絆(きずな)
1.クランハウス-居間
ホント種族人間ってゴミだわ。
先生、モグラさんぬいぐるみに挟まれ赤カブトを抱っこという至福シフトを配置し居間で経験値稼ぎの傍ら、あけおめ死ねメールをささやきでフレンドリストにへばり付いてるゴミどもに送っている。返事は大抵こんな感じだ。
『あけおめ。お前が死ね』
うっさいわ。お前が死ね。粉々になって死ね。
『ミスって死んだ。二度とささやき送んな。殺すぞ』
ザマァ。送って良かったわ〜。心からそう思う。
好感度が低いゴミのささやきは非常に不快な思いをする。エロ画像満載のスマホのパスを破られるかのような焦燥感と嫌悪感があるのだ。
だから俺はフレンド登録だけして普段絡まないゴミどもに常日頃から嫌がらせのささやき攻勢を受けている。目には目を。嫌がらせには嫌がらせを。
正直、フレンドリストに載っているゴミの名前を見るだけで不快なのだ。ゲームに飽きたかリアルが忙しいかで引退したゴミは可及的速やかにリストから排除したいのだが、向こうのリストには俺の名前が残るため不利にしかならない。このクソ仕様、何とかならねえのかな? まぁささやきは魔力を消費するので、嫌がらせは本当に余裕がある時しかできない。嫌がらせに執念を燃やすゴミカスはとっ捕まえてキャラデリに追い込むしかないだろう。キルペナをカンストさせればいいだけなので、俺の可愛い査問会を使えばそう難しくはない。
逆に言うと、組織を動かせないプレイヤーでは手の打ちようがない。もっとも、有象無象とフレンド登録をしなければ済む話ではあるのだが。
検証チームの分析によれば、このフレンドリストのクソ仕様はプレイヤーをクラン所属に追い込むためのものであるらしい。
軽い気持ちでゴミどもとフレンド登録をした結果がこのザマだ。泣けるね。世間はゴミであふれている。
だがゴミ山の中、キラリと光る宝石があることもまた確かな事実である。
シルシルりんだ。
「コタタマりーん!」
シルシルりーん!
玄関のドアを控えめにコンコンとノックする音からシルシルりんの気配を察知した俺は、朝から念入りに甘やかしてメロメロになった赤カブトをソファに置いて玄関までダッシュしてシルシルりんを熱烈に歓迎した。シルシルりんを抱き上げてくるくると回りながら居間に戻る。
シルシルりんは「ていっ」と俺の腕をチョップしてしゅたっと床に着地した。改めてウチのクランマスター、先生にご挨拶をした。
「明けましておめでとうございます〜」
シルシルりんはお世話になったクランに年始の挨拶廻りを行なっているらしい。
先生は瞑想をしていた。テーブルの上には将棋盤。棋譜を並べ、将棋の駒を現在の状況に見立てて思考を進めて行くのは先生が辿り着いたスタイルの一つだ。こうなると先生は周りの雑音が一切耳に入らなくなる。
ハッとしたシルシルりんが、そろそろと先生から距離を置く。そして俺の袖をくいっと引っ張って見上げてくる。可愛い。
「コタタマりん。先生が瞑想を。何かお悩みなのでしょうか……?」
好きだ。
「えっ」
いや、ウチのジャムジェムのことだろうって言ったんだ。
「どんな言い間違えですか。す、好きって言いましたよね?」
言ったよ。俺は認めた。告っといて損はないからね。そういう気持ちがあったから口が滑った。でも今はまだそういう段階にはないから次行こう。
「え? 告っ……。え? あ、はい」
シルシルりんは混乱すると流されるままになる可愛らしい癖がある。
俺は一つ頷いて話を先に進めた。
ウチのジャムジェムがさぁ、正体バレちゃって。もう毎日のようにアホが詰め掛けてくんのよ。永遠の命をくれ〜だの自分だけは理解者になってやれるだのと上から目線でさぁ。そういう輩を俺がブッ殺したりブッ殺されたりしてて、手に負えないアホは完全論破して泣かして帰らせてんのね。見所あるやつは軽く洗脳してやって味方に付けたりさ。俺、自分で言うのも何だけど人を見る目はあるつもりだから。【敗残兵】の協力もあって何とか水際で食い止めてるんだけど、近い将来アホどもが徒党を組んで押し寄せてくるんじゃねえかなって予想してんのよ。
で、先生がね。平和的な解決手段を模索してくれてて。多分そのことだと思う。
「そう、ですか。あの、コタタマりん? 私、そのぅ」
おや、赤カブトがちょこちょこと寄ってきたぞ。甘えん坊さんめ。よしよし、ほら来い。抱っこしてやろう。
「ち、違うし。そうじゃないし。シルシルさんと遊ぶのっ。ペタさんとはいつも遊んでるから今日はシルシルさんの日」
何だよ。俺の知らないところで勝手にシルシルりんと仲良くなりやがって。まぁウチの子たちと一緒に頻繁に露店巡りしてるみたいだからな。知り合いになってても何ら不思議じゃないが。
「あ、ジャムりん……」
シルシルりんがびくっとした。んん?
