ブラッククリスマス
1.山岳都市ニャンダム-ティナン姫の屋敷前
俺たちのクリスマスイブはまだ終わらない。いや、ようやくスタートラインに立ったと言える。
……どうなってるんだ、俺のクリスマスは。なんか【ギルド】の一員みたいな感じになってない? 大丈夫? これから先、俺はどうなっちゃうの? 俺のサンタさんはどこに居るんだよ?
いや、居た。俺はサンタ帽を頭の上にちょこんと乗せている先生のひづめをきゅっと握った……。
夜半。ウチの子たちと一緒に武家屋敷を塀沿いに歩いている。
先生が同行していることもあり、三人娘は悪いことにはなるまいと楽観視しているようだ。きゃっきゃと楽しそうにお喋りしている。
先生がぽつりと言う。
「コタタマ」
はい。俺は一つ頷き、目に力を込めた。俺は夜目も利く。暗視ゴーグルも真っ青の視認性だ。俺はギョロギョロと目を動かし、周囲の人影を確認する。
こっちです。俺は先導を買って出た。歩きながらアットム、先生と簡単な打ち合わせをする。
【スライドリード】は目立ち過ぎる。最低限に抑えたい。まず俺が。次にアットムの順で行きましょう。先生は下で支えてやってくれますか? 最後に俺とアットムで引っ張り上げます。
先生は頷いた。
「うん。それで行こう。しかし訂正が一つ。私は足場になる。それでいいね?」
……分かりました。俺は渋々と了承した。本当は先生にそんなことをさせるのは嫌なのだが、残念ながらこの五人の中で一番動けないのは俺と先生だ。見張りを兼ねる俺は一番手にならざるを得ない。
ここです。俺は立ち止まって、武家屋敷の塀を見上げる。武家屋敷の塀は外敵の侵入を阻めるよう屋根の返しが付いている。周囲に俺たち以外のゴミは居ないことは確認済みだ。あらよっと。俺はぴょんとジャンプして屋根の縁に手を掛け【スライドリード】を発動。懸垂の要領で身体を持ち上げ、くるりと回って屋根に飛び乗る。少しグラついたものの、足場は思ったよりもしっかりしている。
よし。アットム、来い。
「行くよ。先生?」
「いつでも」
四つん這いになった先生に、アットムが軽く助走をして飛び乗る。先生の背中と肩を踏み台にしてぴょんとジャンプ。俺が差し出した手をアットムがガシッと掴む。……俺の補助は必要なかったかもな。アットムは危なげなく屋根の上に着地した。
合法ロリ姉妹の屋敷に今まさに忍び込もうとしている俺たちを、三人娘はぼんやりと見つめている。おい、何をボーッとしてる。予定が押してるんだよ。次はスズキ。お前だ。来い。
俺に名指しされた劣化ティナンがハッと我に返った。
「えっ。何これ。何してるの?」
あ? 見れば分かるだろ。俺らはトナカイで、お前らはサンタだ。やることは一つだろ。クリスマスプレゼントだよ。
当初は俺とアットムの二人で忍び込むつもりだったのだが、予定が変わった。俺があれだけド派手に死んでやったのに、ゴミどもは浮ついた気持ちのまま祭りを続行したのである。祭りの雰囲気に当てられたウチの三人娘は一向にログアウトしようとせず、ならば一緒に行動するしかないという結論に至ったのだ。
我らが【ふれあい牧場】は大きな岐路に立たされている。赤カブトの単独行動を許す訳には行かない。そして頭数は多いに越したことはない。ティナン狂いのアットムくんですら、赤カブトのためにこちらの都合を優先してくれているのだ。その熱い想いに、もはや俺と先生は共に不法侵入することでしか報いることができない。
まぁウチの三人娘には何も説明していないのだが。AI娘の将来を配慮してあれこれ手を回してるのに本人の気持ちを無視してしまっては本末転倒だ。ウチの金髪ロリは赤カブトの正体を知らないことになっているのである。まぁ小せえのに関しては勘付いているふしがあるけど。
とり越し苦労に終わればそれが何より。念には念を、だ。
