【通販&春インテ無配ペーパー再録】王子様のセタンタくん(10)と没落令嬢エミヤちゃん♀(20)
春インテで出した本の通販がboothさんで始まりました。
本文は当日配っていた無配ペーパーの再録で、本編の番外編です。
気になった方いらっしゃいましたら、ぜひどうぞ。
通販ページ(https://kasure.booth.pm/items/1288034)
こちらの本は7月東京にも持ち込み予定です。
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彼女の呟きを聞いたとたん、全身に稲妻が走る。
外伝 伸びないで、お姫様。
夜更けから降り出した雪は、一夜にして首都を一面の白銀に変えてしまった。アルスター城とて例外ではなく、雪がかかり光輝く白亜の城は、まるで絵本の挿絵だ。
「ふん、ふーん」
髪と同じ青色のモコモコとしたポンチョを纏ったセタンタは、鼻唄を歌いながら処女雪に小さな足跡をつけてゆく。
セタンタの授業を担当する講師が雪のせいで出張先から帰れなくなり、今日の授業が休みになったセタンタはいつになくご機嫌だ。
白い息を吐きながら走る足取りはいつになく軽やかで、気を抜くとスキップしてしまいそうだ。
足取り軽やかに向かうは、愛しの婚約者の元。
以前まで、年上だからとセタンタに遠慮していたエミヤも、最近ではセタンタを恋人として意識してくれるようになった。不器用ながらも、少しずつセタンタに歩み寄ってくるエミヤの姿を思い出すと思わず頬が弛んでしまう。
セタンタには彼女を振り向かせるためならどんな努力も苦ではななかった。事実、嫌いな勉強もエミヤ幻滅されたくない一心で必死に取り組んだし、日々の鍛練にも力が入った。だからこそ自他共に彼女の恋人として隣に立つことができたのは至上の喜びである。
しかしエミヤとの仲が成就した今、セタンタには新たな悩みが出てきた。基本的にくよくよ悩まないセタンタだが、男の沽券に関わるその問題は実に深刻なものだった。
――セタンタはエミヤより、ずっと背が小さいのだ。
これこそセタンタ目下最大の悩みであり、早急に解決しなければならない問題だ。
エミヤと出会って始めの頃は、セタンタも別に身長云々のことなど気にしていなかったのだ。むしろ、エミヤの母性本能をくすぐる小柄な体格やあどけない顔立ちのおかげで、エミヤにふざけて抱きついても怒られなかったし、膝枕もしてもらえたのだ。役得とさえ思っていた。
だが、エミヤの隣に子供ではなく男として立つようになってからは、己の未熟な身体がもどかしくてたまらない。女性としては長身なエミヤと、同年代の中でも小柄なセタンタが並ぶ様子はどう見たって年の離れた姉弟のそれで、とてもカップルには見えないのだ。
加えて先日、兄のキャスターとエミヤが中庭で歓談している姿を偶然見て以来、セタンタのコンプレックスはむくむくと膨らんでいた。
キャスターとセタンタの同じ顔立ちはほぼ同一だが、とっくに成人したキャスターは背も高く体格もいい。そんなキャスターとエミヤが並び立つ姿は、悔しいがお似合いだった。彼らの関係が色気のあるものではないと分かっていても、ショックを受けずにはいられない。
この光景を切っ掛けに背を伸ばす決意を固めたセタンタは、手始めに最近せっせと牛乳を飲みはじめた。
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今日の朝、寒さで目が覚めたエミヤはカーテンを開けて目に入った光景に道理で寒いわけだと納得する。窓の向こうの景色は昨夜からの雪で、すっかり雪化粧を施されていたのだ。薄っすらとだが降り積もった雪に朝日が反射して光っている。
眩しい光に目を細めながら、エミヤはぶるっと身体を震わせる。いつまでも秋だと思っていたら、いつの間にか冬になっていたようだ。
(いい加減冬物を引っ張り出さねばな……)
