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御子と野獣3/Novel by 凍護@コメント嬉しい

御子と野獣3

9,149 character(s)18 mins

美/女/と野/獣パロの槍弓、続きを待機してくださって本当に本当にありがとうございます…!!お陰様で続いておりますw/少しずつ明るみになるアーチャーの異常と呪い、本当は4話くらいで収めたかったのですが声援もありましてもう少しかかりそうです…

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疲労を訴える足を見下ろし、何周したかわからない城の廊下に背を預けたランサーは時計の針を見て、自分がアーチャーを探し始めてから優に1時間はたっていることへがっくり肩を落とした。
朝起きてから食堂に行くまでも、珍しくなんの用意もしていない厨房へ首を傾げつつ何気なく探しに歩いてからどこを探してもアーチャーがいない。
最初はすれ違っていると思っていたが、生活区域を回ってそれでも影形が見えないとなるとその可能性も薄れてだんだん不安が湧いてくる。
規則正しい生活をしているアーチャーは怠惰とは無縁らしく、ベッドの誘惑に2度寝を決め込んでいたランサーがシーツごと床に落とされるのは何度か経験のあることだ。
昼をとっくに過ぎたこの時間には、城中の清掃にせかせかと動くのが城に居候してからの毎日の光景で、それが見られずにたった1人残された城では悪い想像ばかりがランサーの頭を占めていく。
何度目かわからないほど覗いた食堂の扉を閉めたランサーは、しばらく迷った末にとうとう唯一探していない場所へ足を踏み出した。


「アーチャー?おーい、いねぇのか?」
ドンドンと強めに扉を叩いて存在を知らせるランサーは、声をかけた後には耳をすませて中の様子を探る。
そこは少しでも近づくことは許さないと言われたアーチャーの自室前であった。
1週間ほど前に城内の案内をされた時、客人のランサーに対してアーチャーが初めて見せた激しい拒絶の姿が脳裏で鮮明に思い出される。
それからというもの部屋に関してふれずにはいるがあの様子は今でも忘れられるものではなく、ランサーの中で謎とともに色濃く残っているのだ。
しかしランサーも人の秘密を無闇に暴く趣味はない、せめてもの礼として吹雪が止むまでの間アーチャーの言う通り彼がふれられたくないことはそっとしておこうと心に決めていた矢先のこれで、ランサーは乱暴に頭をかいた。
だがしかしここまでアクションを起こしているのにも関わらず、いまだに中からは物音一つ聞こえない。はーっと息を吐いたランサーは、もう数えられない回数に登るノックを仕方なく続ける。

もしかしたら何かあって倒れているのかもしれない…そんな万が一のことも頭をちらつき始め、扉を少し開けてしまおうかと迷い始めたその時。
扉の向こうからガチャンッと何かが倒れるような派手な音が響き、咄嗟にランサーは迷う間もなくとうとうその扉を開いてしまった。
「っ!アーチャー!!」
駆け込んだ部屋は城の通常の客室よりもさらに広く、その広い部屋の大半を乱雑な鉄くずのようなものが占めている。整理整頓を心がけるアーチャーの部屋にしては意外な風景に一瞬言葉を失うも、すぐにきょろきょろと視線を巡らせて音の出どころを探す。
しかし見てみれば部屋に人の気配はなく、音の大きさや質からこの積まれた鉄くずのどれかがノックの衝撃で落っこちたのだろう。
悪い予感が外れて安堵の息をついたランサーがここにいないとわかれば用はないと、部屋からさっさと退散しようとしたその時、足元にチラチラとかすかに瞬く紅い光が目に止まった。
暗い部屋に際立つその光は部屋の奥から伸び、まるでこちらを誘うような燐光にランサーは背を向けようとした部屋の中へつい入っていってしまう。

