ペタタマは動かない
1.クランハウス-居間
スズキが前屈みになって俺の顔を覗き込んでくる。
「コタタマ、気持ちいい? 私、ちゃんとできてる?」
おう。気持ちいいぞ。ちゃんとできてるから心配すんな。
床にとんび座りした半端ロリの太ももに頭を乗っけて耳掻きをして貰っている。
しかし何だな。気持ちはいいが、耳ン中でカサカサした感じが一切しない。俺が所感を述べると、劣化ティナンさんはホッとしたように笑った。
「耳垢一個もないよね。これ意味ある?」
このゲームのキャラクターは老廃物を出さない造りになっている。
汗は掻くし血も出る。腹を切れば内臓さんがコンニチハするのだが、皮脂が浮くとか汗臭くなったりはしない。多分母体に還元されているのだろう。そんなことは今更確認するまでもないことだ。
だから表向きは実験と称しているが、俺の目的は別にある。
……俺のナカ、どうだ?
「どうって言われても……」
スズキにエロいことを言わせようとしている。新しい形のセクハラに挑んでいた。
つい先日、俺はコオロギ女に敗北を喫した。ヤツの成長を読めなかった。それはまぁ仕方ない。俺の知らないところで勝手に成長されては手の打ちようがない。俺はリリララじゃないからな。予見しろってのは無理な話だ。問題はそのあと。対応、リアクションが甘かった。ガキンチョが相手とあって思い付きすらしなかったのだが、今になって思い返してみれば勝機は残されていた。
セクハラだ。セクハラすればヤツらの足並みを崩すことはできた。相手がガキンチョだからってセクハラしないのは、俺にとって角飛車落ちで将棋を指すようなものだ。
とはいえガキンチョにセクハラしても俺はまったく嬉しくないので、従来のセクハラとはまた異なる方向性を模索している。
俺は、もっと強くなれる。
半端ロリにエロいことを言わせようとしているのは、その一環だ。
俺は、スズキが尻を乗っけているクッションの端を爪でカリリと引っ掻いた。もう、負けない。俺は強くなりたい。
劣化ティナンが耳掻きを俺の奥にドンドン突っ込んでくる。ちょっ、待て。それは攻めすぎだろ〜。俺は苦笑などして横目にスズキを見上げて、ギョッとした。
スズキさんはうっとりとして俺を見つめている。緩んだ口元から熱っぽい吐息を漏らし、
「コタタマのナカ、こうなってるんだ……?」
殺される。
俺はスズキの手をガッと掴んで引き離そうとするが、力では到底敵わない。丁寧に指を引き剥がされた俺は、ヤケになってスズキのお腹に顔面を押し付けて叫んだ。
「コンニチハー!」
「やんっ」
艶っぽく声を上げたスズキが俺の頭を両手でしっかりと押さえ付けてくる。そして重大な秘密を打ち明けるように声を潜めた。
「ね、コタタマ。今、二人きりだし。たまには……ね? 私だって我慢してるんだから。ポチョとジャムが笑ってるのは好き。私も嬉しいけど、こういう時くらいは……。ね?」
あ〜。いや、そうか。俺もお前に甘えすぎてた面はあるかもな。俺は反省した。てっきり殺されるかと思ったが、そういう話ではないのだ。
ちんちくりん一号は見た目こそ幼いが目端が利き、バランス感覚に優れるためウチの三人娘で長女ポジに居る。ポチョと赤カブトの面倒をよく見てくれている。俺も知らず知らずの内にスズキに任せておけば大丈夫という思いがどっかにあった。けど、コイツだって別に自立した大人って訳じゃない。元来、人付き合いが得意なほうでもない。スズキにとってポチョと赤カブトは特別なんだろう。
俺は三人娘のママだから、長女もしっかりとケアしなきゃならない。その認識が俺には欠けていたのだ。
俺は耳掻きを耳の穴にブッ刺された。苦笑を漏らし、小せえのを抱き上げてやる。お前は軽いなぁ。……言うほど軽くはないが。俺は胸中で呟いた。ラブコメなんかだと主人公がヒロインを抱き上げて軽いとか言うが、人間は重いものだ。5キロや10キロ違ったところで大差はない。この半端ロリの目方が40キロを下回ることはあるまい。立派な重量物だ。しかも丁重な扱いを要求される割れ物で、かつ炎天下に放置できないナマ物。熟達した引越し業者でさえ運搬を躊躇うシロモノである。尖った部分がないので壁や床を傷付ける恐れは少ないのがせめてもの救いか。
スズキは何かと小さいのを気にする素振りを見せるが、俺は知っている。それはコンプレックスと言うほどのものではない。女にとって小さい、軽いというのは必ずしも欠点とは言えないからだ。ただ周りがやたらと可愛いだのと言ってくるから、そんなことはないよと否定してみせる癖が付いている。女のコミュニティにおいて可愛いと言われて肯定するのはヤな奴なのだ。逆に否定から入るのは、そんなことないよと言って欲しい表れである。
だったら乗ってやればいい。簡単な話だ。
俺は小せえのを抱き締めてヨシヨシと頬ずりしてやった。
スズキは小さくて可愛いなぁ。俺は好きだぞ。くっ付きやすいし。
「え〜?」
スズキはもじもじしながら、耳掻きをぐいぐいと俺の奥に押し込んでくる。鼓膜はとうにイッてしまったが、俺にはもう片方の耳がある。まだ大丈夫。俺は生きる。
今こそ練習の成果を発揮する時だ。
俺は腕の中にすっぽりと収まっている小せえのを見下して傲然と言い放った。
「俺の一番奥、イイだろ?」
「私だけだね。コタタマのココ、知ってるの」
あれっ、なんか思ったのと違うぞ?
