【槍弓】君を幸せにしたいだけ
三億当たった弓と仕事辞めさせられる槍
途中で三億フェードアウトします
全然関係ないんですが三億当てたとして今までの不幸とトントンくらいの弓が好きです
twitter/m0a_000x で流した文をそこそこ加筆しました。
▽前作ですがデータ消失したので一旦下げます。すみません…
- 831
- 770
- 11,399
結論から言おう。三億円が当たってしまった。
正直、震えが止まらない。完全にウィルス由来ではない熱が出てきそうな悪寒も止まらない。
誰が呼んだか幸運E。当たるなんてこれっぽっちも思っちゃいなかった。
そもそもの発端は、お、宝くじですか、なんてCMを見ながら脳天気な同僚の世間話に乗ってみたのが原因だった。
そうだな、夢でも買ってみるか、と全く心にも思っていない軽口を叩いたアーチャーを見透かしたのか、同僚がふっと噴出したのだ。
『正しく死に金ってヤツですね』なんてさも当然のように宣いやがった同僚にアーチャーはぎょっとした。なんて酷い事言うんだろうこいつ、と。
その日タイムカードを切ったその足で宝くじ売り場まで赴いたのはそんな理由だった。ネットで高額当選の多い穴場をリサーチし、会社からの道順を頭に入れたくらいには本気だったのだ。
この売場から当選しました!と謳い文句も高らかな有名店で運試し程度の数枚を購入したアーチャーは、売り場を後にする頃には正気に返っていた。もう千円でも当たれば『見ろ。私の幸運値は貴様よりマシだ』とランサーに自慢してやろう、とハードルもだいぶ低くなっている。
よく考えてみれば至極当然だが、当たるはずがない。
今までの半生を思い出しても宝くじが当たるような幸運さとは無縁の道程だった。
まさしく死に金であると他ならぬアーチャー本人が思ってしまった時点で、こんな事なら夕食に宝くじ分上乗せして高い肉でも買えばよかったと少し後悔したのだ。
なんだかんだ高校からの付き合いである同居人の喜ぶ顔はアーチャーにとって三億円……いや、余りにも言い過ぎた。三千円くらいの価値はあったのに。
そんな詮無い事を考えて、それをカバンの奥底にしまい込んだまま番号発表の今日まで存在を忘れていたのだ。
というか今日も宝くじのことなんて頭からすっぽ抜けていた。
件の同僚から『そういえば結局おたく買ったんですか?』と声をかけらた事で思い出したのだ。あ、そういえば、と言う風に記憶を呼び起こされ、まあ確認くらいは、と帰宅後にカバンの底をガサゴソやって、そして、これだ。
――当たった……?
手汗が酷い。じわりと紙に吸い込まれる己の冷たい汗が手の中の宝くじをくしゃくしゃにしてしまっている。
当然、当選番号を何回も、何回も何回も何回も確かめた。そんな訳が無い。当たるはずない。当たるような幸運値ならもっと救って欲しい場面は今まで幾らでもあった。
最初の桁から順番に口の中で転がして咀嚼して噛み締めて飲み下す事十数回。やっとアーチャーは認めることができた。
――当たってないか?これ。
ダイニングに設置した食卓に肘をつき、頭を抱える。
死ぬのだろうか。どうしたらいいんだろう。死ぬのだろうか。一生遊んでとは言わないが、仕事は余裕で辞めてしまえる額だろう。一般的なサラリーマンの生涯年収が一億円満たないのだ。今の生活水準を維持するのなら後三回は周回できる。いや、周回ってなんだ?
思いの外混乱しているらしい頭で宝くじを、日の落ち始めたダイニングで一人じっと見つめる。
なんで買ったんだっけ。欲しいものも遂げたかった夢も特に思いつかない己の脳味噌に、アーチャーは何となく焦った。
夢のひとつもない。いや大抵の事は叶えられるチケットを現実に手にしてささやかな望みの一つもないのは、面白味がないならまだいいが人間味がないような気がして焦ったのだ。今一番欲しいものは残量が少ない柔軟剤。これは違うのはさすがにわかる。
何か、何かある筈だろう。こう、夢のある、それはいいなと賛同されるようなものが、ひとつくらい。
札束で風呂を作ってみるとか(なぜ)、シャンパンタワーを作ってみるとか(なんで)、家を建ててみるとか(いや別に……)。
…………あ、アイランドキッチンとか……?