行き着いた先には大きな窓とその近くに鎮座したアーチャーのベッド、そしてベッド脇の台座に突き立てられた1対の双剣があった。
ランサーを誘惑した光はガラスケースの中から発しているもの、インテリアにしてはどこか異様な台座の元へ近づくとランサーは訝しげに目を細める。
ガラスケースに収められた剣は周りにある鉄くずとは明らかに違う輝きを持っていて、狩人として武器を扱ったことのあるランサーは瞬時に把握した。
この剣はつい最近まで実際に使われていたものだと。
刀身は丁寧に研がれており、目視だけで相当な業物だとわかる。それほどの品がまるで観賞用のようにガラスケースに収められている事の矛盾、そして剣の周りを絶えずくるくると回っている赤い光の輪に息を飲む。
ガラス越しに感じる力に引き寄せられるように、気づけばランサーはガラスケースを取っていた。
まるで自分の体が自分のものでないように感じながら、封じられた剣へ手を伸ばす己の姿を傍らから見ていたランサーはあとほんの少しで柄にふれてしまう手を止められない。

「ランサー…ッ」
瞬間、ハッとしたランサーは剣に指先がふれかけていた手を急いで引っ込めると、背後から聞こえた声にゆっくり振り向いた。
そこには案の定こちらを険しく睨みつけるアーチャーが立っていた。
ガウンに溶け残った雪がついていたため、なんだ外にいたのか…と頭の片隅で逃避しかけている部分が無事を安堵する。
「離れろ!」
空気を震わせるような怒号にランサーが動くよりも早く、台座の近くへ飛んだアーチャーが乱暴に腕でランサーの体を押しのけ慎重にガラスケースを元に戻す。
台座に手をついて怒りに肩を上下させているアーチャーの背中を、なんであれ言いつけを破ってしまったランサーは見つめることしか出来ない。
ピンっと張り詰めた糸のように緊迫している空気へ息苦しさを感じながら、言い訳も諦めたランサーはおもむろに口を開こうとした。
ガラスケースを戻す際に見えてしまった赤い瞬き、それは近づくアーチャーの手を拒絶するように弾けた赤い光だ。微かに焦げ付いたような臭いがすることからアーチャーの手のひらが傷ついていることがわかる。
自分がふれた時には何の影響もなかったのに何故アーチャーにだけ?そしてこのオブジェにしては明らかに妙な剣とは?

「これがお前の見られたくなかったものか?この剣は一体…」
「黙れ」
ランサーの言葉を遮ったアーチャーはこちらを射殺すような瞳で睨みつけ、抱いた疑問を少しでもこれ以上口にすることは許さないと言うように、ぐっと食いしばった歯から一言一言を呻くように吐き出した。
「出ていけ、今すぐに、この城からッ2度と戻ってくるな!」
「アー…ッ!」
その時、ランサーの瞳には全身の毛を逆立てた猫のように全身で威嚇するアーチャーが、何故かガラスのように繊細に見えた。
そんなことは無いはずなのに、つい思わず伸ばされたランサーの手は突如焼け付くような痛みを感じて素早く引っ込められる。
視線を下ろすと、腕にはまるで鋭利な刃物で斬りつけられたような線が生々しく残っていた。それは反射的にランサーの手を振り払おうとしたアーチャーの手の爪によるもの、図らずも野獣の爪はこちらへ差し出された腕をも無情に引き裂く。
痛みに眉をしかめたランサーに一瞬息を飲んだアーチャーは、すぐに台座の方を向いて背を向けると再度冷たく言い放った。
「出ていけ」
アーチャーが背を向けようとした一瞬、目に止まってしまったのはひどく苦しそうに細められたアーチャーの瞳。強烈な申し訳なさにどれほどアーチャーの胸が占められているか、それはこれまでの共同生活でお人好しの世話焼きのことを飽きるほど知ったランサーにとっては想像するのも容易い。
一言でも俺が悪いのだから気にするなと言ってやりたい、しかし向けられた背中はランサーがそれ以上口を開くことを許さず、ただランサーが言えたのは陳腐な礼だけだった。
「…世話になったな」


