GunS Guilds Online!
1.山岳都市ニャンダム-民家-屋根の上
クリスマスイブだがリアルの予定は特にないのでゲームをやっている。
タコ野郎の咆哮にアンパンが「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
「れ、レベル……4862……?」
すっかり怯えきってしまっている。
まぁ無理もない、のか? これまでに観測されたレイド級の最大レベルはポポロンの3511だ。
レベルは上に行くほど多くの経験値を要する。だとすれば、ポポロンとョ%レ氏の間には数値以上の大きな隔たりがあることになる。
俺はアンパンを引っ掴んで抱き締めてやった。
「わっ!? だ、旦那? な、何すんのさ」
俺はョ%レ氏から目を離さない。
アンパンの細っこい背中をさすってやりながら噛んで含めるように言って聞かせた。
総力戦になる。落ち着け。お前の力が要る。ありゃ化けもんだ。俺らにゃ怯えてる余裕なんざねえぞ。
アンパンは戸惑いながらも頷いた。
「う、うん」
ョ%レ氏がタコ足をたわめる。
来るぞッ!
来なかった。
しゅるしゅると縮んだョ%レ氏が山道を下ってくる。タコ足の一つに鎖を持っていて、鎖の先にピンク色のトナカイを連れている。新種のモンスターか? トナカイにしては肥えている。着ぐるみ部隊に近い体型をしているが、直立歩行は難しそうだ。悲しそうな目をしてやがる。まさか? いや……。
そのまさかだった。ピンクトナカイは切なそうに鳴いた。
「約束が違うじゃないスか……」
ョ%レ氏は、ピンクトナカイの言葉を無視した。うにょうにょとタコ足を動かして山を下り、山岳都市からよく見える目立ちそうなところで立ち止まった。うにょるとタコ足を偉そうに組んで見下してくる。
【私が運営ディレクターのョ%レ氏だ】
全体チャットだ。ティナンの耳にも届いているらしく、わあっと歓声が上がった。
いやに好意的だな。ああ、そうか。ティナンの大半は迎神教の教徒だ。そうだよな。
今ここで行われているのは、ティナンたちが待ち望んでいた「救いの日」なんだ。
ティナンたちは熱狂している。
俺たちにはその気持ちは分からない。
俺たち日本人は無宗教だからだ。ましてゲーマーにとって宗教とは胡散臭いものであるという認識がある。ラスボスは教会に潜んでいるというのが、よくあるパターンだったから。
……俺たちは蚊帳の外に置かれた。
先生がぽつりと呟く。
「……そう来るのか」
え。先生? そう来るって……何か分かったんですか?
「レ氏はティナンを味方に付けるつもりだ」
なん……ですって?
何のために、そんな……。いや、違うぞ。そうじゃない。簡単なことなんだ。
マウンティングだ。
ヤツは、人気者になって困るつもりなんだ。この俺たちの、目の前で。
大歓声に応えてョ%レ氏が劇団のスタアのようにタコ足を左右に広げた。
【ありがとう。ティナンの諸君。随分と長らく待たせてしまったようだね。そうとも。私が運営ディレクターのョ%レ氏だ】
二回言いやがった。大事なことだから二回言いやがったんだ。
【諸君らはこの私を神と讃える。あるいはそうかもしれない。私はあえて認めよう。何故なら諸君らが暮らすこの世界、GumS Gems Onlineを築き上げたのは、このョ%レ氏なのだから】
ョ%レ氏が動く。魔石を取り出して手提げのバスケットをクラフトした。タコ足をバスケットに突っ込んで、掴み取ったお菓子をバラ撒く。歩きながらお菓子をバラ撒いていく。……まるでライブ会場だ。
ティナンは熱狂の坩堝だ。わあわあと手を伸ばしてョ%レ氏がバラ撒いたお菓子を受け取ろうとする。
俺たちは蚊帳の外だ。
相伴に預ろうにも、ババッと宙返りしたティナンが目の前を過ぎ去ってお菓子を攫って行ってしまう。
【ありがとう。ありがとう】
