【槍弓】Halloween Night
妖精の世界に迷い込んでしまったアーチャー。御子御子しい兄貴が書きたかった。注:モブ妖精→エミヤ?っぽい?描写あり。ちょっと猫の恩返しに似てる。
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十月の半ばころ、二人ベッドに横になり、枕辺でつれづれと話をしていた時だった。
ランサーが「そういえば」、と声を上げた。
「最近、街に変なカボチャの飾りが飾ってあるのは、ありゃ何だ?」
「かぼちゃ?ああ、ハロウィンだよ。あれはもともと、ケルトの文化ではなかったかね?」
「あ?」
「10月31日に、子供たちが仮装して家々を回り、『Trick or Treat』の言葉でお菓子をねだるんだ。もとはケルトの風習で、日本で言う盆のように、霊がこの世に戻る日なのだと聞いているが。」
アーチャーの言葉に、ランサーは数秒眉を寄せて考え込んだ。
「子供が菓子を強請る祭り?んなもんあったけか。」
「現在はそういう祭りだが、君の時代とはずいぶん変わっているだろうな。」
「10月31日・・・ああ、サウィンの祭りか。」
「サウィン?」
ぱちりと瞬くアーチャーに、ランサーはにっと笑って説明する。
サウィンは10月31日の夜に始まり、翌11月1日まで続く。ケルト暦では11月1日が新年の始まりとされたので、つまり大晦日から元旦にかけての祭りと言うことになる。
「火は焚かねえのか?」
「火?いや、カボチャのランタンを灯すことはあるが・・・。日本ではまだそれほどメジャーではない行事だし、せいぜい菓子を送り合ったりするくらいで、宗教色に至っては全くない。本場の人間からすると噴飯ものかもしれないが。」
「まさか、別に細かい事は言わねぇよ。むしろこんな遠く離れた時代と国に、少しでも文化が渡ってきてることに驚いた。」
ランサーがゆったりと語る。
サウィンは収穫と新年を祝う祭りで、広場に焚火をし、火の回りで御馳走を食べ、踊り、動物と収穫された穀物を捧げる。
祭りの終わりには、町中が旧年の火を消し、ドルイドが新しく灯した広場の焚火から火を貰い、新年の火に着け代える。
新年を境として、太陽の季節が終わり、暗闇の季節となる。アイルランドの長い冬がやってくるのである。
また、この日と夏至(ミッドサマー)は異界とこの世の門が開き、死者や妖精、神々が地上に姿を現すと言う。
「・・・ああ、お前も気をつけろよエミヤ。お前、妖精に好かれそうだからな。連れ攫われたりしたら大変だ。」
「まさか。妖精たちも、何もこんな筋骨たくましい男を攫ったりはしないだろう。」
「んなことねぇよ。妖精が好きなのは、きれい好きな者、勤勉な者、美しい者、嘘偽りのないもの。お前、ほとんど当てはまりそうだ。」
「きれい好きだけは、まあ、そうかもしれないがね。私は嘘つきだから、やっぱり駄目だろうな。」
「お前は嘘はつかないだろう。ただ大事なことを黙ってるってだけだ。ま、もし攫われても俺が助けに行ってやるよ。」
「・・・期待しておくよ。」
なんということもない、枕辺の戯言だったはずだ。
・・・それが、どうしてこうなった。
***
「・・・ここは、どこだ?」
アーチャーは、辺りを警戒しつつ見回した。
鬱蒼と茂る豊かな森。大気のマナが、噎せ返るほどに濃い。
どう考えても、冬木のどこかではない。
「・・・空間移転?まさか第二魔法ではなかろうな・・・。」
アーチャーはほんの僅か前まで、深山町の極々普通の住宅街の道を歩いていたはずだ。
今夜はハロウィン、もっとも昼の短い季節である。あっという間に日暮れになった夜道では、人通りもなく、ただ電灯だけが煌々と照っていた。
