ランサーとアーチャーが出会ったのは、二人が高校2年に進学する春、アーチャーの弟である衛宮士郎を介してだった。
生まれ故郷であるアイルランドから15歳の時日本にやってきたクー・フーリン・ランサーは知り合いと繋がりのある言峰教会に住み込み始めた。
言峰教会の神父である言峰綺礼は北欧に広く縁があり、様々な事情で日本にやってくる外国人を無条件に引き取っては教会で働かせている。
タダで食事と寝床を提供しているといえば聞こえはいいが、その人使いの荒さと毎食激辛麻婆豆腐という過酷な生活に耐え切れなくなったランサーは実家から送られる仕送りとこっそりバイトして貯めていたなけなしの金で春から入学する予定の高校がある冬木市の小さいアパートに住まいを構えた。
幼少期親に付きそい数年住んだことのある日本。その治安の良さや食べ物の美味さ、住み心地に子供ながらしっくりくるものを感じ16歳になると同時に来日を決意した。
本音を言うと王家の親族であり大手企業をも構えるクー・フーリン・ランサーの家庭のしがらみに嫌気をさし出家覚悟で海を渡ってきたのだが、兄弟や教育係には前者のような理由をつけてはんば無理矢理家出をしてきたのが事実だ。
引越し作業も終え新しいアルバイトの面接を何件か受けた後、アパートの近くの中学校を通りがかった時だった。
ランサーは広いグラウンドでぽつんと走り高跳びの練習をしている男子生徒を見かけた。
必死に走り込み跳躍を繰り返す男子生徒だが、何度挑戦しても成功しないことに痺れを切らしたランサーは思わず男子生徒に声をかけ、走り方から飛ぶ瞬間のフォームまでを熱心に自ら教授した。衛宮士郎と名乗る赤髪の少年は完璧な手本を見せる青髪の外国青年の教えを熱心に聞き入れ、何十回目かの挑戦で高跳びを成功させた。
つい数十分前まで見知らぬ他人だったにも関わらず不思議な師弟関係が築かれたその日、日が暮れるまで汗を流した二人は同時に腹を鳴らし、さて帰るかと言ったところに現れたのはスーパーの袋をさげた士郎の兄でアーチャーと名乗る青年だった。
弟と一緒に高跳びの練習をしているやけに見た目の良い外人を怪しげに見つめるアーチャーに、士郎は必死に高跳びを教えてくれた良い人だと説得し、アーチャーは諦めたようにお礼も兼ねて夕飯をご馳走してやるとランサーを促した。
「アーチャーの料理はそこらの店で食べるより上手いんだぜ!日本食は苦手じゃないよな?」
ランサーは日本に来てからというもの激辛麻婆豆腐かコンビニ飯ばかりで、まともな日本食というものにありつけていない。
日本食は大好きだ。幼少期家族と食べた料理は全て美味しくその時の感動は今でも忘れられない。一食だけだぞとランサーを信用しきっていない目で見つめながら出されたのは鮭のボイル蒸しをメインにした和食だった。腹をすかせていたこともあり一瞬で平らげ白米を2杯もおかわりしたランサーはアーチャーの料理を「こんな美味しいもの食べたことない!」ベタ褒め、あまりの感動ぶりにアーチャーも「大げさだ」と満更でもない顔を見せた。
「別に、食べたいのならまた食わせてやってもいい。日本にきたばかりでまともな食事にありつけていないのだろう」
とベタ褒めを受けたアーチャーもランサーの笑顔に絆されていったのだった。
「あんな美味い飯を食べたのにコンビニ弁当なんて食えねえよ!」
ランサーはバイトで帰りが遅くなる日以外は衛宮邸に顔を出した。
衛宮邸には来客が多く、衛宮兄弟の義父の知り合いという外国人セイバーと、幼馴染だという遠坂凛と間桐桜、
幼い頃に両親を亡くしている衛宮兄弟の親代わりであるという穂群原学園の教師藤村大河等・・・
毎日のように衛宮邸に訪れては当然のように大人数で食卓を囲っていた。
一人くらい増えても変わらないという衛宮兄弟に甘えランサーも自然に食卓の輪に入り込み、ランサーの入学する高校がアーチャーの通っている高校が同じだと判明するのはすぐだった。