「ただいまっと。あ?お前何してんの頭抱えて、」
暗!電気くらいつけろよ!と声とともに明かりのつく室内。背後から掛けられる声に、ビクリと大袈裟に肩が跳ねてしまう。ランサーだ。
アーチャーよりかはいつも帰宅が遅いはずの同居人の声に、思わず壁にかけた時計に急いで視線を走らせる。19時!?一時間もこうしていたのか私は!?静かな驚愕に震えてしまう。
「お、おかえり。早かったな、」
「は?別にいつも通り……いや、お前汗すごくねえ?どうした?風邪か?」
頓珍漢な返答をしてしまったアーチャーに、ランサーは訝しげな表情でもって返す。
勿論風邪ではないが、アーチャーの状態が常とは違う事を数秒で見抜いてしまったランサーは流石だった。野生動物の様な勘のよさ。形のいい眉を顰めてずいっと顔を寄せてくる。
「風邪?風邪だろ?おら見せてみ……、手はめちゃめちゃ冷てえなお前……?」
「……風邪じゃない。」
そうして遠慮なくアーチャーの隣の椅子にどかっと座り、手の中の三億円相当券をぺいっとどかしたランサーはおもむろにアーチャーの手を握ってくる。
様子のおかしいアーチャーをランサーなりに慮っている。遠慮も何も無い間柄なだけにアーチャーにはそれが痛いほどわかった。
見慣れていなければわからない程度に気遣わしげな色を滲ませた表情を見た瞬間に、アーチャーは正しく己の望みを思い知らされたのだ。
先程まで本当に何も浮かばなかった。きっとランサーがいなければ三億まるっと何処かに寄付していたかもしれない。
「ランサー、」
「なんだよ、なんか買ってくる?病院なら車だすか、この時間って夜間か?」
「いや、風邪じゃないんだ。よく聞いてくれ、病院ならもう土地ごと買えてしまうんだ」
「……さてはもう手遅れなタイプのインフルだなてめえ!移すんじゃねえぞ!寝てろ!」
「ランサー」
「何……、お前なんだその顔……」
ランサーの常人離れした美しい顔貌がじわりじわりと赤くなるのがアーチャーには見て取れた。
人種特有の透けるように白い肌は皮膚温度の遷移がわかりやすい。首までほんのり朱を刷いた様に赤くなったランサーに、アーチャーはふっと笑った。
ランサーの赤くなった耳に慰撫するように触れる。「……今日は積極的ですねアーチャーさん、」と何を勘違いしたのか肩を震わせたランサーがアーチャーの腰に手を回してくるのをはねつけながら、アーチャーは微笑んだ。
「今すぐ仕事辞めてくれ」
とりあえず、海外はどうだろう。
提案するように続けたアーチャーに、ランサーはぽかんと口を開けた。
何でもいいし何処だっていいけど、君の嬉しそうな顔が見たいだけだ、きっと。
▽▽▽
「何を拗ねているのかね君は」
「急にヒモになったヤツの気持ちなんてお前にはわからんさ……」
拗ねたようにそっぽを向くランサーの長い髪が仔犬の尻尾のように揺れる。
仔犬。こんな自分とほとんど体格の変わらない大男を捕まえて仔犬なんて表現が出てくるあたり、だいぶこの男に参らされている。仔犬でたまるか。猛犬だ。
現在ロンドン直行便機内。
平日の国際線はそこそこに空いている。早めに搭乗を済ませた二人は、ビジネスクラスの隣合った席で一息ついていた。
とにかく、これからヒースロー空港経由でランサーの実家に寄る予定なのだ。
「鬱陶しいから着陸するまでに機嫌を直していてくれ」
「キスしてくれたら一発で直る」
ん、と何処かの美術館に寄贈して永遠に人々にその美貌を愛でられるべき顔を差し出してくるランサー(の顔)に少しぐらついたのは勿論秘密だが、ここは当たり前に公共の場だった。
何かの罠みたいに形のいい唇を掌でグイッと押し返すと向こう側から不満げな声が漏れる。
「あにすんだよ、いいだろ別に、」
「たわけ。言い訳あるか、公共の場だぞ」
「誰も見てねえだろ……」
呆れたような声音で唸るランサーを押し退けて、ちゃんと座れと諌めると諦めたのか大人しく体温が離れていった。
見られているし今もアーチャー達の席の後ろの方で、何だか小声でも勢いのある歓声が湧いたのがランサーには聞こえないらしかった。余りにも鋭い第六感は都合のいい時にしか機能しないのか敢えて無視しているかは不明だがアーチャーにとっては同じことだ。
