オレンジ【士弓/Web再録】
2013年5月発行の士弓本
ファビョった少部数しか刷らず1度のイベントでなくなったものの恐ろしくて再版できなかったので今更Webにて再録
人に近い容姿をしたドールと呼ばれる機械人形のいる世界、という完全なパラレルです
いつものことながら趣味しか詰まってない…!
消滅ネタが入りますのでご留意ください
本当はUBW放送中にしようかなとか、参加させていただいた士弓アンソロ発行に合わせてしようかなとか思っていたのに気付いたら秋でした…
ついでにこれの前に出した槍弓吸血鬼パラレル本のデータは何故か削除してしまったらしく再録できないっていう…ヒュウ…
表紙はお借りしたものを使用しています!
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新暦三二一年 春
小さな少年は気が付くとそこにいた。
いたというのは些か間違っているのかもしれない。少年はそこにいる以前のことを何一つ覚えてはいなかった。
目を覚ましたか、あるいは目隠しをされていたか、それすらもわからない。少年の記憶は唐突にその場所から始まる。
鬱蒼と木が覆い繁る森。そこを少年はあてもなく歩いていた。
外に出たいのか、あるいは中に入りたいのか、それすらも決めることのできない少年は、ただただ周りを歩いているだけ。
これが街中であれば、十にも満たないだろう少年がふらふらと歩いていれば誰かしらが声をかけそうなものだが、この森には人どころか動物の声すらもしない。
ひたすらに葉の擦れる音と、自身の足が出すそれだけが響いている。
ふと、少年は足を止めた。空を覆い隠すような木々が途切れ、天には雲一つない青空が広がっている。
少年が見つけたのは小さな家だった。
煉瓦で作られたそれは四角形で屋根もなく、どちらかというと家というよりは何かをただ囲っただけの壁に近い。
しかしながらそんなことを空っぽの少年は判断することができず、そしてそれが突如として現れたことに怪しむ素振りもなかった。
木以外に最初に見ることのできたものに少年はさして怖れることなく近づくと、どうやらドアらしい鉄のそれにゆっくりと触れる。しっかりと閉まっていなかったのか、それは少年が少し押しただけで音を立てて簡単に開いた。
窓がないのか光も入らないそこは暗くひんやりと冷たい。
少年が開けたドアから入る光でぼんやりと見える部屋の中は何かと雑多に置いてあり、足の踏み場もなかった。
現に少年がドアを開けただけで何かが落ちたのか、ころころと少年の足元へ物が転がって来る。
それを拾って家の中へと一歩踏み出した。草の地面と違って石が敷いてあるらしく、とん、と小さく音を立てる。
一歩一歩、少年は中へと入っていった。
取り立てて興味のあるものがあるわけではない。自身を構成するものをごっそりと失くしてしまった少年には、むしろ興味というものすら曖昧であった。
ただ、そこにあるから入り、歩いているだけ。そう表す方が近しい。
床にばら撒かれたあらゆるものも、特に気にするわけでもなく踏んでいく。
ちょうどその家の最奥にあたるのだろうか、然程広くもない一部屋の壁に、他のものとは明らかに違う一角があった。
うず高く物の詰まれた両脇に挟まれた、白いシーツ。
何かを隠すようにかけられているそれに少年が触れると、引っ張ったわけでもないのにそれだけでばさりと音を立てて落ちた。
現れたのは硝子の筒。
少年の背丈の二倍はありそうなそれにはなにやら液体と、それから人間がひとり入っている。
硝子の筒には少しばかり土台があるが、それにしても少年がうんと見上げなければ顔を見ることすらできないほどの長身。
生きているのか死んでいるのか、身動きもせず瞳を閉じている青年に、少年はゆっくりと近づく。
触れたい、と思った。それは少年が覚えている中で初めて感じた欲求であり、初めての明確な興味であった。
今までなんとなしに手に持っていたそれを落とすように下に転がし、冷たい硝子に両の手をつける。ごぽり、と音がした。
彼の口から吐き出された気泡が上へと上っていく様を首が痛くなるほど曲げて見る。ゆっくりと開く瞼。