穂群原学園に2年生から転入してきたランサーは外国人というのを抜きにしてもその優れた美貌と愛着のある笑顔で学園で噂の的になり、打ち解けていくのも早かった。
元々母国で日本語の勉強をしてたが実際に使いこなせるようになるのもあっという間で、すぐに日本の学業にも慣れていった。
ランサーは棒高跳びをメインとする陸上競技に長けた運動神経の持ち主で、その運動神経の良さを買われ様々な部活からの入部オファーがあったがバイトをしなければならないからと全て断り、2、3つのアルバイトを掛け持ちながら、バイトのない日は衛宮邸で晩ご飯をご馳走になるかアーチャーを家に呼んで御飯を作ってもらうというような高校生活を送った。
ランサーとアーチャーは学園でも広く知られている仲の良さであった。実際にはアーチャーのランサーに対する態度は冷徹そのものな上に、ランサーも小言が多いアーチャーの煽りに毎回のっかりやっかみという繰り返しである。
しかし仲が悪いというわけでもない。実際に二人はクラスが違うにも関わらず休憩時間など授業以外の時間にはほとんど一緒にいるし、その距離感も男友達というには異様に近い。
アーチャーは外国人特有のスキンシップだろうとその距離感を特に気にしていないし、ランサーについて聞かれても
「慣れない日本の生活での世話係のようなものだ。」としれっと答えている。
対するランサーは「あいつは俺の世話するの好きだからな~」とニヤニヤと答える始末で、クラスメイトは自覚のない惚気を聞かされている気分になると深追いを諦めた。
アーチャーの周りにはなんやかんやでいつも人が集まっている。
頼まれごとに小言を言いながらも断らない人の良さに学園内でも頼る人が多く、機械いじりや物の修理を得意とするアーチャーの周りにはいつも誰かしら人がいた。
二年になってからはクー・フーリン・ランサーという外国人がアーチャーの周りに一人増えた訳だが、彼は密かに人の良すぎるアーチャーの周りで他人を牽制する役割も担うようになった。
アーチャーに面倒事を押し付けようとする輩には「それってアーチャーに頼む必要なくね?」と人当たりの良い笑顔で牽制し、密かに圧力をかける。さながら番犬猛犬のようなもので、学園内でのアーチャー&ランサーコンビが有名になるのには時間はかからなかった。
学園内ではほとんどの時間をランサーと過ごすようになるが、衛宮邸に帰っても周りには人が絶えない。
同じく穂群原学園に通う美人で有名な幼馴染の遠坂凛、同じく学年一つ年下で苗字は違うが遠坂凛の妹でもある間桐桜。
恐らく本人達に自覚はないが衛宮士郎の想い人であり想われ人である巨大な胃袋を持つ衛宮邸居候のセイバー。
そして衛宮兄弟の義理の姉だと豪語する他国に住む少女、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは半年に一回ほど衛宮兄弟に会うため来日し、数日泊まっては駄々を捏ねながら帰る。ランサーが彼女を初めて見たとき、成る程アーチャーの白髪はアインツベルンの血筋なのかと納得しかけたがどうやら血のつながりは一切無いらしい。
数多の色濃いメンツでの衛宮兄弟の取り合い(しかもほぼ女性)、衛宮兄弟には無自覚たらしの素質があるようで彼女達の衛宮兄弟に対する過保護さや執着にはさすがのランサーも恐れをなしている。
士郎は恐らく・・・であるが、セイバーの事を好いているであろう。が、アーチャーに関しては色恋沙汰の話を聞かない。
正直言って遠坂凛や間桐桜に関しては、アーチャーを本気で狙っている節がある。とランサーは疑っている。
自覚が全くないアーチャーに無理強いこそしないものの、隙あるごとにチャンスを伺い仕掛けているようだが、少しも気付かないアーチャーにそっちの気がないのか?と疑ってしまう程だった。
ランサーに関しては、元々恋愛に関しては寛大な精神を持っている自覚があり、来るもの拒まず去るもの追わずというようなスタイルだ。
