第五章、彼女は【敗残兵】
1.スピンドック平原-【目抜き梟】クランハウス-中庭
アイドル気取りどもの巣窟で、テイマーに飼われているクソ虫と遊んでやっている。
そう、テイマーというジョブはクソ虫をペットにすることができる。クソ虫を生かしたまま体内のチップを抜くことが条件なのだとか。
どうも【ギルド】を放置すると俺らの宇宙がヤバそうなのだが、だからと言って末端の兵といがみ合っても始まらない。そういうのを考えるのは政治家の仕事であって俺らゲーマーの領分ではない。ゲームなんて時間の無駄だと散々こき下ろしておいて、今更になって人類のために戦えなんて言われても困る。だったら給料寄越せよっていう話だ。いや給料貰っても嫌だな。責任を負いたくない。
世界の命運は廃人どもに任せた。俺はクソ虫とイチャつく。これも言ってみれば和平交渉さ。誰にも文句は言わせねえぜ。
八脚の足をガチャガチャやって俺に擦り寄ってくるクソ虫を、飼い主のテイマー女が目を丸くして見ている。
「トチローが私以外に懐くなんて……」
ついに来たか。俺の時代が。
俺はイキッた。
まぁね。こう見えて俺って動物に好かれる系だからさ。やっぱ本能的に分かっちゃうもんなのかね? 俺という人間の……本質ってやつが。いや、参ったね。普段は隠すようにしてるんだが。舐められるからな。
で? 俺に何の用だ?
俺は定期的に【目抜き梟】のクランハウスに寄るようにしている。金づる行脚だ。人の繋がりってやつは放っておくと簡単に切れるからな。リリララに各種攻撃魔法の実験台になるようおねだりされた俺が実験の〆に【重撃連打】で術者のリリララ諸共ド派手に散っていると、テイマー女に折り入って頼みがあると呼び出されたのだ。
俺は首を傾げた。
リリララの前だと言いにくいことなのか? 自分トコのクランマスターに隠し事は感心しねえぜ?
「いえ、その、お友達に魔法の実験台って成立するんだなってびっくりしちゃって。マスターにはもう話してあるんです」
そうかい。
「バンシーP!」
テイマー女が俺の手をガシッと掴んでくる。あんだよ。俺はぶっきらぼうに答えた。以前に【目抜き梟】をプロデュースしてやった縁もあり、アイドル気取りどもは俺のことをプロデューサーと呼ぶ。まぁ悪い気はしないがね。この一ヶ月でド派手に遊び回ってたら飲み食いで大分散財しちまったからな。合法ロリ姉妹からせしめた金は底を尽きつつある。金づるは大事にしてやらねえとな。
テイマー女は俺の手をぎゅっと握って離そうとしない。
「お話というのはトチローのことなんです。実は……」
そう難しい話ではなかった。
テイマー女の話はこうだ。
トチローには友達のクソ虫が居た。別のテイマーに飼われていたクソ虫で、名前は馳夫。トチローと馳夫は仲良しで、いつも一緒に居たのだが、馳夫の飼い主がアメリカ勢のスカウトに応じて海の向こうに連れて行かれたため、トチローと馳夫は別れを余儀なくされた。それからというもの、トチローが心なし元気がないというだという。
……とてもそうは見えないのだが、まぁ飼い主の言うことだ。信じる他ない。
「バンシーPはジョンさんとフレンド登録してましたよね! 馳夫の様子を聞いて貰えませんか? 馳夫が向こうでがんばってるって教えてあげればトチローも元気になれると思うんです!」
そんなもんかね?
まぁいいや。大した手間でもない。やってやるよ。お安い御用だ。俺はジョンにささやきを飛ばして事情を説明した。
『ペタタマサーン。それは恋ヨ!』
鯉? それはあれか。池の……。
『ノー! 恋! Make loveネ!』
マジかよ。Lovin' you?
『Yes! Lovin' youヨ! 間違いないネ!』
凄い自信だな。いや、でもクソ虫に恋もへったくれもないだろ。あとMake loveは違うと思う。英語まで胡散臭いのかよ。
ジョンは、ありとあらゆる民族の血が混ざったハイスペックな廃人だ。多様な言語を精力的に学んだ結果、どれも中途半端な仕上がりになって胡散臭くなってしまった。
だが、稀有な資質ではある。ジョンが世界最強のプレイヤーと呼ばれているのは、そのように評しても文句が出にくいからだ。例えば日本人は日本人を贔屓するし、イギリス人はイギリス人を贔屓するだろう。ジョンには世界中の民族の血が流れている。世界最強というのは、そういう領域の話だ。プレイヤーが人間である以上は後天的にはどうにもならない部分も出てくる。もちろんジョン本人が努力していることは分かっている。だが、それすら論じるまでもない前提でしかない。トップに立つというのは、才能だけでも努力だけでもダメなのだ。どちらかが欠ければ成り立たない。
さてジョンの話によれば、新天地で暮らし始めた馳夫とその飼い主は暗殺チームに所属し凄腕のヒットマンとして日々暗躍しているらしい。いや何やらせてんだよ!
