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御子と野獣5/Novel by 凍護@コメント嬉しい

御子と野獣5

9,754 character(s)19 mins

美/女と野/獣パロの槍弓、とりあえずここで区切りです/本当にここまで続きを待ってくださった方々、評価やブクマなど多くの反応をくださった方々本当に本当にありがとうございました!!お陰様で100%俺得と思われていたシリーズもここまで完走できました…!ケモミミはいいぞ…!しかしまだまだ書きたいエピソードはあるのでもう少し蛇足が続きます。そしてモチベ上げてくれた『the beast』に小さく感謝を、アーチャークラスタの皆様聞いてください…聞いてください…

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「…ッ、クソが」
薄暗く湿っぽい部屋で目覚めたランサーは、痛む体に顔を歪めると小さく悪態をついた。
そこはどこかの家の地下室なのだろう、乱雑に置かれた物の上には厚くホコリが積もり、かび臭い臭いが鼻を突く。
今は何時か…それすらもわからない、気絶してからそう時間は経っていないはずだが、状況が状況だけにひたひたと焦りが擡げる。

あの日、アーチャーの呪いを解くため留守にしていたイリヤとバーサーカー、凛と士郎の4人が帰ってきてまたすぐに城を後にした後の夜、初めてアーチャーの過去を、ただ他人の幸せを願い野獣へと身を墜した男の話を聞いた。
おとぎ話なんてとんでもない、それはどこまでも現実的でただひたすら人のために頑張ったものはめでたしめでたしでは終わらず、それは罰となって返ってきた。
月明かりに照らされた孤高の背中がフラッシュバックしたランサーは唇を噛み締め、湿った土の床に頭を打ちつける。
ふざけんな…胸に泡のように次々と浮かぶ苛立ちにランサーの白い唇から血が一筋流れ、土に染み込む。
それはアーチャーを正すことなく消えた義父へか、ひたすら人助けをしたいという夢へか、アーチャーに呪いを掛けた魔女へか、自らを傲慢と言って嘲笑し諦めるアーチャーへか…。
アーチャーの夢は決して、決して誹られるものでは無い、ただそれは人間の身には荷が勝ちすぎただけで、ただそれを背負おうとした者が体を潰す重みに血を吐いても止めない愚かなほど馬鹿な男だっただけで、汚されるようなものではなかったのだ。
アーチャーへ呪いをかける魔女の気持ちもわかるが、それを泣きながら自ら笑い飛ばす大馬鹿者の姿ばかり目にちらつくのだ。
傲慢な男があんなに楽しそうに人の世話をするものか、愚かな男があれほど自らの休息を無下にして他人の危機に敏感であるものか、醜い野獣があんなに哀しくて儚い涙を流せるものか。
毎日吹雪が降り続く城で1度として雪に埋もれたことのない黒い弓、それを知っているのが自分だけという事実がどうしょうもなく腹立たしくて口惜しくてランサーは何度も床へ頭を打ちつけ、手を縛った縄にギリギリと肉がくい込む。
部屋を後にする背中をみすみす見送り、次の日でももう1度話せばいいと油断したあの時の自分を殴りつけたくなる。
ランサーが待った翌日、食堂で顔を合わせた2人は朝の紅茶を飲む時間もなく城全体を揺らすような衝撃に襲われ、急いで窓の外を見た先には城門へと続く橋を黒々と染める数多の民衆、丸太を切って作られた暴力的な鍵で美しい城の門を強引に開き、雪崩込む者達は口々叫んだ。
野獣を殺せ、と。
形の見えない恐怖に捕らわれた集団はすぐに城を侵していく、アーチャーが毎日磨いた階段を、毎日拭いた調度品を、毎日ホコリを払った絨毯を踏みつけ荒らしながら。
うねる怒涛の声を聞き、食堂に先陣が到達するのも時間の問題だと理解したランサーがともかくアーチャーを逃そうと腕を掴もうとした時、それよりも早く顔色を失ったアーチャーが叫んだ声は耳にこべりついて離れない。
『早く!君は逃げるんだ!』
おいおい、殺すと言われてるのはお前自身だろうが…まだこの期に及んで人の心配をするたわけがどこにいる。
一切自分を省みないアーチャーの鋼色の瞳に蹴落とされたその時、いつも開ければ香しい美味そうな食事の匂いを届けてくれた扉が武器を持った人間の手でぶち破られ、その後は…。

