熾烈を極めた。
誰も彼もがセブンのように上手くはやれない。いや、ヤツが異常なのだ。
エッダは魔力を読む。
こちらが人間爆弾を投下しようとすれば対抗魔法の環境を敷き、攻勢に転じようとすれば蘇生を封じてくる。蘇生不可の魔法環境は治癒力向上を伴うため休息に充てれば理想なのだが、そう簡単な話ではない。女神の加護が停止すればテンポが狂うし、エッダのタコ足にも注意を払わねばならない。
岸に這い上がったエッダがタコ足を振るうたびに少なくないプレイヤーが薙ぎ払われ、倒れていく。
少しでもリスクを分散するために俺たちは地底湖をぐるりと囲うように隊列を組んでいる。
「弓、構えぇ! 撃てぇ!」
四方八方から放たれた矢群がエッダに殺到する。エッダが青い波を放つ。
【定めし羽、さえずる声は高らかに】
波に洗われた半数近くの矢が勢いを失って脱落する。負荷に耐え切れずにへし折れ、標的まで届かずに水中に没した。強制的に魔力を引きずり出された弓職の連中が苦しげに片膝を屈しマナ欠乏に喘ぐ。
スキルを使わなければいいという問題ではない。レイド戦は例外なくタイムアタックという側面を持つ。そしてエッダが生物というカテゴリーに属する以上、時間経過と共に自然治癒が働く。
ぶるりと巨体を震わせたエッダが体表に突き刺さった矢を振り払って跳躍した。傷口から零れ落ちた魔石がばらばらと降る。
リチェットが叫んだ。
「ショック体制! 掴まれぇー!」
タコ足をバッと広げたエッダが湖に着水する。轟音と共に膨大な量の海水が巻き上がる。屹立した水柱の高さは広大な洞窟の天井に達するほどだった。
押し寄せた大量の海水がプレイヤーたちを頭まで呑み込み、攫っていく。犠牲者の多くはレベルが低く、膂力に劣るザコどもだ。無論、俺もその一員に含まれる。あうあうあー!
再浮上したエッダが荒れ狂う湖面を割ってその巨躯を俺たちに晒す。ちっぽけな人間どもをあざ笑うようにタコ足を掲げ、甲高い咆哮を上げる。
Hooooooooooooooooooooo
殺戮を楽しんでいる。そこにはアリの巣を潰す小さな子供のような残酷な無邪気さがあった。
だが俺たちだって負けちゃいない。ルールは把握した。湖に落ちたら、もう復帰は諦めたほうがいい。溺死して湖面にぷかっと浮かんだ俺はすかさず通常の死に戻りを選択。ダッシュで死に戻りして戦線に復帰する。
一進一退の攻防が続く。
レイド戦においてはクソの役に立たないと判明したアビリティを持つセブンの活躍が目覚ましい。魔法環境の変化を物ともせずにエッダに打撃を与えていく。蚊トンボのように纏わりつくロン毛をエッダはしばしば直々に相手をしてやらなければならなかった。タコ足でぺんっと叩かれた蚊トンボが落ちる。
エッダから産出された魔石を材料に鍛冶屋が弓職の弾を供給する。
命の火を撒き散らして復活したセブンが、そこら辺に適当にバラ撒かれた投射武器を素早く回収して笑う。
「はははァ! エッダぁ! 楽しいぞッ!」
弓矢を始めとする投擲武器を扱うガンナーは、地形に応じた立ち回りやモンスターごとに異なる特性の理解を求められる上級者向けの職種だ。もっともそれはモンハンの話……。
このゲームにおける弓職は、邪魔なゴミを逸早く始末する役割を期待される。
目まぐるしく変化する魔法環境について行けず暴走の兆候を見せた人間爆弾さんを、セブンは一切の容赦なく撃ち殺していく。
両手の五指にボルトやら何やらを挟んで持ち、肩を迫り出して猫背になる。ベロリと舌舐めずりして言った。
「イイ感じだ。エンジンが掛かってきた。生きてるって感じだぜぇ。サトゥ、お前はどうだ?」
セブンの横に並んだサトゥ氏が剣を担いで首を傾げる。
「俺はあんまり。やっぱレベル下がってるからキレが悪ぃや」
しかし言葉とは裏腹にサトゥ氏の頭の横に念獣みたいなのが出現した。
強力なアビリティであるほど発動条件は困難なものとなる。コントロール不能な自動発動という特性は、しかし長時間の戦闘を余儀なくされるレイド戦においてはデメリットが少ない。
ブサイクな人形がサトゥ氏の耳元で何やらボソボソと囁いている。虚ろな表情になったサトゥ氏の白目が青白く発光した。ぽつりと呟く。
「はい。幸福は義務です」
ブサイクな人形がきゃっきゃと手を叩いて喜んだ。
