魔王軍の誕生
1.緑の洞窟
アンドレ、サトゥ氏、知らない人と一緒に常設ダンジョンに潜っている。
発端になったのはサトゥ氏とアンドレの言い争いだ。双方、自分のほうが立派な人間であると言って譲らず、だったらダンジョンアタックしてどちらが上か決着をつけようということになったのである。
まだるっこしい。そこら辺で決闘でも何でもして勝手に相打ちになって二人とも死ねばいいと俺は主張したのだが、そこは廃人同士何か通じ合うものがあるのか、殺し合ったところで大したことは分からないと言う。
なお、知らない人が混ざっているのは廃人どもが三人パーティーは一般的じゃない、正規の四人パーティーじゃないと正確な評価は下せないとワガママを言ったためである。何なんだよ。仕方なく俺はそこら辺を歩いていた知らない人に声を掛けて四人パーティーを結成した。
四人でトコトコと緑の洞窟を歩いていく。
洞窟と言っても森みたいなものである。便宜上ダンジョンと言っているだけで、常設ダンジョンには地下マップという共通点しかない。広大な地下空間にあるキノコの森。それが緑の洞窟だ。
緑の洞窟にはホブゴブリンと呼ばれるモンスターが出没する。ねじくれた耳と鷲鼻、緑色の肌をした例のあの人たちだ。元々はゴブリンと呼ばれていたのだが、曜日ダンジョンで下位種が発見されたのでホブゴブに昇格したという経緯を持つ。
ハッキリ言って俺はホブゴブが苦手だ。その名の通り、俺らの上位種だからな。ステータスが高い水準でまとまっていて付け入る隙がない。まぁ地上をうろつくモグラさんやウサギさんと比べたらパワーとタフネスは低めか。しかしそれ以外にもホブゴブには妙な特徴があって……。
おや、おいでなすったな。
ヒョロリとした体格のホブゴブが近寄ってきて、俺らの身だしなみをチェックし始めた。ホブゴブは綺麗好きなのだ。
俺らの健康状態が万全であることを確認し、ホブゴブは腰に吊るしてあるこん棒をすらりと抜いて構えた。いざ尋常に勝負といった感じである。ホブゴブは礼儀正しい。
俺は胸中で舌打ちした。
相変わらずだな。種族人間の最後の拠り所である品性や知性をことごとく上回ってきやがる。
ホブゴブはまだるっこしいアクティブモンスターだ。キノコの森で文化的な暮らしを営んでいて、武装していない種族人間には家事を強要してくる。嫁入り修行と呼ばれるそいつをホブゴブが満足するレベルでクリアすると武器を渡されて決闘する羽目になるのだ。
だが俺たちの目的は嫁入り修行ではない。
サトゥ氏とアンドレが剣を抜いて舌舐めずりをした。
「四対一だ」
「よもや卑怯とは言うまいね?」
一対一で戦っても勝てないので、種族人間の戦法は数的有利を保つことが基本になる。それは善悪の問題ではないのだが、ホブゴブ相手だとどうしても山賊っぽくなる。
俺たちはホブゴブを取り囲んで袋叩きにした。がくりと膝を付いたホブゴブが悔いはないとばかりに自壊していく。
ホブゴブとの戦いを通して種族人間は人間性を問われる。そして、そんなものはクソの役にも立たないことに気が付いていくのだ。
ドロップした魔石をサトゥ氏が拾い上げて笑った。
「くくっ……。悪くない稼ぎだ」
そんなこんなで俺たちはホブゴブを狩っていく。
連戦を通して思ったのだが、やはりアンドレの動きは際立っている。レベル27という話だったか。言うだけのことはある。喧嘩殺法というか、とにかく派手だ。【敗残兵】御用達の空中殺法に様々な技法を取り込んだもののように見える。まぁ手札は多ければ良いというものではないから、どちらが上ということはないんだろうが。
さて、四戦目を終えたのちの出来事である。俺は、サトゥ氏とアンドレが知らない人をじっと見つめていることに気が付いた。
あの目はまさか? 俺は嫌な予感がした。
「DPS低くないか?」
始まったぞ……。
俺は知らない人を庇った。
おい。DPSチェックはやめろ。
DPSとは、ダメージパーセカンドの略。英語圏では時間の秒をセカンドと言う。こう考えると分かりやすい。アナログ式の時計の短針はアワー。長針はミニッツ。秒針がセカンドミニッツ。だから秒はセカンドと呼ばれる。
ダメージパーセカンドで一秒当たりのダメージということになる。一口に火力職と言っても一撃で大ダメージを与えるタイプと手数で押すタイプに分かれるからな。同じ火力職でもどっちが上なのかを決める指標がDPSなのである。
だが、このDPS。VRMMOではあまり役に立たない。従来のMMOとは違い、モンスターを一方的に殴れる機会などないからだ。このゲームの戦闘力は総合力だ。火力だけを競っても仕方ない。
しかしトップクラスの廃人ともなると、DPSなる怪しげな指標がまたぞろひょっこりと顔を出すらしい。
「いや低いって。動きに安定性がないから、無理に攻撃を繋げようとして全体がガタガタになってる。俺とアンドレさんの勝負なんだから、それじゃ困るよ。安定してくれないと。な?」
「ああ。それに姿勢も悪い。気合いと根性さえあれば戦えると勘違いしてないか? 君の筋肉は精神的なもので出来ているのか? そうじゃない筈だ。正しい攻撃は正しい姿勢からしか生まれない。私は変則的なタイプではあるが、力の乗せ方は知っている。解剖学上の見地を逸したものではない」
ほう……。しつこい廃人どもに俺はキレた。
そうまで言うからには、よっぽど自信があるんだろうな?