目立つ美貌に男気のある性格で本気で惚れられることも多く引く手あまたの誘いがあるが、忙しいというのを理由にあまり本気で相手をしたことがない。
日本に来てから何人かと付き合ってみたり相手をしたことはあるが、あまり魅力的に感じることがないのだ。正直彼女を作ってデートをするよりアーチャーと釣りへ行って獲物を美味しく料理してもらう事に時間を使いたいと思ってしまう。
女の子は好きだ。かわいいし柔らかいし良いと思う。抜くなら断然日本人女性のAVだ。男子高校生なら性欲盛りで遊びたい時期だと思うのだが、らんさーはどうしてもアーチャーとの時間の方が大事だと思ってしまう。
「私と釣りに行くのはいいが、バイトや彼女はいいのかね」
気にせず行ってこい、私なら望まずとも大漁になっている。フィィィィッシュ!!と意気揚々に言われたときは割と真剣に考えた。
確かに、どうして俺は女の子の誘いを断りこんないかつい男と釣りをしているのだ?と。
でも、どうしてもランサーは思ってしまう。
店で食べる料理や彼女たちが作る料理より、アーチャーの料理の方が美味しいのだ。
女の子と街中を歩いていても、彼女達は階段を登る老人を助けないし迷子の子供に話しかけに行かない。
高校3年生になってからは、少しずつランサーは自身の変化に気づいた。
女子よりアーチャーとの時間をとってしまう理由を考えるのはとうの昔に諦めた。コイツといるのがしょうに合うのだ、と。
夏には遠坂凛や士郎一行を引き連れて海へ行き祭りへいき、花火をする。
冬には雪だるまをつくるし手の込んだ季節ごとの日本料理を皆で食べる。無性に居心地がいいし、ランサーはこの生活が心の底から楽しいと思っていた。
だが、海に行けばアーチャーの女性陣ドン引きのブーメランパンツや弓道で鍛えられた引き締まった胸板に目が行くし、祭りに行けば浴衣を着たアーチャーの尻に目がいってしまう。
どうしてしまったんだ俺は・・・。どうなってしまったんだ?とランサーは頭を抱えた。
アイルランドでゲイは珍しくないし、別に偏見など全くない。が、つい先日まで女の子が大好きだったではないか。そんなに急激に性癖が変わるものなのか?
しかもよりによってあのアーチャー。友人にしては距離が近い自覚はあるが毎日口喧嘩をしているあの朴念仁に・・・?
可愛らしい顔をしているわけではない。いや、まあたまに見せる笑顔は可愛いらしいと思うし素直に褒められ照れた時の表情は悪くない。
体格もガチムチそのものじゃないか。まだ色白で華奢な男なら色気があるのではないか・・・?
いや、あの身体は正直セクシーというか、色気の塊だ。肌は綺麗ですべすべだしおっぱいも申し分ない。ゲイなら速攻落ちているだろう。
何かの間違いだ。少し混乱してしまっているだけだ。
便所に行く時隣でチャックを下ろすアーチャーの股間を覗き見てしまうのは、気の迷いだ。
体育の授業が終わり着替える時にちらっと見えるアーチャーの少し肌の色と違う乳首を凝視してしまうのも、衛宮邸で風呂上りの裸体を偶然目撃し思わず勃起してしまうのも、きっと気の迷いだ。
気づけばランサーは、ただAVを見るだけでは抜けなくなってしまった。
ランサーとアーチャーは、気付けば高校3年生になった。
日本の生活も大分慣れ、日常生活を送る上では申し分なく日本語を使えるし、日本語の文章もスラスラ読めるようになった。
とっくにアーチャーの支援がなくとも生活していけるが、世話係という名目で面倒を見てもらっていることには変わりない。
お互いに当たり前となってしまった距離感は男子同士の友情というにはいささか怪しい雰囲気を感じることをクラスメイトは未だに黙っている。
高校3年にもなると、いい加減進路を決めなくてはならない。4月から本格的に進学活動や就職活動を始めるものもいれば、何も考えずただどうにかなるだろうとぼーっと教師の話を聞き流している者もいる。