俺は耳掻きを一番大事なところにブチ込まれて死んだ。
2.人間の里-居酒屋【火の車】
まだまだ発展の余地ありだな〜。
話し相手を隠語を誘導するのは難しい。一歩間違えれば俺がセクハラされるのか。
ダッシュで死に戻りした俺は、行きつけの居酒屋で一杯やることにした。まぁそれがメインの目的ではないのだが……。
カウンター席で陰気な男が黙々とモツ煮を食っている。俺はそいつの肩をぽんと軽く叩いて隣の席に座った。
よう。サタウ。久しぶりだな。調子はどうだ?
「……君か。クラン潰し」
復讐に燃える男、サタウだ。仲間が聖騎士被害に遭って復讐を誓っていたが、その黒幕がサトウシリーズの元盟主だったと知って追っているという話だったな。
少し見ない間にますます眼光が鋭くなっている。よほど荒んだ暮らしをしているらしい。根がイイやつだからなぁ。スマイルの旦那に近付こうとするなら、それ相応に自分の手を汚さなければ無理だろう。悪党は悪党とつるむ。君主のジョブを持っているスマイルは身辺警護にかなりの力を割いている筈だ。そうするだけの価値が、君主のエリアチャットにはある。
だから、な? よく分かったろう。お前じゃスマイルの旦那はやれないよ、サタウ。
「……そうかもしれない」
サタウは認めた。牙が折れ掛かっている。当たり前のことだ。復讐という動機は一番にはなれない。
「隙がない。客を装って接近を試みても、出てくるのは末端の人間だ。一応クランを組織はしているようだが、実体がない。……少し、疲れたよ」
そう言ってサタウは、ちらりと俺を見た。
「どうしてここに? 査問会か。私と会うためにわざわざ? 何を企んでいる」
人聞きの悪いことを言うなよ。お前さんには先生救出大作戦で世話になったからな。その借りを返す日がやって来た。それだけのことだ。
もういいだろ。サタウ。お前はよくやったよ。しょせんゲームじゃねえか。殺った殺られたでいちいち騒いで何になる? もういいじゃねえか。お前には帰りを待ってくれてる連中も居る。
「私は……」
サタウ。お前は弱い人間だ。仲間を切ることでしか踏ん切りを付けることができなかった。自分を追い込むことでしかブレーキを手放すことができねえ。それは人間としちゃ正しい資質だ。ここから先はお前みたいなイイ子ちゃんが足を踏み入れていい領域じゃねえよ。仲間の元に戻りな。
……サタウは優しい男だ。復讐なんか似合わない。俺は本気でそう思っているし、サタウが心のどこかで期待している言葉をくれてやったつもりだ。
しかし運命というやつはどこまでも皮肉に出来ているらしい。あるいは俺のアビリティがそうさせるのか。
店内に三人組の客が入って来た。その内の一人が、親しげに俺の肩を叩いてニコリと笑う。
「やあ。コタタマくん。サトゥの件は残念だったね。お悔やみを申し上げるよ」
スマイルの旦那……。
サタウの表情が一瞬で憎悪に染まった。腰の剣を抜き打ちしてスマイルの首を刎ねに掛かる。だが腐ってもサトウシリーズの元盟主だ。β組の才覚は一般プレイヤーのそれを凌駕している。慌てた様子もなく後ろに下がって軽々と躱した。追撃を仕掛けるサタウ。スマイルはひゅうと口笛を鳴らした。
「アオ。ミドリ」
短い命令。スマイルの側近、アオとミドリが動く。アオは斧使いの男、ミドリは槍使いの女だ。ミドリがアオに言う。
「一人でいい。隊長を」
スマイルの敵はどこに潜んでいてもおかしくない。アオがスマイルの守りを固め、ミドリがサタウの相手をするようだ。一人で対処できるという強い自負心がある。
するすると後退していくスマイルを、サタウは追うことができない。ふわりと跳躍したミドリを、
「どけッ!」
一刀の下に叩き伏せようとするが、ひらりと躱された。最初の三人。アオとミドリは、国内サーバーで最初に【スライドリード】の段階を解放した三人の内の二人だ。ミドリはその片割れ。宙を泳ぐようにくるくるとサタウの頭上を揺蕩う。【敗残兵】の空中殺法とは違う。ひどく緩慢な動きだ。
サタウが嬌声を上げた。