途切れていた記憶が回復していくにつれて、ランサーはごろりと仰向けに転がる。
暴走する人々にアーチャーと分断され、咄嗟にやめろ!と叫んだせいで自分は野獣の虜にされたと囚われたのだ。
ランサーはまだ顔見知りだったため押さえつけられ、縛られるに留まったがどんどん増える民衆の体で見えなくなるアーチャーは一切抵抗をしなかったというのに、殴られ刺され床に引きずり下ろされ一瞬にして滑らかな褐色の肌が傷ついていった。
逃げようとすればできたはず、それをしなかったのはやはり…刹那垣間見えた全てを受け入れるような表情にランサーの胸がザワリと荒れたその時、ランサーの斜め上に取り付けられた外に続く木戸の向こう側が騒がしく揺れ、次の瞬間寒波とともにある者がランサーが放り込まれた地下室へ降り立った。

「ランサー!」
「…おま、アーチャー」
それはまさしく今町の者達へ捕らわれているはずのアーチャーだった。
姿を見つけた瞬間ほっと緩まった表情はすぐに引き締められ、床に転がるランサーの縄をといて傷ついた手首へひどく痛ましく顔を歪める。
「無事でよかった、ランサー。巻き込んでしまって本当にすまない…」
「気にするな。お前…大丈夫か?」
血が滲むランサーの手首へ泣き出しそうな顔を見せるアーチャーこそ顔中に殴られた跡を作り、綺麗な鋼色の瞳は紫色に変色した周りの皮膚のせいで輝きは見えにくい。
時折ケホケホと咳き込む息は荒く、ひゅーひゅーとした息の合間に眉をしかめる様子ではもしかしたら体の中身までひどく傷ついているかもしれない。アーチャーが実害をもたらせたことはない、なのにただの漠然とした恐怖だけでここまで痛めつける人間へ燃えるような憤怒が湧き上がる。
縛られていたところを強引に抜け出したのだろう、ランサーの傷など比べ物にならないほど痛々しく肉の削げた手で口から溢れる血を拭ったアーチャーは、真剣な顔で縋るようにランサーを見つめた。
「私のことなどどうでもいい。ランサー、巻き込んでおいて虫のいい頼みだがどうか聞いてくれ。君はこれから凛の屋敷へ行ってイリヤと他の住人が当分こちらへ戻らないようにしてくれないか?君を今救ったことで後々面倒をかけてしまうかもしれないが…頼める者が君しかいないんだ」
「…わかった。任せておけ」
悲痛な声はひたすら他へと向けられる。アーチャーと過ごす上でわかりきったことなのに今はそれがひどくやるせなくて、しかしランサーは深く頭を下げて懇願するアーチャーの姿に応えるしかなかった。
「恩に着る。今の私には何も返せるものはないが…本当に、本当にありがとう」
答えを聞いた瞬間暗がりでもわかるほどアーチャーの表情はパァっと輝く、そしてランサーの手を握って何度も感謝を示すアーチャーの頭部、少し撫でればすぐに甘えるように震える耳までも赤い血で汚されているのを怒りと悲痛が入り交じった顔でランサーが見つめているのをアーチャーは気づかない。
「時期に私がいなくなったことも知られ、騒ぎになろう。我ながら…ここまで悪い方、悪い方へ転ぶとはな」
地下室の扉から見えるチラチラと吹雪く外を見上げて、アーチャーは自嘲に塗れた乾いた笑いで肩を揺らす。まだ静かな外は月も傾いた深夜、人々が寝静まった今はいいがいつ誰かが捕まえた野獣の姿が無いことに気づくかわからない。
「私は朝には吊られて死ぬらしい、獣にはお似合いの死に様じゃないか。…わがままを言うなら私は、君に殺されたかったよ。ランサー」
捕らわれていた間に聞いた町人たちの死刑宣告を口にしてふっと歪められた唇、この刹那の静寂はつまりアーチャーの残り少ない命のカウントダウンだった。
握ったランサーの白い肌を見つめ、もしも人にもたらされる終わりがあるのならこの手が握る赤き槍で刺し穿たれたかったと、初めて出会ったあの夜に伝えた望みをアーチャーは再度口にする。
その望みはかつて人々の邪魔になるのなら消えなければという義務的な無機質なものだったが、生活を共にした日々が重なった今、自分を理解し捨てたはずの夢を綺麗だと拾い上げてくれたたった1人の存在に看取られる最期はあまりに甘美で、伏せられたアーチャーの瞼が未練に震えた。
殺すかどうか見極めると言ったランサーはその実出会った時からこれまで、このお人好しを殺そうと思った時などない。しかし相手にとっては所詮吹雪の間滞在する自分を殺すかもしれない対象の1人だと思われていたことに、ランサーは歯噛みをするとあの時の問答からまるで変わっていないアーチャーに口を開いた。
