第四章。僕らの勇者(ヒーロー)、完結
1.ョレ宙域-最深部
この宇宙、走れる。普通に会話できるし、何なのだろう。フシギ。
俺は内心で首を傾げながら、先陣を切って駆け出した兄貴に付いて行く。クァトロくんも一緒だ。兄貴が威勢良く吠える。
「おらおらァ! 北の勇者様がお通りだ!」
それは自称の域にとどまるものだったのか。定かではないが。
……北の、勇者?
ううっ、北の勇者という異名に強い噛ませ臭を感じる俺は悪いダイ大読者だ……。
ともあれ、争点は既に勝敗ではないような気がする。覚醒した兄貴の頼もしさが半端ない。これはもう勝ったも同然だろ。つまりここで重要なのは、いかにして兄貴に気に入られるかだ。俺は雑魚だが、雑魚は雑魚なりに勇敢なところを見せねば。
俺は咆哮を上げて死に物狂いで兄貴の背を追う。
Pyaaaaaaa Pyaaaaaaaaaaaaaaaaa
「おおっ、ガッツあるじゃねえか! いいぞっ、私に付いてこい!」
やる気に満ちあふれた俺は、兄貴に誉められた。やったぁ。
おや、クァトロくんが面白くなさそうな顔をしている。この勇者様、兄貴が眠っていたからとイキッていたご様子。
狙撃兵との距離がぐんぐん詰まる。
レーザー砲を軽々と躱した兄貴が、狙撃兵の懐に飛び込んでバラバラにされた。
……ええ? 俺はキョドった。普通にレーザー光線でバラされたぞ……。
いや、まだだ! 兄貴の目は生きてるっ。
「おいおい、テメー弱くなったか? 雑魚ばっか相手にして鈍っちゃいましたかァー? そのションベンみてーなレーザーはさ〜」
命の火が熱く、激しく燃え上がる。
兄貴が叫んだ。
「とっくのとうに攻略されてンだろうがぁ!」
狙撃兵はレーザー光線を連射する。全ての銃口を兄貴に向けて乱射している。
だが通用しない。
兄貴の再生力が被ダメを完全に上回っている。四肢の切断はリアルで言えば大ダメージなのだが、ゲームではそうではないのかもしれない。何しろ傷口がくっ付いてしまいさえすれば、手足はそのまま流用できる。イチから再生するよりもコストの消費が少ない。
狙撃兵は、少なくとも兄貴に対しては近接戦を避けるべきだった。最低でも手数で勝負するべきではなかった。そのことを今更になって思い出したかのようにチャージを始めるが、
「遅ぇーよ! 間抜け!」
兄貴のほうが早い。槍で串刺しにした狙撃兵をブン投げ、
「おらっ、30秒っつったろ! 弱すぎて予定狂うわ! もうちょい粘れよ! ワンチャンやるから!」
狙撃兵のウジ虫が一斉に羽化した。ハエだ。ブンブンと耳障りな羽音を立てて宿主の人型ロボットを捨てて飛び立ち、一分の乱れもない動きで兄貴を照準に収める。
兄貴が槍を突き出した。
「やっぱダメだな! お前スペック低いわ!」
穂先から光の輪が放たれる。それらは兄貴を包み込むように二重にも三重にも広がり、連鎖した光波がハエさんの群れを呑み込んだ。……やったか?