バタンと重々しくしまった扉の音、それからしばらくしてガクリと崩れ落ちたアーチャーは揺れる瞳で自身の手へ視線を落とした。
ぽた…ぽた…と滴る赤い鮮血、それはどの生き物にも当てはまらない異形の爪…誰のものでもない野獣の自分の爪から落ちている。
やはり最初からランサーを迎えるべきではなかったのか、それも全て自分のもてなしたいという欲が無ければ、心の弱部を見られて激昂する弱さがなければ…
ランサーの申し訳なさそうな声が耳に残り、アーチャーは自分の頭部に付いた獣の耳を握る。あんな声を出させてしまう後悔はすべて刃となって突き刺さり、アーチャーの自責の念を増幅させていく。
しばらくの間、窓を揺らす吹雪の風の音だけが一人きりになった部屋を支配する。
がた…がた…と小さく音を立てる窓枠を見上げ、膝をついていたアーチャーはため息をつくとおもむろに立ち上がった。
ともあれ住人はいなくなったのだ、ならば部屋を元通りにしなければならない。
体を動かしたのはイリヤから留守を任されたものの義務感、さして重要でもないそれに理由をつけなければ動くことすらできなかったのだ。

たった1人がいなくなった、それだけで広い城内がさらに重苦しく感じる。
虚ろな目で城内を進み、ランサーが使っていた客室の扉を開けたアーチャーは、昨日まであった荷物が1つも残されていないことへ本当にランサーはこの城から立ち去ったのだということを再認識して顔を曇らせる。
自分から出ていけと怒鳴っておいてなんと愚かなのだろうか、しかし彼は遅かれ早かれこの城を出ていた存在。それが多少早まっただけのことだ。
窓の外は勢いは弱くとも吹雪が舞っており、止むまで泊まっていけと言った口で約束を反故にしてしまったことがさらにアーチャーを苦しめた。
重しを乗せられていくようにどんどん下がっていく肩に反して、体は慣れ親しんだ清掃を行う。機械的に動く手がどんどんランサーがいた痕跡を消していくのをぼぅ…とした目で見ることしか出来ないアーチャーは、シーツを勢いよく上にあげて回収しようとした時、チリンと鳴った涼やかな音にはっと下を見る。
「…たわけ」
そこにはランサーが身につけていたイヤリングが落ちていた。きっと手早く身支度をしたせいで忘れてしまったのだろう、シーツから落ちたそれを拾い上げたアーチャーは、しばらく迷った末に踵を返した。


城門を開けると見た目よりもずっと勢いの強い吹雪に一瞬圧倒される。しかしこの土地に慣れたアーチャーはすぐに足を踏ん張り、外套の裾を寄せて足を踏み出した。
呼び戻すつもりは毛頭ない、しかし忘れ物をずっと保管しておくのも気分が悪い。さらにイヤリングは毎日欠かさずつけていたもの、もしかしたらランサーにとって特別なものである可能性も捨てきれないのだ。
小さな皮袋に入れたイヤリングを握り、せめて姿を見つけたら投げてやろうと真白に色づいた森へ足を進めていく。