『Oh……。馳夫サンには才能があったネ。アサシンの才能が。眠らせておくには惜しかったヨ……』
ばか! もう、この、おばか! 今すぐこっちに戻せ! 俺が本人と直接会って話す!
俺の説得により、馳夫とその飼い主は一時帰国することになった。女神像を経由すれば移動は一瞬で済む。
久しぶりの帰国とあって、【目抜き梟】の面々が集まって歓迎することになった。司会に着任した俺が延々と喋り続けていると、アイドル気取りどもから「話が長い」だの「引っ込め」だのとブーイングが飛ぶ。俺は無視して話し続ける。
再会を果たしたトチローと馳夫は仲睦まじい様子で押し相撲をしている。飼い主同士も仲良しらしく、きゃっきゃとお喋りしている。俺もきゃっきゃしてえ。俺のきゃっきゃ欲が再燃した。久しぶりだな、この感覚は。
俺は適当に話を切り上げると、頭の上にぴょこんと手を立ててぴょんぴょんとウサギ跳びの要領でアイドル気取りどもに接近を試みる。こういうのが好きなんだろ? 知ってるんだぜ。俺はウサ吉のママだからな。そこら辺のゴミよりはウサギさんに近いのだ。
きゃっきゃしようや。なあ。力強い跳躍を見せる俺に、アイドル気取りどもがきゃーきゃーと悲鳴を上げて逃げる。追う俺。この俺から逃げられると思ったら大間違いだぜ。マトを絞ってテイマー女を壁際に追い詰める。へへっ。レベル上げの成果が出たな。以前の俺だったら途中でバテて使い物にならなくなっていただろう。四つん這いになってじりじりと迫る俺に、進退窮まったテイマー女が杖を突き付けてくる。俺は鼻で笑った。ハッ、この俺とやろうってのか? 俺はじりじりと目に力を込めていく。
鍛え直した俺の目は、もはや訴えられたら負けるレベルまでパワーを増している。今の俺の視線に晒されたなら、ネフィリアでさえ魔法を使うことはできないだろう。
俺はべろりと舌舐めずりしてテイマー女に宣言した。
「お前の痴態を俺の記憶に刻み込んでやるよ。永遠にな……」
俺はモッニカ女史に背中をブッタ斬られて死んだ。ダッシュで死に戻りして庭に設置された歓談席に素早く移動。歓談席では【目抜き梟】の幹部どもと帰国したアサシン女がテーブルを囲んでいた。ちょいと失礼。俺も混ぜさせて貰うぜ。何しろ元役員様なんでね。
おや、リリララがその辺をうろちょろしている。落ち着きのねえ女だなぁ。そう思ってぼんやり眺めていると、リリララはゴミスキルの【風速零下】で製氷。氷のカケラをアサシン女の襟口に投下した。
「ひゃっ!?」
このゲームは痛覚カットされているが、冷たいものは冷たいし火で炙られれば熱いと感じる。ただ苦痛には感じないというだけで。
背中に氷を投下されたアサシン女は椅子の上で飛び上がって素っ頓狂な声を上げた。
リリララが後ろからアサシン女に抱きついて耳元でぼそりと囁く。
「どうしてバンシーちゃんを殺すの?」
……精彩予測のアビリティだ。
アサシン女はすっとぼけた。
「私が、ですか? マスター。何かの間違いでは……」
リリララはアサシン女の首筋に鼻を押し付けた。
「くんくん。あなたは知ってるよね? 私は偶然そうなることまでは分からないんだよ。どうして知ってるの? くんくん。ふーん、アンドレくんから聞いたんだ」
リリララは人の機微に恐ろしく聡い。俺やサトゥ氏なんかは技術と経験で先読みするが、リリララのそれは少し異質だ。天性のものだろう。
先読みに長けるが、他のネトゲーではあまり役に立たなかったらしい。敵側の作戦は読めても、そもそも計画通りに事が進むことなど滅多にないからだ。だから逆に言うと、計画を実行に移せるだけの力を持ったトップクランはリリララを苦手としている。
アサシン女は内心を言い当てられて開き直った。
「やっぱりマスターは凄いですね。ええ、実は依頼を受けてまして。コタタマさん暗殺の依頼を」
ちっ、刺客か。俺は内心で舌打ちした。
不特定多数のゴミから恨みを買っている俺は、こうして頻繁に刺客に襲われる。
依頼主は誰だ? 吐け。
アサシン女はニコッと笑った。依頼主を売るつもりはないらしい。まぁぺらぺらと口を割るようじゃ評判も悪くなるしな。この女は口を割るまい。
だが依頼主がぺらぺらと喋るぶんには問題ない。男の声がした。
「依頼主は私だ」
このつまらねえ声は……。
「私が彼女に依頼した。君を殺せとね」
アンドレ。何のつもりだ。
「久しいな、コタタマ。……いや、異常個体」
モッニカ女史が難色を示した。
「何を堂々と……」
【目抜き梟】は男子禁制のリアル女性限定クランである。
アンドレは摘み出された。
ついでに俺も摘み出された。
と、トチロー!
別れを惜しむ俺だが、トチローは馳夫と仲睦まじく押し相撲をするばかりであった……。
これは、とあるVRMMOの物語。
過去の男と寄りを戻した男に捨てられる男。
GunS Guilds Online