俺は何も見なかったことにした。
休憩から戻ってきた部下に指揮を引き継いで通路に引っ込む。どんなに忙しかろうと休憩を疎かにはできない。人間の集中力には限りがある。無理に緊張状態を維持してもコストパフォーマンスの低下を招くだけだ。
壁際に腰を下ろして休んでいると、ポチョとスズキに暗がりに連れ込まれた。何だろう。殺されるのだろうか。
なお、赤カブトさんは午後から参加する予定になっている。明け方まで俺にハイポーションを打っていたのでおねむになったのだ。
ポーションのレシピがバレたからな。値崩れが起きる前にバザーで売り抜けようとしたアンパンくんが居たらしく、俺に打ってやると俺が喜ぶとか妙なことを吹き込まれたらしい。どうやらよほど命が要らないと見える。お陰でとても元気になった俺は、赤カブトさんに朝まで延々と殺してくれと甘く囁く羽目になった。何だってんだよ。遠足前にはしゃぐガキンチョじゃあるまいし。
つまり俺もほとんど徹夜したのだが、俺のリクエストに応えてアダルトバージョンに変身してくれた赤カブトさんがエロかったので俺は元気です。
そしてポチョとスズキもエロいことになっている。エッダが暴れて頭から水を被ったので、服がぴったりと肌に張り付いている。髪から水滴が伝い落ちてぽたぽたと地面に水たまりを作っていく。
胸から尻にかけてのラインをガン見する俺の視線に気が付いた二人の恥じらいの仕草もグッドだ。
さり気なく胸を隠したスズキが言う。
「ね、コタタマ。あ、あんまり見ないで。……コタタマってジョンさんとフレンド登録してたよね?」
これまで半端ロリ半端ロリと心の中で呼んできたが、この劣化ティナンさんは決して幼児体型ではない。腰はくびれているし、小さいなりに均整のとれた女らしい丸みを帯びたラインをしている。
俺は頷いた。リチェットの言う通りだ。あっちでエッダが倒されたのは事実らしい。不安か?
「う、うん。だってどう考えても時間が足りないし……。こらっ、見ないの」
スズキが俺の顔を掴んで横にひねる。ならばと俺はギョロリと目を動かしてポチョをガン見する。
Excellent(素晴らしい)。俺はジョン仕込みの胡散臭い英語でポチョさんを称賛した。
ポチョは地べたにとんび座りして俺をじっと見つめている。この金髪は、自分がどれだけエロい身体つきをしているのかイマイチ自覚していない。……まぁそんなものかもしれない。洋モノは発育がいいって言うからな。黄色いお猿さんの群れでは目を惹くスタイルの良さをしちゃ居るが、海の向こうでは割と平凡なほうなのかもしれない。
スズキがぐぐっと俺の顔をひねる手に力を込めてくる。俺は首をへし折られる前に早口に言った。
【敗残兵】の連中が具体的に何を考えているのかは分からん。だが大まかには予想が付く。エッダは神獣だ。神獣は競争権の特権を持ってる。システムに抗う力だ。そいつを利用して制限時間を伸ばすつもりだろう。前例はないが、そう分の悪い賭けじゃない。何故なら……。
ポチョがハッとして俺の顔をガッと掴んでくる。スズキの手の上から自分の手を重ね、楽しそうに笑う。
「スズキ、ずるい。抜け駆け禁止〜」
スズキもくすぐったそうに笑った。
「もう。そういうのじゃないからっ。真面目な話してるのっ。でも……。私も少し変な気分になってきちゃった、かも」
俺は重大な秘密を打ち明けるように声を潜めて言った。
「何故なら、エッダは性格が悪いからだ」
ジョンもそう言っていた。エッダ攻略の鍵となる言葉だ。
改めて自分で口にして、俺はギクリとした。
性格が悪い……?
俺の脳裏をミギーの言葉が過った。
(シンイチ……悪魔というのを本で調べたが……いちばんそれに近いのはやはり人間だと思うぞ……)
それは、つまりエッダは種族人間と似たり寄ったりの考え方をするということだ。
他人の不幸は蜜の味。
マズい! 【敗残兵】! あのクソ廃人どもはッ……!
金髪ロリが「いっせーの、せ」で俺の首をへし折った。俺は死んだ。
命の火が燃える。即座に復活した俺に、小せえのが濡れそぼった髪を整えながらもじもじして言う。
「も、もう一回する? コタタマがしたいなら……いいよ」
しません!
俺はダッと地を蹴って駆け出した。
くそっ、なんでこんな簡単なことに俺は!
