牛くんカエルくん
1.ポポロンの森-人間の里
種族人間が暮らすクランハウスの密集地、人間の里はポポロンの森の外縁部にある。
女神像に程近く、またポポロンの眷属の生息域が深部から最深部に密集しているためだ。これはおそらくポポロンの子供が生まれたことと無関係ではない。あまり素早くは動けないモンスターなので、密集することで足の遅さを補っているのだろう。あるいは【ギルド】対策の一環として外縁部に住み着いた種族人間を利用するつもりなのかもしれない。
着ぐるみ部隊の出来損ないみたいになった俺たちは心ないゴミどもから「パチモン」だの「違法ブランド」だのと罵られながら人間の里を横断し、つーか俺だけ風当たり強くない? さっきから嫌がらせのゴミスキルがバンバン飛んでくる。俺がぶんぶんと角を振って威嚇すると、ゴミどもは蜘蛛の子を散らすように素早く撤退して物陰に身を潜めた。訓練された動きだった。
くそっ、ガチかよ。俺は悪態を吐いた。
クリスマスを境に俺はゴミどもからガチで警戒されるようになってしまった。この俺が【ギルド】の幹部であり、人間のふりをして国内サーバーに潜入した指揮官であるという噂がまことしやかに囁かれているのだ。機械化して巨大化した挙句に黒い雪を撒き散らかして山岳都市を一時的に封鎖に追い込んだのは少しマズかったな。しかし、だからといってラム子を売るのは俺の流儀じゃない。BBS戦士のニジゲンくんが火消しに奔走してくれているが、鎮火までは今しばらくの猶予を要するだろう。
俺は物陰に身を潜めたゴミどもを睨み付ける。
熊の着ぐるみを被った赤カブトがむっとして俺にゴミスキルをぶつけてきた。何しやがる。俺が振り返って不満の声を上げると、ウチのくまさんは急に上機嫌になった。ニコッと笑い、
「別に〜。早く行こっ」
……?
ダメだ。もはや俺の理解を越えている。一体俺の何が赤カブトの機嫌を損ね、そしてお気に召したのかがさっぱり分からなかった。
一方、ヘソ出し女ことトドマッつぁんはゴミどもを叱っていた。
「こらー! もるるっ……! いじめるの、良くない!」
ゴミどもは反省するふりをした。表情を隠してニヤッと笑う。内心嬉しくて仕方ないのだろう。美女に叱られるというのは、リアルでは一生を通じて一度あるかどうかというレアなイベントだ。ゴツい男教師にゲンコツを食らって過ごした学生時代の思い出を。無益に過ごして失われた青春時代を、ゴミどもは塗り変えようとしている。不遇のリアルを過ごす非リア充にとって人生の編集機能は生まれながらに備わる唯一の救いだった。それを一言で表すなら妄想ということになる。
ともあれ、モブに構っていては話が先に進まない。はしゃぐモブを半ば無視して俺たちは集会場へと向かう。
野良人間たちの集会場は人間の里の片隅にあった。人通りが少ない里と森の境目だ。
集会と言うよりは親戚で集まった飲み会のような雰囲気だ。なるほど。これは確かに部外者を連れて来ても浮くだけだな。
しかし赤カブトにひるんだ様子はない。
「可愛いっ」
種々様々な着ぐるみに瞳を輝かせてヘソ出し女と一緒に近寄っていく。俺も付いていくが、途中で少し気になるものが目に止まった。
おや、何やら見慣れぬ緑色したのが混ざっているね。緑色の動物なんて居たかなぁ。ほ乳類の先祖は夜間にしか活動しなかったから葉っぱに色を合わせる必要がなくて緑の色素を持たないって聞いたことあるけどなぁ。
少し離れたところに座っている不審な緑に、俺は挨拶を装って接近する。ツラを拝んでやろうとひょいと身を乗り出し、なるほどと唸らされた。
ん、カエルかぁ。
サトゥ氏であった。
牛さんに扮した俺とカエルくんに扮したサトゥ氏の目が合う。
俺の脳裏に幾通りかの殺害計画が持ち上がっては消えていく。殺すのは簡単だが、この場でコイツを消したところで根本的な解決にはならない。リチェットに告げ口を……。いや、それは俺も危うい。ここは協調するしかない。
俺はニコッと笑った。
サトゥ氏もニコッと笑った。
俺はサトゥ氏の隣に座って天気の話をした。
「いいお日柄で」
「ええ。よく晴れて」
俺たちはクソどうでもいい世間話に花を咲かせていく。
互いに考えていることは同じだろう。目の前のコイツが邪魔だ。人の善意を信じるマナー厨どもを騙すのは簡単だが、コイツは一筋縄では行かない。下手に動けば論理の隙を突かれてマナー厨どもを掌握されかねない。同じことをすれば反撃に出ることは可能だろうが、マナー厨どもだってバカじゃない。二度も三度も同じことが続けば警戒を強めるだろう。やはり事故に見せ掛けて殺すしか……。いや、ダメだ。女神像が近すぎる。すぐに死に戻りしてくるだろう。それでは何の意味もない。
「ジャムがペットを飼いたがっててさ」
「そうか。何か別の条件があるのかもな」
俺はそれとなく斧を担いだ。
ぴくっと反応したサトゥ氏がさり気なく剣の柄に手を置く。
俺は表向き笑顔のまま、胸中で舌打ちした。ちっ、コイツやはり俺を邪魔者と見なしてる。どうする? このままじゃ埒が明かねえ。くっ、半々で手を打つしかねえか。
だがサトゥ氏には別の考えがあるようだった。
「でもペットを飼うってのは簡単なことじゃないからな。飼い主との相性の問題もある」