赤カブトが近付くと、シルシルりんは気圧されたように後ずさりする。マジか。
赤カブトが首を傾げる。
「シルシルさん?」
シルシルりんは慌ててパタパタと両手を振った。
「い、いえ! ち、違うんです。私は、そんな」
シルシルりんは明らかに赤カブトに対して恐怖を感じていた。
マジかよぉ。俺は頭を抱えた。……そういうこともあるのか。シルシルりんは繊細な人だ。赤カブトは無害だと頭では分かっていても、身体が拒絶反応を示すことはあるだろう。赤カブトは人間じゃない。ョ%レ氏が作り出したAIだ。得体の知れない怪物のように思うプレイヤーが居てもおかしくはない。
マズいぞ。俺はちらっと赤カブトを見た。
「……?」
赤カブトさんはあまりよく分かっていないようだ。しかしシルシルりんに怖がられていると知れば深く傷付くだろう。シルシルりんも当然そのことは分かっているから、無理にでも平常心を保とうとしている。だが気持ちでどうにかなる問題ではない。ウチの丸太小屋を訪ねてきた以上、赤カブトと遭遇することも想定していた筈だ。大丈夫だと自分では思っていたから、シルシルりんはウチを訪ねてきたのだ。これは……トラウマに近い。ティナンに襲い掛かる鬼武者の群れを、全プレイヤーが目にしているのだ。
赤カブトはぼんやりとしている。
い、いや……。俺は奇妙な焦りを感じた。バカっぽいとは思っていたが、コイツ図太くないか? 俺らがシリアス全開でクソ廃人どもと戦っている時ものんびりとお茶菓子をパクついていたし。俺と先生が深刻に考えすぎて空回りしてる感があるぞ……。いや、しかし。
俺は先生に泣きついた。先生〜!
ゆさゆさと身体を揺すると、先生がぱちっとつぶらな瞳を開いた。くにっと曲げたひづめで将棋盤の歩を摘み、バチッと盤面に打つ。端歩突き……!
先生はシルシルりんと赤カブトをじっと見つめる。
「少し待っていなさい」
そう言ってトコトコと居間を出て行った。
程なくして、廊下のほうからばいんばいんとゴムが弾むような音がした。俺はハッとする。バランスボールだ! ウチの倉庫には、バザーで買ったはいいものの結局お蔵入りした様々なアイテムが保管されている。リアルとは違い、このゲームは買いたいものがすぐに買えるような環境ではない。誰かが作らねばならないし、工場で大量生産するという訳にも行かないから売れればなくなる。需要が安定している消耗品ならばまだしも、何となく作ってみたもの系には見掛けたら何となく買ってしまう魔性を秘めている。バランスボールもその一つだ。
バランスボールの上で腹ばいになった先生が、器用にころころと転がって居間に戻ってきた。ぴょんと飛び降りてシルシルりんに言う。
「心に身体が伴わないのは副交感神経の乱れによるものだ。これを使いなさい」
か、身体の問題なんですか?
俺がそう尋ねると、先生は力強く頷いた。
「身体の問題だ。さ……」
先生に促され、シルシルりんは戸惑いながらもバランスボールの上に腹ばいになった。
先生がバランスボールを軽く揺すってやりながらうんうんと小刻みに頷く。
「ただ見ているのも退屈だろう。同じものが幾つかある。持ってくるとしよう」
あ、俺も手伝います。
俺と先生は倉庫に引っ込んでバランスボールを人数分持ってきた。……何でウチの倉庫にはバランスボールが五個も六個も眠っているんだ。素朴な疑問を抱いたが、今はシルシルりんと赤カブトだ。
俺たちはバランスボールの上に腹ばいになってころころと居間を転がる。
おや、先生がメニューを開いている。小さな声で「めえっ」と嬌声を上げた。ささやきかな?
