みずほ銀行元行員のOが、「銀行が100%元本保証します」と断言。月に3%以上という法外な金利を払い続け、当然のごとくに破綻した前代未聞の詐欺事件が、警視庁捜査2課によって解明されることになった。
薬師寺保栄は1億3000万円の詐欺被害
告発したのは、都内の資産家で被害金額は2億6000万円。本店応接室で、審査部審査役の名刺を持つOに、「特別枠のファンドです」と勧められて投資。月々3%の配当がキチンと届けられたので安心して投資額を増やしていったところ、突如、支払いが止まり、解約にも応じないまま、1億5000万円が損失となり、Oは退職した。
事件構図はシンプルだが、話題を呼ぶ人脈で溢れている。被害者のなかには、6日発売の『週刊ポスト』で、1億3000万円の詐欺被害を受けたことを明かした元WBC世界バンタム級王者の薬師寺保栄がいる。
また、Oが「こんな人も投資家のなかにいます」と、セールストークで使った人物のなかには、1000億円以上の相続財産を受け取った金融会社オーナー夫人、化粧品会社代表、消費者金融元代表夫人など、多彩な顔ぶれが揃っている。
ただ、事件の背後には謎が多く、警視庁は告発を受けてもなかなか受理しなかった。
それを受理の方向に持って行ったのは、金融業者の佐藤昇(42歳)である。11年8月にOと知り合い、融資を期待してつきあうようになった。だが、融資は受けられないまま、12年8月、Oに「つなぎ資金」を頼まれて3000万円を貸したところ、資料や書類は偽造されたもので、結局、佐藤も詐欺被害者となった。
Oの被害者は数十人以上で、その多くが、「特別枠のファンド投資」を信じた。金融のプロである佐藤とは、動機も状況も異なるが、Oへの怒りは同じだ。
「被害者の会サイト」の強さが、当局とマスコミを動かした
佐藤は、Oとみずほ銀行の責任を問う「週刊報道サイト」を立ち上げ、毎週、情報発信するとともに、代表幹事となって「みずほ銀行詐欺被害者の会」を設置した。
被害者の会のメンバーは、警視庁が刑事告訴を受理した冒頭の資産家のほか、前出の薬師寺に佐藤自身も加え、現在、6名だ。
また、「みずほ銀行詐欺被害者の会」は、10月7日、みずほ銀行に対して、使用者責任及び管理者責任を追及する集団提訴を行い、佐藤は、同日、代理人の田邉勝己弁護士が所要で急きょ、欠席したなか、一人で記者会見を行った。
サイトを立ち上げ、毎週、相当量の情報発信を続け、被害者を糾合したことが、捜査当局とマスコミの関心を継続させた。これには相当な粘り強さが必要だが、逆に言えば、それがあれば、ひとりで攻撃の場を築くことができ、流れを作ることもできる。ネット社会の凄さである。
捜査は始まったが、謎はあまりに多い。
まず、Oが支店長を経験したうえで本店に務めていた幹部行員であったこと。事件の発覚で2012年9月に退職するが、その時点で50歳である。
銀行業務に精通したベテランが、投資家を騙すにしては、その内容はあまりに稚拙である。要は中堅行員の肩書と「本店応接室」という舞台装置を使っただけ。「月に3%」の根拠は、「ぎょうせいという出版社の株を買い戻すのが目的で、配当は謝礼として買い戻し先の社長が支払う」という訳のわからないものだった。
だから、逆に疑惑を呼ぶ。
Oの「ぎょうせいファンド」は、実態がなかったが、ぎょうせいという老舗出版社は、O退職後の12年12月、麻生太郎財務・金融相のファミリー企業である㈱麻生が、約324億円で買収している。Oは、銀座外堀通り支店時代、副支店長としてぎょうせいの担当者だった。
みずほ銀行上層部、財務・金融相への波及は?
ぎょうせいは、元オーナーが脱税事件を引き起こして実刑判決を受け、05年にメインバンクのみずほ銀行が、“尻拭い”をするような形で傘下のみずほキャピタルを使って買収していた。その時の価格が約1650億円だったという。
以降、みずほキャピタルがリストラを進め、金融資産を処分したとはいえ、324億円は安過ぎるのではないか。しかも、不祥事発覚でOのクビを切ったうえで、担当大臣のファミリー企業に低廉譲渡した。「上納」を疑うこともできる。
Oが集めたのは数百億円に上ると見られており、警視庁が受理した2億6000万円は氷山の一角。自転車操業必至のカネ集めの稚拙さと、財務・金融相を巻き込む奥深さは、取材者を混乱させた。
私自身、この問題の取材に取りかかって1年以上が経過、『現代ビジネス』でも「みずほ銀行スキャンダル“本番”はこれからだ!不良行員が行った『暴力団融資』と『疑惑』だらけの老舗出版社M&A」と題して、今年1月9日に配信したものの、取材による疑惑の解明には限界があり、やはり捜査当局に期待するしかなかった。
ただ、捜査当局の腰は重かった。みずほ銀行上層部の関与、財務・金融相への波及などを想定すれば、さまざまな方面への配慮が必要なうえに、Oの周辺に反社会的勢力が群がっていた。前述のように、佐藤の「週刊報道サイト」は、当局が腰を上げるに際し、それなりの効果をもたらした。
もっとも、佐藤は20年以上、貸金業の世界にいるプロである。「ぎょうせいファンド」を始め、Oの“怪しさ”に気付かなかったのだろうか。
「Oの背後関係、ぎょうせい売却の謎」
サイトでの攻撃は激しいが、対面すると穏やかな口調の佐藤が説明する。
「法外な金利といっても、目の前でカネが回っています。そして、Oの本店での肩書と銀行の信用。疑うことなどなかったし、私には、Oの融資で、都内有数の複雑な不動産物件として知られる真珠宮ビル(JR新宿駅前)を、Oの融資でまとめたいという野心があり、目が曇っていました」
――Oにはそれだけの資金があった?
「十分でした。それに、みずほ銀行の上層部が了解しているというのは、銀行の裏仕事をすれば出世できるというOの出身行である旧第一勧銀の“伝統”を考えれば理解できました。また、当然、Oから上層部にキックバックが入っていると思っていました。だから『特別枠のファンド』というOのセールストークを、私も信じたのです」
――㈱麻生への売却には裏があるのか
「そうとしか考えられません。ただ、残念なことにOとは12年末頃まで付き合っていたのですが、裏側は聞いたことがありませんでした。それも含めて、みずほ銀行の責任を追及しているわけで、この戦いは、真相が解明されるまで止めません」
前にも書いたことだが、本当に、本番はこれからだ。 (文中敬称略)