アーチャーはずっしりと重量のある風呂敷を片手に下げて、衛宮邸へと歩いていた。風呂敷の中身はお重で、お重の中身は弁当ではなくハロウィンのお菓子である。
上から一段目にパンプキンパイ、二段目にスイートポテト、三段目にカボチャのプチタルトとエッグタルト、一番下にハロウィンらしい型取りをされたクッキー。
我ながらちょっと作りすぎたかな、と思わなくもないが、衛宮邸には虎と獅子がいる。このくらいの量は物ともしないだろう。特に約束をしたというわけではなかったが、ハロウィンの話をした時、騎士王が目を輝かせたのは知っている。
得意の和食ならまだしも、こと菓子作りの腕では衛宮士郎はアーチャーの足元にも及ばない。ここらで格の違いと言う奴を見せてやろう、とアーチャーはほくそ笑んだ。
お前らの争いって主婦能力で良いの?と突っ込んでくれる人物は、残念ながらいなかった。
そういうわけで腕によりをかけたお菓子をたっぷり持ってアーチャーは夜道を歩いていたのだが、ふとどこからか柔らかい鳴き声が聞こえた。
「にゃー・・・」
「こねこさん?」
気のせいかもしれないが、その鳴き声は先日木の上から降ろしてやった子猫の声に似ていた。また塀の上にでも上って降りられなくなったのだろうか。声のした方を見れば、そこは小さな公園だった。
「ニャー・・・」
声は公園の方から聞こえてくる。アーチャーは暗闇に沈む公園へと入って行った。
サーヴァント特有の五感の良さを発揮して、猫の鳴き声のする方へ迷いなく歩み寄っていく。
「こねこさん?どうかしたのかね?」
がさり、と植え込みをかき分けて、アーチャーは繁みの方へと一歩踏み出した。そして気づくと・・・そこは見知らぬ深い森だった。
「・・・これは、何処やらに迷い込んだということかな。」
相変わらずお重を片手に下げながら、アーチャーは森の中を宛てもなく進んでいく。森はざわざわと何やらの気配がして落ち着かないが、雰囲気は悪くない。自分の直感に従って、取りあえずは武装もせずにてくてくと歩いていく。
「にゃー!」
「わ。・・・こねこさん。よかった、高いところから降りられなくなったわけではなかったのだね。」
かすかに笑みを浮かべたアーチャーの足元にするりと一回親しげに尻尾を絡めて、子猫は森の中をたたっと駆けてゆく。
少し進んだかと思うと、ついて来いと言わんばかりにアーチャーを振り返る。
「・・・着いて行けばいいのかね?」
「にゃ」
もともと行く宛てなどなかったのだし、アーチャーは素直に子猫の後をついて行った。子猫は勝手知ったると言う風に森の中をすいすいと進んでいく。子猫には通れてもガタイのいいアーチャーには狭い道もあって、最後に子猫が繁みのなかへ消えたのを見て、アーチャーは躊躇いながら四つん這いになり、繁みをかき分けて子猫の後を追った。
「こねこさん、私にはこの道は狭すぎるのだが・・・え?」
髪に葉っぱをくっついけて顔を上げると、そこは開けた広場のような場所だった。
木々の間からさやかな月の光が差して、あたりは決して暗くない。そして広場には、たくさんの、猫、猫、猫、そして・・・一匹の巨大な、猫。
「おお、貴方がエミヤか。お待ちしておりましたぞ。」
アーチャーは一瞬ぽかんとして、だがほとんど癖のようなもので挨拶をした。こういうところ、エミヤシロウは育ちがいいのである
「・・・確かに、私の真名はエミヤだ。失礼だが、あなたは?」
「おお、これは失礼。私は猫の王、ケット・シーの長である。」
気のよさそうな大きな腹を波打たせて、猫の王がほっほっほと笑う。
エミヤはふと、生前見たアニメーションを思い出した。・・・トトロ。あの腹に抱きついて頬ずりしたら、さぞかし気持ちいいだろう。