そうかい、そうかい。なるほどな。だったらこの俺がお前らの戦いぶりを隅から隅までじっくり見てやるよ。
2.緑の洞窟-深部
おら! アンドレ何してる! DPS低いぞ! 疲れたか!? 休めば休むほどDPSは下がるぞ! 怠けたぶんキッチリ引くからな!
ちっ、サトゥ氏! またやったな! お前は手数で勝負するタイプなんだから回避に時間を割いたら意味ねーんだよ!
「おっ、お前……! 自分は全然戦ってない癖に……!」
はぁ? 俺は両手を上げて可愛らしくすっとぼけた。
知りませんし。俺はDPSなんて別に競ってませんしぃー。
あっ、知らない人はいいね〜。動きに固さが取れてきた。いいよいいよ〜。無理しなくていいからね〜。危ないと思ったら一度引こうね〜。そう! 今のはいい! そろそろ攻撃が来るんじゃないかと身構えた。でも攻撃は来なかった。その後がいい! 少し落ち着いて仲間を見たね! それが凄くいい!
サトゥ氏が怒鳴り声を上げた。
「俺も誉めろよ! 今の攻撃完璧だったろ!」
あーあ。台無しだわ。今誉めてやろうとしてたのに。自分で自分を完璧って言っちゃう、その精神。現状に満足しちゃう典型だよね。
アンドレが知らない人の肩にガッと腕を回す。
「おい! モブ! テメーちょっと誉められたからっていい気になってんじゃねーぞ!?」
すっかり口調が乱暴になってしまっている。化けの皮が剥がれたな。
俺はアンドレを蹴り飛ばした。
絡むな! 米国サーバーのNo.2だか何だか知らねえが、お前らクソ廃人なんかより知らない人のほうが真っ当に生きてるんだよッ!
地面に転がったアンドレが吠える。
「テメェ! そんなに死にてえか!?」
殺したければ殺せばぁ? そしたらお前の負けな。パーティーメンバーを殺すとか話になんねえし。俺ん中の評価でお前がサトゥ氏を上回ることは生涯ねーから。雑魚めが。やーい、やーい。
きゃっきゃと飛び跳ねる俺を、知らない人が困惑したように見つめている。ん? どうした? ゴメンな、つまらねえ男が乱暴でよ。
「ああ、いや、その……」
俺は知らない人に優しい。もちろんクソ廃人どもと比べれば大した働きはできていないが、この知らない人をパーティーに誘ったのは俺なのだから。DPSなんて以てのほかだ。廃人どもめ。俺の顔に泥を塗りやがって。
おっとサトゥ氏が別方面からのアピールを仕掛けたぞ。にこやかに知らない人の肩にガッと腕を回し、
「槍使いなんだな。チュートリアルの武器選びさ、あれ悩むよな〜。分かる分かる。俺もスゲー悩んだよ」
間違いない話題をチョイスしてコミュニケーションを図り始めた。ネトゲーマーに連綿と受け継がれてきた技術の一つ、話題に困った時のキャラクリ語りだっ……!