先生がぶるりと身震いした。短く告げる。
「来なさい」
「先生……?」
三人娘はひとまず先生を信じることにしたようだ。
「えっと。サプライズパーティー的な……?」
「でも。え〜……?」
「……朝からアットムが不審な動きを……」
失礼な。アットムくんが不審なのはいつものことだろ。
「いやぁ。僕なんかまだまだだよ。この界隈じゃ新参もいいトコだし」
怖いわ。
「コタタマは人気あるんだよ? ロリコンに理解があるから」
怖いわ。
「大丈夫。コタタマには僕が居るだろ?」
お願いしますね。本当にお願いしますね。
アットムくんは俺に迫るロリコンの影を水際で食い止めてくれているようだ。その調子で今後もよろしくね。
そんなこんなで俺たちは首尾良く合法ロリ姉妹の屋敷に侵入を果たした。やっぱり三人娘は俺よか動けるな。最後に俺とアットムで先生を引っ張り上げた訳だが、屋根にしがみ付いて両足をバタ付かせる先生はとても可愛らしかった。
お邪魔しまーす。俺が先頭に立って本邸に突入。こういうのは堂々としてれば案外バレないもんだ。
アットムがトナカイスーツのチャックをじーっと下ろして、中からサンタクロース袋を取り出す。今年のプレゼントは何だろうか。体操服かな?
枕元にプレゼントを置くのは合法ロリ姉妹だけという約束だ。アットムの無限大の愛を無制限で振る舞おうとすると確実にムショにブチ込まれる。
五人連なって廊下を歩いていると、アットムが俺の袖をちょいと摘んできた。何だ。どうした?
「ここを右に曲がると、すぐにミルフィーユちゃんの部屋があるんだ。寝顔を見たい」
どうしてもか。
アットムはコクリと頷いた。
そうか。分かった。今日はお前の日だ。
俺は死を覚悟した。今、明確に死亡フラグが立ったのを感じた。だが俺は生きるぜ。生還してみせる。死を覆してこそ真の男だ。俺の漢が試される日がやって来た。
俺たちはぞろぞろと連れ立ってミルフィーユの部屋に侵入した。ミルフィーユと言えば、ティナン四天王のコミュ障枠だ。あまり寝相は良くないらしく、布団からはみ出しかかっている。俺は掛け布団をそっとコミュ障ティナンに掛け直してやった。アットムがじっとミルフィーユの寝顔を見つめる。ドキッとするほど優しい眼差しをしていた。そういうところを普段から見せてやればモテるだろうに。アットムにはそういうトコがある。人前ではあまり本心を見せようとしない。
俺とアットムは、コミュ障ティナンの枕元に跪いて尊い時間を過ごす。
ウチの劣化ティナンがそわそわしている。
「こ、こういうのはあんまり良くないと思う」
いいんだ。俺は言った。コイツら四天王には日頃からアットムが世話になってる。本当ならクリスマスプレゼントを用意したかった。けど、キリがなくなるからよ……。アットムに無理言って我慢して貰ってるんだ。それがさ、どんだけ辛いことなのか、俺らに口出しする権利はねえよ。
アットムは、健やかに寝息を立てるミルフィーユをじっと見つめている。目は潤み、今にも泣き出しそうだった。
「……ゴメンね、ミルフィーユちゃん。それでも、やっぱり、僕は仲間が大事だ」
ぽろりと零れた涙が、ミルフィーユの頬に落ちる。
その時、奇跡が起きた。
ぱちりと目を覚ましたミルフィーユが、枕元に跪いている俺とアットムを交互に見る。
「……!?」
いや、残念ながら奇跡ではなかったようだ。
勅命だ。
すぱっとふすまが開いた。合法ロリ姉妹が腕組みなどして俺とアットムを見下ろしている。不法侵入の現場を押さえたハニーメープルが呆れたように言う。
「来ると思っていましたよ。……センセイまで一緒になって何をやっているのですか」
しかし想定内だ。無事には済むまいと予め覚悟していた。すかさず俺は言った。
「ガムジェムは無事か?」
マーマレードがぴしゃりと言う。