そんなことを考えているとは表情には一切あらわさず、エミヤは恭しく一礼した。
「そうか。猫の王、お目にかかれて光栄だ。それで、私は何故ここに呼ばれたのだろう。」
「いやいや、警戒せずともよろしい。今夜は貴方にお礼をしようと呼んだのじゃ。」
「礼?」
怪訝そうに首を傾げた衛宮の前に、数匹の猫(彼らは通常の大きさだが、二足歩行している)が歩み出た。その中にはここまで導いてくれたこねこさんの姿もある。
「エミヤさん、お礼をしたいのは私たちなのです。」
「私は、高い枝に上って降りられなくなったのを助けていただきました。」
「私は三丁目のあの乱暴な犬に吠えかかられているところを助けていただきました。」
「私なんか、車にひかれそうなところを、間一髪で救っていただきました!」
口々に言い募る猫たちは、言われてみれば見覚えがある。
アーチャーは膝をついて彼らに視線を合わせ、微笑んだ。
「こちらこそ、君たちのお役にたてたなら、うれしい。」
その一連の流れを見ていた猫の王は、うんうんと満足げに頷きながら口を開く。
「うむ、皆に聞いた通りの善き青年じゃ。今宵は祭り、礼を兼ねて、エミヤよ、心行くまで我らに持成されて欲しい。」
王の申し出に、アーチャーは一瞬迷った。歓待してくれるからには、受けなければ無礼となる。だがここはどう考えても現世ではない。
迂闊な契約で永遠の奴隷となっている身としては、こういう契約ごと・口約束は慎重にならざるを得ないのである。
これでもエミヤも一応魔術師、妖精がかわいいだけの存在でない事は知っている。
「・・・ありがとう。あなた方のもてなしに感謝する。だが、あいにく今夜は私にも先約がある。あなた達の祭りに参加するのは、遅くとも日付が変わるまでにさせてもらおう。」
「むぅ、残念だが、先約となれば仕方がない。よし、では早速宴を始めよう。」
ぴーほろ、とんとんと、どこか懐かしいような音楽が鳴り始める。広場の真ん中のたき火を囲んで、木の実や何かの肉の燻製なんかが葉っぱの皿に盛られて出てくる。
「さあさ、エミヤさま、どうぞ御一献。」
「ありがとう。」
出された酒は仄かに甘く口当たりがよく、あまり強くも無いようで呑みやすかった。渡されたネコサイズの杯をちびちびと傾けながら、エミヤは猫たちが踊ったり芸を見せたりするのに手拍子する。初めは警戒を解けなかったが、しばらくすれば彼らに敵意などかけらもない事はすぐにわかった。子猫たちがたどたどしく楽器の演奏をするさまなど、微笑ましくてつい口元がほころぶ。
どうやら酒はまたたび酒らしく、それほど酒には強くないエミヤよりもずっと早く、猫たちは酔っぱらっていく。
どれほど経っただろうか、宴もたけなわを過ぎ、広場のそこここで寝入ってしまう猫たちが出始めたころ。
「・・・そう言えばエミヤ殿、気になっていたのだが、貴方の持ってきたそのいい匂いの箱は何かな?」
「うん?」
またたび酒でほろ酔いになっていたエミヤは、初めに繁みをかき分けた時に広場の隅に置いたままだったお重を思い出した。そういえば、歓待されるまま、何の差し入れもないと言うのもどうだろう。せっかくお菓子を持ち合わせていたのだから、おすそ分けしよう。セイバーだって、四段の内一段がなくなったって怒りはすまい。
「ああ、忘れていた。まだ腹の空きはあるかね?すばらしい持て成しの礼に、デザートを御馳走するよ。」
エミヤは一の重をとり(お重は下から一の重と言う)、また風呂敷に包んだ。一の重には、コウモリやジャック・オ・ランタン、星形や月形に型取られたクッキーがたくさん入っている。使われている食材を思い返して、特に猫に悪いものは使っていないなと頷く。