ランサーは最初就職か進学かで迷っていたが、恐らくアーチャーは進学だろうと自分も進学することに決めた。引越しするのは面倒だから、一番近い大学なんかが妥当だろうとよんでいた。
そこには栄養学科もある。アーチャーが以前栄養学科のある大学を調べていたことをランサーは知っていた。
ランサーが適当に大学のパンフレットを見ていると、アーチャーが覗き込みそこに決めたのかと聞いてきたことがある。
おー。と返事をするとアーチャーはそうか。とだけ言って体勢を戻した。
ランサーは当然アーチャーも同じ大学に進学すると思い込んでいた。
同じ大学へ進学し、学部は違えど昼は構内で一緒にアーチャーの作ってきた弁当を食べ、放課後は衛宮邸で豪勢な夕食を囲むのだと。
今と変わらない関係、生活、それがずっと続くのだろうと思っていた。
アーチャーが県外の大学へ進学することを聞いたのは、AO入試が終わった秋のことだった。
「そういえば、言っていなかったな。卒業と同時に向こうに住むことも決めたんだ。施設や学部が理想的でな」
何でもないことのように言うアーチャーに、ランサーはショックを隠しきれず返事ができなかった。
正直、何故自分がこんなにショックを受けているのかも分からない。
仲の良い男友達が、進学と同時に県外に行くという。
少し寂しくなるが、頑張れ、たまに遊びに行くぜ。それを言うべきなのだ。
頭では分かっていたが、ランサーは裏切られた気持ちのまま思うように言葉が出ない。
変に思ったアーチャーが顔を覗き込むが、その前にランサーは立ち上がり衛宮邸を出ていった。
ランサーは、自分がアーチャーに恋していたのだとその時初めて自覚した。
県外の大学へ進学すると告げられ、あまりにもショックを受けてしまう自分に混乱し、なぜなのかと考えた。
今までも、何故自分がこんなにもアーチャーへ執着してしまうのか、近すぎる距離感が不快じゃないのか、アーチャーの周りにいる多くの女性に対して焦りを感じてしまうのか、アーチャーにたいして興奮を覚えるようになったのか。
馬鹿でもわかる。自分は馬鹿以下だったのだ。とランサーは思った。
それと同時に、アーチャーは自分と離れるのが寂しくないのか、と更に別の意味でショックを受け、アーチャーの飯も食べられないし、ショックにショックが重なり数日部屋から出ようとしなかった。
一方アーチャーは連絡しても返事来ないランサーを不思議に思い、幼馴染である遠坂凛になにか知らないかと訪ねていた。
凛はランサーと意外と仲が良い、というかウマが合うというべきか、相性が合うようだった。こまめに連絡をとっていてもおかしくない人物だ。
「しらな~い。それより、久しぶりに買い物につきあってくれない?アーチャー」
凛はショッピングが好きだった。アーチャーは幼ころからよく一緒に新都のショッピングモールに連れ出されては荷物持ちをされていた。次はあそこに行きましょう、次はあれが欲しいのだと好き勝手振り回されていたのがアーチャーは遠い思い出のように感じられた。
出かけるたび人気のイタリアンがあるのだの有名なスイーツが食べたいと飲食店に入っては「アーチャーが作った方が美味しいわ」と何故か駄々を捏ねられ結局家に帰って料理を作るというのがお決まりのパターンだった。
幼い頃から召使よろしく凛の世話を焼き、甘やかしていた自覚はある。いつからだろうか、確かに最近凛の買い物に付き合わされていないなとアーチャーは思った。
「ランサーが来てから世話を焼かれるポジションをとられたから、買い物にも行けなくて不便だったの。悔しかったのよ、実は」
世話を焼かれるポジションとはなんだとアーチャーは思ったが、確かにランサーが来てから彼につきっきりで凛の相手ができなかった。
凛も駄々をこねるわけでもなく、静かに空気を消していたが寂しかったのかもしれない。
「それでは今日は存分に私をこき使うといい、凛」
