雷と共に去りぬ
モンスターには縄張りが決まっていて、該当マップから外に出ることはない。それは、これがゲームだからだと思っていた。
しかし本当にそうなのか。
眷属はレイド級に忠実だ。逆らうという選択肢そのものがない。ティナンに育てられたスピンですら、スピンドックの近くに行けばあっさりと奪い取られる。上位個体に備わる下知の力。それをより強力にしたものだろう。
マップという明確な区切りがあるのは、レイド級の意思によるものなのではないか。
例えばポポロンが「この森は自分のものだ」と認識したなら、眷属はわざわざ森の外に出て行こうとはしないだろう。
マップの線引きをしているのはレイド級で、縄張りを広げようとしないのは必要がないから。天敵が居ないからだ。ブーンじゃスピンドックを狩れない。一瞬で消し炭にされる。むしろ逆だ。雷を操るスピンドックこそがブーンの天敵。渡り鳥は方角を磁場で見るという説がある。まだ幼い雛を育てているワッフルにとって、スピンドックは目障りな存在だ。だからブーンをけしかけてスピンドックの眷属を狩っているのかもしれない。
眷属にとってレイド級は絶対だ。
しかし常設ダンジョンのモンスターにはレイド級が居ない。マップの縛りがない。だから人間が見つけた抜け道を当たり前のように這い上がってくる。
そして這い上がってきたモンスターを俺がキャッチして野に放つ。言うなればバリアフリー。野に放たれたモンスターがゴミを分解処理する。キレイな街づくり。加工されたゴミを俺が山に埋める。地域貢献。エコだ。
かつて先生が言ったように、俺は他人に優しい男になりたい。他人が嫌がることをしてはいけないと人は言う。だが実際はどうだ? 世にのさばるのは小学校で習うような簡単なことすらできない俺のようなゴミであり、割を食うのはいつだってお犬様や先生のような高潔な人格者だ。俺が怒りを捨てられないのは、俺をイラつかせるゴミどもが延々と湧いて出るからだ。だから俺がこの地上からゴミどもを一掃する。ゴミどもを俺が管理し、ごく一部の心の優しい人たちを大切に柵で囲って暮らす。俺ならやれる。いや、俺にしかできない。何故なら、いくら待っても誰も動かなかったからだ。だから俺が動く。俺は新世界の神になる。
1.マールマール鉱山-女神像付近
だが俺の巣作りはネフィリアにバレていた。
密かに俺を見張っていたクソ虫にヘッドショットされて死に戻りした俺を、女神像で待ち構えていた小娘どもが取り囲んでいる。ちっ、セーブポイントを読まれたか。だがネフィリアの姿は見えない……。へへっ、何だよ。詰めが甘ぇな。俺は胸中であざ笑った。ついこの間まで小学生だったガキンチョに一体何ができる? コイツらを騙すなんて簡単だ。
俺はぺらぺらと口を回した。
よう。こんなところで奇遇だな。勢揃いじゃねえか。どっか行くのか? ああ、そうそう。ネフィリアから伝言だ。何の話か知らねえが、命令の変更があったらしい。もう聞いたか?
