躍る人間関係
1.山岳都市ニャンダム-教会-礼拝堂
他人の家で知らない人と話している。
「ワシじゃよ、新一……ってな」
ベンチの背もたれに腕を垂らして阿笠博士の物真似をすると、知らない人が「いやいや」と手を振った。
「阿笠博士の黒幕説は作者が否定してるから。ないって。ない」
まぁな。博士の立場ならコナンをどうにでも料理できる。それをしないってことは、まずシロだ。博士の立ち位置に黒幕を置くのは無理があるんだ。
しかしコナンは凄えな。返す返すもそう思うぜ。身体は子供、頭脳は大人ってのがまず完璧な訳よ。子供は早く大人になりたがるが、大人は逆なんだよな。子供に戻りたいと願う。両方のニーズを同時に満たしてるのがコナンだ。簡単なようでいて、だからこそ凄い。シンプルな構図だからいちいち説明しなくても話が進む。まさに天才の所業だ。そこに名探偵コナンっつータイトル。これまたシンプルだ。一目でどんな話なのか分かる。そこでこの決め台詞だ。江戸川コナン。探偵さ。もう非の打ち所がねえよ。
名探偵コナンについて熱く語っていると、礼拝堂の扉が開いた。おや、ようやくお帰りか。礼拝堂に入ってきた子ティナンが俺を見てびくっとした。
俺はパンイチだ。命の火が燃えている。寒かったので、たまたま道を歩いていた知らない人に適当に声を掛けて【心身燃焼】を貰ったのだ。
ぞろぞろと礼拝堂に入ってきた大司教様と子ティナンどもに、俺は言った。
「遅かったな。待ちくたびれたぜ」
繰り返すがパンイチである。
子ティナンどもが悲鳴を上げた。
「悪い変態だー!」
悪い変態って何だよ。まぁ分からんでもないが。
おっと良い変態のアットムも一緒か。
「こ、コタタマ……?」
まぁ待て。俺は唖然としているアットムと大司教様に一言断りを入れてから、俺に【心身燃焼】をくれた知らない人に声を掛けた。
おぅ。ありがとよ。助かったぜ。危うく凍死するトコだった。
「ホントそれな。このゲームの辻ヒールはワザが要る。あんまり無茶すんなよ?」
それだけ言って知らない人は礼拝堂を去って行った。どのネトゲーでも大抵マゾ御用達と言われるヒーラーをやってるだけあってイイ奴だった。
さて、と。俺はゆっくりと席を立ち、ざっと前髪を掻き上げた。歯列をギラつかせて言う。
「変態様が来てやったぜ?」
顔を真っ赤にした大司教様が両手で視界を塞いで叫んだ。
「ふ、ふ、ふ、服を着なさぁーい!」
へいへい。何だってんだよ。子ティナンどものリアクションもイマイチだしよぉ。アットムと俺で何が違うってんだよ。俺はぶつくさと文句を垂れながら、そこら辺に脱ぎ捨てた服に渋々と袖を通した。
2.着衣完了
本日、俺が教会に出向いたのは他でもない。アットムと話をして諸々の情報共有を済ませておくためである。
現在のアットムくんはアットムメス。俺の手引きで脱獄したあとに指名手配されたので、整形チケットで性別とビジュアルを変更している。
マーマレードは、現在のアットムをアベルと紹介した。しかしアットムの怪しい拳法はほとんど奇跡の産物であり、真似しようとしてできるものではない。用心深いマーマレードが、ぽっと出のプレイヤーを信用するとも思えない。アットムとマーマレードの間で何らかの密約が結ばれたと見るべきだった。
しかし絶対にそうだと言い切ることもできないので、アットム本人の口からどういう状況なのか聞いておこうと思って教会を訪ねたら留守だったので、ひとまず半裸になって待機していたという訳だ。
けど大司教様も一緒か。単刀直入って訳にも行かねえな。俺はひとまず他人のふりをしてアットムに声を掛けた。
よう。前にも会ったな。アベルだっけか?
アットムは身体の前で指を絡ませてもじもじしながら頷いた。
「う、うん。コタタマ、だよね。その、両殿下から話は聞いてる……」
うーん。微妙な反応だ。アットムは大司教様を気にしている。これは、大司教様には正体を打ち明けてないパターンか? アットムの性格からいって、それはないと踏んでいたんだが……。読み違えたか? いや、それはない。アットムが大司教様に隠し事をすることは絶対にないと言い切れる。話は通っている筈だ。ならばどうしてそう言わない?