ネトゲーマーなら誰しもが自分のキャラこそが一番なのだという思いがある。だから「どうしてそういうキャラメイクを?」という質問は共感を呼びやすい。普段は空気を読んでマイキャラ語りしないだけで、答えは常に心の中に用意してあるからだ。
しかもサトゥ氏は、あえてキャラクリではなく武器種から話題を広げに掛かった。パーティーメンバーである以上、戦法などの情報共有は決して悪いことではない。悪いことではないから無関係な話題を嫌うタイプのやつにも受け入れられやすい。
サトゥ氏の手管に知らない人はあっさりと籠絡された。
「あっ、分かります。俺も悩んだんですけど、やっぱりリーチがあったほうがいいのかなって。サトゥさんはどうして剣を?」
くそっ、知らない人の関心を持って行かれた。同じ近接職ってのはデカいな。
アンドレが空気を読んだ。負けじと知らない人に魔石を突き出し、
「ちっ。おい、やるよ。……さっきは悪かったな。別にお前のことを嫌ってる訳じゃねえ。むしろ、その、なんだ、まぁまぁ悪くないんじゃねえか」
ツンデレみたいになってる。
くそっ、くそっ。コイツら、なに急に優しくなってんだ。気に入らねえ。知らない人を見出したのは俺だぞっ。この俺を差し置いて知らない人と勝手に仲良くなってんじゃねーよ!
俺たちは知らない人の好感度を上げるべく水面下で激しい火花を散らす。
負けるもんか! 知らない人に一番優しくできるのは俺なんだっ!
3.緑の洞窟-最深部
魔眼・鳥獣戯画の型ッ!
もはやなりふり構っている場合ではない。俺は目を使ってホブゴブどものヘイトをコントロールして窮地を演出する。
唸りを上げて迫るこん棒から知らない人を突き飛ばしてやり、俺自身は紙一重で避けつつ、わざと掠ったふりをして地面に転がる。
ぐあっ。
「だ、大丈夫ですか!?」
あ、ああ。へっ、少しヘマをやっちまった。そう心配そうな顔すんな。大丈夫だ……。くっ……。立ち上がろうとして苦しげに片膝を付く俺。もちろん演技だ。
ホブゴブどもを牽制しているアンドレが文句を垂れてくる。
「おい! 今のは当たってねーだろ! テメェっ、目を使ったな!?」
黙れ! お前らはここで死ねッ! 俺は知らない人と一緒に逃げる。へへっ。仕方ねえよな。お前らが悪いんだぜ? 俺から知らない人を取り上げようとするから、こんなことになるんだ……。
だが俺はクソ廃人どもの実力を甘く見ていたらしい。
種族人間は弱い。天才と呼ばれる人間は居ても、例えばフィジカル面で他を圧倒するほどの個体が生まれることはない。人間の才能には限界がある。
だからレイド級のようにスキルを自由自在に操ることはできない。条件付きにすることで、ようやく形になる程度でしかない。
圧倒的な窮地、絶望的な戦況にあってプレイヤーは覚醒する。
アンドレとサトゥ氏の頭の横に念獣みたいなのが浮かび上がった。
これまでお世辞にも連携が取れているとは言えなかった二人の動きが目に見えて変わった。
虚ろな目をした二人が機械的に連動してホブゴブどもを打ち倒していく。
ば、バカな……。
俺は後ずさりする。
十分すぎるほどの戦力を用意した筈だった。これでもまだ不足だというのか?
自動操縦型のアビリティ。どんな効果を持っているのかは分からない。連携強化か? いや、連携なんて生易しいものじゃない。もっと別の何かだ。
サトゥ氏、アンディ。お前らは一体……。
ホブゴブどもを殲滅した二人が、ゆらりと振り返って俺を見る。
「覚悟はできてるんだろうな……?」
俺はダッと地を蹴って逃げた。
化け物め。殺されて堪るか。俺は生きて帰るんだ。
サトゥ氏とアンドレが嬌声を上げて俺に迫る。くそっ、速え……!
だが、俺のほうが早い。俺はニヤリと笑った。
振り下ろされたアンドレとサトゥ氏の剣が砕け散った。
頭上の縦穴から飛び降りてきたリビングアーマーの目に敵意の灯火が宿る。
へへっ、俺が最深部まで待ったのはこのためだ。常設ダンジョンの最深部は、遺跡マップの地下を通して他の常設ダンジョンと繋がっている。
中層域の発掘が進んだことで、今や地獄は現世にあふれて、ぐつぐつと煮えたぎらんばかりだ。
サトゥ氏が吠える。
「コタタマ氏っ……! お前は!」
リンクしたポンコツどもが続々と縦穴を飛び降りてくる。
俺は両手を広げて言った。
「コイツらはただのポンコツじゃない。この俺が厳選し、鍛え上げた精鋭だ」
この一ヶ月、俺はウチの子たちに近付こうとするゴミどもを始末してきた。
中層域でモンスターどもを操り、自然淘汰されていくパワーバランスを意図的に崩してきた。
つまり、こうだ。
俺は巣作りをやってきたのさ。長い期間を掛けて、じっくりとな。
くくくくっ、ふははははははははははは!
俺は哄笑を上げて、ポンコツどもに命じた。
「さあ、始めようか」
これは、とあるVRMMOの物語。
魔王軍の脅威が迫る……!
GunS Guilds Online