「おお!これは美味そうな!」
まずは王が、クッキーに手を伸ばす。さく、さくと小気味よい音を立てて頬張る王は、無言。王が食べたことで他の猫たちも、次々に手を伸ばす。
「あの・・・口に会わなかっただろうか。」
あまりに無言なので思わず覗き込むように顔を伺うと、がばりと王が顔を上げ、エミヤは思わずのけぞった。
「う」
「う?」
「・・・美味い!!こんなに美味い菓子を食べたのは産まれて初めてじゃ!エミヤよ、これはどこで手に入れたのか?」
「ええと・・・私が作った。」
「なんと!この菓子を貴方が!おおエミヤ、余は貴方が気に入った!その上このような菓子を作れるとは!よし、貴方を余の専属料理人に任命する!」
「は!?」
思わず礼を失して声を上げたエミヤにも気づかず、猫の王は満足そうに頷いている。
「うん、それがいい、そうしよう。余はエミヤが気に入った!」
「いや・・・いやいや、猫の王よ、そうは言っても私は猫でもないし、この世界の住人でもない。あなた方の仲間になるのは無理がある。」
「なんじゃ、そんなことを気にしておるのか。そこはほれ、この通り。」
猫の王がなにやら指を振ると、ポン、とポップコーンが弾けるような軽い音がした。そしてアーチャーは頭と尻に、もぞもぞとむず痒さを感じた。
「・・・え?」
「うむ!よく似合っておるぞ!」
「エミヤさまー、このお菓子、本当においしいですー」
周りの猫たちは止めるどころか、アーチャーのクッキーに夢中だ。
アーチャーは恐る恐る、自分の頭に手を伸ばす。ふに、ともふわ、ともつかない柔い感触。三角形の何かに、触った感触と触られた感触の両方がある。
・・・猫の耳が、生えていた。ついでに尻尾が窮屈そうにズボンの下で丸まっているのもわかる。
「う、わぁっ!」
「うむ、白い髪に黒の猫耳がよく映える。よいよい、エミヤ殿にぴったりの嫁御もあてがってやろうの。」
ふと腕時計が視界に入る。時刻はもうすぐ日を跨ぐ。初めの約束の時間だ。
「そ、そういえば、もうこんな時間になってしまった!私は日をまたぐ頃にはお暇する約束、ここらで失礼させてもらう!ではごちそうさま!」
とっさにお重の風呂敷を掴んで、エミヤは脱兎と逃げ出した。そこは仮にも英霊、猫たちにも目にもとまらぬ速さである。
ケット・シーたちも一瞬ぽかんとしたが、すぐさま立て直して「エミヤ殿はどこだ」「エミヤ様を探せ」と騒ぎ出す。
その様子を後ろに聞きながら、アーチャーはただただ広場から離れるように走り続けた。
***
どれくらい走っただろうか。
猫たちの喧騒も聞こえなくなって、ここまで来ればもう大丈夫だろう、と近くの苔むした岩に寄りかかった。
だが、岩はふにゃんと柔らかく、温かかった。
「うわ!」
「・・・どなたかな?」
低めの声が聞こえて、エミヤはあわてて「すまない」と謝った。
振り返れば、暗闇で岩に見えていたものは、小山ほどもあろうかと言う暗緑色の毛をした巨大な犬だった。
「ほう・・・猫かと思ったが、人か。いや、人でもないな。」
「失礼をした。私はエミヤと言う。お尋ねするが、『門』は何処にあるのだろうか。」
エミヤは先日ランサーがした話を思い出していた。ハロウィンの日には、異界とこの世の門が開き、死者や妖精、神々が地上に姿を現す――――ならば、その門をくぐれば元の世界に戻れるはずである。
「境の門かの?ならば、妖精の丘の向こうじゃ。」
「妖精の丘はどちらだろうか。」
「ふむ・・・そなた、何やら逃げてきたような様子。盗人や乱暴者に丘の場所を教えることはできぬのう。」
「逃げてきたのは確かだが、盗みも乱暴もした覚えはない。実をいうと・・・」
