メイドイン敗残兵
1.ポポロンの森
だが煮込まれることになった。
強い興味を示した赤カブトさんが、
「試しに。ね? 一回だけでいいから。試しに」
試しにとしつこいくらいオススメして来たのだ。当然ながら俺は反対した。試しにって言うけど、それ完全に俺が死ぬパターンじゃん。嫌だよ。どうせアレだろ? 俺がこれ以上は無理って言っても出してくれないで最終的には力尽くになるんだろ。オチまで読めてるんだよ。そういうのはもういいから。リアクション芸人じゃあるまいし。
「でもペタさんは私のお願い聞いてくれるから。私、もう分かっちゃった。この人は私のこと可愛いって思ってくれてるんだな〜って」
なに自惚れてんの? 俺はそういうんじゃないから。バカじゃないの? まぁお前がどうしてもって言うなら一度くらいは付き合ってやってもいいけどよぉ……。
俺、釜in。
地面に刻んだ発火式に、赤カブトさんがクズ石を供給しつつパタパタとうちわで扇ぐ。
「湯加減はどうですか?」
あ〜。そうね。チョットぬるいかな。
「はーい」
パタパタパタパタ……。
あっ、熱い。熱くなってきた。ねえジャムジェムさん。もう上がっていい? もう十分でしょ?
「もうちょっと」
ほらぁ、始まったぁ。やる前からこの展開は読めてたからね。熱い熱い。もう上がるよ? ガチだから。ガチ。
「もうちょっとだけ。もうちょっとだけだから」
いやいや。言ってる意味分かんない。俺が決めることだから。お前に決める権利ねーから。もう限界だから。上がるよ。ハイ上がったー。俺は赤カブトさんに肩を押さえ付けられて戻された。
「もうちょっとだから」
離して! 離して! 寸分の狂いもなく予想通りじゃん! こういうの良くないと思います! 熱っ。ケツが熱い! 湯気がヤバい! これはもはや蒸気機関に勝るとも劣らないっ。こここ、殺す気か! 離せ!
「もうちょっと」
もうちょっとで死んじゃうだろ! いや、死んだ。俺は意識を失ってグツグツと煮込まれた。俺スープの一丁上がりだ。大仕事を終えた赤カブトさんがパタパタとうちわで胸元を扇ぎながら俺スープをブーンたちに振る舞う。お上がりよ! ブーンたちはとても喜んでくれた。お粗末!
2.クランハウス-居間
まぁなんだ。赤カブトの残虐ファイトは今に始まった話じゃない。いい加減に慣れたぜ。むしろ胸チラでトントン、いやさ黒字ですらあるな。この女は着痩せするタイプでイイモノ持ってるし。胸の谷間ってとても大事なことだと思う。
そして胸の谷間で言うなら、ウチのメンバーで外せない要員が洋モノのポチョりんだ。俺は居間に降りてきた金髪を抱っこしようとして、するりと躱された。なにっ? ギョッとしてポチョを見る。
ポチョはもじもじしながら赤カブトの陰にそっと隠れた。
俺のこめかみを、冷たい汗が、つ、と伝う。……何かの間違いかもしれない。念のためにもう一度チャレンジしてみる。ポチョ〜。両手を広げて抱きつこうとするも、赤カブトを支点にくるりと回ったポチョに躱された。空を切った両手を、俺はわなわなと震わせる。ど、どういうことだ? 俺の心を癒してくれる便利な女が面倒臭い女になろうとしている……? そんなバカなことが……。あって堪るかァー! 俺は奇声を上げて金髪に飛び掛かった。しかしポチョは素早く後退して俺のダイブを回避、ぴょんぴょんと飛び跳ねて俺から距離を置く。ちっ……! 俺は舌打ちして目に力を込めた。この俺から逃げられるとでも……! ソファの陰に身を潜めたポチョが嬌声を上げた。