目が合った、と少年はどきりとひとつ大きく胸を鳴らせた。
「――誰かいるのか?」
不意に後ろからした声に少年はびくりと肩を震わせ、その声の方を振り向く。
ドアの近くに立っているらしい青年は、半袖のシャツにジーンズというラフな出で立ちに似合わない険しい目つきで少年を見た。
しかしそれが小さな子供であるとわかった瞬間に、ふと空気が緩む。
なんだガキか、と安心したように吐いて、それから先程の殺気とも取れる目を取り去って人好きのする笑顔で少年に近寄った。
「坊主こんなとこで何してんだ?迷子、にしちゃあ随分街から離れてっけど」
まぁいいか、と自己完結したのか少年の頭をくしゃりと撫でる。
そのまま目線を合わせようとかしゃがみかけた瞬間、硝子の中がごぽりと音を立てた。
それに青年はぴたりと動きを止め、宝石のような赤い眼を少年から硝子の中へと移動させる。
撫でていた手はするりと少年の頭を落ち、少し曲げていた足は元の通りに伸ばされた。
「…う、そだろ」
絞り出したような声。
硝子の中の彼と同じくらいの背である青年は、少し見上げるようにして彼と視線を合わせた。一生合うはずのなかった、それを。
少年はふたりの間に立ち、ただ無言で見つめ合う彼らを見るだけしかできなかった。
この世界には、ドールと呼ばれる人間に近しい人形が存在している。
彼らは人間によって生み出され、様々な用途に応じて人間の助けになるべく働くためのものであった。
その容姿は人間に酷似しており、使用用途や好みに合わせて変化させることも可能。また、学習機能や人工知能によって人間同様の思考能力を有することや、逆に人間を超越した能力を与えることも可能であった。
新暦の始まりは、世界の半分を無に帰すような大規模爆発からである。
その爆発で生まれた新物質を使用することによって、人間に近しく、もしくは人間を超えたドールを作ることができた。
物質の扱いは極めて難しく、理論というよりは素質の問題で使用できる人間は限られている。
たまたまその素質のある人間が三人集まり、そして知恵を出し合いドールの開発に成功するに至ったのは奇跡とも言えるであろう。
これが今からほぼ三百年前の話である。
護衛から影武者、家政婦からベビーシッターまで幅広くこなすことのできるドールはまず裕福な層に受けた。
我も我もと性能や容姿を競い合い、そのおかげかドールの生産技術は格段に向上することとなる。しかしながらドールの開発に成功した三人はその技術の向上方向について決裂し、袂を分かつ結果となった。
後の御三家と呼ばれるドール製造の独占三社の始まりである。
学習機能や人工知能で人間らしい思考をするドールを生産することに秀でたアインツベルン。
その容姿や感覚機能を人間に近づけたトオサカは、主に家政婦やベビーシッターを多く輩出している。
また、その二家とは逆に、人間を超越した能力を持たせることで有用性を示したのがマキリであり、各々が違った色を出すことでお互いを食い潰すことなく均衡を保っていた。
その生産方法や個人のニーズに合わせた設計などから現在でも持つことのできる人間は限られてはいるが、それでもこの数百年の間に庶民にまで広く認知される存在になっている。
しかしながら、生命を持たないドールにはもちろん死もない。
裕福な層がいる限り増え続けるドールではあるが、その逆に減ることは滅多にないのだ。
もちろん壊すことは可能である。しかし高価なドールは、いくら金を持っていたとしても好事家の億万長者でもない限り一生に一体、もしくは二体持つのが限度であった。
一生に一度、買えるか買えないかのその買い物だからこそ人は自分の理想のドールを求め、そして出来上がったそれを整備しながら大事に使っていく。
しかしやはりそれは持ち主であるその人には唯一無二であっても、周りにはそうでないこともある。
持ち主が死亡して、もしくは手放さざるを得なくなったとして、中古であるドールを引き取る人間はそういない。
しかしながら処分すると決めるのはもっと容易なことではなかった。何せ相手は人間と同じような容姿を持ち同じ言葉を話すものであるのだ。