巨大な犬に先ほどまでの顛末を話すと、犬はふん、と鼻を鳴らした。巨大な犬なので、鼻息もちょっとした突風である。
「猫どもめ、まったくあいつらときたら、気まぐれで困り者じゃ。よかろう、妖精の丘まで案内してやろう。私は犬の王、クー・シーの長である。」
「・・・王とは知らず、重ね重ね失礼をした。それでは頼めるだろうか。」
「うむ。・・・ああ、そうじゃ。せっかくなので、猫の王がそれほど惚れ込んだというそなたの菓子を私も食べてみたい。礼はそれで良い。」
親切な申し出に、エミヤは素直に二の重を差し出す。中身はエッグタルトとパンプキンタルトである。
「・・・む。」
もさもさとタルトを貪ると動かなくなった犬の王に、エミヤは嫌な予感がした。だがここでもお人よしを発揮して、おずおずと尋ねる。
「あの・・・何か苦手な物でも入っていただろうか。」
「・・・美味!!何たる美味!これは猫の王が惚れ込むのも無理はない!」
「え・・・いや、あのだな」
「だが猫め、まったく片手落ちよの。見ればエミヤ、そなた只人ではなくなかなかの霊格高き存在。それを料理人として雇おうなど、失礼と言うもの。案ずるな、私はそんなことは言わぬ。エミヤ、そなた、私のつまになれ。」
「・・・・は?」
「私は妻に先立たれての、世継ぎはいるから案ぜずともよい。後妻になるが大事にするぞ。」
「いやいや私は男だし今は猫耳ついてるしいやいやいや・・・ごめんなさい!!」
アーチャーはまたしても、脱兎と逃げ出した。
後ろで「者ども出合え―」「エミヤさまを捕えよ」という声がする。
しかも流石は犬の妖精たち、追跡が猫よりもうまい。
必死になって逃げていたエミヤは、小さな崖に来ていたことに気付かずに、足を踏み外した。
「う、わっ!」
ぼふん、と落ちた先は幸いにも柔らかい草の上で、大した衝撃ではなかった。だが尻もちをついたせいでズボンの中で丸まっていた尻尾が押しつぶされて、エミヤは思わず「ふぎゅ」という猫のような声を上げた。
痛む尻尾をそろそろとズボンから引き出し、何ともなっていないのを確かめる。じんじんするが、血などは出ていない。
もう散々である。
痛む尻尾を撫でながら我知らず頭の上の耳をしょぼんと垂れさせていたエミヤを、くすくすと笑う声がした。
顔を上げると、そこには池と言うには大きく、湖と言うには小ぶりな水辺があった。風もないのに静かに波立つ小さな湖は、月明かりをはじいてきらきらと輝いている。
その湖のそこかしこに、美しい女性たちが座っていた。
「し、失礼。騒がせてしまった。」
女の子には優しくしないと・・・骨の髄までフェミニストなアーチャーは、女性たちの座所に突然押し入ってしまったことを心から詫び、立ち去ろうとした。
その紳士的な態度が、水辺の妖精たちの琴線に触れた。
「あら、わざとじゃないのだもの、許してあげるわ。」
「そうよ。何をそんなに慌てていたの?」
くすくすと笑いあう女性たちは、金の髪、緑の服を纏って皆一様に美しい。
今度は菓子を渡すことはしまいと決心し、アーチャーは警戒しつつ、尋ねた。
「ちょっと急いでいてね。・・・お尋ねするが、妖精の丘はどちらだろうか。」
「妖精の丘?」
「あら、丘ならすぐそこよ。」
「この森をちょっと行ったところ。」
「行けばわかるわ。」
妖精たちの言うことは具体的でなく、まったく要領を得ない。くすくすと笑って、エミヤをからかって楽しんでいるようだ。
だが彼女たちの言葉を信じるなら、この近くではあるらしい。高い木にでも上って見てみようと決めて、エミヤは礼を言い、妖精たちに背を向ける。が、ひとりの白い手がアーチャーの服の裾を掴んだ。
「あら、もう行っちゃうの?」
「もう少しお話ししましょうよ。」