沈黙が落ちた座席でふと考えてしまうのはずっと引っかかっているやっぱり隣の男の事である。
「……」
実は、ランサーはそこまで喜ばなかった。
あの日、どうしよう、と改めて狼狽えたアーチャーに『おお、よかったな』いやお前が宝くじなあ、と感慨深そうな顔はしていたが、それは三億に対して余りにも軽いリアクションだったように思う。
信じられないことに、ランサーは今までの生活を存外気に入っていたらしい。
別に狭くも安くもないマンションだったが規格的にアーチャー達には狭いし2人が立ち上がればなんとなく部屋の面積がせばまったような錯覚すら起きたあの部屋が。ドアの上枠に何度も頭をぶつけていたからどうにかなったんだろうか。
正直、向こうでまで喧嘩するなんて目も当てられない自体だ。離陸する前に聞いておきたいと思うのは当然の心理だった。
そう思い、アーチャーはぽつりと切り出した。
「聞きたかったんだが、」
「ん?」
「嬉しくないんだなと思ってな。もしかして嫌だったのか?」
「……飛行機降りろなんて言ったらぶっ飛ばすぞ」
「言わん。悪いが墜落しても付き合ってもらう」
アーチャーの物言いの何処で気分が上を向いたのか、ランサーの瞳が機嫌良さげに細められる。手持ち無沙汰に弄っていたスマホを置いたランサーが徐に口を開いた。
「宝くじの事だろ?確かに別に嬉しくはねえな。」
「……ずっとあのままがよかったのか?物好きな……」
やっぱり。なんとなくガッカリした。ランサーにではなく、自分にだ。彼を喜ばせたかったのに、なんでこう上手くいかないんだろうか。
「まあ窮屈な生活だったが、中々よかった。好きじゃなきゃ耐えられる場所じゃないところが特に」
本当にそうだった。うんざりしていると思っていた。アーチャーだってうんざりすることがあったのだ。だからやめてしまえるのならやめた方がいいと思った。
事も無げに言うランサーの横顔にまったく嘘はなかったことに、アーチャーは心底驚く。
もしかして、相当私のことが好きなんじゃないのかこの男。
自己評価があまりにも低いアーチャーにそう思わせるだけの、労力や時間や気持ちがランサーにはあったしそれは正しくアーチャーに伝わっている。最近見つめ直す機会がなかっただけで。
よく分からないものが脊髄に走るのを感じながら、脳に到達する前に慌ててランサーから目をそらした。
「生活はともかく、君あのマンション好きだったのか?私たちには狭かったろう、設計的に」
「好きだったぜ。狭くて動くとお前に触れなきゃならんところとか」
「……喧嘩しても一緒に寝ないといけないところが私は嫌だった」
「そりゃお互い様だろ……でも寝室はこれからも一つでいいぞ」
そこにはかったようにタイミングよく、ポーンと離陸のアナウンスが響いた。
顔に集中し始めた熱を飛ばすようにアーチャーは深くため息をつく。
薄々気付いてはいたがランサーはパートナーとしては最高の部類だった。
出会いが最悪でそれからの仲もそこそこ険悪だから忘れがちだったが、ランサーという男は基本的に出来た人物である事を新鮮な気分で思い知らされてしまう。
なんとなくランサーに近い肩がじりじりと熱いきがして、気を紛らわそうとぼんやり窓の外を見やる。暗がりに浮かぶぼんやりとした光(たぶん滑走路灯)を辿りかけたところで、首にとん、と軽い感触を受けて振り向いた。
まだ言い足りない事があるのか、ベルトをしめたランサーがこちらに手を伸ばしている。
「あと14時間もあるんだぞ、寝ないのか?」
「……お前オレの兄弟とあんまり話すなよ、」
「兄と弟だったか?」
「割りと似てる。……いや嘘。ガワはほぼコピーだな。好きだろお前」
憮然とした表情を隠しもしないランサーに、アーチャーは思わず瞠目してしまった。
この顔があと3人いるという事実にも驚かされるが、普段不安なんて無縁そうな男が万一にもありえない可能性にやきもきしている様はこう、堪え難いものがあるというか。
「な、なに笑ってんだ……」
あえてカテゴライズするならこれは愛おしい、だろうか。
「いや、君の事が好きだなと思った」