ペットショップ
1.クランハウス-ログイン
ログインするなり、俺の部屋に普通にブーンが立っていた。
俺はびくっとした。
……窓は開いてない。鍵も閉まっている。
玄関から入ってきて廊下を歩いて階段を登ってドアを開けて俺の部屋に入ったのか……。完全に俺をタゲってやがる。ノンアクティブめ。
だが、この俺がいつも大人しく死ぬと思ってるならそいつは大きな間違いだぜ?
俺はむくりとベッドから起き上がって部屋を出る。ブーンがトコトコと付いてくる。ちょっとしたテイマー気分だ。大丈夫か? お前、階段降りられるか? 無理だった。身体がデカすぎるのだ。ころころと階段を転がり落ちたブーンがぼてっと廊下に転がる。俺はブーンを抱き起こそうとするが、このクソ鳥重すぎる。鳥って軽量化を追求した結果、骨がスカスカなんじゃねえの? こんな重量物がどうやって空を飛んでるんだ。モンスターの生態には謎が多い。
仕方なく俺は通路に横たわるブーンを転がしてやって居間に移動した。ブーンが床でもぞもぞと身体を左右にねじってぴょこっと立ち上がる。ほう、器用なもんじゃねえか。
キッチンのほうから赤カブトの鼻歌が聞こえてくる。ウチはメシ当番をメンバーでローテしている。そのほうが経済的だし時間だって節約できる。まったり派の生活の知恵というやつだ。ガチ勢の攻略組なんかは専属のメシ屋を抱えていることが多いな。
俺はブーンを連れてキッチンにひょっこりと顔を出した。
エプロンを身に付けたミニスカローブが味噌汁をお玉でかき混ぜている。よほど人生が楽しいらしく、上機嫌に身体を左右に揺らして尻を振っている。うんうん。俺はとても優しい心持ちになって後ろから赤カブトを抱き締めてやった。ママとして娘の発育具合をキッチリとチェックしてやらねえとな。
特別足音を忍ばせたりはしなかったので、赤カブトは俺の接近に気が付いていた筈だ。俺の腕の中で頬を赤らめて弱々しく抵抗する。
「や、やだっ。ペタさんったら。も〜」
赤カブトの片手が導火線を火が伝うように瞬時に換装した。火花を散らして突き出された手刀が俺の胸をブチ抜く。
ウチの赤カブトさんは変身できるタイプの種族なので、俺らゴミと違ってハイフレームという第二形態を持っている。ほぼ無条件で使いこなしているように見えるのは、俺というゴミを始末するためにしか実力を発揮できないという【戒律】を組んだからだろう。力を捨てるに等しいからな。
ぐはっ。胸をブチ抜かれた俺は盛大に血を吐いて死んだ。待ってましたとばかりにブーンがちょこちょこと寄ってくる。俺の死体から腕を引き抜いた赤カブトが目を輝かせる。
「わあっ、鳥さんだ! ふふ、ペタさんを食べに来たの?」
笑い事じゃねえだろ。ふわっと幽体離脱した俺は胸中で文句を垂れるが、赤カブトはにこやかに俺の死体を鳥さんに差し出した。
「はいっ。たんと召し上がれ」
ええ? そんな、鳩に豆撒くみたいなノリで俺の死体を。狂ってやがる。
ブーンはくちばしで俺の襟をくわえた。ずるずると床を引きずって丸太小屋を出て行く。俺の丸焼きがワッフルの雛の糧となり、次代へと繋がっていくのだ。こんな俺でも誰かの役に立てるというのは、ある種の救いでもある。俺は飛び去っていくブーンを見送ってニコリと微笑んだ。
ダッシュで死に戻りして赤カブトと一緒に朝餉を囲う。
「ペタさんは鳥さんに懐かれてていいな〜」
