敵よ。友よ
1.ティナン姫の屋敷-長屋門
俺が幻覚に囚われていたのは僅かな時間だけだったようだ。それはアビリティの相互作用によるものなのか。俺に背を向けたサトゥ氏がゴミの背中を踏んづけて再度の跳躍。門に手を掛け、器用にするりと身体を滑り込ませる。
一口に武家屋敷と言っても形式は様々だ。合法ロリの屋敷は長屋門の形式を取っていて、門の左右に長屋を建てて家臣の住居区としている。
合法ロリの屋敷は着ぐるみ部隊の皆様が設計したものだ。
設計当初、合法ロリは別の形式を提案したらしいが、着ぐるみ部隊の皆様は受け入れなかった。
先生の話によれば、それはプレイヤーの潜在能力が未知数だったことによる。レベルが上がれば門を飛び越えるくらいはやれるようになるかもしれないと考えたのだとか。実際【スライドリード】の二段階目を解放したゴミなら屋根を飛び越えることは可能だ。
しかしゴミはしょせんゴミ。どんなにレベルアップしようとティナンを上回ることはない。ティナンは魔物の一種で、しなやかな四肢と身軽さを兼ね備える。それはNPCという余計な先入観を持たない着ぐるみ部隊の皆様にとっては考えるまでもなく分かりきったことだったに違いない。隣接した生活圏で独立した生態系などあり得ないのだ。
プレイヤーはティナンには勝てない。だから着ぐるみ部隊の皆様は、武家屋敷の防衛ラインに家臣を配置する形式を選んだ。それが一番安全だったからだ。
武家屋敷は外敵の侵入を阻むことを目的とした家屋形態だ。門を抜けた先には庭があり、侵入者を囲んで撃退できる構造になっている。
俺はゴミどもを掻き分けてサトゥ氏を追う。何か察するものがあったのか、ゴミどもは俺に協力的だった。サトゥ氏……。これを見越して俺に群がるゴミどもを排除したのか? お前は……俺に一体何を望む?
大まかな経緯を把握したことで、俺はサトゥ氏の考えを大体理解した。
ヤツにとって記憶など二の次なのだ。プレイヤーを利用して自分自身を再構築するつもりではいるようだが、その程度で記憶の穴が完全に埋まるとは思えない。記憶を取り戻すと言ったのはキャメルを納得させるための方便だろう。そしてこうも考えている。記憶は不完全で構わないと。
俺は知ってる。誰しもが頭では分かっている。魂なんてものは実在しない。
人格を作るのは記憶だ。そいつに器となる肉体を用意し、生命維持という方向性を与えてやれば、精神が完成する。
サトゥ氏は、仲間たちと共に過ごしたであろう穏やかな日々に大きな価値を見出していない。
自分自身を再構築しようとしているのは、そのほうが有利だからだ。
俺は……サトゥ氏を甘く見ていた。
なんてやつだ。
セブンを利用し、リチェットを手玉に取り、自分自身すら使い捨てることを厭わないというのか?
だとすれば、ヤツの精神は既に神の域に達している。自我の消失を問題視していない。
廃人とは、まるでゲーマーの総意が産み出した怪物のようだ。そうまでせねばトップには立てないのか。立つ資格がないというのか。きっとリアルを棄てるというのは、そういうことなのだろう。
だが、それはリアルに未練を残した俺たち凡人にはまったく理解できない領域の話だから、俺たちの総意は冥府に落ちたサトゥ氏を再び招き寄せてしまった。
あの念獣。あれはヤツだ。一目で分かった。新生サトゥ氏はヤツの操り人形に過ぎない。今頃は俺をあざ笑っていることだろう。怪物め。
庭に出た。……マズイな。ゴミの始末に手間取った。怪盗%はもうマーマレードの元に辿り着いているかもしれない。
俺には、このまま帰るという選択肢が残されている。気になって追ってきたものの、今更ジタバタしても始まらない。第一、ゴミが多すぎる。庭は心なし人口密度が薄いように思える。少し休憩するとしよう。
ふい〜。俺はボトルちゃんを取り出してぐびぐびと煽った。俺はアルコールを入れたほうが機敏に動けるのだ。とはいえ、クァトロくんやサトゥ氏の真似事はできそうにない。ゴミからゴミへと飛び移るのは【スライドリード】のシフトチェンジあっての軽業だ。普通は足場になるゴミが潰れる。人間の体重は50キロ越えてるからな。予告もなしに冷蔵庫が飛んでくるようなものだ。そりゃ潰れる。