人を殺めるような罪悪感を与えるそれを、ドールに告げることのできる人間は多くはない。
そうして行き場のなくなったドールは街に溢れることとなり、結果として自分で生活できるかもしくは一定期間新たな持ち主を見つけられない場合は政府によって処理されるという法が出来るまでに至った。
ドールに整備はつきものであり、元が余裕のある人間の道楽であるからかその値段も庶民に払い続けられるものではない。
街に持ち主のいないドールが溢れていて、庶民にまで広く知られる存在になったとしても、それが普及しないのはそういった理由もある。
自分で生活できるドール、というのはその整備費を何らかの方法で稼ぐことができるドール、ということであり、そのハードルは持ち主を探すよりも高い。
結果、処理されるドールと裏社会で犯罪に手を染めるドールが後を絶たない現状となっている。
自身の保身のために必死になるのは、人間であっても思考するドールであっても大差はないのだ。
赤い瞳の青年――ランサーもまた、公にはなかなかし難い方法で金銭を得ているドールである。
彼の仕事はドールの整備士であった。もちろんドールを整備するドールなど許されているわけもないから、非合法ではあるが。
免許もない素人のドールが整備するということで正規では実現できない安さでドールの整備をする。
それは金に困った裏社会に住むドールにはありがたい話で、仕事は割合盛況だ。大手を振ってとはいかないまでも、日々食うに困るほど困窮せず暮らすことができている。
元は彼らと同じく持ち主から手を離されたドールであったランサーを整備士にしたのは、あるひとりの男であった。
彼もまた、一応整備士の免許とドールを作ることのできる製造士の免許も持ってはいたが通常のように御三家のいずれかに就業しているわけではない人間で、だからランサーとはどこか似たもの同士であったのだろう。
別段仲が良かったわけではなかったが、彼が子供と暮らしていたこともあり元々子守を目的に作られたランサーは取り入りやすかった。
最初は処理されないための依り代として、そのうち整備を見様見真似でするようになると、波長が合ったのかその仕事にランサーはのめり込んだ。
年月が過ぎ、男が死んだ頃にはランサーはもう整備士として裏社会のドールにそれなりに名前の通る存在となっていて、現在の生活にまで繋がっている。
細い裏路地に建っている、男が住んでいた家にランサーはそのまま代わって住んでいた。
彼の性格もあってか気づけば客以外の人間が多く出入りするようになっているそこは、もぐりの整備士の家とは思えないほどいつでも賑やかだ。
一癖も二癖もある上、様々に事情を抱えた者ばかりだが、結論悪い人間もドールもいないのならいいか、というのがランサーの考えで、数人には合鍵も渡し好きにさせている。
だから、だろうか。今日は嫌に静かだ、とランサーは思った。
今日依頼された仕事をこなし、師である男の遺した部屋、もとい倉庫状態のそこに立ち寄ると、いつもならば開いていないドアが開いていた。
中にあるものは殆どが盗まれても取るに足らないものだが、ある一点、師の遺品であるそれだけは他人に見られては困る。
背筋の凍る思いで中に入れば、いたのは小さな少年。森の中だからと言って防犯意識に欠けていた自分も悪かったが、少年であれば見つかってもなんとか言い包められるだろう。
ほっと胸を撫で下ろすと、赤毛のよく目立つ少年の頭に触れた。
ごぽ、と上から気泡の上がる音がする。それに視線を上げれば、ぼんやりと開いている瞳と目が合った。
嘘だろ、と自然と声が出る。その瞼は開かれないものだと思っていた、否、開かれてはいけないものであると。
薄暗い中では正確な色合いもわからないがそれは最後に見た色とはずっと違っていて、ランサーは苦く込み上げる気持ちをぐっと飲み込んだ。
硝子の向こうの彼はその表情に気付いたのか少しばかり眉を顰める。困ったように少しばかり笑ったように、見えた。
暫しそうして彼を見ていたが、ここにずっといるわけにもいかない。
一先ずどこかへ移動しなくては、と予想外の出来事に止まりかけていた人工知能が即座に硝子の開け方と家までの最短ルートを弾き出す。