得意げに微笑むアーチャーに凛もにやりをと笑みを返し、その日二人はアーチャーの両手が完全に塞がるまでショッピングモールで買い物をした。
ランサーが突然衛宮邸から出ていき、連絡がとれなくなってから一週間、学校にも登校していなかったランサーがようやく顔を見せるようになった。
しかし以前のランサーとは違い、必要以上にアーチャーに絡んでこない。休憩時間も昼休みもアーチャーのクラスを訪れることは無いし、放課後もアーチャーが料理担当のときは衛宮邸に訪れなくなった。衛宮邸ではアーチャーのバイトがない日に士郎が料理担当をしていて、そのような日は料理を食べに来るらしいが、アーチャーのバイトが終わるのは夜遅いのでランサーはもう自宅に帰ってる。
一度学校でランサーのクラスへ行き、体調は大丈夫なのか、弁当はいらないのかと話しかけたが「大丈夫だぜ、悪いな」と軽い返事だけで会話は終了した。その後は進路相談でか教師と話をしている事も多くあまり話しかけるチャンスはなかった。
明らかに様子がおかしいのだが、アーチャーはこれ以上深く関わることをやめた。
今まではランサーからアーチャーに絡んでくるのがお決まりのパターンだったので自分から行かなければ必然的に会話することも無くなる。
自ら来なくなったということは、そういうことだろう。とアーチャーは察した。
胸にぽっかりと穴ができたようだ、とアーチャーは思った。
自分にとってランサーは、こんなにも大きい存在だったのかと悔しいながらも自覚した。しようがなく面倒を見てやっているという定で付き合ってきたが、知らぬ間に自分の生活の一部になってしまっていたようだ。
ランサーが自分と関わらなくなった理由については、分からない。
一緒に過ごしてきた中で、今までにランサーに彼女ができたこともあるし、新しい相手との時間を優先しているという感じでもなかった。
変わったことといえば・・・
ランサーが衛宮邸を出て行った日に、進路の話をしていたのを思い出した。
ランサーは市内の大学への進学希望で、自分は県外の大学へ進学が決まっている。
しかしそれを知ったからといって、いきなり赤の他人のような距離感になるのだろうか?
もう卒業まで半年もない。自分との関係に飽き飽きし、どうせ離れるのだからと早めに関係を断ち切りたかったのかもしれない。
アーチャーは悲観的な想像をするたびに胸が痛くなるのを感じた。
今ままで世話を焼いてきた男友達が、自分から離れた途端こんなにも張り裂けそうな胸の痛みを感じるものなのか。
そんなアーチャーを見かねてか、凛達がアーチャーを遊びに誘ってくることが増えた。
正直ランサーのことを考えなくて済むのでありがたかったが、士郎や桜までもが「ランサーにアーチャーとの時間をとられていた」と言うのに、
自分たちはそこまで二人で過ごしていたのかと実感し、また胸が痛んだ。
冬休みが終わるとすぐ自由登校に入り、あっというまに卒業式を迎えた。
アーチャーが学校以外でランサーをみかけることは無く、もうこのまま一生会話することもないのかもしれない、とアーチャーは思った。
卒業式、最後になるかもしれないなら、一言くらい声をかけて終わろう。
喧嘩別れをしたようで気まずいし、どうせならすっきりさせてから新生活を迎えたかった。もし拒絶されたり自分といるのが嫌だったと言われたら結構ショックを受けるだろうが、自分にとってランサーの存在は大きかったという言葉くらいは残してやろう、と。
式が終わり、桜がアーチャーに花束を渡しにくる。親戚同然なのだから花束なんて、と恐縮したが桜は半強引に可愛らしいフリージアの小さな花束を差し出し、おまけとばかりに第一ボタンを要求してきた。
「ありがとう、花瓶を買って新しいアパートに飾ろう」と涙目になる桜の頭を撫でた。
「よかった。私、先輩の第一ボタンだけは絶対もらおうって決めてたんです。」