ふへっ。
俺は、なんだか楽しい気分になってきた。いや、酔ってないよ。俺を酔わせたら大したもんですよ。な? 同意を求めて知らないゴミの肩にガッと腕を回す。知らないゴミが俺をジト目で見つめてくる。
「お前……。また酒飲んでんのか? もう飲まないってあれほど……」
俺は知らないゴミに酒癖の悪さを心配された。
この一ヶ月、廃人どもに付き合って修行した俺は余りのハードスケジュールに音を上げ脱走を繰り返し、そのたびにプッチョムッチョを誘って大宴会を催し路上で寝転んで廃人どもに回収されるというルーティーンで活動していたのだ。
名目上、もうサトゥ氏のような犠牲者は出したくないから強くなるという体では居たが、それはそれとして楽して強くなりたかった俺にとって近道などないと言い張る廃人どもは水に油。俺のレベルが上がったのは、ひとえに俺を力尽くで連れ戻そうとする廃人どもとのデッドヒートによるところが大きい。お互い意地になっていた。俺も少し大人気なかったな。何度かMPKで皆殺しにしたし。
ゴミどもが寄ってきて俺に苦言を呈した。
「お前さぁ……。お前が暴れっとマジで攻略が先に進まねんだよ。頼むから先生っトコで大人しくしててくれや」
「おい、飲みすぎじゃねーのか? お前、あんま酒に強くねんだから無茶すんな」
「ダメだ。おい、寄越せ。これは俺が預かる」
俺は知らないゴミにボトルちゃんを奪われた。
返せよー返せよー。
「ダメだ! 一日二缶までって約束だろ!」
俺は知らないゴミに酒量制限を把握されていた。
くそっ、何だってんだよ。そもそも酒に強くないって何だよ。ゴミ同士、体質は共通と違うんか?
「ああ? お前、知らねーのか? キャラクリん時に性格診断されたろ。戦闘に直接関わらねえ体質なんかはあれで決まってるって話だぞ」
はぁ? あんなもんで俺の何が分かるっつーんだよ。
「頭ん中覗かれてんだよ。大方、善人ぶったんだろ。お前は見栄っ張りで人前じゃお人好しのように振る舞うが、頭ん中じゃ違うってことだな。お前みたいなやつは酒に溺れやすい体質になるんだ」
マジで? 何なのそれ。納得行かねえ。あっ、ティナンか? 酔って悪さしないよう仕組まれてんのか?
「知るかよ。けど、お前は頭の回転が鈍くなるタイプの酔い方をする……。口だけは達者な野郎だからな。それを封じるための措置なのかもな」
ふーん。まぁいいや。
一瞬焦ったが、少量の酒で楽しい気分になれるのは経済的だ。決して不利な要素じゃない。
俺は気を取り直してゴミどもに声を掛けた。
なあなあ、腹減ったしどっか食いに行かねー? イベントなんてもうどうでもいいわ。こんだけプレイヤーが居んだから誰かが適当に何とかしてくれるだろ。報酬があるって話だけどよ、どうせ参加賞だぜ。
「あー? 何食いに行くんだよ。つーかメシ屋やってんのか?」
あー。それなー。俺だったら今日は休業にするなぁ。
魔石持ってきてバーベキューでもすっか。こん中に薬剤師居る?
ぽつぽつとゴミが挙手した。
「俺」
「俺も」
よーっし。じゃ、行くぜ。近接職、集合〜。俺らを抱えて屋根を飛び越えてくれや。河原に行くぞー。
そういうことになった。
だがそうは問屋が卸さなかったようで、屋根から飛び降りてきた俺がニヤリと笑って猛スピードで俺に接近してくる。
怪盗%だ!
電子迷彩を解き、レイピアを構える。電光石火の突きが俺を襲う。
「%スラッシュ!」
ぐあ〜!
俺は死んだ。いや、生きてる。無傷だ。
な、なんだ。虚仮威しかよ。ハッ、びびって損したぜ。
だが虚仮威しではなかったようだ。時間差で俺の身体に裂傷が走る。むむっ。これは……【スライドリード】の応用か? そうか、俺のスキルを強制的に発動して……。
ドシュッドシュッと俺の身体に亀裂が走る。おお、これはまさしく%の……。
「ゲェー!?」
俺は%状に切り裂かれて死んだ。
怪盗%がレイピアを鞘に収めて言う。
「……成敗!」
いや成敗じゃねーよ。なんで俺を殺した?