……なるほど。この場はひとまず結論を先送りする、か。相性の問題。つまり最終的に俺とサトゥ氏のどちらを選ぶのかはマナー厨ども次第ということだ。
無論、リスクはある。しかし総取りのチャンスも生まれる。悪くない。
俺はニコリと笑った。
「そうだな。何も焦ることはない」
サトゥ氏もにっこり。
俺たちは合意に達した。
まずはマナー厨どもを堕とす。
どちらかともなく立ち上がり、ぱしっと手を叩き合う。
「上手くやれよ?」
「そっちもな」
俺たちは野良人間たちの輪に加わった。
2.山の民の集会
トドマッつぁんが集会の音頭を取るようだ。
「えー。では集会を始める。各班の班長は報告を……」
その前にちょっといいか? 俺は挙手した。
「もるっ。いいぞ」
うん。俺は一つ頷いてトドマッつぁんの横に立った。ひとまず自己紹介からだな。
俺はペタタマだ。トドマッの許嫁ということもあって今回は無理を言って集会に参加させて貰った。そして俺は……お前らの嫌うマナー違反者の代表格ということになるだろう。俺はニヤリと笑った。つまりこの俺を説き伏せることができたなら、お前らは悲願成就に大きく近付けるということになるな。
くくくくっ……。まぁもしもできたら、の話ではあるがね。
俺の挑発にマナー厨どもはあっさりと乗ってきた。
「もるぁっ……! 知ってるんだぞ! お前、ポチョとかいう女に哺乳瓶で人肌に温めたミルクを飲ませてるだろ!」
な、何の話だ? 俺は動揺した。
「俺も知ってるぞ! スズキとかいう女の子に甘えて一日中過ごしてたんだってな!」
ま、待て待て。待てよ! その話は関係ないだろ! お、俺のプライベートを暴露してどうしようってんだ!? いやっ、デマだ! お、おおお俺を動揺させることが狙いだッ!
そうさ。俺はドキドキと高鳴る心臓の鼓動を鎮めていく。落ち着け。バレる筈がない。ハッタリだ。バレる筈が……。
俺はギョロリと目を動かしてギクリとした。ヘソ出し女がこちらをじっと見つめている。知らない間に俺の部屋に住んでいた女だ。ログイン時間が合わないから俺は同居人の存在に気付かなかった。ログインした後はいつも居間に降りるということもある。しかしログイン時ログアウト時のプレイヤーは無防備になる。偶然にしては出来すぎている。では偶然じゃないとしたら。あの女が俺の観察に徹していたとしたら……。
不可能ではない。
OK。俺の負けだ。俺は観念して両手を上げた。お前らは俺が思うよりもしたたかで、たくましい。どうやら俺も年貢の納め時らしい。これから心を入れ替えて生きるとしよう。
俺の敗北宣言に、野良人間どもはわっと歓声を上げた。
悪徳プレイヤーの弱みを握って脅す。それがコイツらの結論、か。へっ、マナー厨とバカにしてたが、なかなかどうして図太くなったじゃねえか。それでいいんだ。マナーを守らねえゴミに手段なんざ選んでやるこたぁねえ。自ら正当性を手放すのが悪の弱点だ。そこを突くことを覚えたコイツらは強くなるぞ。
だが、今は……。
まだ、真の邪悪に対抗できるほどじゃない。だから……。
ここは俺が引き受けてやるさ。
俺は、喝采を上げる野良人間たちの中、ぽつりと喧騒の空白地帯に居る男を見る。
サトゥ氏だ。地べたに座り、地面の一点をじっと見つめている。すっと顔を上げたサトゥ氏が、ぽつりと言う。
「本当にそうかなぁ?」
その声は、抱き合って喜ぶ野良人間たちに冷や水を浴びせるようによく響いた。
無秩序に暴れ回るネトゲーマーを制し、支配下に置いてきた男の声だ。この俺でも同じことができるかどうか……。トップクランに所属しゴミどもを牽引することでしか身に付かない技術というものはある。
強いことと正しいことは必ずしも一致しない。真の邪悪とは、正義すら利用する。ルールとは強さであり、有効性だ。
群れなすほ乳類の中、一人だけ緑の色素を生まれ持つ両生類の異端が際立つ。水掻きがついた手のひらを胸の高さに水平に持ち上げ、
「確かに脅しは有効だ。けど、それはプレイヤーの善意を信じるというあなたたちの主義に反することでもある。それなら、あなたたちのこれまでやって来たことは何だったんだ?」
すかさず俺は反論した。
サトゥ氏。それは違う。1か0という二元論は現実的じゃない。どこかで妥協しなくちゃならない。これまでのコイツらは理想を追い求めるあまり、善良な中立派を切り捨ててきた。それは性急すぎるんだ。多くの人間は大きな変化を望まない。しかしほんの少しの変化なら、それくらいならやってもいいかなと感じる人間は居る。彼らもまた正しい人間だ。少し臆病なだけで。
「それは目先の利に囚われただけだ。少なくとも俺にはそうとしか思えない。俺はあなたたちと触れ合うことで他のプレイヤーが感化されることを期待していたが……。まさか逆の結果になるとはね。人間の里に連れてきたのは失敗だったかもしれない……」
そう独りごちるように告げて、サトゥ氏はさっと立ち上がる。野良人間たちの顔を一人ずつ順に見据え、
「脅すのはアリなのか? じゃあどこからどこまでは許されるんだ? 勝つことが正しいと言うなら、あなたたちは遠からず分裂するぞ。何が正義かなんて誰にも分からない。それは人類が有史以来ずっと問われ続けて、そして未だに結論が出ない分野の問題だ。おそらく明確な答えなんてものはない」
サトゥ氏〜……!
