インタビュー

「日本にスパイ多くない」元情報保全隊員がみたスパイ防止法巡る議論

聞き手・牧野愛博

 高市早苗首相は2月9日の記者会見で、国家情報局の設置法案を国会に提出する考えを示しました。スパイ防止法の制定などにも意欲を示しているようです。かつて防衛相直轄の自衛隊情報保全隊員を務め、公安調査庁で統括調査官だった安全保障ジャーナリストの吉永ケンジ氏は、日本を取り巻く安全保障環境が厳しくなるなか、「日本が独自で情報収集をしなければいけない時代になった」と語ります。

 ――最近の情報をめぐる動きをどうみますか。

 時代状況の変化を感じます。スパイ防止法の制定は1980年代ごろにも自民党が唱えていましたが、当時は政治的な理念闘争の性格が強かったと思います。

 ところが、ウクライナ戦争が起きたほか、トランプ米政権は(西半球を勢力圏とするような)「ドンロー主義」を唱えています。中国の海洋活動や北朝鮮の核開発も続いています。外交・軍事と経済が大きく影響し合うようになり、日米同盟の維持に不安の声が出るなか、独自に情報収集しないといけない時代になりました。

 政治家が「海外情報を独自に集め、政策にいかす必要がある」と、肌で感じた結果の動きではないでしょうか。

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背景に、異なる意見の対立が深刻化している状況

 ――スパイ防止法は必要ですか。

 私自身は、スパイの脅威が高まったとは感じていません。サイバー空間での情報窃取や通信傍受偵察衛星など、スパイ防止法で取り締まることができない脅威の方が、圧倒的に大きい現実があります。日本国内で活動している外国のスパイの数は、それほど多くないでしょう。立法化しても期待される効果は大きくないと思います。

 スパイ防止法の制定を求める声の背景には、インターネットとSNSが盛んになり、異なる意見の対立が深刻化している状況があると思います。異なる意見の持ち主が信じられず、「外国とつながっているのではないか」という思い込みがひどくなっているようです。

 そのような状況でスパイ防止法を制定すれば、逆に日本国内の分裂を狙う外国による認知戦の対象にされてしまう懸念があり、慎重な議論と運用が求められます。

 対策の面からは、スパイを逮捕するという「無力化」に力を入れるよりも、狙われている末端の町工場などに対し、経済安保の側面から啓発活動をするなどの「無効化」の方が効率的です。

 また、サイバー攻撃を防ぐための「能動的サイバー防御」などを進めるべきです。

 ――日本では過去、情報収集機能を持つ部署間の情報共有が進まないという批判がありました。

 「縦割り」は決して悪いことばかりではありません。防衛省が軍事、外務省が海外、警察が治安などの情報をそれぞれ集めるため、人を育て、装備を開発し、情報源を開拓するのは当然です。

 情報には「(こういう情報が欲しいという)要求」「情報の収集」「集めた情報の処理分析」「必要な部署への配布」という流れがあります。国家情報局には、適切な情報要求を出し、各機関が集めた情報をまとめて首相官邸に報告するという役割が求められます。

 国家情報局のあるべき姿は既存組織を糾合した「情報機関」ではなく、調整機能を強化した「司令塔」でしょう。

過去にあった、選挙情報巡る自民党と情報機関の蜜月関係

 ――日本では過去、情報機関と政治家の関係が問題視されたこともあります。

 日本では警察など旧内務官僚が情報機関を牛耳ってきました。冷戦を背景に自民党と社会党が対立した「55年体制」下では、内閣情報調査室などが選挙区の情報を集め、与党だった自民党に提供していたと言われています。政治家にとって貴重な情報で、個々の国会議員と関係を深めました。

 もう、そういう時代ではありません。政治家と情報機関の蜜月関係は清算すべきです。

 国家情報局が発足すれば、日本の安全保障や対外情報を扱う防衛省や外務省の関係者がトップに就任すべきです。

 ――政治家が機密情報を政治目的で利用することはありませんか。

 政治家が機密情報を、対立する政治勢力の批判などの目的で使うことは許されません。日本ではこうした問題に対する法制度が整理されていません。今後の課題だと思います。

 ――日本は盗聴やハッキングなどの非合法な情報収集、破壊工作活動は認めていません。

 実際にやるかどうかの判断は別にして、将来的にすべて行える能力は備えた方がよいと思います。非合法な情報収集や破壊工作などを行う国は、米国やロシアなど多数あります。情報戦は秘密裏に行うのが前提です。「見つからなければ、犯罪は成立しない」という考えが根底にあります。

 日本では戦前の特務機関や憲兵のイメージが強いため、こうした非合法な活動には強い拒否感がありましたが、費用対効果に優れているのも事実です。

 能動的サイバー防御も、ハッキングする能力がなければ実現は不可能です。ピッキングの技術を知らなければ、不法侵入は防げません。防御能力を高めるためにも、攻撃する能力の研究開発は不可欠です。

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この記事を書いた人
牧野愛博
専門記者|外交担当
専門・関心分野
外交、安全保障、朝鮮半島

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