「黙れ」
なるほとね。耳を貸すつもりは一切ない、と。賢い遣り方かもな。だが甘い。無視ってのは意識せずしてやれることじゃない。俺を警戒しているな。この場に居ないモョ%モ氏に全ての罪を着せるつもりだったが、予定を変更してお送りするぜ。
俺は強気に出た。
俺を殺すか? いいや、無理だね。お前らティナンは優しすぎる。殺せやしないさ。
……コミュ障ティナンが枕をぎゅっと抱き締めて恨めしげに俺を見ている。
俺はアットムに目配せした。アットムがコクリと頷き、合法ロリ姉妹に綺麗にラッピングされたプレゼントを差し出す。
「あの、両殿下。これ……」
もじもじとしているアットムくんには悪意などカケラも見当たらない。そんなことは、コイツを雇っているティナン姫が一番よく知っている筈だ。
マーマレードがコクリと頷いた。
「う、うむ。……しかしアベルよ。深夜に淑女の部屋に無断で立ち入るのは感心しないぞ」
くくくっ。気を緩めたな。だから甘いと言うのさ。この場で一番格上のマーマレードが態度を和らげれば、ハニーメープルとミルフィーユも俺たちを責められなくなる。空気ってのはこう使うのさ。
そう、ティナンに俺らは殺せない。多少お小言を貰って無罪放免という寸法よ。
だがティナンは本当に優しいので、心からプレイヤーと仲良くしたいと願うあまり俺らのカラダの構造に興味津々で血や内臓すら厭わない天使のようなティナンも居る。
すぱっとふすまが開いた。
「あなたのことは」
コニャックさん。
「センセイ。初めて会った時から、ずっと気になっていたよ……」
俺は吠えた。
離脱しろ! 先生に指一本触れさせるなッ!
「こ、コタタマ! ダメだ!」
前に出ようとする俺の腕を、先生がガシッと掴む。しかしキャラクリの都合上、先生は握力がほとんどない。俺は先生のひづめを振り解いてコニャックにタックルを仕掛けた。
アットム! 行けっ! ポチョ! 先生を頼む……!
ティナンに弱点があるとすれば、その内の一つが体重の軽さだ。俺は全身に力を込めてコニャックの身体を持ち上げ押し込んでいく。ふすまを突き破り、庭に出た。しかしコニャックは訳もなく俺のタックルから脱した。俺の両腕に手を掛けてくいっと下に押す。たったそれだけのことで、俺の両腕は使い物にならなくなった。
俺はつんのめって庭をごろごろと転がる。コニャックさんが俺を見つめる眼差しはどこまでも優しい。
「ああ、コタタマ。嫉妬したのかい? ふふ、可愛い子だ。そう心配せずとも、君への興味はいささかも衰えはしていないよ」
合法ロリ姉妹とコミュ障ティナンが、俺と飼育員さんを追って庭に降りてきた。標的を俺に絞ったようだった。
ウチの子たちは動けずにいる。判断が遅い。俺は舌打ちして吠えた。
行けっ! 俺は必ず生きて帰る!
「ぺ、ペタさん」
ふらふらと前に出ようとする赤カブトを、スズキがぐっと腕を掴んで制止した。そうだ。それでいい。先生を頼む。
ギリッと歯噛みしたアットムが先生の手を引いて率先して駆け出した。
「行こう! コタタマは強い男だ」
ポチョも続く。スズキと赤カブトを抱きかかえ、残像の尾を引いて遠ざかっていく。
取り残された俺に、四人のティナンがじりじりと迫ってくる。マーマレードがぽつりと呟く。
「コタタマ。お前は不思議な男だ。お前さえ押さえれば、あとはどうとでもなると思わせる何かがある」
光栄だね。精々ご期待に応えられるよう足掻くとしよう。
ティナンご一行に一名様が追加した。ティナン四天王の一人だ。ティナンにしては育った女で、髪は長い。背格好はコニャックとあまり変わらないが、ティナンにしては色気がある。
「あんたがコタタマ? 面白いヒューマンなんだってナ?」
五対一か。俺は目に力を込めた。さて、ティナンにどこまで通用するかね。
脚照!