「ずっとここに居たっていいわ。わたし、一度猫を飼ってみたかったの。」
「そうね、猫なのだもの。ここに居たっていいんだわ。」
さざめくように口々に、妖精たちが手を伸ばす。強引に振り払うには妖精たちの腕は白く細く、アーチャーが力を入れたら折れてしまいそうだ。だが半面、湖に引きずり込まれそうな力は結構なもので、いつのまにか転がされてしまっている。
止めたまえ、とか放してくれ、と懇願しているうちに、黒のカッターシャツが半ば肌蹴てきている。
「君たち、本当にっ・・・」
「アーチャー?」
少し強く言おうとしたところで、聞きなれた、ここで聞くはずもない男の声がした。アーチャーはぽかんと顔を上げて、男を見上げた。
「・・・ラン、サー?」
「おう。お前、何してんだこんなところで。」
ぽかんと開いた口がふさがらない。
ランサーは、普段のアロハシャツでも、いつもの青タイツでもなかった。
何と言うのだろうか、ケルトの民族衣装を身にまとい、腰は宝石を連ねた帯で止めてある。肩にたっぷりとした白銀のケープを纏い、首や胸元は金の飾りで彩られている。普段後ろで一つにまとめてある長髪は降ろされていて、金の紐が編み込んであり、動くとキラキラと輝く。
「・・・それは、何の仮装だね?」
「仮装じゃねーよ、正装だよ。」
「・・・光の御子の、仮装・・・?」
「なんで俺が俺の恰好して仮装になんだよ。正装だっつってんだろ。」
あまりの神々しさに見惚れて、馬鹿なことを言ってしまった。はっと立て直して、アーチャーは地獄に仏とランサーを仰ぎ見る。
「丁度いいところに来てくれた。話せば長くなるのだが、要は迷い込んでしまったらしいのだ。どうすれば帰れる?」
「そりゃ、普通に門から帰ればいいだろ。」
「門はどちらだ。」
「ん?ここをまっすぐ東に行って、妖精の丘を越えたところだ。だがもうすぐ行列が始まる。行列が通り過ぎるまでは、丘は越えられねーぞ。」
「行列?」
首をかしげたアーチャーに、ランサーがヤンキー座りで視線を合わせる。神々しさが台無しである。
「サウィンの夜に、神々や妖精たちが丘の周りを行列作って一周するんだ。今年はせっかく現界してんだからってことで、俺とセイバーも引っ張られた。」
「セイバーも?」
「おう。湖の乙女たちに髪やら服やら弄られまくって散々だったが、来てみるもんだな。まさかお前が迷い込んでるとは。」
ハロウィン、は死者と妖精がこの世に迷い出る夜。だが悪霊だけでなく、過去の英雄たちも、従者を従えて馬に乗って現れ、妖精の丘を一巡りすると言う。
「ま、一周したらセイバーも俺もあちらに戻る。そんときお前も一緒に連れてくから心配すんな。」
「そうか。」
無事に帰れるという言葉に、安堵の息をついたその時。
何やら繁みの向こうから、喧騒が近づいてくる。
「こちらから匂いがするぞ!」
「えみやさまー!!」
「おくがたさまー!」
ぎく、とアーチャーの肩が跳ねる。追いつかれた、と思った瞬間、繁みから巨大な猫と犬が顔を出した。
「おお、エミヤ!」
「エミヤ、このような所にいたのか。湖の妖精たちにからかわれたのではないか?さあ、私と共に帰ろう。」
「何を言うか犬の、エミヤは余と共に来るのじゃ!案ずるでないエミヤ、貴方には余が良い嫁御料を見つけて、何不自由ない生活をさせてやろうからの。貴方はただあの美味しい菓子を作ってくれればよい。」
「猫のこそ、戯れを言うでない。エミヤ、大事にするから私の炉辺に来るがよい。私はそなたの顔も体も気に入った。たまに菓子を作ってくれれば言うことはない。」
固まるアーチャーを余所に、二匹は喧々囂々と言い合う。
ランサーはそれを呆れたように眺め、ちら、とエミヤに視線を落とす。