ョ%レ氏はピンクトナカイを連れて山岳都市を練り歩き、お菓子をバラ撒き続けた。具体的な話は何もしなかった。ただ感謝の言葉を吐き出し、わあわあと手を伸ばすティナンに握手をしてやったり子ティナンを抱き上げてくるくる回ったりした。
本当にそれだけだった。
そして、ティナンたちはそれだけで良かったのだ。
何故なら救いの日は齎されたのだから。
ティナンたちはレイド級を欲していた。
ョ%レ氏がオープニングで本性を露わにしたのは、自分がそうなのだと知らしめるためだ。
そして、それはあながち間違いではない。
そう。ョ%レ氏は、このゲームの運営ディレクターなのだから。
二時間に及ぶョ%レ氏の単独ライブを、俺たちは、ただただ延々と見せつけられた。
ログアウトしても良かったのだが、そういう訳にも行かない事情があった。
もう俺たちは、あのタコ野郎の計画性を疑うことができなかった。
一つ一つの行動に意味がある。無意味は行動はしないという信頼を力尽くでブン取られた。
良い子のティナンたちは夜9時には眠りに就く。唯一の例外は王族の勅命による活動時間の延長だ。
そして、その例外は今日に関しては必要ない。
寝静まった山岳都市に、ョ%レ氏の声が染み入るかのようだった。
「さて……。プレイヤーの諸君。アンコールと行こうか」
ョ%レ氏がカッターシャツをクラフトした。闘牛士のようにカッターシャツをバサリと翻してくるりと回ると、手品のようにパッとリア充の権化バージョンに変身した。袖口のボタンを留め、熟れた仕草でネクタイを巻きながら言う。
「この形態を、本来であればハイフレームと言う。一定基準の条件を満たすことで対象のスキルを奪い、どこまでも強くなるフレームだ。本来ならばね。諸君らの場合は……もしも気分を害してしまったなら申し訳ないが……リソースが不足していてね。より条件を厳しくするしかなかった。条件とは、つまり【戒律】のことだ。スキルドレインはスキルコピーへ。スキルサポートを切除。諸君らの認識で言うなら魔力操作ということになるか。悪いね。要らぬ苦労をしていることと思う。リソースが足りなかったのだよ」
月明かりの下、ョ%レ氏は髪に櫛を通して髪型を整えていく。前髪を搔き上げ、撫で付けていく。腕時計を巻き、クラフトしたスーツをバサッと翻して袖を通した。
「そう。本来ならば、この形態はハイフレームと言う。しかし習慣的にハイフレームはコンフレームの上位と位置付けられる。よって諸君らの貧弱なリソースに合わせると、今現在の私はコンフレームと言わざるを得ないのだよ。ああ、今でも克明に思い出せるよ。私はね、そんなことがあるのかと驚いたものだ。何しろスキルコピーだ。諸君らは理論上、際限なく強くなれる。にも拘らず、我々の基準で言うコンフレームに劣るなどということがあるものか。そんな筈はないと私は、生まれて初めて自らの頭脳に疑いを抱いたのさ。まぁ今となっては貴重な体験だったように思う。つまり、だ」
ちらっと腕時計に目線を落としたョ%レ氏が、顔を上げて凄絶な微笑を浮かべた。
「これ以上、手加減してあげることはできないんだ。本当に申し訳なく思うよ」
アナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】
【警告!】
【強制執行】
【手招く災禍】
【決して終わることはない】
【安らぎがあなたを縛るだろう】
【勝利条件を追加しました】
【勝利条件:ディープロウの殺害】
【制限時間:01.36.75…74…73…】
【目標……】
【英雄】
【ディープロウ】【ョレ】【Level-99】
俺は吠えた。
「殺せーッ!」
ゴミどもが一斉に駆け出す。
標的は一人。いや二人か? いやピンクトナカイは犠牲者だ。敵じゃない。
ピンクトナカイは月を見ていた。切なげに鳴き声を上げる。
「約束が違うじゃないスか……」
これは、とあるVRMMOの物語。
ハッピーメリークリスマス。
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