この吹雪に徒歩ではそう遠くへ行けてないはずだとあたりをつけたのだが、一向にランサーの姿が見えない。城と町を繋ぐ道程の3割以上を歩いてきたアーチャーは肩に積もった雪を払いながら、気を抜くとどんどん埋まってしまいそうな足を雪原から上げた。
そして倒木へ一息にジャンプをしたアーチャーはこの時ばかりは野獣の身体能力に感謝をし、そこから別の木の枝へ飛び移ると少し高いところから目を凝らす。
森を友にする狩人を侮っていたのか、しかしこれ以上踏み込めばアーチャーといえど城に戻れなくなる危険が出てくる上に、町にあまり近づくのは気が進まない。
天がもう会うなと言っているような気がして、優れた視力で見ても人が歩いた痕跡も見つからない道から目を背けたアーチャーは、仕方なく皮袋を握り直して城へ戻ろうとしたその時。
野獣の耳へかすかに聞こえた悲鳴、弾かれたように顔を上げたアーチャーが耳をすませると風の音にかき消えそうになりながら人が助けを求める声が聞こえた。
気のせいではない、野獣の耳がなければ聞こえもしない悲鳴に体を緊張させたアーチャーは、ドクドクと鼓動を上げ始めた心臓に息を乱し始める。
野獣の聴力はおおよその場所の特定と、さらに助けを求めるものの声と多くの足音を拾って来た。その激しい音はおそらく狼の群れ、吹雪のせいで獲物を狩るのに苦労をしていた猛犬たちはみすみす迷い込んだ新鮮な肉を見逃したりはしない。

予想外の他人の危機を察知してしまいどうしようか考える前に、アーチャーが気づいた時には枝から枝に飛び移り、驚くほどの早さでその場所へたどり着いていた。
勝手に動いてしまう体が駆けつけた先には、とうとう体力の限界で倒れ伏した町のものが周りをぐるりと狼に囲まれ、やはり今まさに襲われようとしている。
一刻の猶予も許さない状況に思わず身を乗り出しかけたアーチャーは、その寸前でざわざわと音を立てる自らの腕に反射的に視線を向け、瞬間目を剥いた。そこからは早送りをするように白い獣の毛が生え、爪も先ほどランサーを傷つけた時がおもちゃに見えるほどより長く鋭いものへ変わっていく。
さらに顔へ焼きごてを押しつけられるような痛みに、思わず顔を覆うと指から直に伝わってくる自身の鼻面が伸びて毛が出現するおぞましい感触に膝をついた。
「…駄目だ、駄目だ駄目だ…ッ助けてはいけない。私は、今は…ッ」
呪いを思い出させるようにみるみる変わっていく自身の醜い野獣の姿へ、アーチャーの口からうわ言のように言葉がこぼれる。
そして記憶の中の炎上する屋敷、こちらへ向けられた魔女の指先、そして魔女の『理解出来ないもの』を見る瞳と告げられた呪いの条件がアーチャーの頭でフラッシュバックした。

『醜い』

顔や首からも毛は伸びてもうすっかりおとぎ話で挿絵に描かれる野獣の姿に変質してしまったアーチャーは、それでも目を見開き目の前の光景を見つめる。

『そんなあなたにふさわしい姿をあげましょう』

じりじりと近づき始めた狼の輪は一部の隙もなく、はっはっと上がった獣の息は獰猛なる飢えを表していて、狼の数からもし襲いかかられたら町のものは10分も生きられないことを理解した。