「お前、まだ死にたがっているのか?」
「…どんなに君が理解出来なくとも、それが彼らにとっての利益となるなら私の身なんて軽いものだ」
しばらく黙っていたアーチャーが微笑んで口にしたものは依然変わらぬもの、消費されるだけの正義の味方を前にして、ランサーは諦めきった笑みへふつふつと湧き上がる感情をとうとう理解していた。
「そうかよ。町の奴らが死ねというなら死ぬのか?」
「…私は多数の意見に従う」
「じゃあ俺が死ぬなと言えば?」
「なにを…?」
そっと壊れ物にふれるように指が添えていたランサーの手、もう2度とふれられないそれに少しでもふれていたかったアーチャーの手を掴んだランサーはハッと上げられる顔へ自身の体を焼く怒りの源泉へ観念したように笑った。
「お前のことが好きだ、アーチャー」
この度を超えた優しいお人好しが自分は好きだ。だから失いたくない、傷つけたくない、もっと笑顔が見てみたい。
それはこんなすり減らしたものではなく、暖かな食堂で夕食を平らげる自分へ向けられるようなものが、その先のもっと幸福で溺れたようなものも。
口にした瞬間ストンと収まる感情に、これまで告げる時を先延ばしにしてしまっていた己へ苦笑したランサーは、瞳を真ん丸に見開いたアーチャーに赤い瞳を和らげた。
「こんな時に、笑えない冗談はよしてくれないか」
対してアーチャーは突如聞かされたランサーからの告白に、まず自分の耳を疑った。
しかし強化された聴覚は優れていて、聞き間違いなどあるはずがない。
そう、目の前のこの美しい男は自分のことを好きだと言った。
この醜い、呆れ果てた、愚かな自分を。
思わず手を引っ込めようとしてもランサーの手がそれを許さない、手を握られたことで対面を余儀なくされたアーチャーは硬い声で跳ね除けるが、予想していた反応にランサーは涼しい顔をして小首をかしげる。
「冗談だと思うか?」
「な…ば、馬鹿な。一体何を勘違いして…らしくないぞ、ランサッ」
深い輝きを持たせた赤い瞳にじっと見つめられ、落ち着きなく体を揺すったアーチャーは自分の置かれた状況を忘れて声を荒らげ始める。
まるでこちらへ伸ばされる手を跳ね除けようとする猫の如く耳の毛を逆立てたアーチャーが、咎めるように上げようとした声は不意に全身を包む温もりによって途切れた。
それはランサーの体、傷つき冷えた体を塗り替えていく暖かさは心地よくて、一瞬走った緊張もみるみるほどけて腕の中へ収まるアーチャーの体を抱きしめたランサーは甘く強く力を込めた。
「クーフーリンだ。本当の名前、ずっと言わなくて悪かったな」
優しい囁きを受けて、人の暖かさを全身で感じて、ついにアーチャーの心に纏った城壁は瓦解していく。
はくはくと何度か口を開閉させ、ぐっと唇を噛んだアーチャーは抱き返すことも出来ずにだらりと垂れ下がった手がガリガリと床の土を削った。
「…やめて、くれ。俺は、醜い…醜い獣なんだ…!望まぬ正義を振るったかと言ったな。…ああ、俺は人を助けるために人を切ったことがある…!正義のために助けたい人を殺したんだ!こんなもの、正義の味方であるはずがない…俺は、俺の願望がために人を犠牲にする。これが獣でなくてなんだというんだ…!」
胸に沈殿した泥を吐き出したアーチャーは、かつてこの手で切った助けるべき命の慚愧を見て、血を吐くような叫びを上げる。
こんな自分が温もりを感じていいはずがない、自分の分の幸せは他人のものでなくてはならない。アーチャーの心に巣作った強迫観念のようなそれを聞いて、暴れだしたアーチャーを腕の力を強めて決して逃さないクーフーリンは首を振った。
「お前は純粋すぎる。人なんてもんは多かれ少なかれ犠牲の上に立たなきゃ生きられんものだ。お前の悔恨も絶望も俺が救うには荷が重すぎる。だがな、アーチャー」
アーチャーの肩に手を置いて一旦体を離したクーフーリンは、今にも涙が零れそうなほど軋んだ顔を見つめて、はっきりと自分の想いをぶつけた。
「俺はお前のことを失いたくない。自分のために生きられないというなら、せめて俺のために生きてくれ」
「クー…フーリン」
真っ直ぐにこちらを見つめる赤き輝きに射すくめられ、ドキリと揺れることも出来ない心臓はひたすらクーフーリンに奪われてしまっている。
呟いた本当の名は美しく、にわかに騒がしくなってきた外に気づいたクーフーリンがアーチャーとの約束がため名残惜しげに離した肩は吹雪に負けないほど暖かかった。