一度もしたことはなかった遥か昔に記憶したそれを引っ張り出して硝子の台座に解除のキーを打ち込む。
緩やかに液体が外へと流れ、ぴたりと中の彼が足を下につけた。
足の踏み場なく置いてあった物が漏れだしたそれによって濡れたが、元より物置だ。壊れて困るものもない。
硝子を開けると片付けるわけでもなくそのあたりにあったシーツを彼に放り投げ、少年の腕を引いてそこを出た。
家の抽斗を開けてランサーは適当に服を放る。
大通りからは程遠く、どこに行くのも不便な家だがこの時ばかりはその立地に感謝した。
さすがにシーツ一枚の男を連れて人目のあるところを通ることはできない。
彼の体格はほぼランサーと同じであり、またランサー自身あまり体形に拘らない服ばかりを好んでいたから、彼に着せる服を選別するのに苦労することはなかった。
シャツとジーンズを投げるように渡すと着替えるように言って、リビングに待たせた少年の方へとランサーは移動する。
ランサーの中ではこの少年の存在が一番の謎であった。
容姿は至って普通である。赤い髪の毛に琥珀色の瞳、着ているのはパーカーで一見すれば街で遊んでいたとしてもおかしくはないだろう。
しかしながら少年がいたのはあの森である。この家から然程離れていないとはいえ、子供がひとりで歩くような場所ではない。
元よりここもあまり治安がいいとは言えない路地のその裏である。
服装も小奇麗であるし、裕福な家ではないかもしれないが、家なしで生活しているような少年にも見えない。
迷子か、とは問うてみたがよく考えればその可能性だって殆どありはしないだろう。
子供が歩くにはこの家と森であってもかなり距離があるはずだ。
その割に少年の足元や靴は然程歩いたようにも見えない。
人身売買か、もしくは心中か。あまり子供に聞くにはいい理由が思い浮かばず、ランサーは息を吐いた。
そのどちらにしても、彼自身には汚れも傷もなく、不自然ではあるのだが。
とりあえず飲み物でも、と冷蔵庫を開けるが子供が喜びそうもなく、戸棚を見るといつだったかによくここに来る少女が持ってきたらしいココアの粉末があった。
きっちりと名前まで書いてあるそれに心の中で借用の言葉を言ってコップへと入れる。
同時に沸かしていたお湯を入れると、少しばかりくるりとかき混ぜた。ついでに自分の方にはコーヒーを入れる。
「ほらよ、坊主」
テーブルを前にきょろきょろと落ち着きなく座っている少年の前にコップを置く。
机の角を真ん中にランサーは少年の横へと腰を下ろすと、なぁ、と少年に声をかけた。
「なんであんなとこにいたんだ?」
ランサーの問いに少年はことりと首を傾げる。それから少し考えるように間を置いて、わからない、と答えた。
「じゃあ親とか住んでるとことか…あー、名前くらいはわかるよな?」
ひとつひとつ聞いていくも首を傾げるばかりの少年にランサーは徐々に困惑し、縋るように聞いた最後の質問にも少年は横に首を振る。
「気付いたら森?にいて、歩いていたらあの家を見つけたんだ。それで…ええと、あの、人?を見つけて」
話しているうちにランサーの表情が曇っていくことに気付いたのか、自身の記憶のおかしさに気付いたのか、少年は少しずつ慌てるように声を速めた。
次第に不安になってきたのか、怒られるのを怖れているような泣きそうな目でランサーを見上げる。
「いや、責めちゃいねぇよ、大丈夫だ」
そんな少年の様子に、ランサーは安心させるように頭をくしゃりと撫でた。
それで少年の表情は少しばかり落ち着き、緩く微笑む。
実際安心したのはランサーも同じであった。
少年とあの部屋で出会った時、彼は少しも表情を変えなかったから。
ここに座らせてからもそうだ、興味ありげに視線は動かすが、その表情はあまり変わらない。
ドールではない、人間であるとはランサーとてわかっていたが、それにしてもドールの方が表情豊かではないのかと思うほどだったから、やっと子供らしくなったとランサーは少しばかり安堵したのだ。
「人、っつーか、あー、なんだ、あいつは――」
「――ドール、だろう」