おっとコオロギ女ことクリケットが俺の肩を極めている。何しやがる。
「耳を貸しちゃダメっス」
待てって。いいのかよ? お前らネフィリアの命令に逆らうのか? 確認くらいはしたほうがいい。当たり前のことだろ。俺がこう言ってるとネフィリアにささやきを送ればいい。そうすればハッキリする。大した手間でもない。
無論、嘘だ。俺は心の中でぺろっと舌を出した。確認されれば俺の嘘は簡単に露見する。だからそれでいい。クソ虫はささやきを使えない。この場に居ないネフィリアは俺の行動は読めても正確に現場を把握することはできない。だから情報の行き違いという体をとる。俺の狙いは、俺自身の足でネフィリアの元に向かい直接問い質すという姿勢を見せること。ガキンチョの判断力なんてものは高が知れてる。コイツらは生まれてからずっと誰かの指示でしか動いたことがないからだ。二手先、三手先を読むことができない。やったことがないからだ。だから習慣的に、誰かが指示をくれるのを待っている。その誰かに俺がなる。後は簡単だ。どうにでもなる。ガキンチョってのは妙なところで潔癖だからな。正しいことは誰が言っても正しいとか考える。でもな、そうじゃないのさ。上の言葉に逆らえないようお前らは仕込まれてるのさ。入念にな。くくくっ……。こんな手管は学校じゃ誰も教えてくれねえだろ? だからお前らはダメなんだ……。
ほら見ろ。マゴットが食いついたぞ。
「別にそいつの味方する訳じゃないけどぉ……。は、話くらい聞いてやったら?」
くくくくっ……。俺は笑いを堪えるのにひと苦労だ。
俺は知ってる。マゴットはコイツらの中のヒエラルキーで上位層に居る。【提灯あんこう】のサブマスターで、雑用を押し付けられるでもないってことはそういうことだ。クラスの中心的な人物ってやつなんだろう。
そのマゴットの言葉にはそれなりの影響力がある。無視することはできまい。
しかしコオロギ女は頑として首を縦に振らなかった。
「ダメっす。マゴっちには悪いスけど、私は近接職っスから。もしもタマっちが逃げたら捕まえるのは私だから。私がみんなを守る。タマっちは私が連れてくっス」
!? こ、このクソガキ……。俺に無断で何を勝手に成長してやがる。言葉に熱がある。くそっ、切り口を間違えた。予想外だ。
俺は慌てて口を挟んだ。
ままま待て! 待ってくれ! 本当なんだよ! 俺は本当にネフィリアから聞いたんだ! お前らが命令違反するのは勝手だが、俺が連絡網の一つも回せねえやつだと思われるのは堪んねえよ。な? 頼むからネフィリアに確認を取ってくれ。それがお互いのために一番いい。そうだろ?
コオロギ女が俺の腕をひねり上げてきた。
「ダメ! コイツ何か企んでるっス! 無視してさっさと行くっス!」
くそがっ! くそがーっ!
俺は、ついこの間まで小学生だったガキンチョに力尽くで秘密基地に連行された。
2.エッダ水道-【提灯あんこう】秘密基地
くそがっ。
秘密基地の居間に叩き込まれた俺は、ソファにドカッと腰を下ろしてネフィリアと対面した。
俺に何の用だよ。せっかくいいトコだったのに、俺を知らない人から引き離しやがって。
ネフィリアは人差し指を立てると、指先にパチパチと細い稲妻を走らせた。ムッチョのゴミスキル【迅速発破】だ。
「巣作りはヤメロと」
あ痛っ。ネフィリアがちょいちょいと俺を指差してゴミスキルで俺に嫌がらせをしてくる。痛っ、やめろ!
「何度も言ってるんだが」
悲鳴を上げる俺に構わず、ネフィリアは更なる嫌がらせをしてくる。冷たっ。くそっ、今度はプッチョのゴミスキル【風速零下】だ。この女、ゴミスキルを完全に使いこなしてやがる。
「どうして私の言うことを聞けないんだ、お前は? ん?」
やめっ、やめろぉ!