「んあっ……!」
【スライドリード(速い)】か? ソファが宙を舞いぐるりと一回転した。目くらましだ。その程度でっ! 金髪が壁から壁に飛び移る。速い。だが俺の目が女を見失うことは決してない。ポチョの白い脚をロックオン。しかし次の瞬間、金髪の姿が掻き消えた。細い煙が溶けるように。なにっ!? 俺は驚愕した。ダミーだと? ソファを目くらましに使ったのは、俺の視野を絞らせるためか……! 本物のポチョはソファの裏だっ。俺はギョロリと目を動かした。ぐっ。無茶な動きに視神経が悲鳴を上げている。ひるむなっ。限界を超えていけ! ブツンと嫌な感触がした。左目がイカれた。ソファの陰から飛び出した金髪が俺にテーブルを投げつけてくる。そう来ると思ったぜ。オラぁ! 俺はテーブルを蹴って跳ね除けた。跳躍したポチョが身を丸め、宙を舞ったテーブルの陰にすっぽりと隠れる。テーブルを足場に飛ぶつもりだ。どっちから来る? 左! 脚照ッッッ。
「やんっ……!」
俺の先読みセクハラにポチョが体勢を崩した。ころころと床を転がる。俺は歯列をギラつかせてポチョを追う。無駄な悪足掻きはそこまでにしておくんだな。俺の目からは逃げられねえ……! ポチョぉ! お前の太ももは俺の支配下なんだよぉ!
「う〜……!」
顔を真っ赤にしたポチョが恨めしそうに俺を見上げる。俺はニヤリと笑い、がくりと片膝を折った。ぐっ、うう……! くそっ、小賢しい真似を。左目が完全にイカれやがった。眼窩を伝った血の雫がボトボトと床に零れる。
ポチョが懐から何かを取り出すのが見えた。オカリナだ。はぷっとオカリナを咥え、ひょろり〜と間の抜けた音色を響かせる。何だ? 答えはすぐに出た。
「あいあいさー」
プッチョ! ムッチョ!? テメェらポチョに召喚されて!?
ウチの金髪を庇うように立ち塞がったバカ二人が俺を指差して告げる。
「ペタタマぁ。成長したのはお前だけじゃねえんだぜ?」
「セクハラ……やめなよ?」
うおおおおおおおっ!
俺は吠えた。
何人たりとて俺のセクハラを遮ることは許さねえぇー!
俺の血を吐くような絶叫に、プッチョムッチョがひるんだ。
「こ、コイツ……!」
「なんて覇気だっ……!」
俺は地を蹴って突進した。両手を突き出してプッチョムッチョの首を鷲掴みにして押し上げる。
「ぬぅっ……!」
上体を逸らしたプッチョムッチョが俺の身体を抱えてバッと飛んだ。空中で身をひねって俺を床に叩き付ける。かはぁっ……! 背中を強打した俺は床を這いつくばって悶絶した。
「オラぁー!」
プッチョの追撃。ドロップエルボーだ。俺は床をごろごろと転がって回避。しかし続くムッチョのフライングボディーアタックを躱しきることはできなかった。ふぎゃー! どしんと押し潰された俺を、更にプッチョがムッチョの上からサンドしてくる。俺はジタバタと足掻くがびくともしない。くそっ、くそっ。どけ! どいてくれ! 俺はポチョのエロい身体をぎゅってしないとダメなんだよぉー!
「ペタタマぁ! ポチョさんは微妙なお年頃なんだよぉー!」
「人前でそういうのは恥ずかしいんだっ! そっとしておいてやれやぁー!」
何なんだお前らぁ! いつの間にポチョの手下に成り下がりやがった!
「家に居ると女どもにいびられるんだよぉー!」
「ポチョさんだけが俺らの癒しだっ!」
くそぉ! ポチョめ! また俺の知らないところで謎の人徳を発揮してからにっ……! うあ〜ん!
