「翔平お前よう打つな」高校生の大谷翔平選手に“超”上から目線で言ってしまった三重県熊野市の男性が手にした「宝物」..世界遺産「花の窟(いわや)神社」が大谷選手ファンの聖地になった理由
三重県熊野市にある「花の窟(いわや)神社」。巨大な岩を御神体として崇めるこの神社は世界遺産としても知られていますが、今、野球ファンの間でパワースポットとして大きな注目を集めています。 【動画で観る】 それはかつて、大谷翔平選手が花巻東高校時代にこの地を訪れ、境内にある「丸石」に触った後、160キロの球を投げるようになったと噂になり、ファンの間で「ご利益」があるとされているからです。
当時、高校生だった大谷選手と交流を深めた、熊野市で野球のスポーツ交流事務局長を務める大崎順敬さんにお話を伺いました。 高校時代の大谷選手の驚くべきエピソードから、世界に3つしかないという貴重な初サインボールの秘話まで、たっぷりと語っていただきます。
――本日はよろしくお願いいたします。まず、大崎さんと大谷選手とのご関係についてお聞かせください。 大崎: 熊野市はスポーツ交流を推進している町でございまして、私は野球を担当させていただいています。大谷翔平選手が、高校1年生の秋に熊野へ2日間来て、4試合しました。 大崎: 2回目に訪れたのが、3年生の選抜甲子園の前に、熊野が暖かいということで1週間、キャンプをここで行いました。そのときは毎日、練習に参加させてもらいました。 ――毎日お話をされていたのですね。合宿にも同行されたと。 大崎: はい。一緒にしました。 ――何か印象的なエピソードはありますか。 大崎: 当時、ピッチャーとして150キロぐらい投げていましたけど、バッティング練習しているとき、熊野スタジアムは122メートルあるんですけど、場外ホームランを連発してたんですよ。 ――当時からやはりすごかったのですね。 大崎: でもピッチャーだと思ってるんで、「翔平、お前よう打つな」って、超“上から目線”で言ってました(笑) ――大谷選手は当時から爆発的な力を持っていたのですね。今の大谷選手の活躍を見て、どのようなお気持ちですか。 大崎: ほんとに、最初は2泊3日で、そのあと7泊8日で熊野に来てもらって、合わせて10日間一緒にいたんで、ほんとに家族のような親近感を勝手に寄せてるんですけども。