「コタタマさーん!」
おっとクァトロくんが戻ってきたようだ。俺の殺害現場を目の当たりにし、憤りを露わにする。
「よくもっ……!」
クァトロくんは斧を投げ捨てて徒手空拳で怪盗%に挑む。
その間、俺は蘇生魔法を貰って難なく復活を遂げた。腕組みなどしてクァトロくんの奮闘を見守る。
うむ。さすがはサトゥ氏が見初めただけのことはある。
ドラゴンボールみたいになっている。
余裕の面持ちでクァトロくんを素手で迎え撃つ怪盗%だが、予想以上の実力に怪訝な顔をした。何か不測の事態が発生したようだ。まぁそれに関しては俺も意外に思っている。種族人間がこんなに速く動けるなんて知らなかったぜ。
怪盗%が立て直しを図る。クァトロくんの蹴りを利用して上空に逃れるが、クァトロくんを振り切ることはできなかった。
ほう。サトゥ氏が見付けてきただけのことはある。空まで飛べるのか。
怪盗%がレイピアを抜いた。あ、危ない! 出現した無数の金属片がクァトロくんを取り囲む。しかしそれらはクァトロくんを傷付けることなく、空中でぴたりと静止する。剣そのものが怪盗%の意思に反して動きを止めたように見えた。
サトゥ氏の人を見る目SUGEEEE!
空を飛べない俺らゴミは、地べたでなすすべなく両者の戦いを見守るばかりである。
だが、このゲームの運営ディレクターは黙っちゃ居なかった。
クァトロくんの頭上で火花が散ったと思った次の瞬間。一気に燃え上がった命の火が一瞬でリア充の輪郭を描き切る。
ョ%レ氏の参戦だ!
自由落下に身を委ねたョ%レ氏が、魔石を代償に無数のサイコロを生み出してクァトロくんに迫る。ダイスロールだ。サトゥ氏の人を見る目が凄すぎる。人間には使わないと明言していたダイスロールをョ%レ氏に抜かせるとは。それだけじゃない。ョ%レ氏の手刀をクァトロくんは事もなげに掴んで止めた。
ョ%レ氏が掴まれた腕を引き抜く。残念ながら人の身体はリアルが充実しても飛べる造りにはなっていないらしく、支えを失ったョ%レ氏は急降下して地べたに落ちた。落下の衝撃を殺して着地したのはさすがの一言である。
真っ赤な瞳をしたョ%レ氏が頭上を仰ぎ、クァトロくんを見上げる。そして忌々しげにこう言った。
「何をしにきた」
クァトロくんが怪盗%を引き連れて降下してくる。ふわりと地べたに降り立ち、小首を傾げる。心の底から不思議そうに。
「……ああ、そうか。あなたたちは知らないのか。本気で調べたことがないんだね。それでか。妙だと思ったんだ」
クァトロくんはニコッと笑った。
「心配したんだよ。なかなか僕に助けを求めて来ないから。来ちゃった」
それはョ%レ氏のプライドを著しく傷付ける発言だったのだろう。ョ%レ氏は瞳はますます赤く染まり、今にも飛び掛かりそうだった。
「不要だ。こちらで処理する」
怪盗%がいやに大人しい。仮面越しに覗く瞳の色が二転三転している。動揺している。
一方、クァトロくんは優しい目をしていた。
「いいんだよ。レ氏。あなたに余計な仕事を押し付けるつもりはないんだ。譲るつもりもない。これは僕の因縁なのだから」
その言葉に、ョ%レ氏は平静を取り戻したようだった。瞳の色が緑色と青色の中間を行き来する。
「そうか。私は勉強不足か。精進する」
クァトロくんはうんうんと頷いた。
振り返って怪盗%を見る。
「ユニークな衣装だ。僕の意思を継ぐもの」
ョ%レ氏に視線を戻し、
「僕とは別の道を行こうとするもの。二人が揃った」
そう言ってクァトロくんは片手を高々と掲げる。
たちまち無数の金属片がクァトロくんの手元に集まり、それらは一振りの大剣と化した。
稲妻が迸り、半分離した大剣が巨大な刀身を形成していく。
クァトロくんは剣の先をじっと見つめている。
「僕らの寿命は長すぎる。友達はみんな逝ってしまった。僕に残されたのは、小さな子供たちと古い因縁を持つ敵だけだ。でも新しい友達を作ることはできる」
怪盗%が、クァトロくんの視線の先を目で追う。彼女には何かが見えたのだろう。悔しそうに呟く。
「計測不能。最低でもレベル5000以上だ」
この星に何かが迫っている。
その何かをクァトロくんは知っているようだった。
「最高指揮官の一人だよ。彼とは本当に長い付き合いなんだ。僕は彼を他の誰かに譲るつもりはないし、彼も僕を他の誰かに譲るつもりはないんだ。これっぽっちもね」
アナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】
【強制執行】
【逆臣の処刑】
【消えゆく定め、命の灯火……】
【誰も救えない】
【王は一人】
【限界突破】
アナウンスが反転し、文言が切り替わっていく。
【強制執行】
【大人の矜持】
【消えゆく定め、命の灯火、守るべきもの】
【誰も忘れない】
【背負い立つもの】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:勇者を守れ!】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【勇者】
【君主】【クァトロ】【Level-999】
これは、とあるVRMMOの物語。
勇者は戦う。守るべきものがそこにあるから。勇者は負けない。誰よりもこの世界を愛しているから。
GunS Guilds Online