ひとしきりジタバタしてから、俺は疲れたのでプッチョムッチョに俺の上から降りるよう言った。コクリと頷いて俺の上から降りてくれた黒服二人にお茶を振る舞う。
お前ら、家でいびられてるのか。
プッチョムッチョはお茶を啜りながらコクリと頷いた。
「おっかねえんだ。逆らう気にならねえ」
ガツンと言ってやれよ。お前らのポテンシャルは【NAi】にだって負けてねえ筈だぞ。
「強いとか弱いとかそういう問題じゃねえよ。働きたくねえんだ。養われてる」
そうか。そりゃあツラいな。分かるぜ。いびられてるってのも言うほどキツくはねえ……。不幸自慢みたいなもんだ。言ってみれば解決済みの問題。そうだろ?
「ああ。プライドじゃメシは食ってけねえ。慣れたよ」
黒服二人はニッと笑った。
「少し卑屈になって見せればアイツらは満足する。安い価値観だ」
「自分たちでも驚いてるよ。どうやら俺らにゃ……兄貴と同じ血が流れてる。実感したよ。無意識の内に……勝っちまう」
あるいは母星を遠く離れた地球という環境が、プッチョムッチョの眠れる血を呼び覚ましたのかもしれない。番犬としての血を。
強くなったな。俺は晴れやかな気持ちになった。ポチョと一緒になって柔軟運動をしている赤カブトに声を掛ける。
おい、ジャムジェム。冷蔵庫から酒を持ってきてくれねえか。男の門出だ。祝ってやりてえ。
しかし赤カブトさんは、ぷいっとそっぽを向いた。
「やっ」
ん? 何でだよ。一本くらい別にいいだろ。
「私、プッチョさんムッチョさんのこと嫌〜い」
なに? め、珍しいな。お前が誰かのこと嫌いなんて言うの初めて聞いたぞ……。
「えっ。そう? そう、かも。何でだろ。なんか……何だろ。初めて会った時から……。ん〜」
赤カブトは首を傾げた。
「ゴメンね。私、嫌な子だ。自分でもよく分かんない」
しかしプッチョムッチョには心当たりがあるようだった。「ああ」と得心したように声を上げ、
「本能的なモンかもな。気にしないでくれ、ジャムジェムさん」
あ? 本能的って何だよ。ちょっと待ってくれ。言い聞かせっから。
「いや、いいんだ。ペタタマ。αテスターは天使の尖兵だ。俺らの先祖とドンパチやってた連中の末裔だよ」
深くは突っ込まねえぞ。俺は予防線を引いた。でも妙な話じゃねえか。ウチのジャムジェムはレ氏と会ったことあるけど、特別嫌ってる様子はなかったぞ。
「フレームが違ぇよ。俺らはこっちの規格に合わせてねえ。だから上位権限を使えるんだ」
ふうん。ああ、そうか。だからか。ジャムの変身は、ありゃあハイフレームってやつなのか。なるほどね。腑に落ちたぜ。良かったなぁ。おい、ジャム。お前は天使様らしいぞ。道理で可愛いと思ったよ。
赤カブトは頬を赤らめた。
「えっ。私、可愛い? び、美少女だったりしますか?」
そうね。可愛い可愛い。だから酒持ってきてくれよ。本能だが何だか知らねえが、プッチョムッチョは俺のダチだ。仲良くしろ。俺の顔に泥を塗るんじゃねえよ。理性でねじ伏せろ。本能なんざ雑魚だ。性癖ってのは後天的に育まれていくものだからな。理想のチャンネーと寿命の半分を引き換えにできるって言われたら俺は前者を選ぶぜ。本能なんざその程度のモンだ。
「が、がんばる」
おぅ、がんばれ。
赤カブトはキッチンの冷蔵庫から缶ビールを三本持ってきて俺の隣に座った。
「どうぞ〜」
缶ビールを差し出されたプッチョムッチョはだらしなく相好を崩した。
「天使じゃねえって。尖兵っつったろ。ペールロウだよ」