「アッー!」
最速最短の攻撃でミドリを撃墜しようとするが、それは悪手だ。ミドリは明らかに攻撃を誘っていた。【スライドリード】のシフトチェンジをある程度まで修めたなら、空中は身動きが取れない場所ではない。360度を自在に泳ぎ回ることができる。まして剣術というのは頭上から襲い掛かってくる敵を想定したものではない。そんなバカをやる人間はリアルには居ないからだ。
ふわりと回って剣を遣り過ごしたミドリがサタウの肩に乗る。体重で押し潰されたサタウがうつ伏せになり、その背中にミドリが尻を乗っけている。ミドリがサタウの首のすぐ横に槍の穂先を突き立てた。やろうと思えばすぐにでもサタウの首を落とせる体勢だ。
サタウは負けた。圧倒的な実力差だった。
決着したと見て、スマイルがぱちぱちと拍手しながら寄ってくる。
「いいね。ミドリの戦いには華がある。やはり男性と女性では違うな。アオ、君も女キャラクターになってみてはどうだ?」
スマイルの軽口にアオは何ら反応を示さなかった。無言でスマイルに付き従う。
ミドリが笑った。腰掛けているサタウにニコリと微笑みを投げて、少しも申し訳なさそうに思っていなさそうな口調で言う。
「ゴメンね? あなたのことよく知らないけど、隊長のこと恨んでるみたいだから。けど、あなたは弱いからダメみたい。これゲームなんだからさ。強くなくちゃ何もできないよ? もっとがんばろうね。私もがんばるから」
軽薄な女だな。身も心も言葉もふわっふわだ。しかしパンチラ……。その一点に関しては認めざるを得ないだろう。白のレースか。悪くない。
サタウは屈辱に身を震わせている。取り落とした剣を引っ掴んでミドリに突き立てようとするが、それよりも早くスマイルに肩を刺された。
サタウの肩を剣で串刺しにしたスマイルが言う。ニコニコと笑ったまま。
「お前、もしかしてサタウか? ほとんど別人じゃないか。一瞬誰か分からなかったよ」
サトウシリーズは国内サーバーで最大派閥の一つだ。元盟主だからといって全員の顔と名前が一致している訳ではないのだろう。
サタウが有りっ丈の憎悪を込めてスマイルを睨み付けた。
「どうして殺した」
「ん?」
「あんたがやったんだろう。私の仲間を。どうして」
スマイルはしばし沈黙した。目線を斜めに遣り、遠い記憶に思いを馳せているようだった。ようやく思い至ったようで、小さく頷いて「ああ」と声を上げる。
「その件か。安心してくれ。個人的な恨みとかじゃない。別に誰でも良かったんだよ。ただ、お前が一番適任だった。仲間思いで、廃人にも負けないというプライドを持っていた」
サタウはミドル層だ。実際、廃人に迫る腕前を持っている。限られた時間を有効に使ったなら決して不可能ではない。不可能ではないが……。
「しかしよく考えてみてくれ。そんな筈がないだろう? サタウ。お前のクランは幾人かの廃人PKerを撃退したが、それらは私が指図したものだ。少しくらいは疑問に思わなかったのか? お前たちでは廃人には勝てないよ。まず費やした時間が違う。お前は恵まれた人間なんだろうね。定時には仕事を終え、休日は趣味の時間を目一杯とる。その上、廃人にゲームで勝とうなんて虫の良すぎる話だ。無理なんだ、そんなことは」
「どうして……」
「どうしてそんなことをしたのか、か? 先生だよ」
ん? 先生に一体何の関係がある? 俺は注文したつまみに舌鼓を打ちながら疑問に思った。
スマイルが続ける。
「当時の私はね、先生がプレイヤーの質を上げてしまうのではないかと危惧していた。それくらい彼は素晴らしいプレイヤーで、強い影響力を持っていた。まぁそれは杞憂に終わったが」
なるほど。俺は醤油に生姜を溶かしながら一つ頷いた。プレイヤーの質を落とすために聖騎士の種をバラ蒔いたのか。どいつもこいつもマナーを守るようになったらRMTなんて成り立たないからな。
俺は馬刺しっぽい何かを醤油に浸してパクついた。美味い。これがまた酒と合う。キンキンに冷えたビールをゴッゴッと喉に流し込みつつ、俺の忠告を無視して復讐に走った愚かなサタウの末路をじっと見守る。
