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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
223/978

モンスターハンター

 1.エッダ水道-最深部


 神獣エッダが難攻不落のレイド級と言われるのは幾つかの理由がある。

 その内の一つが環境の悪さだ。


 女神の加護により復活を遂げた俺は岸を目指してあっぷあっぷと泳ぐ。水を吸った服がクソ重い。いっそ脱ぎ捨てたかったが、回収の目処が立たない。パンイチで戦うのは避けたい。動物と違い自前の毛皮を持たない人間の肌は脆い。簡単に怪我をする。

 ウチの劣化ティナンさんが岸から身を乗り出して俺へと手を差し伸べてくれる。


「コタタマ! こっちこっち!」


 スズキ〜!

 だがエッダが動く。癪に障る甲高い咆哮を上げて透き通った青い波を放射した。


 Hoo Hoo Hoo


 魔法環境の変更。エッダの魔法は避けられる性質のものではない。

 アナウンスが走る。


【寄る辺なく、たゆたう命は……】


 蘇生不可、治癒力向上の魔法環境だ。

 なにっ? 俺はびびった。序盤は魔法を温存するという読みがあった。その読みを覆された。

 学校マップで見せたから、もう隠す理由はないってことかよ?

 一時的なものではあるが、女神の加護が封じられた。

 エッダは八つの魔法環境を自在に変更する……と言われている。二度の交戦で確認されたのは七つだけなのだ。

 しかしEight-Order……。暗示は八つの試練。八つ目の魔法環境がないということはあるまい。最後の一つはエッダの切り札なのかもしれない。もしくは種族人間に使うには適さない。そんなところだろう。

 湖面を割ってエッダのタコ足が高々と掲げられる。俺は叫んだ。スズキ! 下がれ! 俺はいい!

 エッダが湖面にタコ足を叩き付けた。

 水柱が立ち、地底湖が渦を巻く。エッダが笑う。


 GuGu Guggu……


 接待プレイはナシってことだ。俺たちを気分良く戦わせてくれる気がまったくない。

 湖に引き込まれたプレイヤーが渦に呑まれて溺れ死ぬ。もちろん俺も一緒だ。


「コタタマー!」


 くそがっ。エッダめ。性格悪すぎだろ。世間じゃモンハンで賑わってるってのに俺らは無理ゲーかよ。

 この時点でプレイヤーたちは分断を余儀なくされた。

 岸に残ってエッダと戦う主力部隊と湖に引き込まれた水死隊だ。つまり俺たちは何の力にもなれない。力なく水中を漂い、地底湖から海に流される。ぷかっと海面に浮かんだ。

 蘇生不可の魔法環境が生きている限り、俺たち水死隊は復活できない。いや、それならまだいい。俺たちは囮として有効に働けているということだからだ。しかしエッダは戦域を離脱した俺たちを歯牙にも掛けない。


【消えゆく定め、命の灯火……】


 魔法環境が切り替わった。

 リジェネ破壊の魔法環境は、レイド戦下においてエッダにデメリットがない。いや、あるのかもしれないが判明していないだけで、無視できる程度のものなのだろう。だからエッダはリジェネ破壊を魔法環境のリセットに用いる。状況によってはもう一つのデメリットが少ない魔法環境を張るようだ。

 命の火が燃える。

 復活した俺たち水死隊はあっぷあっぷと海面から顔を出してもるもると作戦を練る。


「もるっ」

「もるるっ?」


 もるあっ。

 俺たちは一斉に自害した。

 泳いで地底湖に戻るのは無理だ。死に戻りしたほうが早い。

 ダッシュで死に戻りした俺たちはタコさんを振り切って戦線に復帰した。

 魔力を感知できるエッダは目まぐるしく青い波を放射して魔法環境を切り替えてくる。


【沸き立つ命、遠けし定めは……】


 射程延長、操作難化の魔法環境だ。

 魔力のコントロールが困難になり、射程が引き上げられる。

【心身燃焼】の誤射を招いたエッダが歓喜の声を上げる。


 Hoooooooooo


 結論はとうに出ている。エッダの魔法はプレイヤーに大縄跳びを強要するスキルだ。

 誤射を恐れて萎縮したなら、俺たちに勝ち目は万に一つもなくなる。

 そうはさせじとリチェットが叫ぶ。


「ミスは取り返せ! 加護に頼るな! ヒーラーはヒーラーのッマジはマジの仕事をしろッ! 普段やってないことなどできるものかッ! 貫き通せぇー!」


 いい指揮官だ。

 リチェット……。お前は総合力じゃサトゥ氏に劣る。それは歴然とした事実だ。でも、それが全てじゃないよな?