『あなたがその考えを改めなければ呪いはさらに強まるでしょう。もし呪いを解きたけば、あなたは自分のことを見なさい』

枝の上で野獣へ変わったアーチャーは蹲り、反響する魔女の声に打ちのめされていた。
(自分を見ろだと?彼女は何故そんなことを!自分のことなど!俺は…!)
せめぎ合う葛藤に眉を寄せ、目の前で狼に襲われんとする町のものが泣き顔を振り乱して寸前叫ぶ。
「た、助けっ…!」
その声に、アーチャーは考えをすべて放棄して刹那飛びかかった狼と町のものの間に体を滑り込ませた。
「ぐっあぁあ!!…ッ逃げろ!私のことは構わず…ぐっ!!」
後から後から噛みついてくる狼を必死に引き剥がし、覆い被さるようにして守った町のものへ咆哮のような声を上げる。
しかしこちらを見上げる顔は身を呈して自らを守った救世主を見るものではなく、新たに出現した恐怖の塊に引き攣り悲鳴をあげるものだった。
「うっうわぁぁぁぁぁ!!!化け物おおおおお!!!!」
「ぐっう…!」
突然現れた野獣を前に、半狂乱になって暴れた町のものはその体が自分を守ってるとはつゆほども気づかずに毛皮で覆われた体を殴りつけ泡を食って体の下から這い出す。
町では恐怖の象徴とされる野獣に一切振り向かず逃げ出した男へ、狼たちは一瞬そちらを追おうとする。しかしアーチャーは不穏に動いた獣の目を見逃さず、すかさず飛ぼうとした狼を掴むと木へ思い切り投げた。
それによって攻撃対象は完全にアーチャーへ定められ、先程から噛みつく度に投げられる狼も1匹残らず死なない程度の力で済んでいるため悪戯に闘争心を煽る結果に終わっている。
体にいくつもの噛み痕を作ったアーチャーは白い毛皮が自身の血で汚れていくのを他人事のように見つめ、すっかり野獣のものへと完全に変質してしまった腕の重さに顔をしかめる。
人外のものへと変わった腕も、足も、体の何もかもが重い。完全に変身してしまった体はアーチャーの素早い動きを封じ、戦闘能力を大幅に削いでいる。
そして目の前の牙をむき出しにした数え切れない狼を前に、アーチャーはただ町のものの無事と返せなかったイヤリングを悔いて目を閉じた。