遠坂領へ向かう背中を見送って、アーチャーは受け取ったクーフーリンの想いを胸にしたまま町の者達へ再度捕らわれた。
逃げ出したとわかってさらに激化した暴行、そんなことをしなくてももう逃げないというのにキツく縛られた縄はアーチャーの胸を圧迫して血反吐を吐かせる。
こちらに向けられる瞳はどれも怒りに満ちて、かつて多くの人を救うためやむを得ない犠牲を出した時に救ったはずの者達から向けられるものに似ていた。
何の見返りも求めていないのに、感謝されたいと思ったこともない。犠牲を払う時いっそ代わりに自分の身が裂けれるのならとどれほど願ったことか。

そうだ、だから自分は犠牲に報いるためにももっと人の幸福のために使われようと思った。

誰かが朝なんて待てない!早くこの野獣を殺そう!と声を上げた。瞬間そうだ!そうだ!と同調する声が続くのを聞いて、誰1人として静止しようとしない状況に流石のアーチャーも笑ってしまう。
これまでアーチャーが助けてきた者達もこういうのだろうか、かつて助けようとしたものへ刺された傷が今更鈍く痛む。
あの時魔女から向けられた瞳の得体の知れない化け物を見る瞳、告げられた言葉はこれまでの経験も合わさってアーチャーに納得しか植えつけなかった。

そうだ、だから自分は許されてはいけないと思った。

町の中心に作られた絞首台、野獣討伐が決まってから作られた処刑装置に連れていかれるアーチャーの足は抵抗することもなく進んでいく。
一段、一段と舞台に上がるまでの階段を登るたび城の住人たちの顔が浮かんでは消える。
彼らは大丈夫、きっとランサーが何とかしてくれる。最後まで醜い自分の姿を見せることはない。
そう、ランサー…クーフーリンが。
深い満足感に笑みを浮かべて首にかかる縄を受け入れようとした時、ふと浮かんだ青き影にアーチャーの表情は固まる。

『俺のために生きろ』

自分はより多くの人達の幸せのために生きると決めた。
クーフーリン1人と町の人間全ての総意、それは比べるまでもないわかりきった天秤じゃないか。
容易く町の願いに傾くはずの秤は不意に動きを止める。

『自分を見なさい』

呪いをかけられた時、魔女から告げられた言葉はまるでこちらを叱るようなものだったな。
それが呪いを解く条件、それが呪い…アーチャーが捕らわれる歪んでしまった夢を見つめ直す唯一の…
とうとう執行人も壇上に上がり、民衆の歓声を受けて首に縄をかけられた野獣の足元の台へ足をかける。
足元が揺れるのを感じてアーチャーの体がぴくりと動く。
自分は人々の総意で死ぬ。それが人々の幸せに繋がる。

