結華「はぁ…………」
283プロダクションの、いつもの部屋で。
三峰結華は、溜息を漏らした。
彼女が大きく息を吐くのは、これで何度目だろう。
事務所に着いた彼女はすぐさまソファに沈み込み、それからずっとあの様だ。
放っておけば、今日一日ずっとあのままかもしれない。
咲耶(……悩み事、かな?)
ユニットメンバーである白瀬咲耶は、そんな様子を見て声を掛けるべきか悩んでいた。
声を掛けるタイミングを逃した、とも言える。
本来であれば溜息一つ目の時点で即声を掛ける優しさの持ち主である咲耶は、それでも溜息の数が10を超えるまで動けずにいた。
それは、結華の性格を咲耶がよく知っているからである。
結華は、距離を他者から詰められる事を苦手とする。
悩み事があったとして、他者に聞かれれば「え? まっさかぁ、三峰に悩みなんてありませんって!」とはぐらかしてしまう事もある。
話して貰えないのは、相談して貰えないのは寂しい事だ。
しかし、深く踏み込んで結華の気を害するなんて事もしたくない。
咲耶(……なんて、そんな事で悩むなんて私らしくない。ふふ、プロデューサーならきっと、取り敢えず一回声を掛けるだろうね)
距離を取られたならそれまでだ。
話してくれなかったとして、それはきっと結華自身が自分で解決したい事なのだろう。
もし話して貰えて、それで彼女の気が晴れる糸口となれば勿論良い。
なら、声を掛けないなんて選択肢は無かった。
咲耶「……どうしたんだい、結華。随分とため息が多いみたいじゃないか」
結華「……さくやん……三峰の悩み、聞いてくれる?」
咲耶「勿論さ、お姫様の話し相手になれるなんて光栄だからね。それに、私達は仲間だろう?」
咲耶「……うん、あのね?」
すっと、結華は顔を上げた。
しまった、と咲耶は思った。
結華の表情はきっと、彼女自身からしたら悩んでる様なものだと思っているのだろう。
けれど咲耶には、分かってしまった。
話し掛けるべきではなかった。
安易に声を掛けるべきではなかった。
釣られてしまったのだ。
けれど、もう遅かった。
結華「同棲生活を始めて一ヶ月なPたんの事なんだけど」
咲耶「おっと、用事を思い付いてしまったので失礼するよ」
結華「さくやんはどう思う?」
咲耶「まだ何も話して貰えていないけれど、逃げ遅れたなとは思っているよ」
結華「だからさ?」
咲耶「ふむ、だから?」
結華「三峰は今朝言ったワケです!」
咲耶「なるほど、結華は今朝言ったんだね?」
結華「『わざわざ気を遣って私より早く起きなくていいから』って!」
咲耶「それは素晴らしいね」
結華「なのに、Pたん何って言ったと思う?!」
咲耶「『歌やダンスのレベルを上げる事だな』かい?」
結華「ん〜、おしい!」
咲耶「『距離を置く事』かい?」
結華「そう! 『言っただろ、結華。仕事でもプライベートでも、結華を支える人間でありたいって』とか言ったんです!」
咲耶「ははは、彼らしいね」
結華「……まぁ、嬉しいのも確かなんだけどね……?」
咲耶「……ははは……結華らしいね」
結華「そりゃー大好きな大好きなPたんにそんなに想ってもらえるのは嬉しいに決まってますって!」
咲耶「……さて、続きを聞かせて貰えるかい?」
結華「あ、勿論好きって言うのは『LIKE』じゃなくて『LOVE』の方なんだけど」
咲耶「なるほどね。そして続きは?」
結華「でも愛してるって正面から言われるのってやっぱり照れ臭いんだよねぇ〜」
咲耶「分かるとも。さて、続きは?」
結華「三峰真正面からの好意には弱いんだなぁって自覚する毎日です!」
咲耶「ふむ、続きは?」
結華「でもやっぱり、たまには面と向かって言って貰いたいなーって乙女心もあるワケです!」
咲耶「…………それで結華、今朝の話の続きは?」
結華「えっと……どこまで話したっけ?」
咲耶「歌やダンスのレベルを上げるところまでだね」
結華「んも〜、そんな話してなかったでしょ。さくやんちゃんと話聞いててくれた?」
咲耶「……勿論だとも結華。私はこんな風に惚気話に付き合わされても、優しく頷ける人間さ」
結華「ありがと〜さくやん! 最近はさぁ、まみみんどころかこがたんもきりりんも相談に乗ってくれないんだよねぇ〜」
咲耶「ふふ、そうだろうね」
結華「なんでかなぁ……三峰、トークセンス落ちたのかもしれません……」
咲耶「確かに文脈を無視して惚気話をする事は増えたと思うよ」