戦線に復帰するなりギョロギョロと目を動かして不審な人影を探る。
【敗残兵】の頭はリチェットだ。俺がリチェットの立場なら真っ先に標的にするのは……!
おっと何やら? 【敗残兵】のメンバーでしょうか……。えっちらおっちらと冷蔵庫など背に担いで。重そうですねぇ。ああ、いけない。足元に気を付けて。落としたら大変だ。それウチの冷蔵庫ですよね? いえいえ。分かりますよ。ほとんど毎日目にしてますからねぇ。
そのウチの大切な冷蔵庫を? なるほど。重いからね。いったん地面に置いて。一息入れて。担ぎ直した。それから?
「そぉいっ!」
ほう、湖に。なるほど。ウチの冷蔵庫をね。湖に。ふむふむ。
俺は大きく深呼吸してから、奇声を上げた。
「ピャアアアアアアアアアアアアアアア!」
自害して即座に通常の死に戻りを選択。
女神像を経由してマールマール鉱山へ移動。
クソ廃人どものクランハウスに乗り込み、家捜しをする。
血は血で贖うしかないのだ。ヤツらの冷蔵庫を湖に沈めてくれるわッ。
だが、クソどもの巣穴はもぬけの殻であった。俺は吠える。
「くそがァッ、すっからかんかいッ!」
ネカマ六人衆。ヤツらだ……!
開戦当初から姿が見えないから妙だと思っていたが、家財一式を抱えて夜逃げしやがったな!
……いや、それだけじゃない。
俺は地団駄を踏んだ。
くそがっ、くそがっ! そういうことか……!
そうかい。リチェット……。本気なんだな。ネカマ六人衆を逃がしたか。弁済するつもりはねえってことだな。
そうかい、そうかい。
俺は二度、三度と頷き、ギラリと眼光を鋭くした。
だったら八つ当たりするしかねえなぁっ!
俺はクソどもの巣穴を飛び出した。
シュバババッとポポロンの森へ移動して人間の里に潜り込む。
そして目に付いたゴミどもの寝ぐらに飛び込んで冷蔵庫をよっこいしょと担いだ。
無論、俺と同じ気持ちを味わって貰うためだ。
何しろ俺らは共闘してるんだ。
ウチだけが損をするのは違うよなァ……。
俺は歯列をギラつかせた。
かくして空前絶後の負の連鎖が幕を開けたのである。
2.紅蓮の天秤ガチャ事件
エッダ水道の最深部は地獄絵図と化した。
怒りと憎しみのバトンリレーが始まったのだ。
やられたからやり返す。
他人の家から無断で課金アイテムを拝借したゴミどもが次から次へと地底湖に冷蔵庫やら何やらを不法投棄していく。
阿鼻叫喚が渦を巻く。
怒号と嗚咽がエッダの寝ぐらを熱く彩り、濡らし、埋め尽くしていく。
エッダそっちのけで種族人間の殺し合いが始まった。
粗大ゴミで地底湖を埋め立てる? いいや、無理だね。回収の見込みがない課金アイテムは自壊して永遠に失われる。
二度と戻らない。
突如として仲間割れを始めたゴミどもに、エッダは大喜びだ。興奮してかぶりつきで観戦を始める。
ああ、そうだろうさ。これほど愉快な見世物はそうそうお目に掛かれねえ。ティナンはお行儀がいいし、モンスターの行動パターンは単調だ。
俺たちくらいさ。エッダ。お前を楽しませてやれるのはな。
エッダが喝采を上げる。
Hoo Hoo Hoo
アナウンスが走る。
【制限時間が更新されました】
【制限時間:03.79.89…88…87…】
エッダが競争権を行使した。
だが、まだだ。まだ足りねえ。もっとだ。
まぁな。プレイヤーだってバカじゃない。制限時間が伸びたことでクソ廃人どもの意図を察したことだろう。
これはエッダに勝つために必要なことなのだと。
だが、それはそれ。
一度始まった負の連鎖は止まらない。どんどん拡大して我先にと人間の里に走る。
当然、リチェットは非難のマトだ。
放っておけば殺されるだろう。
だが、女神の加護……。殺したところでリチェットは何度でも蘇る。
そしてクソ廃人どもが真っ先にウチの冷蔵庫を狙ったのは、この俺を動かすためだ。
俺は頭の中でシミュレートする。
雪降る夜。しゃんしゃんと鈴の音がする。家族の笑いさざめく声が漏れ聞こえる。温かな光が窓に灯っている……。隣の家だ。ウチではない……。
8歳と9歳と10歳のときと、12歳と13歳のときも俺はずっと……待ってた……。
そう、クリスマスプレゼントをな……。
俺はカッと目を見開いた。
複雑な紋様が俺の肌を這い上がり、黒く染めていく。
有りっ丈の憎悪を込めてエッダを睨み付ける。
エッダ。俺は、待ってた。
カードもだ。お前のクリスマス休暇だって待ってた。それなのに、お前はクリスマスプレゼントの替わりにそのタコ足を俺にくれるのか?