「兄貴はなに考えてんのかね。天使のデータなんて引っ張ってきてよぉ。ナイは、ありゃディープロウだろ。あっちが天使」
知らねえよ。そういう情報は要らねえ。いいから飲もうぜ。
かんぱーい。
「かんぱーい」
俺たちは、プシュッとプルタブを上げて乾杯した。プッチョムッチョの輝かしい番犬ライフに。
わっはっはー。わっはっはー。俺は缶ビール一本で幸せになれる経済的な男だ。ポチョ、お前もこっちおいで! ここ、ここ! ばんばんとソファを叩く。ポチョは警戒しながら近付いてきた。何だよ〜。反抗期か? ん? ママは悲しいぞ? 酒が入って俺の母性が高まってきた。さっきのオカリナ、あれ何だよ〜。鬼太郎くらいだぞ。あんなの吹くの。オカリナと言えば鬼太郎。鬼太郎と言えばオカリナみたいなトコが俺にはある。ちょっと吹かして。吹きたい。
「だ、ダメ」
吹かして。
「ダメっ」
何でだよぉー。俺はおいおいと泣いた。やっぱり反抗期なんだ。俺の可愛い娘が反抗期に突入してしまった。悲しい。もるるっ……。
「あ、洗ってくるから。洗ってからなら、いいよ」
あ、こら待て。ドコへ行く。ダメです。ここに居なさい。俺はポチョの手をぎゅっと握った。俺は寂しがり屋なんだ。一緒に居てくれないと寂しくて死んじゃうんだよ。何しろウサ吉のママだからな。
ウサ吉……。ウサ吉と会いたい。よし、行こう。やい、プッチョムッチョ。
「あーん? 俺らのことかぁ?」
お前らのことだよ。缶ビール一本で酔ってんじゃねえ!
「酔ってねーろ!」
よぉーし! よく言った! お前らに特別に俺の可愛いウサ吉を紹介してやる!
「ウサ吉だ!?」
あ!? 文句あるんか!?
「会わせろや! 俺ぁ動物が好きなんだよ!」
そう来なくちゃな! 行くぞオラぁー!
俺たちは肩を組んでクランハウスを飛び出し、迷子になってポポロンの森を爆走したのちにポポロンの眷属にちゅーちゅーと体液を吸われて枯れ果てて死んだ。お陰で酔いが覚めたので、ウサ吉見学ツアーを企画。実行に移す。安全性を重視し、うさぎ跳びで接近を試みるも前足で薙ぎ払われて三人丸ごと吹っ飛んでバラバラになって死んだ。
動物好きのムッチョは大層喜んでくれたそうな……。めでたしめでたし。
3.翌日
その翌日の出来事だ。
【敗残兵】のクランハウスに転がり込んだ俺がネカマ六人衆と談笑などしていると、メイド服姿の宰相ちゃんがぺこりとお辞儀してきた。
「お、お早うございます。ご、ご主人様」
ネカマ六人衆がびくっとした。
「えっ。なに? どうしたの、それ……」
「えっとぉ。あ、罰ゲームか何か?」
「ペタ氏? 何か知ってるでしょ」
さあ? 俺はしらばっくれた。あれじゃないか? これまでの俺への生意気な態度をようやく反省してくれたんじゃないか? だろ? メガロッパ。
「も、もちろんです。はい」
宰相ちゃんは屈辱に身を震わせている。
くくくっ。何しろ罰ゲームだからな。ウチの丸太小屋で適当にハイハイ言ってれば済まされるとでも思ったか? 甘いね。そうじゃない。せっかくのチャンスだ。俺はトコトンまで追い込むぜ。
さあ、おしおきの時間だ。
くくくくっ、ふははははははははははは!
これは、とあるVRMMOの物語。
果たしてペタタマは生きて帰ることができるのか。今、生き残りを賭けたデスゲームの幕が開く……!
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