「この私に同じことを何度も言わせるな。巣作りは危険だ。このゲームはMPKを想定した造りになっている。安易に運営が用意したレールに飛び乗るんじゃない。私の仕事を増やすな」
お前の仕事だぁ? ネフィリア。お前、何をやった。もしや上位個体を……。
「私が【ギルド】と手を結んだのはな、コタタマ。お前の真似をする輩を始末するためだ。お前は良くも悪くも目立ち過ぎた。ゲーマーが百人居れば一人くらいは五感の強化に走るだろう。千人居れば一人くらいは強化した五感でMPKに走るだろう。生まれたての上位個体を、【ギルド】ならば速やかに処理できる」
俺も何度でも言うが、ウサ吉に手出ししたら殺すぞ。
「ウサ吉は特別な上位個体だ。お前との約束もあるが、何より……。♯集積回路の奪還。おそらくは【ギルド】が次のステージに進むために必要なパーツを体内に取り込んでいる」
……一部の【ギルド】は♭集積回路を体内に隠し持っている。マナポーションの原材料であり、プレイヤーの【戒律】を強める働きを持ったパーツだ。
一部の貝が真珠を作るように、一定の規模に達した【ギルド】は群れを率いる指揮官を生み出す仕組みになっているのかもしれない。
だから連中は、擬似的な指揮官に収まったネフィリアをあっさりと受け入れたんじゃないか。
国内サーバーで最初に確認された合体版のクソ虫が、指揮官の最有力候補だったとしてもおかしくはない。
そいつをウサ吉が倒した。ウサ吉が【騎士】の称号を獲得したのは、♯集積回路とやらを得たからなのか……?
ネフィリアが人差し指と中指を立てる。
「♯集積回路と♭集積回路。指揮官の誕生に要する条件は二つある。命令を下すもの、命令を聞くものだ。……コタタマ。テイマーが【ギルド】を従える条件は知っているな?」
♭集積回路を引っこ抜くだったか。クソ虫を生かしたまま。
「そうだ。テイマーに繭は作れない。手にした♭集積回路はテイマーの体内に溶け込み、同化する。同化は手にしたその瞬間から始まる。♭集積回路とは【ギルド】の行動選択の蓄積だ。すると、どうなる? テイマーと【ギルド】はチップを介して同一の個体となる。少なくとも【ギルド】はそのように見なす。だからテイマーは薬剤師の二次職なのだ。彼らのクラフト技能は調合。混合、同化を司る」
……また嫌なことを聞いた。
テイマーがそうだと言うなら、プレイヤーには【ギルド】が仲間と見なしてもおかしくない素地があるということになる。
モンスターがプレイヤーに襲い掛かってくるのは……俺たちをクソ虫どもと同一視しているから、だったりするのか。
マナポーションの作成には特別な容器が要る。♭集積回路が自壊しないよう、とどめる役割を持つもの。その容器は魔石から作るのだ。魔石は魔物を倒すとドロップする。魔物と【ギルド】は相反する性質を持っている……。
だからウサ吉は♯集積回路を使いこなせない。クソ虫どもに命令を下すことはできない。♯集積回路の奪還に失敗したことで、クソ虫どもは指揮官候補を失った。そこに付け込んだのが、ネフィリアだ。
ネフィリアは繰り返し言った。
「ウサ吉は特別な上位個体だ。♯集積回路を体内に封じる特別な容器であり、奪還に動いた【ギルド】に追い詰められようともチップに頼らなかった。頼れない、使えないのだろう。あれが生存している限り、【ギルド】は私の忠実な駒だ」
おっぱい揉ませろ。
俺はセクハラした。
セクハラ卍解だ。
もはやネフィリアに遠慮する必要などない。このクズ女は、最初からウサ吉を殺すつもりなどなかったのだ。
ネフィリアは、ひどく優しげに苦笑した。
「そうか。まぁ……たまにはいいだろう」
あざす。
俺はすかさずおっぱいに手を伸ばそうとしたが、
「弟子の性癖に付き合うのも師の務めなのか。教育とは難しい」
ガッと手を掴まれ、杖を突き付けられた。
んん? 何スか?
ネフィリアさんはふいっと顔を逸らした。頬が少し赤い。
「……理解しかねるが、女に殺されるのがそんなに気持ちいいのか。今回は特別だぞ」
言っている意味が分からない。
ネフィリアは困ったように俺を見ている。
「どっちがいいんだ? 【全身強打】と【重撃連打】の。正直、私には違いがよく分からなくてな。お前が選べ」
えっ。嘘でしょ?
お前、もしかして俺を殺そうとしてます? ご褒美と称して?