ならば正義の味方は満足だ。

ならば醜い野獣は満足だ。

ならば自分は…俺は…

瞼の裏に蘇ったクーフーリンの願いに、アーチャーは唇を噛みしめ今まさに自分の乗った台が蹴飛ばされようとした瞬間アーチャーの手から眩い光が迸り広場にいた人々の目を焼いた。
町の者達が思わず目を多いチカチカとする視界に気取られた一瞬で手に顕現した黒白の双剣、城にあるはずのかつての相棒である干将・莫耶を振るって瞬く間に己を縛る縄と絞首の輪を切り裂いたアーチャーは全身を包む高揚にふーっと息を吐く。
光のショックから回復した誰かが死の縄がなくなった絞首台を指さし叫ぶ、次々に突如いなくなった野獣に恐怖の声が上がり、同時に代わりに現れた男を訝しむ声が続いた。
野獣のいなくなったことによるパニックが戸惑いに変わってくれたのをほっとしたアーチャーが、まずどうしたら良いものか逡巡していると、不意に混乱の中でも真っ直ぐに通る声が場の手綱を握った。
「よかった。間に合ったようだな、それがお前の本当の姿か。アーチャー」
この場にいるはずのない声に振り返ったアーチャーは、瞳に移した別れた時の姿とは全然違うクーフーリンの姿に目を見開く。
服の至る所を擦り切れさせた上に自身の血とおそらく返り血で体を濡らし、血に汚れた顔で初めて見た人間の姿のアーチャーへ唇の端を上げたクーフーリンは担いだ武器を地に突き立てた。
それはクーフーリンが愛用している赤い槍、今その刃先はベットリと血で汚れて突き立てた所から地面を染める赤色を見た町人が思わず悲鳴を上げる。
「クーフーリン…君…何故ここに…?その傷は?!」
「なぁに、ちょいと無慈悲な野獣様がいなくなると聞きつけて早速先走ってきた奴らの鼻先蹴飛ばしてきただけだ。ほれ、土産だぜ」
凛の屋敷と町は馬車でも時間がかかる。クーフーリンの性格上引き受けた頼みは違えないはずだが、何故かこの場にいる不思議が過ぎるも、すぐにアーチャーはボロボロに傷ついたクーフーリンへ駆け寄った。
処刑寸前だったはずの男が真っ先に気遣いへおろおろとする姿に、変わんねぇなと独りごちたクーフーリンは、アーチャーを制して前に進み出てきた町長の足元へ持ち帰った武器を放る。
無造作に足元へ投げられたそれを見た町長は瞬間言葉を失った。何故ならそれはここにあるはずの無い隣国の武器、それもまだ新しい血に濡れて使用されたことを強く臭わすものだったからだ。
その意味を理解した町長、そして武器を見た町人からだんだんとざわめきが波のように広がっていく。
破られることのない安寧を揺るがす兆しに今更気づいた者達へため息をついたクーフーリンは、蒼白になる町長の胸ぐらを掴みあげると、この町の守護者をみすみす殺そうとしたたわけへ獰猛な瞳を向ける。
「俺が潰したのは先行部隊だけだ。噂が本当だとわかればもっと軍隊が押し寄せるだろう、その時この町は無事でいられるか?あぁ?」
今にもこの町を脅かそうとする軍隊の足音が聞こえてきそうでひぃっと悲鳴を上げた町長に眉を寄せたアーチャーは、素早くクーフーリンの手を外させると背後で安定のお人好しぶりに顔を覆う気配を感じながら条件を提示した。
「貴方がこの町の代表か?彼の言うことは本当だ、野獣の名は抑止力となって隣国へ届いている。だから、あくまでこれは提案なのだが君たちにはどうか醜い野獣を見逃してほしい。その代わり、野獣は今後一切君たちへ干渉することをやめよう。恐怖を野放しにすることは恐ろしいだろうが、耐えてもらえると嬉しい」
クーフーリンが作った最大のチャンス、野獣が町の者達へ受け入れられるきっかけをアーチャーは飲み込んであくまでも町の者達がこれまで通りの平和を得られるもの。
正義の味方は見返りを求めない。どうしても変えられない性分に苦笑したアーチャーは、頷くしかない好条件に首振り人形と化した町長の襟元を正すと、おとぎ話の締めを口にした。
「どうか、末永く幸せに暮らしてくれ」