黒く染まった思考が浮上していく。
体が痛い、重い、どこもかしこもズキズキと痛む。しかし、あったかい…?
重いまぶたを開けたアーチャーは見慣れた城の天井に驚き、パチパチと聞こえる音に呻きながら顔を横に向ければ、そこには暖かな火が灯る暖炉とここにいるはずのない青い髪が目に映る。
「起きたか、大丈夫かよ?」
背後の気配に気づいて振り向いたランサーは丸くなった鋼色の瞳にふっと微笑み、絞っていたタオルを白い毛皮に深々と残った爪痕に乗せた。
瞬間大きく顔をしかめて叫びかけたアーチャーは、タオルから漂う消毒液の臭いに今の状況のことを察した。
自分は狼に襲われたところをランサーに助けられ、手明けを受けているのだ。
寝かせられているところはランサーと出会った暖炉の間だと気づき、手当を続けるランサーにかすれた声で口を開いた。
「町の…者は…?」
「おいおい起きて第1声がそれか?ここまでお前を運んで、手当していた俺へは何も無いのかよ」
「…貴様には出ていけと言ったはずだが」
むすっと膨れた顔でまったく変わらない調子を見せるアーチャーに呆れた顔を見せたランサーは、何よりも真っ先に他人の安否を気遣うアーチャーへ違和感を覚えながら頭をかいた。
「はっ、呆れた野郎だな。無事だよ、町へ戻れるように細工もしたから安心しな。あと、これありがとな。取りに戻ろうとしたら狼があんまりに騒がしいんで、様子を見に行ってみれば驚いたぜ」
これといって自身の耳をつまんだところにはアーチャーが届けようとしたイヤリングが輝く、町のものもイヤリングもどちらも大丈夫だったようでようやくアーチャーの体から力が抜かれた。
緊張が取れたとわかったランサーは、ちょうど応急処置を終えて城にあった薬箱のフタを閉じる。
どこぞの凝り性のおかげで消毒液や薬草、止血薬などが充実していて助かった。もしも処置が遅れていれば亡くなっていても不思議ではなかったアーチャーへ顔を向けると、自身が駆けつけた時には狼に全身を噛まれて雪原に倒れていたアーチャーの姿が思い出され、その悪い光景を払うように頭を振った。
完全に野獣に変質したアーチャーの姿を見るのは初めてで少しは驚いたが、それよりもどうにかしなければという考えだけに突き動かされた自分を今更意外そうにランサーは振り返っていた。
自分は倒れたものを一々助けるほどお人好しではない、宿を借りた恩といえど追い出されたことでそれはほぼ解消されている上、狼の群れに単身挑むのは自殺行為だと誰よりも狩人の自分が知っているはずだ。
らしくもない気まぐれを起こした自分に小さく舌打ちをしたランサーは、その自殺行為を平然としたらしいアーチャーを叱るように冷たい瞳で睨んだ。
「随分見栄張ったな、俺がいなけりゃお前死んでいたぞ」
「ふっ…あんなもの、物の数ではない」
それでもニヒルな様子を崩さないアーチャーに、とうとうランサーは怪我人であることも構わず胸ぐらを掴みあげる。
ランサーが少しでも遅れていたらアーチャーは狼の餌になっていた。それは事実なのだ。
赤く染まった雪原、そして狼を払った後いくら声をかけてもぴくりとも動かないアーチャーを前に、焦りを感じた自分をまるで嘲笑うようなアーチャーへ怒りがこみ上げる。
「てめぇ…」
「…なかった、の間違いだがな」
ランサーから視線をそらして呟くように発せられたそれは、あまりにも自嘲にまみれていた。
思わず怒りも忘れたランサーの手を外したアーチャーは、乱れた服を整えながら体を起こし真っ直ぐにランサーを見つめて深々と頭を下げた。
「改めて礼を言おう、君に助けられたことは事実だ。町のものに怪我がなくて本当によかった」
「おぅ…。おい、俺が助けたのはお前だぞ」
初めて見る殊勝な様子に照れかけたランサーは最後に混ざった余計な一言に顔を上げ、むっと唇を尖らせた。しかしアーチャーはというとろくに動けなかった自分を責めるままに顔を歪め、頭を振る。
「町のものが無事であれば私の身なんて獣の餌になっても構わなかった。こんな、人1人守れぬとは…。そうだ、醜いものを見せてしまったな。もういい、行ってくれ」
生命の危機に晒されたものとは思えぬ口調で自身の無力さを、人助けにおいてのみ悔いるアーチャーにランサーの眉間へシワが増えていく。
初めて出会った時に話してからずっと感じていた違和感がどんどんと大きさを増していく、それを改めて問おうとしたランサーはその前に、野獣へ変身してしまった自身を思い出してせめて腕で顔を隠そうとするアーチャーへ苦笑した。
とっくに遅いと理解していても二足歩行をし、顔は完全に犬のそれで全身余すところなく豊かな毛が生えた人外野獣の姿は見た目宜しくない。
正直顔まで変わってしまったところは最後までランサーに見せたくなかったアーチャーは、気まづくてなんとか顔を見せないようにしようとする。
だが対するランサーは隠そうとする腕を掴むと、自身を傷つけたはずの爪にも構わず手を握り下ろさせた。
「いいんじゃねぇの、ワイルドで。本当にここまで変わっちまうんだな、まぁ俺は嫌いじゃないぜ?」
「やめて…くれ、何故、君は…俺を助けた…俺は、俺には…」
予想だにしていなかった好反応をニカッと笑ったランサーに言われ、アーチャーが自分の心に纏わせた防壁が思わず揺れる。
何の益もない醜い野獣を救ったばかりか、普通誰もが恐怖するはずの野獣の姿を好きだという。
出会ってからこれまで、まるで予想出来ないランサーを前にこぼれ落ちる言葉が止められない。
気づけばアーチャーは言葉を紡ごうとして形にならず、口をはくはくと動かした末にぐっと歯を噛み締めると声をつまらせる。
そして本人が気づかぬうちに、鋼色の瞳が溶けるようにぽろぽろと涙を零したアーチャーはどうしようもなく切なくて、哀しくて、思わずランサーはその体を抱きしめる。
泣いた子をあやすように優しく背を撫でていると、ふとランサーの耳をくすぐった声はひどく危うげなもので、ひたすらにとある人物に詫びていた。

「…俺は、もう何の価値もない。人のために生きられない今はなんと滑稽だろうか、俺は…!すまない、すまない…じいさん」

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