「・・・お前、クー・シーの嫁に行くの?」
ぶるぶる、と勢いよく首を横に振ったアーチャーに「だよなあ」と笑ったランサーは、ひょい、とエミヤの脇に腕を入れて持ち上げた。エミヤが如何にガタイが良かろうと、筋力Bの前には子猫のようなものである。
「おい、猫の王、犬の王。」
「おや、御子様、これはお久しゅう。」
「今宵は良い月でよろしゅうございましたな。」
今更にランサーに気付いて挨拶を始める犬と猫の王に、ランサーはエミヤの腰をぐっと抱いて引き寄せた。
アーチャーはぱちくりと瞬きをする。
ランサーはにやりと悪戯っ子のような笑みを浮かべて、これ見よがしにエミヤに顔を近づけて言った。
「悪いが、これは俺の嫁だ。どっちも諦めな。」
きゃあ、と湖の妖精たちが歓声を上げる。
声にならない反論に口をパクパクと開きながら、女と言うのは妖精でも恋の話が好きなのか、とエミヤは遠い思考で思った。
「ぬぬ、御子様の!それでは諦めぬわけにはまいりませんな。」
「むぅ、それではしかたない。」
御子の嫁だと知ったとたん、潔く諦めて撤収する猫と犬たちを見送りながら、アーチャーは眉間にしわを寄せて力なくつぶやいた。
「・・・誰が、君の嫁なのかね・・・。」
「お前だろ。ちなみに妖精たちは噂好きだからな。今夜はみんな丘に集まるし、お前のことはあっという間に知れ渡るだろう。これでもうちょっかい掛けられることもないぜ。」
「・・・・はぁ。」
なんだかぐったりと疲れて、エミヤはもう大人しくランサーの後について行った。
しばらくも歩くと、森が開けて、月の光に照らされた丘が見える。遠目には普通の丘に見えたが、近づくと、幻のような光景が広がっていた。
丘の周りに、妖精たちが列をなして歩いている。その円の中に更に一つの輪を成す妖精たちが踊っており、マナをたっぷりと含んだ空気が月の光をはじいて、キラキラと輝く。
「アーチャー!何故あなたがここに?あなたも参加するのですか?」
「セイバー。いや、私は参加しないが、迷い込んでしまったようだ。君たちが回るのを見ているよ。」
行列の時間がやってくる。
馬に乗って、大勢を従えて堂々と行進するランサーとセイバーは、美しく幻想的だった。
アーチャーはそれを目を細めて見ていた。
***
衛宮邸にたどり着けたのは、もはや白々と東の空が明けてきたころだった。
疲れたが、最後には良いものを見られた。ランサーの正装は、口にはしないがものすごく格好良かった。
結局二段しか残らなかった、走ったから形も崩れてしまった菓子を片手に持って、アーチャーは衛宮邸の引き戸を滑らせた。
「お帰りセイバー、お疲れ様。お腹すいただろ、おにぎり握っといたけど・・・」
セイバーが仕事(?)で出かけると聞いていた衛宮士郎は、帰ってくる時間に合わせて起き、軽食を用意していたらしい。大した良妻ぶりである。
が、引き戸を開けたアーチャーを見ると、びしりと固まった。
「・・・あ、アーチャー、それ、どうしたんだ・・・?」
「は?・・・あっ!!」
ばっ、と頭に手をやる。頭の上には、ふにふにと柔らかな、二つの頂き。
「すみませんアーチャー、あまりに似合っているので言うのを忘れていました。大丈夫、似合っていますよ。」
嬉しくない。悪気はないのだろうが、うれしくない。
「心配すんなアーチャー、あちらの世界の影響がそう長く続くとは思えん。もって一週間だろう。」
くっくっと喉を鳴らして笑うランサー。こちらは悪気があるので許さない、絶対にだ。
「いっしゅうかん・・・」
こんな格好の玩具が、アカイアクマや悪魔っ子のロリ姉に見つからないでいられるわけがない。
これから訪れる長い七日間を思って、アーチャーの猫耳はくったりとしょげ返るのだった。