どうして俺を愛してくれない……。
手に入らないのならば、いっそ……。
俺は血を吐くような絶叫を上げた。
「エッダを殺せぇええええッ!」
ゴミのようなアビリティ、ハードラックが作動した。
まさにゴミに相応しいスキルだ。
心と心がガッチリと繋がり、命の火に怒りと憎しみの薪がくべられる。
俺は吠えた。
「怒りだ! 憎しみだ! 戦えッ! お前たちの血の渇きが鎮まることはないッ! その機会は永遠に失われた! ならば戦えッ!」
赤カブトを迎えに行ったスズキからささやきが入る。
『こ、コタタマ! ウチが燃えてる! 私たちの家が……!』
うあああああああああああ!
俺はぴんと仰け反って絶叫を上げた。
ふらりと虚脱して、へらりと笑ってゴミどもを順ぐりに見つめる。
「全てを解放しろ……。遣り方が分からねえなら、教えてやるよぉ……」
俺は腹に手を当てて命の火を引き抜いた。サトゥ氏が施してくれた封印術を散らして踏みにじる。
ああ、この感覚。覚えがある。
それは、まるで灼熱の天秤のようだった。決して後には退けないガチャをブン回しているようだった。
回しても回してもお目当てのレアキャラが手元に転がり込んでこない。次こそは、次こそはと願う思いとは裏腹に。焼けるような焦燥感が胸を焦がしていく。
次はない。
ここでエッダを逃したら。俺たちは。一体何のために。
もう、ここで終わっていい。だから、有りっ丈を……。
俺の肉体が膨張していく。腹と背中を突き破って触手が伸びた。
リチェットが叫ぶ。
「こ、コタタマ!」
俺は、ふっと笑ってリチェットを見た。
心配してくれてるのかい?
安心しろ。次はお前らの番だ。
こうなることは計算尽くだったんだろ?
制止の声を振り切って、俺は【扉】を開いた。
3.プライベートルーム
視界一面を赤い輝きが埋め尽くしている。
この部屋に来るのも二度目か。
どうにも……進歩がねえな。
俺は苦笑した。
顔を上げ、見据えた先には怪物が佇んでいる。
プレーリードッグの着ぐるみをチクチクと裁縫していた【目口】がこちらを振り返る。
【力が欲しいか】
欲しいねぇ。
俺に迷いはない。
お前は俺で、俺はお前だ。
だったら分かるだろ。
【敗残兵】は、もう……。
……最後に花を持たせてやりてえ。
そうさ。ここだ。ここしかねぇんだよ。クソ廃人どもがやらかしたのは、引退案件だ。もう後には退けねえ。
人間の里は滅ぶ。俺たちは全てを失う。
それくらいやんなきゃエッダには勝てねえってこった。
だからよ……。
細けぇことはいいんだよ!
力を寄越せ!
【目口】が杭のような歯列を打ち鳴らして笑った。
4.決戦
俺は咆哮を上げた。
Pyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
アナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】【Loading……】
【レイド級クラン出現!】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級クランの討伐】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【デサント】【ペタタマ】【Level-1004】
杭のような歯列から寒々しい呼気を漏らし、俺は巨体を引きずって地底湖に分け入る。
エッダが歓喜の声を上げた。堪らないとばかりに湖面をタコ足で叩く。
Hoooooooooooooooooooooooo
嬉しいか。そうだろうな。
俺は、持てるだけの賭け金を積んだ。
負ければキャラクターロストする。これは、そういう戦いなんだ。
掛かってこいよ。エッダ。俺はここに居る。これが俺だ。
分かるか? エッダ……。
お前は、俺を殺せるんだ。
いや、俺だけじゃないな。
アナウンスが乱舞する。
俺に呼応したゴミどもが次々に変貌を遂げる。
怒りと憎しみを糧に醜悪な化け物へと身を堕としていく。
エッダはもはや俺たちに釘付けだった。
お気に召してくれたようだナ?
Hoo Hoo Hoo Hoooooooooooo
【制限時間が更新されました!】
【制限時間:00.00】
制限時間がメーターを振り切った。
エッダは歓喜に溺れている。
今や立場は逆転した。
レイド級はガムジェムと同化している。
無限の魔力を持つエッダは、たとえ死んでも甦れる。
だから、もはやこの愉快な見世物から目を逸らす必要性が一切なかった。
化け物と化け物。
最終決戦の火蓋が切って落とされる。
これは、とあるVRMMOの物語。
これが……人間……。
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