分からん。何か深い事情でもあるのか。試しに大司教様に話を振ってみよう。
「大司教様。彼女は? 見たところプレイヤーのようですが」
大司教様に慌てた様子はない。
「ええ。子供たちの世話を買って出てくれたのです。まだ日は浅いですが、信頼の置ける人物ですよ」
そう言って大司教様はアットムを見る。ひどく優しい眼差しだった。
何も知らないような口ぶりだが……嘘だな。やはり話は通っている。俺は確信した。
アットムが脱獄して行方知らずということであれば、大司教様がこんなにも落ち着いている筈がない。ましてアットムメスの今の立場は、以前にアットムが居座っていた場所だ。そこに赤の他人を置いて素知らぬ顔ができるほど大司教様は薄情ではない。大司教様の、この落ち着きようは、アットムがここに居ると知っているからだ。
問題は、どうしてそれを俺に隠すのかということ。少なくとも……俺がアットムメスの正体を看破していないと思っている。俺に知られると何か都合が悪いのか? いや、それにしては……。なんだ? 本気で分からんぞ。
だが、大司教様は把握してる。子ティナンどもに嘘を吐いているなら、もっと態度に出るだろう。それもない。となれば、話は簡単だ。俺は聞くべきことを聞いた。
「大司教様。ティナン当局の連中は近くに居ますか?」
俺はティナン志士にマークされている。少なくともマゴットと初めて会った時には既にそんなことになっていた。振り返ったら偶然にも尾行者と目が合ったのだ。あの時は素でびびった。当時は、まだティナン志士の尾行技術が習熟していなかったのだろう。しかしそれからというもの、影も追えなくなってしまった。ティナン恐るべし。
大司教様は首を傾げた。
「何故ですか?」
連中に聞かれちゃマズい話をするからですよ。
「……居ません。子供たちが怯えますから。言っておきますが、コタタマ。この私の前で悪さは許しませんよ」
そんなつもりはありませんよ。本当に居ないんですね? なら、いいんです。
そう言って俺はトコトコとアットムメスに歩み寄る。
「な、なに?」
戸惑うアットムを、俺はぎゅっと抱き締めた。
「アットム。よく逃げ切ったな。それとも姫さんが気を利かせてくれたのか」
おや、大司教様ががっかりしている。何スか?
「気付いていたのですか……」
そりゃあね。付き合い長いですし。俺はコイツがどんな姿してようと分かりますよ。
俺の耳元でアットムが微笑を漏らした。
「そ、そうなんだ。コタタマには敵わないなぁ」
お前、顔真っ赤だぞ。大丈夫か。
「いや、だってバレてるとは思わなかったから……! 恥ずかしいよ。僕、殿下の前で他人のふりしてたし。……え? あの時にはもうバレてたの?」
ああ、そうだな。どんな話になってるのか分からなかったから念のために知らないふりしたんだよ。さすがにティナンの王様が犯罪者を匿ってたらマズいだろ。どんな手口を使った?
アットムは俺に背を向けてしゃがみ込んだ。火照った頬をぺしぺしと叩きながら、
「えーとね。ちょっと待って。えーと……」
そんなに恥ずかしがることなかろうに。
アットムは肩越しにちらっと俺を見た。
「……殿下から聞いてない? 僕の指名手配は形式的なものなんだよ。コタタマが直訴して来たって言ってたけど……」
直訴っつーか偉いヤツんトコ連れてけって言ったら武家屋敷の地下牢に放り込まれたんだよ。まぁ二、三日はギャーギャー騒いでたからマーマの耳に入ったのかもな。三日後には心が折れて飼育下に置かれたが。
飼育というワードにアットムが強い興味を示した。
「飼育下ってコニャックちゃんの?」
おお。ちゃん付けかよ。お前凄いな。やっぱりアレか? お前的にはコニャックさんはどうなの? ティナンにしては育ってるほうだと思うんだが。
「僕はね、ティナンなら誰でもいいんだ。とても心が純粋だからね。それに、育ってると言ってもローティーンであることには変わりないし。ああ、コタタマの言いたいことは分かるよ。スズキは近いっちゃ近いけど、中一か中二かで言ったら中二だよね」
中二だな。
「でしょ? そういうトコなんだよね。本当、スズキって逸材なんだけどさ。どうしても人間にしてはっていう注釈が付くんだよね。惜しいよなぁ。紙一重の差だよ」
それ本人に言ったらブッ殺されるぞ。
「もうブッ殺されたよ」
おぅ。とっくのとうに思いの丈をブチ撒けていたか。なんてヤツだ。俺の想像の遥か先を行ってやがる。
「紙一重だよね〜つったら、無口になってさ。ズンズン先に進むし。あ、イライラしてるな〜って。そしたらモンスターと戦ってる時に。戦闘中だよ? 僕を撃ってくるんだもん。もうね、狙いが逸れたとかそういう次元じゃないの。完全に僕の命を刈り取りに来てたし、まぁ刈られたね。遣り口が汚いよ」
それだけのことがあって、よくもまぁウチじゃ仲良くできるな。
「あ、それコタタマにだけは言われたくないなぁ。でね? その点、ティナンは違うよ。いい? ちょっと見ててね」