たしかアラヤから持ち込んだ衣装の中に、冬物の衣装があったはずだ。アルスターに来てから、クローゼットの中が急に賑やかになったので、あまり使わない衣装は奥の方にしまい込んでいる。あのドレスの山の中からお目当てのものを見つけるのは骨が折れそうだとエミヤは溜め息をついた。
朝食が終わってから侍女と共にせっせとクローゼットの発掘作業をして一時間、奥の方からやっとのことでお目当てのドレスを見つける。
冬物らしく厚手の生地と露出のないデザインのドレスは丁度一年前、エミヤの嫁入り道具として仕立てたドレスだ。一度も袖を通してはいないが、一年前と比べて特別太ったり痩せたりしてないので大丈夫だろう。
そう高を括っていたのが三十分前、しかし今現在エミヤの顔は真っ青だ。
あれだけ苦労して見つけたドレスではなく、いつものドレスに着替え直したエミヤはソファーに座って項垂れている。
「その、大きくなられたようですね……サイズを調整するにも限界がございますから、この際新しいドレスをお仕立てになるのがよろしいかと」
はじけ飛んだボタンを拾った侍女がエミヤに提案する。
「……サイズ調整ではどうにもならないのか?」
「ええ。身体に沿うドレスだからということもありますが、何より、その、随分と大きくなられましたから…」
その言葉にエミヤは益々絶望する。つまり、一・二センチ増えた程度の話ではないのだ。 腕周りに問題はない、ウエストだってちゃんとはいったし、裾の長さも丁度いい。この事実からも、一年前と比べて身体の基本的な数値は変化していないはずなのだ。
(なのに、なぜ?)
――なぜ、胸元が閉まらない?
「また大きくなってる……」
はじけ飛んだボタンを横目で見つつエミヤは悲壮な声で呟いた。
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エミヤの部屋の前になって、そういえば彼女に何も連絡をせずここまで来てしまったと気づく。彼女は大概部屋にいることが多いので在室しているとは思うが、来客などが来ている場合、むやみやたらに入るのはマズイ。
(エミヤはいるかなー?)
扉に耳を付けて中の気配を探る。
数人が動き回る気配がある。恐らくエミヤとその侍女たちであろう。訪問しても問題ない様子にほっと胸をなでおろしていると、扉の向こうからエミヤの声が聞こえた。
『また大きくなってる……』
彼女の呟きを聞いた瞬間、全身に雷で撃たれたようなショックが走る。
扉に寄りかかったまま膝から崩れ落ちたセタンタは、声もなく大理石の床を見つめている。
(…大きくなったって、エミヤの背が伸びたってことか!?)
この事実はエミヤとの身長差を気にしているセタンタにとっては一大事だ。今までは自分の背を伸ばせば自然とエミヤに追いつくだろうと思っていたが、エミヤの身長も伸びているのは想定外だった。
ぐるぐると先ほどの言葉を頭の中で反芻させている間も、室内からはエミヤと侍女たちの会話が聞こえててくる。
『この歳になっても成長するものなのか?』
『個人差にもよりますが、二十歳を超えてから大きくなる方も少なくありません』
『むう。なあ、……ちなみに私のは、その、どれぐらい大きくなっていた?』
『そうですね……三・四センチぐらいでしょうか』
『そんなにか!?』
セタンタの絶望はいよいよ深くなる。
先日身長を測ってみたら一年前と比べて四センチ伸びており、そのことを喜んだばかりなのだ。少ないながらもエミヤとの差が縮んだと浮かれていた矢先だからこそ、エミヤの背も四センチ伸びていると知ったセタンタの嘆きは人一倍だ。
(イタチごっこだ……!)
これではいつまでたっても彼女を追い越すどころか、目線を合わせることすらできない。
続けざまにショックな事実を突きつけられたセタンタはその場で膝を抱えて項垂れる。
どうしようもないまま俯いているセタンタに頭上から声がかかる?