ゆっくりと頭を撫でながらなんと説明しようかとランサーが考えあぐねていると、後ろから声が降ってきた。
その声に手を止め振り返ると、どうやら着替え終わったらしい彼が壁に凭れて立っている。
ランサーはその答えに反論しようと口を開くが、それより先に高い声が遮った。
「ドールってなんだ?」
ランサーはその声にそちらに視線をやる。少年は初めて聞くといった様子で首を傾げた。
これは重症だ、とランサーは思う。
ドールのことと言えばこの世界で知らないものはいない。いくら高値で手に入れることはできなくとも、街には行き場をなくしたドールもいれば人間の代わりに働くそれもいる。
「…おいランサー、この子供は」
「どうやら記憶がねぇみたいでな。森にいる前のことはなんも覚えてないらしい」
お前がなんで起きたかもわかんねぇ、と呟くように言うと、ふむ、と彼は言ってテーブルの方へと寄ってきた。
ランサーとは反対側に座ると、じっと少年を見る。それからひとつ息を吐いて、ドールとは、と話し始めた。
「ドールは人間とは違う人工物だ。人間の助けや代わりに従事、そうだな仕事なんかをしてくれる。彼――ランサーもドールだ、それから私も」
「…俺は?」
「お前は人間だろう?…まぁドールも人間らしく作られているからな、わかりにくいかもしれないが。そのうちなんとなくわかるようになるさ」
ふうん、と少年は話し手の彼の顔と自身の手を交互に見る。
それから、よくわからないと言いたげに眉を顰めて首を少し傾げた。
「ランサー、は名前…だよな?」
「まぁ、通り名、っつーか」
こちらを見て聞く少年にランサーは考えるように視線を外して歯切れ悪く言う。
「ドールっつうのはまぁ、作られたもんだからよ、名前ってのはないんだ。あるのは製造番号って番号だけでな。どう呼ばれるかは主人次第なんだが、俺にはその主人ってやつがいない」
まぁ昔の名前はあるけどな、と付け加えてランサーは言った。
「ランサーってのは、あー、タイプの名前に近い、のかねぇ。主人を護るスキルを持ったやつにはその得意なもんに応じてわかりやすいように名前がついてんだ」
わかるか、と少年に聞くと、少年はなんとか、というような調子でこくりと頷く。
そんくらいでいいさ、とランサーは少年の頭をぽんと撫でた。
「ランサー、と、えっと」
「――アーチャーだ」
覚えるように顔を見ながらランサーを呼んで、そうして視線を反対に持って行くと彼――アーチャーは待っていたと言わんばかりに名乗りを上げる。
その様子にランサーはなにか言いたげにアーチャーを睨んだが、アーチャーはその視線を無視した。
少年はそれに気付かず、新しく覚えた名前を嬉しそうに口に転がせる。
「…さて、これからどうするかだな。私はいいが…まさか小さな子供を放り出すような真似はするまい?」
「言われるまでもねぇよ。手掛かりがねぇんじゃ望みは薄いが一応身元も調べたいしな。あとテメェも放り出すつもりなんざねぇからな」
「だそうだ――シロウ」
アーチャーは少年を見てひとつの名前を口にした。それに少年はきょとりとして、ランサーはがたんと音を立てて身を乗り出す。
「名前がなければ不便だろう。知り合いの人間の名で悪いが、その人間ももうこの世にはいない」
咎める人間もいないさ、とアーチャーは少し笑った。それには様々な感情が入り混じっているようで、少年は違和感を覚えながらも声に出すことはできず小さく頷く。
「ランサー、アーチャーのスキルを持つドールの私になにか言いたいことでもあるのかね」
「…いい、のかよ」
自身に対する修飾語の部分を強調しつつアーチャーは静かにランサーに視線をやった。その様子にランサーはぐっと拳を握り、絞り出すように声を出す。
ランサーの言葉にアーチャーはひとつ鼻で笑って、それからゆっくりと目を伏せた。
「私にその権限はない。ドールにあるのは製造番号だけだと、君がさっき言ったのではないか。…それに、似ている気がしたからな」
少しは弔いになるのでは、と。アーチャーの台詞にランサーはゆっくりとまた腰を下ろして、そうかよ、と静かに返した。
その言葉の意味を少年――シロウが知るのは、ずっとずっと先の話である。