ささやきだった。しばらく居間でころころと転がっていると、お犬様がウチに遊びに来た。
「ヤギ。来たぞ」
「ヤマダさん」
ウチのお羊様とお犬様が抱き合ってもふもふと再会を喜んでいる。尊い。
先生がお犬様にぺこりと頭を下げる。
「ヤマダさん。すまない。忙しいところを」
「いいよ。水臭いこと言うな。ワシは分かっとる。よぉ分かっとる。嬉しいよ。頼られないのは寂しいからな」
だが、お二人の認識には多少の食い違いがあるようだった。
「そう言ってくれると嬉しい。これを」
先生がお犬様に手渡したのは、スイカだった。スイカを両手で抱えたお犬様が首を傾げる。
「スイカじゃの」
「それとこれを」
続いてお犬様はエア刀を手渡された。スポーツチャンバラ用の安全性を最大限に追求した刀だ。
お犬様が首を傾げる。
「これは?」
先生が答える。
「スイカ割りだ。ヤマダさんにしか頼めない。ヤマダさんなら、きっと割れる。どうか……」
無茶振りであった。
お犬様がギョッとした。しかしすぐに気を取り直してコクリと頷く。
「や、やってみるわ。試したことないしな。やってみるけども……」
お犬様がエア刀でスイカ割りに挑む。
何度かポコポコと叩いてから、床に四つん這いになってスイカを丹念に眺める。
「これ割れるかぁ?」
達人は得物を選ばないと言うが、安全性の壁が大きくお犬様の前に立ちはだかっていた。
「割れたら割れたで今度はスポチャンの安全性が問われるし。どっちに転んでも無事に終わるいうことがない」
お犬様は首を傾げながらも、ありとあらゆる角度から斬撃をスイカに叩き込んでいく。しかしスイカはびくともしない。強靭な皮がエア刀の攻撃力を上回っていた。
お犬様が試行錯誤をしている間に、先生はシロ様クロ様と連絡を取り合ったようだ。日傘を差したお二人がしゃなりしゃなりとウチの居間にご訪問あそばれる。
「ヤギくん。こんにちは」
先生はお二人を歓迎した。シロ様クロ様と順に抱き合ってもふもふっもふもふっと再会を喜ぶ。尊い。
「シロさん。クロさん。二人ともありがとう」
「ううん。暇だったから。ね、クロ」
「うん、シロ。私たち、いつも暇だよね。みんなのお陰だよ。私たちはみんなに助けられてる」
シロ様クロ様はバランスボール担当だ。日傘を回しながら、玉乗りの要領でバランスボールの上に立ってころころと居間を転がしていく。
その様子を、お犬様がじっと見つめていた。
「ヤギくん。ヤギくん」
お犬様がエア刀の柄をそっと先生に差し出す。
「代わろ。ワシ、玉乗りなら自信あるわ」
しかし先生は首を横に振った。
「ヤマダさん。私たちは図らずも子供たちの夢を守る立場に居る。できそうにないから途中で投げ出すというのはあまりに夢がない」
「あれ、おかしいな。ヤギくん。なんか今日ワシにだけ厳しくないか? 気の所為?」
そう言ってお犬様は玉乗りをしているシロ様クロ様を羨ましそうに見つめた。
「ヤギくん。ニャンコのほう判定甘くないか。ワシは無理難題に挑まされてるのに」
お犬様は先生のひづめにエア刀を押し付けようとして失敗した。先生のひづめが、エア刀を持つお犬様の両手を優しく包み込む。
「ヤマダさん」
お犬様を見つめる先生の瞳には強い期待があった。小さな子供がヒーローを見るようなキラキラとした輝きがあった。
お犬様は「うっ……!」と呻いて渋々とスイカ割りに戻る。
「……絶対におかしいわ。犬派と猫派って割と拮抗してるんと違うんか。面と向かって聞いてんのにゴメンなさい猫派ですーってどういうこと? 普通、気ぃ遣うじゃろ。漫才やってるんと違うのに」
お犬様はヤマダシリーズの盟主だ。押しも押されぬβ組であり、剣の達人だ。しかし前足もとい手の造りがあまり物を掴むことに適していないので、本人が最前線に立つことはない。
そのお犬様の実力が、ついに明かされる時がやって来たのだ。
むむむ……と唸り声を発したお犬様が大上段にエア刀を構える。つぶらな瞳が鋭い眼光を放つ。
「めぇぇぇーん!」
ばいん、とスイカの皮に弾かれたお犬様がころころと床を転がった。
一部始終を見届けたシルシルりんがハッとする。
「わ、私。もう大丈夫かも……!」
シルシルりんの中で何が起こったのかは分からない。しかし何かが開けたようだ。ぴょんとバランスボールから飛び降りて、バッと両手を広げる。
「ジャムりーん!」
赤カブトがシルシルりんの胸に飛び込んだ。
「シルシルさん!」
二人は固く抱き合った。
床に転がったお犬様に、先生がひづめを差し出す。
「ヤマダさん」
「ヤギぃ……」
お犬様が先生のひづめに掴まって立ち上がる。固く抱き合うシルシルりんと赤カブトをじっと見つめて、ふとエア刀を軽く掲げた。眩しそうに目を細めて笑う。
「あれは切れん。切れんものは切れんわ。ふっ、はっはっは」
俺は、スイカをキッチンに持って行って包丁でざっくりと切り分けた。
これは、とあるVRMMOの物語。
珍しく生きてる。
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