合法ロリ姉妹が動いた。大きく左右に回り込んで俺の視線を避ける。速いな。キッチリと俺のセクハラに対策を練ってきたらしい。いったんは距離を詰めて一気にトップスピードへ。俺は視野こそ広いが、目玉を動かすスピードには限度がある。
だが甘い。今の俺にそいつは通用しない。レベルが上がったことで、俺の目は更に進化している。
嗅グ乳!
心眼の応用だ。俺の脚照は、もはや視線すら越える。人には妄想という力があるからな。サトゥ氏がキャラロストしてからというもの、俺は妄想の一点に絞って目を鍛え上げてきた。
俺のセクハラに絡め取られたツルペタどもが悲鳴を上げてしゃがみ込む。
だが、俺もまた立っていられなかった。目の奥に疼痛が走り、片膝を屈する。何だ? この疲労感は……。うっ。俺の右目が潰れた。くそっ、こんなバカな。一体……。
俺はハッとした。新手のティナンを睨み付ける。お前……。
新手のティナンは長い髪を掻き上げ、頬を染めて言う。
「俺、男だけどいいの? 節操なしだな」
くそっ、やられた。これまで見た中で誰よりも色っぽいティナンなのに、男って。そんなのアリかよ……。
マーマレードの策略だろう。俺はセクハラ神の教義に反してしまった。ダメージは大きい。視界がぐるぐると回る。ダメだ。立てない。意識を保つことさえ……。ぐらりと前のめりに倒れ込む俺を、コニャックさんが抱きとめてくれた。飼育員さん……。
「さ、地下に行こうね。今日は少しやり過ぎてしまうかもしれない。でも仕方ないだろ? そんな健気なところを見せられたら、ね」
俺は地下に連れ込まれた。
今日の飼育員さんは激しかった。
2.山岳都市-上空
肉体のくびきから解き放たれた俺は、アストラル体となってゴミどもの営みを上空から見守る。
どいつもこいつも浮かれやがって。
そして、どういう理屈になっているのかは知らないが、俺の旧ボディが自壊せずに原型をとどめている。まるで銃の山だ。
そいつをモミの木に見立てているらしく、ゴミどもによってイルミネーション施された銃の山がキラキラと輝いている。
黒いモミの木の前で、ゴミとゴミがはしゃいでいる。愛の告白をしようとしているらしく、ゴミどもがやんやと囃し立てている。
カップルが成立したようだ。ゴミとゴミが抱き合い、周りのゴミどもがわっと歓声を上げた。
端から順に殺したいわ。全員死ねばいいのに。
そうした俺の真摯な祈りに呼応したかのように、黒いモミの木の自壊が始まった。
珍しく運営が気を利かせたらしく、山岳都市にクリスマスソングが流れる。このゲームのテーマソングをオルゴール調にして抜粋した感じだ。
自壊した俺の旧ボディが黒い雪となって山岳都市に降り積もっていく。
それは、とてもロマンチックな光景だった。
浮かれ気分のゴミどものことだ。黒い雪を手のひらで受け止めて「あ、雪……」くらいのことは言ったかもしれない。
しかし黒い雪にはプレイヤーを機械化しオート戦闘を強要する効果があったらしく、ゴミどもは派手に同士討ちを始めた。
意識はあるらしく、ゴミどもの悲鳴と慟哭が山岳都市を埋め尽くしていく。
俺はにっこりと笑った。
俺のクリスマスプレゼント、喜んで貰えたかな?
この日、山岳都市は機械化したゴミどもがうろつく地獄と化した。
これは、とあるVRMMOの物語。
のちにブラッククリスマスと呼ばれる凄惨な事件の幕開けであった……。
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