そう言ってアットムは、礼拝堂の隅っこに移動。こちらに大きく手を振ってから、助走に入って体操選手みたいに側転で勢いを付けてバク転からの後方伸身宙返りを披露した。お〜。ぱちぱちと拍手する俺の手前を、ズサーッと床滑りしたアットムくんが大司教様の真下まで滑っていく。スカートの裾を押さえた大司教様の裏拳がアットムの顎をパキョッと打ち抜いた。一撃で意識を刈り取られたアットムくんがコテリと床に大の字になる。
なるほど。
俺は一つ頷き、大司教様のスカートの端を指で摘む。そこで俺の意識は途切れた。
3.露店バザー
いかんいかん。この俺としたことが。ついアットムの変態ムーブに引っ張られちまった。
ぺいっと教会から放り出された俺とアットムは、連れ立って露店バザーに繰り出した。俺は気付かなかったが、アットムの話によれば大司教様は二人で遊んで来なさいというジェスチャーをしていたらしい。たまには羽を伸ばせということだろう。そんな大司教様のご厚意をセクハラで返すんだから、この男は本当に底知れない。
不特定多数のゴミに恨みを買っている俺だが、アットムくんが隣に居れば安心である。
おやおや、さっそくおいでなすったな。ゴミめ。
「あ? おい、崖っぷち。キレーなチャンネー連れてんじゃねえの。どこの上玉だよ? あ? また上手いことカマしやがったなぁ。ええ、おい?」
ゴミが連鎖した。第二のゴミが絡みたそうにこっちを見てくる。
「んだぁ? 崖っぷち〜。最近ちっと羽振りがいいらしいじゃん? 金出せ。コラ。ブッ叩かせろや」
どこの世紀末だよ。ホントに何なの、このガラの悪さ。
ゴミ二人がぴくりと反応を示した。アットムくんが無言申請を飛ばしたようだ。
「へえ。上等くれんじゃん?」
「自信……あんだな?」
勝つにせよ負けるにせよ、殺し合いをするならパーティーを組んでおいて損はない。
ゴミ二人はへらっと笑った。
「今日はこれくらいにしておいてやるよ」
「崖っぷちぃ。夜道には気を付けな? お前、狙われてンぜ?」
意外と親切なゴミだった。
待て。狙われてるってのは何だ? いつものことじゃねえか。何かあんのか?
「ちっ。仕方ねえな。来い! なんか奢れ」
ぬいぐるみでいいか?
「ぬいぐるみだ!? いいのかよ。高いんじゃねえのか」
あれれ、好感触。ボケたつもりだったけど面白かったからそれでいいや。どれが欲しい?
「お前のオススメがいい」
お前らは俺の何なの? まぁいいや。こっちにイイ店がある。付いて来い。
俺はアットムとゴミ二人にぬいぐるみを買ってやり、ついでにソフトクリームを奢ってやった。
その足でシルシルりんの露店のすぐ近くに移動し、地べたに座る。ぬいぐるみを抱きかかえてペロペロとソフトクリームを舐めているゴミに改めて聞く。
で? 俺が狙われてるってのは?
シルシルりんが割り込んできた。
「ちょっ、待って……。待ってください……。その、ええと、色々とキツい光景を展開されているようですがっ?」
シルシルりんはソフトクリームをはむはむしているアットムを見て、良いリアクションをした。
「わっ。キレイな人! コタタマりんに騙されてませんか? 大丈夫ですか?」
シルシルりん?
「コタタマりんは少し黙っててくださいね。喋り出すと止まらないんですから。そうやって何人もの女性を毒牙に……」
いやいや。シルシルりん。なんか近頃、俺に対して当たりキツくない? ちょっと興奮するんだけど、お金払おうか? 有料制にしようよ。
「い、いかがわしいお店みたいな言い方しないでください! もうっ」
需要ありそうだけどな。大人しそうな女の子集めてさ、慣れない感じで罵倒して貰うのね。どうよ? お前ら。
「それなんだけどさ」
おぅ。アットムくんが食い付いてきた。どうした。
「うん。コタタマさ。たまに女の子のカッコして知らない人たちを罵ってるでしょ」
バンシーモードのことか? それがどうした。
「あれさ、今度僕にもやってよ」
どういうことなんだよ。ますます変態に磨きが掛かってるじゃねえか。お前はとどまることを知らねえな。
シルシルりんが「あっ」と声を上げた。何かを察したらしい。アットムの右手首をじっと見つめている。
ああ、そうか。俺も察した。……俺とアットムは揃いのブレスレットを身に付けている。出会ってすぐの頃に先生からプレゼントされたのだ。当時まだ仲が悪かった俺とアットムに、しばらく一緒に行動するよう命じたのも先生だ。きっと良いコンビになるからという話だった。懐かしい。
そして今、俺は相棒のアットムくんに女の姿で罵るよう要求されている。思えば遠くまで来たもんだ。
それはともかくとしてゴミ二人に事情を聞く。いや、その必要はなかった。
往来で、金ちゃんがチンピラに腹をブッ刺されていた。
舎弟と思しき連中が血相を変えて金ちゃんに駆け寄る。
「お、叔父貴ー!」
血反吐を吐いた金ちゃんが地に突っ伏して叫ぶ。
「崖っぷちを……。崖っぷちを取ったモンが天下を取るんじゃ〜!」
……ええ? 俺はドン引きした。
俺の知らないところで、また相関図がガッツリ更新されたようだぞ……。
これは、とあるVRMMOの物語。
忍び寄る人間関係……。
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