そうか? 俺は首を傾げた。死ぬのを待たれるのはあんまり良い気分じゃねーぞ。殺しに掛かってくるよりも精神的にクるものがある。殺す手間すら惜しまれてるからな。地球じゃ生態系のてっぺんに立ってる俺ら人間様が、ここじゃまるで虫けら扱いだ。プライドが傷付くぜ。上から目線で絶滅危惧種を保護してる場合じゃなかったな。少しでも気を抜いたら絶滅しかねない凄みが人間様にはある。種の保存という観点から言ったら虫にも劣るぜ。生物としての完成度が低すぎる。何なんだ、俺たちは。どこからやって来て、どこへ行くんだ。
俺が哲学していると、赤カブトさんが俺の真似をして首を傾げた。
「ね、ペタさん。私ってテイマーにはなれないのかな?」
赤カブトは地球の動物に興味があるようだ。
リアルからペットを連れ込むには二枚目のソフトを特定の角度から謎の発光物体に差し込む必要がある。俺はやったことがないので具体的なことは言えないが、嫌がらない角度というのがあるらしい。するとモードが切り替わり、謎の発光物体が怪光線を放つ。この怪光線は謎の発光物体を指でぐりぐりといじってやると屈折する。後はそいつでペットを照射してやれば一緒にログインできるという寸法だ。家の壁や床は透過する仕組みになっているらしいぞ。なお、怪光線のコントロールは距離が遠ければ遠いほど難易度が上がる。このゲームでは数少ないリアルのプレイヤースキルが試される場だ。
しかしハード本体を介さずにログインしている赤カブトには、そうした遣り方はできない。別の方法があるのかもしれない。
そうだな……。俺は目玉焼きに醤油を垂らしながら言った。αテスターだからテイマーになれないってのはレ氏の性格からいって多分ないだろう。何か別の条件をクリアすれば……。
「そっかぁ」
赤カブトは特別残念がっている様子はなかった。しかしペットね。飼いたいのか。今すぐに条件を探し当てるってのは難しい。だがペットを連れて来ることはできるかもしれない。俺は赤カブトにAIだからと不自由な思いをさせたくないのだ。
食後。赤カブトが食器を洗っている隙に、俺は廊下に出て牛の着ぐるみをクラフトした。そいつを頭から被って居間に戻りソファに座った。脚を組んで赤カブトの帰りを待つ。俺がペットになってやる。
食器洗いを終えて居間に戻ってきた赤カブトがギョッとした。
よう。俺は軽く片手を上げた。
俺だ。お前の可愛いペタタマさ。まぁ座れよ。
俺に着席を促された赤カブトが慎重に俺の隣に座る。
どうした、そんなに緊張して。待望のペット様だぜ? 精々可愛がってやってくれや。
「……私が思ってたのと違う」
大切なのは。俺は赤カブトの太ももに手を置いた。すべすべの肌をさわさわと指でさすってやりながら言う。ジャムジェム……理想のペットを追い求めるのもいいさ。だが本当に大切なのは、今お前の目の前に居る俺なんじゃねえのか?
「ペタさん……」
ふっ。俺は赤カブトの目をまっすぐ見据えて言った。
「俺のミルクをお前に飲ませてやりたい」
ハッ。視界の端に何か……! とっさに俺は仰け反ってソファの裏に逃れた。ぴょんとソファを飛び越えた人影が俺に襲い掛かってくる。銀色の髪が大きく広がった。トドマッ……!
「セクハラ魔め! もるるっ……!」
ふん。遅え。ギア2……。だがギア2など使えないので俺はグーで殴られた。
ちっ、動物虐待かよ。出るトコ出てもいいんだぜ? 全世界の動物愛護家が今や俺の味方だからな。
俺はぶんぶんと角を振って褐色銀髪女を威嚇した。
おや、今日は毛皮を被ってんね。野に帰るのか?
トドマッは自然回帰派こと野良人間たちのリーダーだ。
野良人間たちはいつも動物の毛皮を模した衣装を頭から被っていて、着ぐるみ部隊の出来損ないみたいな出で立ちをしている。まぁ今の俺も人のことは言えないのだが。
ヘソ出し女はぷんぷんと怒っている。
「もるるっ。今日は集会がある。これは私たちの正装だっ」
集会ぃ?