 エッダが暴れるたびに大量の海水が押し寄せる。しぶとく生き残るプレイヤーは誰も彼もがズブ濡れで、濡れそぼった服がぴったりと肌に張り付いている。

 悪いことばかりじゃない。

 俺はムラムラとしてきた。

 そんな俺に冷や水を浴びせるように青い波が走る。


【定めし羽、さえずる声は高らかに】


 すかさずリチェットが叫ぶ。


「撃ち方、やめぇー!」


 スキル小強化、コストアップ、操作鈍化。

 この魔法環境はプレイヤーにとってのメリットが少ない。スキルの強化は少なく、魔力の消費が増え、コントロールが鉛のように鈍る、らしい。俺は生産職なので、操作難化と鈍化が具体的にどう違うのか分からない。しかし体感でハッキリと異なるものであるらしい。

 一時の静寂。

 プレイヤーとエッダが睨み合う。

 それでいいのかとエッダが笑う。時間は限られているぞ、と。

 いいのさ。俺も笑う。

 静寂を打ち破るようにアナウンスが走る。


【警告!】

【強制執行】

【異教徒の粛清】


 天下分け目の決戦だろうと何だろうと、種族人間は同士討ちを避けられない。これはゲームで、キャラクターを操るユーザーの身の安全は保障されているからだ。

 だから対策は練ってある。


 暴走した聖騎士を、セブン麾下の弓部隊がたちまちハリネズミにする。全身に矢を生やしながらもふらふらと魔法使い部隊に歩み寄る聖騎士の首をポチョが刎ねた。

 

 このゲームの弓職は、他のネトゲーのように魔法使いに匹敵する火力など持たない。

 己の存在価値に悩むプレイヤーも居たことだろう。しかし道は示された。

 このゲームにおいて、弓職は邪魔なゴミを射殺すために居る。


「コタタマ!」


 駆け寄ってきたポチョとスズキを、俺はぎゅっと抱き締めた。愛してるぜ、お前ら。


「えっ」


 素っ頓狂な声を上げた二人を捨て置いて、俺は叫ぶ。


「セブン! 前に出ろ! 弓部隊の指揮は俺がとる!」


 俺が適任だ。俺は目がいい。殺す殺さないの判断を一瞬で下せる自信がある。そして俺の可愛い部下どもにも同じことができるだろう。


「査問会! 来い!」


 ゴミどもがざわついた。


「こ、コタタマシリーズ……!」


 俺に扮した査問会の連中が弓部隊につく。

 俺はベロリと舌舐めずりした。

 さて、ここまではおおよそ想定通り……。ここからは伸るか反るかだ。

 セブンが前に出る。

 エッダの正面に立ち、黒コートをバサッと翻した。

 エッダが立て続けに青い波を放つ。


【波間に揺れる、花は珊瑚、火に似て……】

 コストダウン、操作難化。


【血は濁り鉄は鈍る。果てる命、咲く命】

 スキル強化、操作鈍化。


 だがセブンには通用しない。

 魔力の消費が少なく済むなら有り難く【スライドリード(射撃)】を連打すればいい。

 スキル強化に至ってはメリットしかない。

 異次元のセンスだ。セブン……。

 この男にとって魔力の操作が難しくなることや鈍ることはちょっとした余興に過ぎなかった。

 黒コートのロン毛が渦を巻き、わらわらと立ち昇る。小さく笑った。


「ふふ、ははははは……」


 狂気が揺れる。熟した果実がそうなるように。たわみ、弾ける。


「ははははははは!」


 だが、しょせんはゴミである。イラついたエッダがタコ足を一閃し、セブンは木っ端微塵になった。

 いや、まだだ! セブンには認識阻害のアビリティがある!

 しかし、やはりレイド級には大した効果がないらしい。エッダは一瞬キョトンとしてからすぐに戦闘態勢に戻った。

 ……使えねえなぁ。

 まぁいい。いいさ。

 パターンに入った。その実感があった。

 判明しているだけでも、あと一つ。エッダにはスキル大強化の魔法環境がある。

 しかしあれはここぞという場面でしか使ってこない。ハイリスク、ハイリターンの魔法環境だからだ。

 ローテーションの態勢が整った。その実感がある。ネトゲー特有の感覚だ。

 残る問題は時間ということになる。

 まぁそれはリチェットに何か策があるようだからな。いずれにせよ……。

 俺は歯列をギラつかせた。


「さっさとケリを付けてやるよ。そしたらモンハンだ」


 俺はモンハンをやりたかった。




 これは、とあるVRMMOの物語。

 モンハン恐るべし……。



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