いやいや。ネフィリアさん。いやいや。それはない。それは誤解だから。俺は女に殺されて気持ちいいとかないから。何をどうしてそうなった? おかしいだろ。違いだって? 違いなんざねーよ。どっちも死ぬよねっていう。おい、聞き分けのないガキンチョを見るような目を俺に向けるな。
「判断が遅い。【重撃連打】だ。せっかく選ばせてやろうと思ったのに。本当は【全身強打】が好きなんだろう? どう違うんだ? 言ってみろ。この変態め」
ええ? 俺が責められる側なの?
待ってよ。ねえ。新境地を開拓してる場合じゃないでしょ。なんで俺が。
「いいから。じっとしてろ。私はリリララよりも上手くやってやる自信がある。要は最大ダメージを叩き出してやればいいんだろう?」
待ちなさいっての。ネフィリア。お前は冷静な女だ。俺が本気で嫌がってるのくらい分かるだろ。殺さなくていいんだ。俺は死にたくない。生きたい。お前は俺におっぱいを差し出してくれればいいんだ。それが一番なんだよ。分かってくれるな?
ネフィリアは「分かった分かった」軽く受け流した。
「【重撃連打】は術者に最大ダメージが入る仕様だ。暴れるなよ」
あ、【重撃連打】でお願いします。
俺は察した。俺はネフィリアに抱き締められた。やっぱり【重撃連打】は最高だぜ。まさに俺のために存在するようなスキルだ。俺はこの感触を一瞬でも長く味わえるように【スライドリード(遅い)】を発動した。セクハラではない。ネフィリアがご褒美に俺を殺してくれると言うので仕方なくだ。ご褒美なら仕方ねえな。
俺は更に要求した。
あ、二段階目で。二段階目でお願いします。ギア上げてこ?
「元よりそのつもりだ」
話が分かる。さすがは俺のお師匠様だ。
「んっ……!」
ネフィリアの熱い吐息が俺の耳をくすぐる。解放段階を上げた魔法は術者の負担も大きい。
イイ声だなぁ。俺はネフィリアの見た目が大好きだし、声も好きだ。
ネフィリアが嬌声を上げた。
「あっ、はぁ……! コタタマっ、一緒に!」
【重撃連打】は落雷を起こす魔法だ。
ネフィリアの頭上で弾けた電撃の束が地を穿ち、地面を削り砕きながら四方八方に飛び散っていく。【全身強打】と違い非生物を透過する性質などないため、クランハウスが丸ごと吹っ飛ぶんじゃないかと思ったが、そこはネフィリアのことである。キッチリと出力調整をこなして物的被害を最小限にとどめた。それでいて貪欲に最大ダメージを追求してくる。八方に散った雷が轟音を立てて絡み合い、球形に展開して俺とネフィリアを押し潰さんと迫ってくる。なるほどな。術者も死ぬという一点さえ守れば、ド派手に死ぬぶんには構わないと。魔力の操作ってのはこうやるのか。線引きが大事なんだな。
ネフィリアは消し飛んでしまったが、俺はじっと耐える。少しでも長く余韻に浸りたい。
室内で落雷など引き起こせば、何事かと小娘どもが飛んでくる。驚かせたか。悪いな。ネフィリアがあんまりにも激しいもんだからよ。
小娘どもは、収束した電撃の渦中に居座る俺を見つめ、ぽかんとするばかりだ。
「パねぇ……」
マゴットよ。お前の兄弟子はやったぞ。もしもお前が少しでも俺を誇りに思ってくれているなら。見届けてくれ。それだけでいい。
ああ……。
俺は満足だ。我が生涯に一片の悔いなし。
俺は握り拳を突き上げ、【スライドリード】を解除した。
電撃が俺を押し潰し、極限まで凝縮していく。たちまち四散した俺の血肉が瞬時に焦げ付き、ドス黒い球体となって……。一度だけ脈打つように膨張したのち、急激に蒸発して消えた。
俺は、まるで時空を超えるように死んだ。
「こ、コタタマー!」
これは、とあるVRMMOの物語。
魔王軍、解散。
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