心配しなくとも、自分の第一ボタンなど誰も欲しがらないので、好きなだけくれてやると独り言ちる。
周りには、沢山の女子生徒がお目当ての男子生徒のボタンをもらっては騒いでいた。卒業式お決まりのイベントだ。
これだけ多ければ、きっとランサーの制服はもぬけの殻になっているだろう。もしかするとワイシャツのボタンもなくなっているかもしれない。
ボタンを貰い告白しだす生徒まで現れ、体育館の前は沢山の人だかりができていた。そういえば、ランサーに一声かけないと、人だかりで見失いそれっきりになるかもしれない。
アーチャーは目的を思い出し、見慣れていたはずの長身の青髪を探した。
いれば目立つはずなのに、見当たらない。もしかして、もう誰かと移動してしまったのかもしれない。
もし話しかけることができても、ちゃんと自分の気持ちを伝えることができるのだろうか。平然とした表情を保てるのだろうか。
「君と過ごせて存外楽しかった」と、笑って言えるのだろうか。自信は無かった
急に緊張してしまい探すのを諦めかけると、隣にいた桜が自分の背後に目線をやっているのに気付く。
ふと後ろを振り向くと、真っ赤なバラの花束を持った青髪の外国人が立っていた。
目的の人物の登場に、つい口を大きく開けてしまう。
やけに真面目な顔をしたランサーの制服のボタンは、一つのこらず残っている。
「ランサー、・・・・・久しぶりだな」
ランサーは思いつめたような表情で口を開こうとしないので、気の抜けた声で話しかける。
片手をポケットに突っ込み、もう片方の手で数十本あるであろうバラの花束を持つランサー。ランサーの瞳と同じ煌く赤に、美術品のような美しさだと思い息をのむ。
「お前と同じ大学に合格した」
微動だにしないまま発したランサーの言葉はすぐには理解できず、目を見開いた。
意味不明な発言に聞きたいことは山ほどあるが、どういうことだ?と発する前にランサーが続けた。
「今まで、すげえ世話してくれて、うまい飯も食わせてくれて、嫌味ったらしいけどお前といると居心地よくて、楽しかった。
いきなり距離とっちまったことは・・・本気で申し訳ないと思ってる。本当はお前の弁当も食べたかったし、一緒に過ごしたかったけど、色々考えたんだ、俺なりに。
・・・・・お前が好きだ。」
そう言うとランサーは左手をポケットから出し花束を両手で持ち直すと砂利の地面に片膝を付いてアーチャーを見上げた。
「自分勝手なのは分かってる。いきなり過ぎて困るだろうし気持ちわりいかもしれねえ。けど、半年考え抜いてもこれしか答えが出なかった。
お前を愛してる、ラブの意味で。別々の大学で県外に行くとか考えらんねえんだ。これからも毎日お前の飯を食いたいしお前と過ごしたい。
一緒に暮らして欲しい。」
片膝をついたまま、両手に抱えた花束をアーチャーに差し出す。
その瞬間、周りから大きな歓声とどよめきが産まれた。
思考停止し固まってしまったアーチャーは、桜に肩を叩かれハッとする。これは、私に、言われているのか?
周りでキャーキャー騒いでいる見物客はアーチャーの返事をまだかまだかと期待の眼差しでみつめている。とりあえず花束を受け取らねばならない雰囲気ということはわかった・・・、が
一緒に暮らして欲しい?
一緒の大学へ進学し、また以前のように毎日ランサーとつるめるのか。
アーチャーは、ランサーの恋愛的な告白の返事を放置したまま、これからも一緒に過ごせるということに喜びを感じ、衝動的に花束を受け取っていた。
「フン、一緒に住むからといって、勝手にキッチンを使うのは許さないからな」
頬を染めた顔を隠しもせずそう言い放つと、ランサーはパッと顔をあげ、立ち上がりアーチャーに一歩近づく。
至近距離で見るランサーは、心なしか涙目のようだった。真っ赤な瞳が揺れ動き、揺れる炎のようだ、と思った。
その瞬間、ランサーはアーチャーの頬を両手で挟み込み、角度を変え、力強く、熱い口づけをした。