いや、撃ち漏らしが居たようだ。ぐっと数を減らしたハエさんが合体して巨大化した。腹から生える銃身を一点に集中し、みゅんみゅんとチャージを始める。
しかし、兄貴はわざと殲滅しなかったようだ。
「おら! トロ! トドメはくれてやるよ! お偉い勇者様だもんな? ちょっとくらいは活躍しねえとよ〜。私って優しくね? ヤバくね?」
「はぁ!?」
クァトロくんは不満げだ。割と初期の段階で流れ弾を食らってバラバラに分解された俺を蘇生魔法で回復してくれている。ふわっと幽体離脱した俺は、クァトロくんの必死の看護の甲斐あって現世に復帰することができた。ありがとね。
クァトロくんが巨大化したハエさんを見る。あまり乗り気ではなさそうだ。兄貴は腕組みなどして観戦モードだ。
クァトロくんが苛立ち紛れにハエさんを乱暴に指差した。金属片が結集し、大剣を構築した。稲妻が迸る。大剣が半分離し、巨大な刀身を形成していく。巨大化が止まらない。どんどん大きくなっていく。
クァトロくんは愚痴った。
「何なんだよ……。偉そうにしちゃってさ。僕は一人でがんばってきたんだ。今更じゃないか。今更、何だってんだよ。そっちはいいよな。こうして時々出てきて、メチャクチャやってさ。後始末は全部僕がやるんだ。いつもそうじゃないか」
言葉とは裏腹にクァトロくんは笑っていた。潤んだ瞳から、ぽろりと涙が零れる。零れ落ちた涙が宇宙空間にパッと散った。
アナウンスが走る。
【限界突破!】
【強制執行】
【大人の矜持】
【消えゆく定め、命の灯火、守るべきもの】
【誰も忘れない】
【背負い立つもの】
【誰も死なせない】
【負けない】
【守る】
【一人じゃない】
【勝利条件が更新されました】
【勝利条件:勇者を守れ!】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【勇者】
【君主】【クァトロ】【Level-4999】
……【戒律】を増やした? いや、増えたのか。意識的なものじゃない。そう見るべきだ。やれるなら最初からやったろう。勝利条件の更新。レベルが急激に上がっている。レベル4999だって? モョ%モ氏の言動から察するに、計測可能な範囲で最大値。本性を露わにしたョ%レ氏を上回っている。
これが、【勇者】。
……ひょっとしたら。俺は思った。クァトロくんは変身できないのかもしれない。
祝福と呪詛。そうした二面性が【戒律】にはある。もしも強大な身体を捨て去るという決断を下し、その代償に条件付きのスキルとして昇華したなら。
それは、つまり、そうまでしないと勝てない「敵」が居たということだ。
(コタタマ。この世界には他者を縛る法がある。それはとても異常なことだ)
(弱いスキルなどというものはないのだ。そういうものだからな)
(チートスキル)
(勇者。この世界で私が最も嫌いな言葉だ)
(【戒律】と【律理の羽】は二つで一つなのかもしれない)
……本来この世界にあるべきじゃない法則。それは、人工物で補われていて……。
宇宙開闢と同時に生まれた生物なんて居る筈がないから、【戒律】なんてものが最初からあった訳がない。
けど、この世界じゃなかったとしたら? 別の宇宙から持ち込まれたとしたら……。
(チビどもは元気かよ?)
勇者。チートスキル。
聞き覚えがあるぞ。何だっけ。うまく頭が回らない。
クァトロくんが指を振る。巨大化に巨大化を重ねた大剣が振り上げられる。
ハエさんがチャージをやめた。とても勝ち目はないと悟ったらしい。くるりと反転して高速で飛び去っていく。
勇者の剣はどんどん巨大化していく。大剣を構成していたパーツはどんどん離れ、ひっきりなしに刀身を駆けめぐる稲妻だけが剣の輪郭を保証するものだった。
切り裂けないものなど、この世にはなさそうだった。
無敵の剣を従え、眩いほどの雷光を放つクァトロくんをぼんやりと眺め、俺は不意に納得した。すとんと腑に落ちるものがあった。
ああ、そうか。
近頃よくアニメ化してるよな。
小説家になろうだ。
クァトロくんは、この世界に召喚された勇者なんだ。多分、【ギルド】に対抗するために喚ばれた。この世界、俺たちが暮らす宇宙へ。年端も行かない小さな子供たちと一緒に。
それは突飛な発想だったかもしれないが、間違ってはいない気がした。
クァトロくんが大きく手を振った。
大剣が唸りを上げてハエさんに襲い掛かる。星だって切り裂いてしまいそうな一撃だ。
結果は言うまでもなかった。
2.後日談
ウチの丸太小屋の居間でモグラさんぬいぐるみと一緒に経験値稼ぎをしている。
……少し、あの後の話をしよう。
あの後、兄貴とクァトロくんは他の兄貴たちと合流して最高指揮官との決戦に旅立ってしまった。