「それで?町はこれからもあんたの力を享受するだけ享受して、これまでのことに謝罪一つ無いなんて…ほんっと、ナメてくれたわよね…私のアーチャーをよくもこんな…!」
野獣の処刑騒動から数日、ランサーに止められたがそれでも放っておけない城の住人たちが無理矢理戻ってきた時にはすべては終わり、出迎えたのはところどころ包帯に覆われながらおかえりと微笑むアーチャーだった。
安静にしていろと言うのも聞かずに入れたアーチャーの美味しい紅茶が入ったカップを勢いよくソーサーへ叩きつけ、事の顛末を聞いた凛が怒りにぶるぶると震える。
とても優雅になんて構えてられない、それほどまでただ人を助け続けた男への扱いは度し難く、そしてそれを怒りもしない自分の大切な存在へ向けるやるせない思いは強かったのだ。
ガチャガチャと止まる気配のない音に肩をすくめたアーチャーは、変わらぬ様子で飛び散った紅茶を拭く。
「もう終わったことだ。気にするな、凛。そんな強くカップを握るな、割れてしまうだろう」
「そんなに力強くないわよ!」
はぁっと強く息を吐いて落ち着きを無理矢理取り戻させた凛は、自分よりもはるかに怒っているイリヤがアーチャーが強く望むからという理由で報復を我慢している以上自分が口を出す隙はないと、今日もぬくぬくと平和を楽しんでいる町の者達へ呪いを呟くだけで矛を収めた。
しかしアーチャーに向けられた冤罪意外にも腹に立つことはまだあるのだ、ムカつくことに。
じろっと凛が見つめた先、アーチャーの話では呪いを解いて消えたはずの耳が本日も元気に白い髪の毛から生えているのを睨みつけて凛は勢いよく拳をテーブルへ叩きつけた。
「それに、結局呪い解けてないじゃない。あの女狐…嘘教えるなんていい度胸してるわね…!」
「いや、彼女は嘘はついていない。おそらくあれは一時的なものだったのだろう、何故なら私の本質は変わっていないからな。自分の欲望のため、生きる…それは私にとってひどく難しいことなんだ。いつか本当に解けるその時まで、気長に待つさ」
絞首台で消えたはずのそれ、耳としっぽは翌日あっけなくアーチャーの体に戻ってきた。
驚いた気持ちはあったが、これらが消えてからむしろ体のバランスが取りづらくなっていたアーチャーにとって、これは密かに嬉しい誤算だったことは黙っているつもり。
鏡の向こうから見返す人外の姿、人のため使い潰される宿命はたったあれだけの事では覆されるはずがない。
皮肉げに魔女はアフターサービスも万全な魔法使いだよと、笑うアーチャーに呆れるしかない凛はカップを口へつけた。
アーチャーの呪いはいつか必ず解かなければならない、それは彼自身のためでもある。しかし野獣の呪いを解くためのピースが一つ欠けている城に凛が小さくどこ行ってんのよアイツ…と呟いたその時、アーチャーの耳が勢いよく立った。
「あら、お客さん?」
「私が行こう」
ぴくんっと突然アーチャーが何かの音に反応するのはよくあること、それに察して声をかけた凛は台拭きを置いて服の裾をひるがえし城門へ向かっていくアーチャーの背中に立ち上がりかけた体を椅子へ戻した。
あの几帳面には珍しく畳まれずに置かれたふきんと一瞬見えた抑えきれない期待に振られる尻尾、自分の知らないアーチャーの姿を見た凛は小さく笑った。
「…嬉しそうな顔しちゃって、あのバカ」


ゴンゴンと外からのノックを響かせるエントランスに降り立ったアーチャーは、町民に破られてから新しく直した鍵を外して固く閉じられた城門を開いた。
その先にいるのはちらちらと降る粉雪をつけた青い髪、白い肌で鼻の先だけ赤くして手土産らしき猪を抱えた男。
「あー…ちょいと吹雪にあってだな、家に帰れなくなっちまった。またここに滞在させてはもらえんか」
「どうせ広い城だ、一人増えたところで構わんよ。ようこそ、クーフーリン。まずはスープでもいかがかね?」
体をずらして城内へ誘うアーチャーは、次の瞬間堪えきれなくなったクーフーリンの腕の中に収められる。

アインツベルン領から吹雪の季節は去り、野獣の城には新しい風が吹いていた。

Comments

  • 凍護@コメント嬉しいAuthor

    琴々さん>ご感想ありがとうございます!本当にここまでご覧いただけてとてもとても嬉しく、光栄に思います///楽しみにしてくださる声を励みとして続きも頑張ります!まだまだ出せていない騎士殿やお義父さんもいるのでw

    December 30, 2016
  • 凍護@コメント嬉しいAuthor

    柚さん>ご感想ありがとうございます!the beastご存知と聞いて嬉しかったです…!あれは本当にいい槍弓ソングすぎて…いつか冷えきった弓の手を温めてくれる御子様がいらっしゃるのだと思うと心がいっぱいになりますよね///

    December 30, 2016
  • 琴々

    アーチャーのあまりの不器用ぶりに胸が締め付けられました…アーチャーほんまアーチャー。「そしていつまでも幸せに暮らしました」に無事なれるようランサーの絶え間ない対アーチャー猛攻を願うばかりです。 完走お疲れ様です。そして本当に有難うございました。追加エピソード楽しみに待っています。

    December 27, 2016
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