ああ、そういえばお前を筆頭に山を降りた野良人間たちが各クランにホームステイしてるって話だったか。
そういうことらしい。以前にサトゥ氏と一緒に山登りした際に山の民には無職脱出の件で世話になった。サトゥ氏は俺とヘソ出し女との間で取り交わされた口約束をキッチリと守ったようで、山の民を人間の里で受け入れるよう便宜を図ったのだとか。
サトゥ氏のことだ。いい人ぶって山の民を取り込んで利用するつもりなのだろう。
俺の部屋にトドマッつぁんが住んでいたのは、どうやらサトゥ氏の入れ知恵によるものだった。しかし俺に無断で話が進んでいたのはどういうことなのか。いや、そうか。あいつ、いっぺんキャラロストしたんだった。くそっ、ロストする前にリチェットに情報を横流しした俺への意趣返しか。
という訳で、トドマッつぁんは俺の部屋に住んでいる。許嫁なのだから別にいいだろうという理屈だ。許嫁という設定がまだ生きてるのかと俺は内心驚いたのだが、まぁ許嫁は多いに越したことはない。好きにさせることにした。つまり同棲なのだが、別に一緒に寝起きする訳じゃねえしな。俺とトドマッはログイン時間帯があまり被っていない。考えようによっては便利な女だ。
しかし俺は寂しがり屋だからな。たまにしか会えないとなると一緒に居てやりたくなる。俺はトドマッに同行を申し出た。
その集会とやらに俺も一緒に行っていいか? できればジャムジェムも一緒に連れて行ってやりたい。どうだ? 俺たちが混ざって何か都合が悪かったりするか? 無理にとは言わねえが、都合が悪い話は後日にしてくれや。俺は無理を言った。無茶が通れば道理は引っ込むのだ。これネトゲーの常識ね。
トドマッは目を丸くした。
「えっ。普通にダメ……。集会は私たちの今後を話し合う場」
部外者は混ぜられねえってか。だが、そいつはどうかな? 俺はぺらぺらと口を回した。
まず第一に俺はお前の許嫁だ。言ってみれば身内よ。そしてジャムは俺の娘だからな。身内の身内は身内という理屈が成り立つ。
第二にお前ら自身だ。お前ら自然回帰派の主張はこうだ。人間として当たり前のマナーを守れ。そうだな? 足の引っ張り合いはやめて楽しくゲームをしようという話だったな。
俺は両手をパンと打ち鳴らして迎合の意を示すように歯列をギラつかせた。
なんだよ。トドマッ。つまるところお前らは俺と同意見じゃねえか。俺らは同志なんだ。
ああ、いや。トドマッ。お前の言いたいことも分かってるつもりだ。それとこれとは別だよな。分かる。だが、こうは考えられないか? お前らの主張が受け入れられなかったのは、お前らが人間を知らないからだ。俺はそう思うね。お前らは人間の正しさを信じているようだが、それゆえに人間の心理を利用することを蔑ろにしすぎたんだ。だから山から降りてゴミどもがどんな暮らしをしていて日々何を思っているのか知らなくちゃならない。大方、サトゥ氏も似たようなことを言ったんじゃないか?
トドマッつぁんはコクリと頷いた。
「言った」
……やはりか。サトゥ氏め。俺は胸中で毒吐いた。ヤツは自然回帰派を骨までしゃぶり尽くすつもりだ。幾つかプランは思い付くが、おそらくは私兵団の創設。マナー厨どもを扇動して邪魔な連中を始末するつもりなんだろう。……やらせねえぞ。トドマッは俺の女だ。マナー厨どもはこの俺が頂く。平日の昼間に動ける連中だ。コイツらは貴重な戦力になる。
俺はニコリと微笑んだ。
トドマッ。俺がお前と一緒に居たいと言うのはそんなに変なことか?
ヘソ出し女は頬を赤らめた。
「へ、変じゃない。もるるっ」
くくくっ、チョロいぜ。
そうと決まれば話は早い。行こうぜ。俺は赤カブトの手を掴んで歩き出した。
そして胸中でこう付け加える。
少しばかりマナーにうるさい動物園にな……。
俺は歯列をギラつかせた。
これは、とあるVRMMOの物語。
今、悪意の矢が放たれる。善意の人々は魔族の蹂躙に抗うことができるのか。
GunS Guilds Online