結華「Pたんも『大して面白くもない話を長々と続けられて嫌になる』なんて思ってないかな……結構不安だったりするんだよねぇ」
咲耶「まさか。プロデューサーがそんな」
結華「で! す! よ! ね! Pたんがそんな風に三峰を面倒くさがるなんて事ある筈無いよねぇ〜」
咲耶「私は今現在進行形で思っているよ」
結華「元々三峰が面倒な性格だっていうのはPたんも分かってた事ですし、その上で愛してるなんて言ってくれちゃってるんだもんねぇ」
咲耶「プロデューサーは辛抱強い人だね」
結華「そりゃ〜もう包容力も抜群ですから!」
咲耶「少し意味が違う気がするけれど、きっと今の結華に言っても伝わらないだろうね」
結華「それで、どこまで話してたっけ?」
咲耶「……そろそろレッスンに行く、という話をしてたんじゃなかったかな?」
結華「あれ? もうそんな時間?!」
咲耶「そんな時間さ。まだ二時間はあるけど、そろそろ結華はレッスンルームに向かった方が良いんじゃないかい?」
結華「んー、さくやんにもう少し相談に乗って欲しいなーなんて思っちゃってるんだけど……」
咲耶「……ここで断り切れないのが、私と他のメンバーとの違いなんだろうね」
結華「どしたのさくやん。三峰で良ければ相談に乗りますけど?」
咲耶「ははは、最高に面白いジョークだね結華」
結華「あ、そうそう今朝の話の続き! いやぁ三峰参っちゃいましたよ……Pたん夜遅いの知ってるから、朝食は三峰が作るって何度も言ってるんだけどねぇ」
咲耶「話を聞いてくれないのかい?」
結華「そうなんです!」
咲耶「最高にお似合いなカップルじゃないか!」
結華「いやぁ〜。人から言われるとやっぱり恥ずかしいものがありますなぁ!」
咲耶「……助けてアンティーカ」
結華「でもさ? 『結華だって結構遅くまで起きてるだろ。それに結華は化粧とかで朝時間が掛かるんだから、その間に俺が朝食作ってる方が効率的だろ?』って!」
咲耶「ちなみに二人は、普段何時くらいまで起きてるんだい?」
結華「……聞いちゃう? それ聞いちゃう? まぁさくやんだし話しても大丈夫かな〜」
咲耶「やっぱり遠慮しておくよ」
結華「ま、日付が変わって少しくらいまでにベッドに入る様『には』してますよ?」
咲耶「ところでプロデューサーは料理の腕はいかほどなんだい?」
結華「まだまだ伸びるよ〜っ!」
咲耶「伸び代はある、と」
結華「正直三峰とどっこいどっこいですはい」
咲耶「……それで、結局結華は『出来れば朝はゆっくり寝てて欲しいし、朝食は自分で振る舞いたい。だけど起きて作っちゃうのをやめて欲しい』って思っているという事で良いかな?」
結華「はなまる!」
咲耶「……ここまで、とても険しく長い道のりだったね」
結華「そんなワケで、さくやんからPたんに言って欲しいんだよね。『Pたんへの愛で溢れる三峰が、私が作った朝ご飯で貴方に笑顔になって欲しいって思っているみたいだよ?』って」
咲耶「なるほど、拷問だね?」
咲耶「そろそろPたん来る筈だから、後はよろしくっ!」
ガチャ
P「おはようございます!」
咲耶「おはよう、プロデューサー。結華の言っていた通り、本当にすぐ来たね」
結華「…………」
咲耶「仕方ない、大切な仲間の為だからね。私が一肌脱ぐとしようか」
P「……あー……結華。今朝はすまん、俺の気が回らなくて悪かった」
結華「ううん良いの! 三峰こそごめんね? 素直に言えなくて……」
P「大丈夫だ。結華の俺への愛と、自分が作った朝ご飯で俺に笑顔になって欲しいって気持ち、ちゃんと伝わってるぞ」
結華「んも〜、Pたん大好きっ!」
P「おいおい……愛してる、じゃないのか?」
結華「……うん、愛してる」
P「俺も愛してるよ、結華」
結華「……今朝出来なかった分、今行ってらっしゃいのキスしても良い……ですか?」
P「あぁ、勿論だ」
咲耶「…………」
結華「あ、ありがとねさくやん。おかげで無事、仲直り出来ました」
咲耶「(気にする事はないさ。結華が幸せそうな笑顔に戻って、私も嬉しいよ。さて、私はそろそろレッスンルームに向かおうかな)距離を置こうかな」
バタンッ
咲耶「……………………」
咲耶「………………」
咲耶「…………」
咲耶「……」
すっ
『LINEグループ:アンティーカ』
咲耶『誰か、少し私の相談に乗ってくれないかい?』
三峰ボケ通してて草