「どうしてだっ……! どうしてなんだ!」
「サタウ。お前のクランは、とても良質なメンバーが揃っていた。そこに私はほんのひと摘みの驕りを与えた。廃人にも負けやしないという驕りを。あとは知っての通りだ」
そう言ってスマイルはちらっと俺を見た。
……まぁクランを潰す遣り方ってのは色々とある。その中で一番確実かつ手間が少ないのは、人間関係を破綻させることだ。俺が最も得意としている内部工作の一つである。
そういえば昔、スマイルの旦那とはそういう話をしたことがある。気遣いのできるメンバーが揃ったクランが潰されるとすれば、どういう手段があるかという話だった。
……おいおい、するってえと何か? サタウのクランを間接的に潰したのは俺ってことか? いやいや、違うな。そいつは違うぜ。俺は飽くまでもこういう手がありますよと提示したに過ぎない。やるやらないは個人の判断だ。俺は悪くない。
俺はビールを追加注文した。
スマイルの旦那が俺の肩をガッと掴んでくる。あんだよ。
「コタタマくん。ウチに来ないか?」
RMTの片棒を担げってのか? 旦那。俺ぁ真っ当なゲーマーだぜ?
「私は常々不思議に思っているのだが……。どうして楽をして稼ごうとしないんだ? 皆がそうだ。ネットでは仕事に行きたくないと言いながら、わざわざ茨の道を行く。不思議でならないよ」
趣味は趣味、仕事は仕事だ。俺ぁな、楽しいって感情をあんまり信用してねんだよ。このネトゲーに骨を埋めようって考えて何度手のひらを返したことか。そうさ、楽しいは信用できねえ。旦那、あんたもそうだ。いずれ楽な商売とやらが苦痛になるぜ。そん時によ、精々身持ちを崩さないよう気を付けるんだな。俺なら有象無象のゲーマーに出来高を見張られるような仕事はゴメンだね。
「君の営業力に私は高い期待を寄せている。幹部の椅子を用意して待っているよ。その時は、ここに居るミドリとアオは君のものだ。自由にしてくれていい。気が変わったらいつでも言ってくれ」
自由ってお前……。
俺は、何となくアオとミドリを見た。
「?」
ミドリはよく分かっていないようだ。あいまいに微笑むと、首を傾げて俺を見る。
アオは少し動揺していた。俺と目が合うと慌てて視線を逸らし、非難の目でスマイルを見る。
「……隊長。その話、俺は納得していないと」
「そうだったか?」
サトウシリーズ御大は軽やかに笑って、【火の車】を去って行った。負け犬のサタウを残して。
負け犬は呆然としていた。勝てるビジョンがまったく浮かばなかったのだろう。ミドリは強かった。キャラデリする前のサトゥ氏に匹敵するかもしれない。
床に這いつくばっているサタウが、ぼそりと呟く。
「勝てない……」
そうかぁ? 俺は懐疑的だ。
人間は脆い。刺せば死ぬ。スマイルの旦那は、大物ぶっちゃ居るが、β組の中では飛び抜けて才能があるほうじゃない。ヤツもまた足掻いてる。だから、わざわざ俺の元に足を運んでスカウトの話を持ち掛けたんだろう。
サタウが俺を見る。すっかりしょぼくれちまって。
「それだけじゃない。ヤツらは【敗残兵】と手を結んだ」
俺は何も聞かなかったことにした。
3.クランハウス-居間
その翌日の話である。
クァトロくんがウチの丸太小屋に知らない女を連れてきた。
小さな女キャラである。本当に小さい。背丈はピエッタと同じくらい。クァトロくんと並ぶと、まるで小学生カップルのようだ。
知らない女と仲睦まじく手を繋いだクァトロくんがニコッと笑った。
「友達ができまして。ご紹介にと」
ほーん。
居間で経験値稼ぎをしていた俺は、適当に相槌を打ってからクラフトした藁人形をテーブルに置いた。ちんちくりん四号を上から下までまじまじと眺めて言う。
で? 今度はドコの%何某なんだよ?
これは、とあるVRMMOの物語。
ひとまず新キャラは疑っていくスタイル。
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