どうやら彼らにとっての最終フェーズは俺と違ってもっと先にあったらしい。
俺個人としてはもっと兄貴に俺の有用性をアピールしたかったのだが、システムに弾かれてしまってはどうしようもない。
悪いけど俺らゴミはレベル外ってことだ。
「……そうか」
俺の事情聴取を終えたサトゥ氏が一つ頷いて物思いに沈む。クァトロくんを想っているのだろう。
……無論、俺の母体が異常個体かもしれないことは伏せておいた。言う必要のないことだからな。
クァトロの発言からそうじゃないかとは思っていたのだが、どうも……俺と俺以外の連中ではエンドフレームとやらの操縦方法が異なっていたようだ。セミオート運転とでも言いますかね。これまでのプレイで培った戦闘技術や発想、閃きの集大成があの戦いだったという訳だ。
そして何故か俺だけ時代遅れのマニュアル運転。いや、俺だけってことはないだろう。俺がヤバいと思って黙っているように、わざわざ自分が異常個体かもしれないと打ち明けるようなアホは居なかったということだ。まぁ時間の問題かもしれんがね。嘘を貫き通すのは難しい。一手先、二手先を読むワザが要る。遠からず嘘がバレて真相が明らかになるだろう。もっとも俺はそんな間抜けじゃないがね。やらかすのは俺以外の誰かさ。
……サトゥ氏にしたって怪しいよな。コイツこそ異常個体なんじゃねえか? 俺はサトゥ氏をじっと観察する。
俯いて黙っていたサトゥ氏がぽつりと呟きを漏らした。
「人的被害はなかった。クァトロのお陰だ。そういう仕様だったのかもしれないが、狙撃兵にやられたプレイヤーもキャラロストはしなかった。デスペナはキッチリ付いたけど」
まぁそうだろうな。俺は驚かなかった。クァトロくんの【戒律】に誰も死なせないとかあったし。あれは誓いだ。誰か一人でもロストしたらクァトロくんは戦闘不能に陥った可能性がある。
だから……。多分、クァトロくんは今も戦っているのだ。あれから数日が経ったけど、末端の兵士ですらあの強さだ。最高指揮官とやらはどれほどのものなのか……。想像すらできない。そう簡単に決着が付くとは思えない。
「……戻ってくるよな?」
誰を、とは言わない。分かりきった話だ。
しかし噂をすれば何とやら、という言葉もある。
ウチの丸太小屋の玄関のほうで物音がした。
俺とサトゥ氏は「まさか」と顔を見合わせて席を立つ。居ても立っても居られず、先を争うように居間を飛び出した。
「男二人で何やってるんですか……」
無断で土間に上がり込み、処置なしとばかりにかぶりを振ったのはメガロッパだった。俺たちのクァトロくんじゃない。まったく似てない。何なんだよ。期待させやがって。
見るからに落胆した様子の俺とサトゥ氏に、宰相ちゃんは深々と溜息を吐いた。抜く手も見せない早業で俺の首を刎ね飛ばすと、後ろに隠れている小柄な人影に「ほら」と声を掛けた。
まさか。
そのまさかだった。
宰相ちゃんに促されて、もじもじとしながら前に出て来たのは、小学生にしか見えない小ささで。俺とサトゥ氏は知ってる。小型で高性能で……。
誰よりも笑顔が似合う、小さな勇者だ。
クァトロくんが、照れ臭そうに頬を掻いてはにかんだ。
「た、ただいま」
わっと歓声を上げたサトゥ氏がクァトロくんを抱き上げてくるくると回った。
ダッシュで死に戻りした俺も負けじとクァトロくんに抱きつく。こいつ、無茶しやがって。愛してるぜ、ベイビー。嫌がるクァトロくんにキスの雨を降らせていると、
「…………」
その現場を赤カブトさんに目撃された。
バザーに寄った帰りであるらしく、ドサッと買い物袋が落ちる。
俺は命乞いした。
待てって。なあ。待てよ。お前も知ってるだろ? クァトロくんはなぁ、凄いんだぞ。こんなにちっちゃな身体でがんばったんだぞ。俺たちのためにさぁ。お前、知ってる? どうやら俺らの宇宙はヤバいみたいだぞ。だからと言って何ができるって言ったら何にもできねえんだけどさ。まぁ精々がこのゲームを布教することくらいなんじゃねえか。それにしたって効果の程は疑問だがね。何しろクソの役にも立たねえゴミだ。結局は今まで通りさ。
だがな、そんな俺らだって感謝の気持ちを忘れないことくらいはできる。そうだろ? キスの一つや二ついいじゃねえか。何が悪いんだよ。クァトロだって悪い気はしてねえさ。ね? クァトロくん。
おっとクァトロくんが頬を拭っている。
まぁね。俺だって生物学上男子にチューされたら嫌だわ。宇宙人だろうと何だろうと、その真理は覆りそうにない。
赤カブトさんがゆっくりと俺に迫る。
「……嫌がる男子児童に……わいせつな行為を……」
ままま待てっ。違うんだよ。そうじゃねえんだ。出来心っ、そう物の弾みってやつだ。魔が差したんだよ。
待てよ! それ以上近付くんじゃない! いったん落ち着こう。いったん落ち着こう!