俺はギリッと歯噛みしてサトゥ氏を弾劾した。バッとサトゥ氏を指差し、
「お前はコイツらを利用するつもりなんだろうッ! コイツらを味方に付ければ、お前の【敗残兵】は正しいってことになるよなァ!? そうやってお前は善意を利用して……! だからコイツらが妥協を知るのはお前にとって都合が悪いんだ! 違うか!?」
サトゥ氏は動揺した。
「それは……そうかもしれない。俺も言われるまで自覚していなかったが……。頭のどこかでそういう計算が働いていた、というのは否定しきれない。それは……多分、俺が自然回帰派の主張をしょせんは理想論だと見下してる面があるからだ……」
サトゥ氏……。
俺は急に弱気になったサトゥ氏に歩み寄って、両肩をぐっと掴んだ。項垂れるサトゥ氏を一度強く揺さぶって顔を上げさせる。
「サトゥ氏。人間ってそういうものなんじゃないか……? 何が正しくて何が間違ってるかなんて誰にも分からない。過ちを犯すことだってある。でも、だからこそ少しずつ……。一歩ずつでも歩み寄っていくことが大切なんだ。事実お前は今、自分の過ちに気が付いたじゃないか。あるいはお前はコイツらを利用するつもりだったかもしれない。しかし実行に移す前に踏みとどまることができた。チャンスに気が付いて掴み取ることができた。それはとても幸運なことだ。だったら、その幸運を生かしてやらなくちゃよ……。そうだろ?」
サトゥ氏の頬を一雫の涙が伝う。涙腺のコントロールはトップクランの幹部ともなれば当たり前のように備えている必須技能だ。ハッとしたサトゥ氏が頬を伝った涙を手の甲で拭って照れ臭そうに笑う。
「あれ、おかしいな……? 変だよな、俺に泣く資格なんて……」
サトゥ氏が零した涙に、トドマッつぁんが心を動かされた。俺とサトゥ氏の肩にガッと腕を回し、
「もるぁっ……! お前たちの気持ち、よく分かった! 焦るの、良くない! 私たち、みんなでよく相談する! もるるっ……!」
トドマッ……!
俺たちは肩を抱き合ってわんわんと泣いた。
山の民には、俺とサトゥ氏に対してどこかよそよそしさがあった。それも、ついさっきまでの話だ。
本心を晒し、ぶつかり合うことでしか本当の信頼を得ることはできないのだ。
車座になって人間の里での出来事を報告する山の民たちに、もう俺たちへのよそよそしさは見られない。身内として扱ってくれている。それがこんなにもありがたい。
俺とサトゥ氏は持ち前の話術を駆使して山の民たちの話を膨らまし、盛り上げていく。
山の民も俺たちに触発されて、積極的に発言してくる。手厳しい意見を浴びせることもあったが、俺とサトゥ氏の真剣さは伝わったと思う。かくして集会は大成功に終わったのだ。
俺とサトゥ氏は次回の集会にも是非にと請われ、タイミングが合えば積極的に参加する旨を告げた。山の民と一人ずつ固い抱擁を交わして帰途につく。
赤カブトは、色々なペット候補を見れて大満足の様子だった。
「ペタさんっ。みんな可愛かったね!」
ああ。
俺は一つ頷き、そして胸中でこう付け加えた。
可愛いもんさ。チョロすぎて、少し物足りないくらいだ……。
俺とサトゥ氏は歯列をギラつかせた。
これは、とあるVRMMOの物語。
魔族が二人……。
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