「セタンタ?」
半開きになった扉から顔だけのぞかせたエミヤが、不思議そうにセタンタを見下ろしていた。
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「で、あんな所に座り込んでどうかしたのか?」
廊下に座り込むセタンタを風邪をひいたら大変だと室内に招き入れたが、当の本人は先程から何も言わず黙っている。常にない彼の様子を心配したエミヤは、何があったのか問いた出す。
「…………」
それでもだんまりを決め込むセタンタに、エミヤは困ったように眉尻を下げる。
「なあ、心配事があったら話せと私に言ったのは君じゃないか。言った本人が黙ってるのは不公平ではないか?」
エミヤのもっともな主張に、ぐっと声を詰まらせたセタンタはしぶしぶ口を開く。
「……さっきの聞いたんだ。エミヤがデカくなったってやつ」
一瞬考えたエミヤだったが、直ぐに彼の言う意味に思い当たると顔を赤くさせて動揺する。
「き、聞いてたのか!?」
「…………たまたま聞いたんだよ」
狼狽する彼女の姿に、やはり事実だったかとセタンタはますます凹む。
「だ、だが私が、その、大きくなってなぜ君が落ち込む?」
「なんでって、男としちゃ、あんま差がデカくなるのは喜ばしくないからだよ」
「!…………き、君も大きな女は嫌いなのか?」
エミヤの表情が不安で揺れる。しまった、言い方が悪かったか。
「別にエミヤのことが嫌いになったってのはないぞ。ただやっぱり二人並んで違和感のないぐらいには俺もデカくなりたい。そのための努力だってしてるしさ」
「いや、いくら努力したって君は大きくならないぞ」
「本人目の前にしてなんてこと言うんだよ!!!」
想い人にあっさりと努力を否定されたセタンタは悲痛な声を上げる。
「君は大きくならないよ。生物学的にも」「また大きくなってる……」
「生物学的!? 遺伝子レベルで否定すんなよ! だいいちキャスターだってデカいんだし、俺もデカくなるだろ!」
「キャスター!? 見えない所でそんなことになってるのか!?」
「見りゃわかんだろ」
「分からないよ!というか君、さっきから一体何の話をしてるんだ!?」
「エミヤこそ何の話してんだよ!?」
「胸の話に決まってるだろう!!」
「………は? むね?」
「え……?」
セタンタの反応に、エミヤもポカンとする。
「ちょっと聞きたいのだが、君は私の何が大きくなったと思ったんだ?」
「…身長じゃないのか」
「違うよ」
二人の間に気まずい空気が流れる。
「…胸、大きくなったのな」
「君こそ、身長気にしていたんだな…」
「「…………」」
両者ともに意図せず知られたくない秘密を暴露した結果になって、相手の顔がまともに見れない。
「…………君ぐらいの年頃なら、身長ぐらい五・六年すれば伸びるさ」
エミヤがセタンタにフォローを入れる。
「エミヤより大きくなれる?」
「キャスターを見る限り大丈夫だろうさ」
「…うん」
馬鹿にされることも覚悟していたので、エミヤの優しい言葉に少しだけ気分が落ち着く。
「エミヤは胸大きくなるの嫌なのか?」
世の中には豊満な胸を望む女性は少なくない。エミヤの悩みは、人によって贅沢な悩みにも聞こえるだろう。
「……………………別に…。ただ大きくなると肩が凝るし、服も合わなくなるだろう」
「他には?」
歯切れの悪いエミヤの答えに、セタンタは探りを入れてみる。別に聞き出す必要はないのだが、セタンタだけが恥ずかしい思いをするのは腑に落ちない。
「……他にと言われても、特にないよ」
「でもさっき『君も大きな女は嫌いなのか』って聞いたろ?」
エミヤは押し黙る。この場合、沈黙はもはや肯定だ。
長い長い沈黙の後で彼女の口からポツリと出た呟きは、意外なものだった。
「――その、はしたないだろう?」
(…………?)
