萬燈は微笑み、比鷺の額に唇を寄せる。
「比鷺が望むなら、いつまでも。……もう君を離さないよ」
その言葉は、呪いではなく、蜜のように比鷺の耳奥に溶けていった。
かつて神に捧げた舞も、血を吐くような修練も、すべてはこの瞬間のためにあったのだと錯覚させるほどの静寂。比鷺は、萬燈の胸に顔を埋め、その衣の擦れる音に耳を澄ませる。
「……そんな睦言を言う人だったんですね」
「君がそうさせたんだ、比鷺」
比鷺の指が、萬燈の背中に回される。二十歳を過ぎ、少しだけ厚みを増した比鷺の背中は、もはや守られるだけの雛のものではない。けれど、萬燈に抱きしめられる時だけは、自分という存在のすべてが彼の一部に還っていくような心地がした。
「もう、舞台の上で誰かの目を気にする必要はありません」
比鷺が顔を上げると、そこには射抜くような、蕩けるほどに甘い萬燈の双眸があった。月光に照らされたその瞳は、比鷺という獲物だけを映し出し、満足げに細められる。
萬燈の手が比鷺の後頭部を優しく固定し、再び額、そして瞼へと口づけを落としていく。
夜の庭を渡る風は花の香りを運び、二人の影は溶け合って、一つの濃い闇を形作る。
神々が去った後の静謐な世界で、彼らは永遠に終わることのない、二人だけの密やかな「儀式」を続けていた。
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