クァトロくん! いやクァトロさん! 黙ってないで何とか言ってやってくださいよォー! 今さぁ、スゲー感動的な場面だったじゃん!? それをさぁ! あ、何か言いたいことあるんだ? だろぉ? 言ってやって! ウチのジャムジェムさんに言ってやって!
「僕は、その、妻に操を立てていまして。こういうのはチョット……」
よぉーし!
俺は吠えた。
そうだな! お兄さんが悪かったな! 今のはペタタマお兄さんが悪かった!
俺は認めたぞ! 罪を認めた! 悪いことしたら謝らなきゃな! ごめんね! ハイ謝ったー!
示 談 成 立 !
俺は赤カブトを指差してきゃっきゃと飛び跳ねた。
残念でしたー! もうお前の出る幕ねーから! だって謝ったもんね! 俺、謝ったもんね! 大体こんなっ……。俺はショタ型廃人の頭を引っ叩いた。こんなガキンチョにキスしたからって何だってんだよ! 俺はヤケクソになっている。どう言い繕っても助かる気がまったくしないからだ。
俺はゴロンと廊下に大の字になって寝そべった。
あーあ! 俺も俺なりにがんばったんだけどなー! クァトロくんがずっと一人で戦ってるって言うからさー! 可哀想だなーって思ってさー! でも結局はこのパターンですかー! やってらんねーよなー!
ジタバタと暴れる俺を、赤カブトが覗き込んでくる。
「ぺ、ペタさん」
オラぁ! 俺は跳ね起きて赤カブトの背後を取った。素早く腰に腕を回して抱っこする。オラぁ! オラぁー! もはや何をどうすればいいのかまったく分からない。ひとまず頬ずりして居間に連れ込んでソファにドカッと腰を下ろす。
「ジャムジェム……」
「ペタさん……」
俺は赤カブトと見つめ合う。
どちらからともなく微笑が漏れた。
ちっ、いつだ……?
俺は自分の腹を見下ろした。俺の腹から剣が生えている。
いつ刺されたのか分からなかった。
ああ、そうか。俺は不意に納得した。すとんと腑に落ちるものがあった。
女どもが俺とサトゥ氏を殺そうとするのは、俺らが異常個体だからなんじゃないか。
キャラクターロスト。それが異常個体になる条件で。異常個体というのは、実は【ギルド】に限りなく近い個体なんじゃないか。
このゲームは【ギルド】が作ったものだから。【ギルド】に似た特徴を持つ【クラン】の正体が【ギルド】のコピーであったとしても不思議じゃない。
だから、エンドフレームを「レプリカ」と呼ぶんじゃないか。俺たちは出来損ないの【ギルド】なんだ。
そして俺たちは【ギルド】と戦うことを仕組まれた存在だから、俺やサトゥ氏に近しいプレイヤーはその気配を感じ取ってしまう。だから本能的に殺しに掛かる。
……そうなんだろ? クァトロくん。
居間に入ってきたクァトロくんが首を傾げた。
「いえ。同士討ちさせても仕方ありませんし……。特別そういったことは……」
だったら、一体、何なんだよ……。
ぐふっ。俺は吐血して事切れた。
宰相ちゃんがクァトロくんの目をそっと手で塞いで言った。
「見てはいけません。教育に悪いですから」
これは、とあるVRMMOの物語。
戦歴発表
狙撃兵 ペタタマKill数:1
その他(女絡み) ペタタマKill数:2
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