意味がわからずセタンタの脳内では大量の疑問符が乱舞する。適当な理由をでっち上げたのかとも思ったが、眉を八の字にして瞳に不安の色を浮かべる彼女の表情は本気だ。
「なんで胸が大きい=はしたない、に繋がるのか分かんないんたけど」
「……昔、男の子に言われたんだ」
当時、エミヤは親の方針により公爵家令嬢でありながらも平民の子供たちと遊んでいたのだが、昔から発育の良かったエミヤは彼らの中でも背が高く、胸が膨らみ始めるのも早かった。
そしてその時一緒に遊んでいた男の子たちに胸が大きいことを散々からかわれたのだ。
「当時の私は、髪は今よりもずっと短くて、野山を駆け回るためにずっとシャツとズボンを着ていたからね、恐らく枝のようにひょろ長い手足の少年に女性の胸が付いてるのが気持ち悪く見えたんだろう」
あの時の経験が原因で、未だに大きい胸はエミヤの中でコンプレックスになっている。特に胸が大きいだけで何の根拠もなく『エロ女』と囃し立てられたのは今でもトラウマだ。
「そんなの気にすることないだろ。ガキの戯言なんて忘れればいい」
「私だって胸が大きいのがはしたないと本気で思ってる訳ではないさ」
「でも、胸大きくなったの隠したがっただろ?」
セタンタの言葉に、エミヤは恥ずかしそうにうつむくと訳をボソボソ話す。
「……当時私を囃し立てた子達も君ぐらいの歳だったから、その、君も胸の大きい女は嫌いかと思って」
エミヤの勘違いにセタンタはなんでそんなことをと呆れてしまった。
気持ち悪いどころか、エミヤに抱きついたときの柔らかい感触を日々の糧としているセタンタにとって、彼女の豊かな胸を否定する人間は全員敵で殺すべき相手だ。
本来ならエミヤをからかったとかいう奴らも叩きのめすところだが、如何せんアラヤまでは遠いので勘弁してやる。命拾いしたな。
「嫌いな訳あるかよ。俺を見損なうな」
セタンタはエミヤの胸元に飛び付くと、思い切りバグをした。
嗚呼、幸せだ。
極上の柔らかさに、セタンタはほくそ笑む。
「それにしても、急に大きくなったのは何故なんだろうな?」
右腕にセタンタをべたりと張り付けさせたままのエミヤはずっと感じていた疑問を口に出す。
元々大きいエミヤの胸だが、十八歳になる頃には成長も完全に止まっていたのだ。アラヤにいた頃には何もサイズ変化がなかった胸がアルスターに来てから大きくなることなどあるのだろうか?
不思議そうに首を傾げていると、一人の侍女がもしかしとら、と話し出す。
「成長しきった乳房でも、揉んだりマッサージを施してやればサイズアップすると聞いたことがございます」
「マッサージ?」
侍女はそう言うものの、エミヤが覚えている限りでは、胸のマッサージなどした覚えはない。
はて、では何だろうかと視線をふと下にやると、胸に顔を埋めて気持ちよさそうにもふもふしている少年が一人。
(………………………これが原因か?)
直ぐさまセタンタを引き剥がすと、彼から苦情がはいる。
「折角、気持ち良かったのに! 一体どうしたんだよ!?」
「いいか、セタンタ。当分の間、君は胸へのおさわりは禁止だ」
「何でだよ!?」
「なんでもクソもあるか!! 君が私の胸を枕して余計な刺激を与えるせいで、無駄に胸が大きくなってしまったんだぞ!」
「デカくても俺は気にしねえって言っただろ」
「私が困る! 一体何着のドレスが入らなくなったと思ってるんだ!」
「新しく用意してやるって!」
「アラヤから持ってきたドレスは袖を通してもいないんだぞ、勿体無いだろう!」
「うそだろ?!」
セタンタの嘆きが寒空にこだまする。
因みにエミヤの胸が急成長したのはセタンタが原因ではなく、高カロリーなアルスターの食文化であることが判明した。日々の蓄えられた栄養や脂肪が全て胸にいった結果、サイズ増加につながったのだ。
この事実が判明してようやく、セタンタは再びエミヤへの接近を許された。